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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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船の国


 半世紀前に日本でカジノ誘致の働きがあり、世論を巻き込みながら設立にこぎつけていった。様々な議論と意見が清濁混じり合っていく中、ある条件で設立が認められた。

 マカオ、フランス、日本が共同で国家共同のプロジェクトが発足することになった。旅客船が一つの国として、その三カ国が宗主国となることで海の世界で運行する『独立国』が誕生した。

 『海洋巡間都市サヌール』は、史上初の旅客船が『国家』だった。


 無論、そんな前例のないものを国として認めていいものかどうか、今でも議論の種になっている。

 海洋循環都市を日本の都道府県に加えるかの議論も未だにあり、世論も海洋循環都市の存在を疎ましく感じている。サヌール内はカジノ施設を始めとした賭博施設で賑わっているからだ。もちろん、それ以外の娯楽も完備しているが、この船に乗る主な動機はこのカジノを占める。


 サヌールは国なので、政治があり、秩序があり、軍隊が存在する。日本の兵隊はいないが、マカオやフランスが船内でトレーニングしている姿が、サヌールのサイトで確認できる。


 当初は盟主国の3カ国の行き来しか許されていなかったが、補給で停まる国が増え、その国からの乗船も許可されるようになった。ただし入国には厳しい審査と入国金を収める必要がある。これがいわゆる税金にあたるものであり、一般家庭では手を出しづらい原因になっている。


 日本人の裕福層でもその場所へ行くだけでバッシングの対象になることもある。宮城から横浜、神戸、補給に長崎へ停まるときには、一種のお祭りのように港が賑やかになる。


「カジノ船が日本に入ってくるなー!」

「来るな!」


 停泊しているサヌールに対して、声を上げる集団をセダンの車両越しに眺める。デモは正当な権利ではあるが、いささかみっともなさを感じてしまうのは贅沢かもしれない。


「君はデモ活動をやったことあるか」

「いいえ、そんな、世間に不満を吐き散らす機会がなかったので」


 上司が肩をすくめる。どういった反応だろうか読み取れなかった。上司は五十代なかばでありながら、若々しい見た目だ。三十代後半と言われても違和感がない。彼は顎でデモ隊を示した。


「日本のマスコミはああいう奴等を報道しなくなった。単純にみっともない国民を映すことになるからな。今じゃ、日本の政治家はあのカジノの恩恵をたっぷりもらってやがるから、口出しはしにくいんだろうな」

「……じゃあ、黒い噂は本当ということですね」


 正義の味方が、警察や裁判官だった時代はとうに終わっている。彼女が志した警察官は、秩序の安寧に前傾を注ぐ姿に憧れたものだ。昔のドラマで、組織の上層部の不正を暴くドラマが人気を博していたが、いまではニヒリズムだと揶揄されて終わりだ。組織が存続し、社会的に保証される立場にあるこそ、最低限の営みが約束されることを、世間は理解しようとしない。


「はあ、あれに潜入するなんて気が滅入りますね。すでに彼は?」

「わざわざハワイから渡航して潜入済みだ。彼を見つけても、君からの接触は控えるように」

「……はい」


 大方、どこかの誰かの思惑に警察が利用されているのだろう。特に公安はその呪縛のさなかにある。石川での『旅するアイドル』事件では、彼女たち以外の不審な影を見かけたという報告が上がっている。もちろん、その影を詳細に調べたものは、日本の警察にはいないだろうが。

 むしろ、最近ある集団が注目を集めている。世間的にも、公安警察全体でも要注意の対象だ。


「旅するアイドルは、この船に乗り込んでくるのでしょうか」

「さあな。宗蓮寺麗奈が妹あてに送ったものだ、可能性はなくはない。一応確認するが、現行犯以外は無視しろ。たとえあの女達が犯されていようとな」

「ええ。そのように」


 女性を『犯す』と口にしたことのある人間は、普段からそういう扱いをしている証だ。例外はない。不用意な発言をネットでしないこと祈るばかりだ。女は時計を覗いてから車を出た。


「では、私はこれで」

「終着は長崎港だ。それまでに宗蓮寺麗奈を保護しろ。旅するアイドルが乗船してきたら、接触して情報を引き出せ。──それじゃ、せいぜい死なないようにな」


 それを聞いて気が滅入る。だがそれが彼女に当たえられた任務ならこなすだけだ。

 女は真っ直ぐ乗船場へ向かう。途中でデモ隊と顔があい、憎悪の目が突き刺さってきた。ここにいいる人たちに『パチンコ行くのやめたら帰りますよ』と口にしたら、どのような反応が返ってくるのだろうと何気なく思った。

 乗船ゲートくぐり、階段を上がる。乗船口に立つ屈強な男にパスポートを見せる。鼻立ちが高い。三カ国のなかでそのような特徴を持つ顔たちはフランスの人だ。


 船内は独立国という扱いではあるが、公用語に何が使われているのか気になる。実のところ、船内の生活だけはあまり表に出ていない情報だ。カジノを始めとする娯楽施設の情報ばかり世に出ている。肝心なのは国としての中身だと思うのだが、誰もそんな事を気にしない。他国の文化に指を差す程度の関心しか持たないのは、どの国も同じのようだ。


 船内の薄暗い廊下を進む。床や壁に橙色の指示灯が付いているので迷うことはない。奥に進むと、どこからか爆音を閉じ込めたような音が届いてきた。それがパチンコ店の入り口に立ったときの感覚に似ていて、彼女は小さなため息を付いた。


「カジノ、普通に行ってみたかったなあ」


 将来、このカジノの上納金を収めて遊んでみたいと漠然とした展望はあったが、こんな形で叶うなんて思いもしなかった。

 残念ながら、カジノにお目にかかることはない。いまは清廉潔白な公務員だ。

 案内に従い、自室にたどり着いた。予め送っておいたキャリーバッグが置いてある。その中身を開いて、憂鬱な気分になった。そこには最初の任務の時間が記載されたメモ書きがあった。


「──仕事だし、仕方ないか」


 女は今日何度目かわからないため息を付いて、ベッドの上で寝転んだ。

 仕事が終わってからしばらく旅をしよう。そう心に誓う。

 ただ、そう簡単にやめさせてくれないのが『公安』という仕事だが。







 アイカに破れ、トラウマをえぐられ、彼女に対する不信は募らせていると、あっという間に約束の日がやってきた。

 テーブルの上に置いたノートPCの画面上に、久々に見る〈P〉の姿が映る。スピーカーから性別を覆い隠す合成音声が届いた。

『やあ君たち。元気にしているかね』


「私は少なくとも元気ではないわ」


『報告に聞いている。君のお風呂嫌いは一朝一夕で治るものではない。せいぜい、ユキナくんが戻るまでに克服してくれると嬉しいのだが』


「……善処するわ」


 ミソラは話を打ち切り、それ以上の話はしないという態度をとった。〈P〉は本題を始めた。


『明日、横浜港に海洋巡間都市サヌールが到着する。ミソラくんとアイカくんの乗船状を用意した。石川のショッピングモールに宛てた修繕費用より根が張った。故に各々の任務をこなし、達成してほしい』


 ミソラははっとしてアイカを見た。潜入するのはミソラ一人だけだと思いこんでいた。


「ちょっと待ちなさい。姉さんと関係があるのは私だけよ。どうしてアイカさんも一緒なのよ」


『不服か。いざこざがあったのは知っているが、私情を挟んでは君の損と──』


「その必要がないって言ってるのよっ。私一人でなんとかしてみせるわ。人の事情に他人を巻き込まないでちょうだい!」


 心底、〈P〉の効率的な思考が腹が立つ。もちろん、姉が海洋巡間都市にとらわれていることを知ったとき、すぐに思い浮かんだのはアイカと同行することだ。しかしその考えは即座に抹消した。

 アイカは足を怪我している。現在は歩けるくらいまで回復しているが、自由に走りまわるほどに快調ではない。それは先日の模擬戦闘からみても明らかだ。アイカは必要最低限の動きで、ミソラを負かしたのだから。

 アイカは心底嘲るような鼻笑いをしてみせた。


「だからアタシに戦闘術教えろなんて、バカみてえなこと言いやがったのか。──ふざけるのも大概にしろよ」


 アイカの底冷えする声には静かな怒りが滲んでいた。


「こいつの見立てだと、アタシが出張らなきゃならねえほどの奴がいるってことだろ。本当に足手まといなのは、アタシかこいつか、分かりきってるよな」


「じゃあ、私は留守番ってこと。それこそ冗談じゃないわ」


 〈P〉がミソラの意見に割って入った。


『なに、船内で戦闘が起こることは想定済みだ。そのために、ミソラくんに用意した道具がある。いざというときに使ってほしい。もっとも、一時の気休め程度のものだが』


 ミソラはこの状況で相応しいアイテムとは何かを考える。さすがにピアノではないだろう。もっとも武器なんて渡されても困る。ふとミソラは背後のラムを見て思ったことを言う。


「ラムさんは来ないのね」


『残念ながら乗船しない。ただ、神戸でしばらく乗船手続きで一時間程度の時間が出来る。そのときは、私たちとコンタクト取ることが出来る』


「はい、今回は神戸で状況報告が私の役割です。到着したら、一度通信をお願いします」


「んん、待て。別にそこでなくても、好きなときすりゃいいだろ」


 ミソラとラムはそれぞれ顔を見合わせた。不思議そうな顔で、アイカを見やる。


「あのもしかして、海洋巡間都市をご存知でないんですか?」

「知らねえよ。船の名前だろ。なら普通にこれ使って──」

「できないわ」


 アイカの持つスマホをみて、ミソラが言い放つ。


「あの国は、外部の情報を客側が漏らすことを禁じている。乗客が船内を撮影することは禁止されているし、配信なんてもってのほか。おまけに通信電波を遮断するようになってるから、スマホからの連絡は不可能。反対に外からの連絡もね」


「じゃあ連絡できねえだろ」


『ただしある程度の距離があれば、私から通信することが可能だ。つまり神戸港に泊まっている時間が唯一の通信手段だと思ってほしい』


 疑問は完全に解消されたとは言い難い。ミソラは疑問をぶつけた。


「報告って具体的に何を言えばいいの?」


『君たちの手にした情報であればなんでもいい。また疑問点があれば、私が即座に回答できるものなら答えよう。私が今離れているのは、そのためにある』


「そう。ネット検索より早いことを願うわ──ああ、それと最後に一つ」


 これだけは必ず確認する。ミソラは一段と情を込めて〈P〉に言った。


「姉さんを保護したときは、私の命より姉さんの方を優先してね。日本での最終到着場所は長崎。どんなことをしても、姉さんをそっちにつれていく。そういう方針にしたい」


 静かな車内で〈P〉の『心得た』の合成音声が届いた。

 ユキナの件を解決してから数週間で、再び大きな事件が幕を開く。

 姉が生きている。そしてそいつらを連れ去った連中も同時に暴き出す。ただし姉を取り戻すのが優先だ。そのことを〈P〉は承知してくれた。あとは船内でつつがなく終えるのが一番だが。


 話し合うことが大方話し合っただろう。あとはアイカと細かいところを詰めていくだけだ。そう思って通信を切るタイミングで、〈P〉は高らかに宣言した。


『では、旅するアイドルのPV撮影を開始する。──健闘を祈る』


 反射的に声がでるまえに通信が途切れた。最後にあの仮面はとんでもないことを口にしなかっただろうか。


「……あの」


 ミソラは両隣の二人見て同じ反応をしていることに愕然とした。突然の宣言──いいや悪魔の宣告ともいえる。

 このワードが出るのは今回で二度目だ。前はその方法が効率が良かった。だが今回は、意味がわからない。


「すみません、私も想定外のことで困惑しています。〈P〉が味をしめたわけではないと思いますけど……」


「アイツ、バカかアホかのどちらだな」」

「──忘れましょう。PV撮影なんてしても意味ないわ」


 ミソラは余計なことを頭から振り払い、思考を姉を助けるために注いだ。アイカとラムも、〈P〉の戯言にはしかめ面で振り払う。

 海での旅が、始まろうとしていた。


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