次なる目的地へ──その前に
「つい先程、〈P〉からの連絡が届きました」
ラムからキャンプ場での食事のさなかに、こう告げてきた。
ラムが一日の状況を〈P〉に送っているようだが、反対に向こうからの連絡は殆どない。
「いよいよ敵の本拠地でも見つけたか?」
「気が逸りすぎよ。……ラムさん、〈P〉はなんて?」
「はい、読み上げますね。──アイドルたちよ、いかがお過ごしだろうか。私は常に働き詰めだ。おかげでさる筋から情報を得た。まずはこのURLを開いてみてくれ。一週間後、再度連絡を取るので判断してほしい──とのことです。指令ではない連絡は初めてですね」
そうなの、とミソラはアイカに視線で訊ねて、そうだと頷いた。
「まずそのURL開けばいいんじゃねえの。ラムはもう見たか?」
「いえ。ただ動画サイトというのは、URLから読み取れました。これを見るなら、皆さんの前がいいと思いまして」
「じゃあ、早速開いて頂戴」
ノートPCの前にミソラとアイカが集まり、ラムは背後に立った。ミソラがURLをクリックしウィンドウが開く。見知らぬ動画サイトを開いたらしい。動画の再生は始まっているはずだが、映像は真っ暗闇のままで、音声も雑音混じりにしか聞こえない。どことなく潮騒のように聞こえるが、暗闇を映し出しているだけで情報が全くなかった。
ふと、アイカが声を漏らした。眉をひそめていた。
「どうかしたの?」
「なんか聞こえんな。人の声かこれは。もうちょい声を大きくしてくれ」
その指示に従い、ミソラはボリュームを最大にした。雑音が一際大きくなり、不快さを伴ってくる。だがアイカの言うことが実感となってやってきたのは、四分の動画の半分を超えたときだった。
『……きこえ、ますか?』
囁くような女性の声だった。依然として雑音のほうが大きいが、耳をすませば人の声を聞き取れる。
ミソラたちは耳を澄ませて、声の続きを待つ。ぽつりと女性の声が続いた。
『時間がありません。どうか、私の話を聞いてください。いま、海洋巡間都市サヌールで囚われの身です。長野の邸宅で何者かに拉致され、いつのまにかここへ連れて行かれてしまった。けど、なんとか通信手段を確保して、人知れずメッセージを送っています』
かすかに聞こえてくる声に聞き馴染んだ響きがあった。胸の奥がざわめき出す。この場合、心が波打つというべきだろうか。手が震え始め、ミソラは唇を震わせた。
『──あの子を、決して危険に合わせたくない。私は宗蓮寺麗奈です。この声を聞いた誰か、どうか、『旅するアイドル』に私が無事だということを伝え──』
音声は途切れた。動画再生回数は百回も満たない。コメントも数件あったが、なんだこれという戸惑いを覚えているようだ。誰も音声を最大に上げて、微かに漏れる音を聞いていないのだろう。投稿日時は今日の深夜。そしてタイトルは『妹へ』とある。誰を示しているのかは、ミソラの反応がすべてを物語っていた。
「……宗蓮寺、麗奈。たしかにそう言っていましたね」
「お前の姉、だったけか」
ミソラはうなずき、もう一度二分辺りに動画のカーソルを戻した。
声を確認したかった。愛しい姉だと確信が持てるように、何度もメッセージを読み込んだ。姉が語った内容は、海洋巡間都市という場所に囚われているが、なんとか通信手段を確保することができたということ。〈P〉がどこでこれを見つけたのか気になる。動画は百回再生も満たず、メッセージ内容も音声を最大にしないと聞こえない仕組みになっている。姉のことだ。あえてそういうふうに仕込んだのだろう。
「姉さん……っ」
何度も雑音をきく。姉の声は潮騒のように優しい音色を奏でている。
「……よかったぁ、いきて、生きていて………」
込み上がってくる嗚咽に耐えることができず、ミソラはその場で崩れ落ちた。
死んでしまったものかと思った。だからこそ、宗蓮寺グループに根付く『フィクサー』なる存在を憎悪し、最終的には復讐を果たそうと考えた。
あの炎で生き延びているはずがない。邸宅の事件が報道されることなく、大きな力でもみ消されてしまった。だからこそ、姉と兄の死はより心を抉った。
だがそればかりに固執していて、事実から目を背けていた。二人が殺されることなく誘拐されてしまう。その後に邸宅に火を放ったと考えれば、生存の可能性はある。そして現に展開は、そのように動いている。
ミソラは落ち着きを取り戻したあと、二人へと意見を求めた。
「……ふたりはこれ、どう思う?」
「どう、と言われましても。この声が本物かどうか、判別が付きませんし」
「だな。……つーか、これを送ってきた目的は何だよ」
「そんなの決まってるでしょ。姉さんはメッセージを残そうとしたのよ。じゃなきゃ、自分の居場所をわざわざ話すと思う?」
「矛盾してねえかそれ」
アイカの言葉は鋭い。指摘をうけ、ミソラの思考はあるべき方向へと揺れ動いている。
「妹の安否気遣うなら、わざわざ自分の居場所なんて教えねえだろ。ただ一言、妹を助けろとかでいい。……それに、このメッセージがアタシたちに届くと確信しているのが一番気になる。ってまあ、ここまで考えれば、答えは簡単。だろ、妹さん」
「私達を『海洋循環都市』に連れて行こうとする罠ってことね」
ミソラが答え、アイカが指を鳴らした。
「なんで〈P〉がこんな者見つけてきて送ってきたのかは知らねえ。だが、一週間以内にまた連絡すると言った。罠だと知って、どうするかアタシらが決めろってことだな」
「……決まってる」
当然、ミソラが選ぶのは一つだけだ。
「乗り込んで、姉さんを連れ出す。それが私の旅の目的だもの」
旅するアイドルには、各々に目的を持っている。ミソラは明快になった。復讐から救出だ。姉が生存しているなら、兄にも可能性がある。ここでそっぽを向く理由がない。
しかし問題がある。一つは罠にかかったときの対処法がないこと。そしてもう一つはたとえ助け出せたとして、日本には安寧の地がないことだ。宗蓮寺グループは日本の企業の半分以上を手中に収めている。そんなある種の大きな組織から逃げることなんてできない。
ならばだ。襲いかかってきたのなら、それを打ち倒すだけの力を手にしていけばいい。ミソラはノートPCを閉じて、アイカの真正面へ向いた。
「市村アイカさん」
ミソラはアイカに向かって、真面目な口調でお願いした。
「多分、敵地になると思う。敵兵が潜伏している可能性もある。だから、私に戦う術をおしえて……ください」
誰に対しても上から目線を貫いたミソラが、相手に謙る態度をとったのだ。そこまでの覚悟を持ったうえで、どんな音を上げるようなことでも耐える覚悟を、すでに持った。家族を守れるためなら、ミソラはどこまでも──。
「いやだね」
断固とした言い方でアイカが言った。金属バットで顔面と後頭部を同時に殴られた気分に陥った。ミソラはなぜと問いただす気力もなくしてしまった。
「聞こえなかったか? もう一度言ってやる。──絶対にいやだ」




