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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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カウントダウン開始

 客室の窓から到着した港を眺める。自室からでも日本語で大声を張り上げる集団たちは、どんな事情があろうと滑稽にしか映らなかった。


「まいどまいど、こうも飽き足らず終わったことをグチグチ言う。豊かさの現れなのは良いことだと思うけど」


 彼らの主張は『カジノ船が日本に入ってくるな』だ。入ってくるなと言われても、日本の国会で決まったことを、こんな場所で叫んでも意味がないと思う。思考が他者への非難へ向いているのは、現状の不満を抱いていることの現れだと自覚して、思わず自嘲する。


「あんな人達に当たっても仕方ないわね。……早く次の仕事を見つけないと」


 大空ヒトミはそう独り言をつぶやいてから、ため息交じりに虚空へ視線を向けた。

 宮城港に辿り着く前に、ヒトミは宗蓮寺麗奈と名乗る女性と一対一のルーレット勝負に挑み、無様に敗北した。心理戦も、読みも、向こうが上手だった。彼女は大量のチップをかっさらい、嵐のように去っていった。無論、ディーラーが勝負に挑み敗北するということは、この船ではリストラを宣言することに等しい。普通なら船を降ろされて一文無し、というのがサヌールの決まり事なのだが、女ディーラーはどの国の港へ行っても、入国することができない事情がある。


 この船での生活は唯一の拠り所だった。サヌールで仕事ができるディーラーは船上での生活の保証が約束されている。また外部からの物品を購入や入国など、船上で敷かれている規律を一部抜け出すことが出来る。もちろん、船内で働いている者のごく一部しか、その権利は得られていない。サヌールではカジノスタッフがトップの仕事で、それ以外は待遇はよくない。


 ヒトミは外部からのディーラーの技術をなんとか盗み出して、今までやっていけたのだが、たった一度の敗北で自分の底がよく分かった。ディーラーを引退して、船内で腰を落ち着けるべきか。相手はよりどりみどりだが、一生船の上で過ごしてくれる相手はいないだろう。


「あら、あれって」


 デモ隊から視線を外し、横浜港の乗船口から客が次々と乗船してきた。船内は基本的にフォーマルな装いで乗船を義務付けられている。無論、ジーンズを履いてくる客など論外だ。そしてもうひとつ、明らかに未成年らしき客を入れるのも論外なのだ。


「女の子? ……二人組で保護者なし」


 欄干によりかかり、乗船してくる客を眺めている。ライトベージュの髪色をした少女の方は堂々とサヌールへの乗船している。反面、金髪ボブは服装に戸惑っている様子で、動きがぎこちなかった。二人は乗船口の警備員に挨拶し、特に問題なく中へと入っていった。


「……各種認証は通ってきた。けど、気になるかも」


 年代は自分より下ぐらいだが、船内では自分が最年少だ。そしてサヌールは、客としての女性が珍しい。船内を案内するのも、スタッフの仕事だ。そう言い聞かせているが、ヒトミの心中を占めたのは、あの二人に対する好奇心だ。

 未成年とは考えづらいが、顔たちは十代そこらの少女と変わらない。この国は、若いものが少ない。ゲスな男達の魔の手に掛かる可能性もある。


「──ま、そのときはそのとき」


 すぐにその思考は振り払った。ここは弱肉強食の世界だ。大人の甘い言葉に乗った時点で敗北は決まっている。ただ、見かけたときは恩を売っておくも悪くない。直感的にそう思った。







 薄暗い通路を進み、宿泊する部屋へと向かう。車内でサヌールにふさわしい装いに着替えた。ミソラは数年前まで社交界に出席していたことあり、フォーマルな格好や然るべき振る舞いに精通しており、今回〈P〉が用意した衣装は、どこに出しても恥ずかしくない格調の高い衣装だった。


 ミソラは慣れた立ち振舞いをみせていたが、アイカはそのような状況に疎かったみたいで、化粧とドレスに振り回されていた様子だった。


「もっとも堂々とて歩いたほうがいいわ。あ、もしかしてヒールとか履いたことなかったりして」

「わ、悪いかよ。こんな格好じゃ、いざというときに戦えねえよ」

「あまり物騒なこと言わないの。……なるべく、戦わせないように頑張るから」


 すれ違いざまにカジノ客とすれ違う。格好はもちろん、振る舞いも紳士淑女としていて、社交界の空気感を堪能している気分だった。


 目的の部屋の前でにたどり着き、扉の前の顔認証をクリアして中に入る。ちなみに他の客を自分の宿泊部屋に招き入れることは出来ない。これは風営法に基づいた対応で、サヌールが売春や性行為の一切を禁じている理由からとのこと。


 シワのないシーツが張ったベッドが二つ並び、港で預かった黒いスーツケースが届いていた。二人は〈P〉が言った、道具の確認をするためにスーツケースを開いた。着替えと非常食、生活用品が一通り揃っている。だが肝心な物がなかったので、ケースの奥まで探り当ってみるものの、それらしいものは見つからなかった。


「きな臭いところよく探せ。たたまれた衣服の中、ケースの裏側とか色々あんだろ」


 なら教えてくれていいのに、言われたとおりに衣服の隅々まで調べていった。彼女の言う通り、生活用品が入ったポーチの奥に見慣れない物が見つかった。


「これ、時計? こんなものが便利アイテムなの」


「ま、流石に期待しすぎたか。武器ぐらい、現地で調達しろって鉄則はどこも同じだな」


「今までそうだったわけ?」


「ああ。武器を仕入れる金なんてなかったし、敵から盗んで、使えるように改造してはいた。最初はそれで良かったんだがな」


 アイカは自分のスーツケースには目ぼしいものがなかったようで、着替えを取り出した後ケースを閉じた。


「さてここからどうするかだ。……アタシは、お前の指示に従う。で、お前が身の危険の陥ったら助ける。それでいいよな」


「……ええ」


 正直なところ気が進まない。アイカは手負いの状態だ。戦闘力は宛に出来るが、船内で危険があると確定したわけではない。いいや、これは楽観的か。敵は居ても、接触機会を減らし、姉の居場所を突き止め、迅速に連れ出す。神戸港で下船するのが一番最適解だが、数時間で目的を成し遂げる事ができるとは思えなかった。


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