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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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次なる目的地へ──その前に


「つい先程、〈P〉からの連絡が届きました」



 ラムからキャンプ場での食事のさなかに、こう告げてきた。

 ラムが一日の状況を〈P〉に送っているようだが、反対に向こうからの連絡は殆どない。


「いよいよ敵の本拠地でも見つけたか?」

「気が逸りすぎよ。……ラムさん、〈P〉はなんて?」 

「はい、読み上げますね。──アイドルたちよ、いかがお過ごしだろうか。私は常に働き詰めだ。おかげでさる筋から情報を得た。まずはこのURLを開いてみてくれ。一週間後、再度連絡を取るので判断してほしい──とのことです。指令ではない連絡は初めてですね」


 そうなの、とミソラはアイカに視線で訊ねて、そうだと頷いた。


「まずそのURL開けばいいんじゃねえの。ラムはもう見たか?」

「いえ。ただ動画サイトというのは、URLから読み取れました。これを見るなら、皆さんの前がいいと思いまして」

「じゃあ、早速開いて頂戴」


 ノートPCの前にミソラとアイカが集まり、ラムは背後に立った。ミソラがURLをクリックしウィンドウが開く。見知らぬ動画サイトを開いたらしい。動画の再生は始まっているはずだが、映像は真っ暗闇のままで、音声も雑音混じりにしか聞こえない。どことなく潮騒のように聞こえるが、暗闇を映し出しているだけで情報が全くなかった。

 ふと、アイカが声を漏らした。眉をひそめていた。


「どうかしたの?」

「なんか聞こえんな。人の声かこれは。もうちょい声を大きくしてくれ」


 その指示に従い、ミソラはボリュームを最大にした。雑音が一際大きくなり、不快さを伴ってくる。だがアイカの言うことが実感となってやってきたのは、四分の動画の半分を超えたときだった。


『……きこえ、ますか?』


 囁くような女性の声だった。依然として雑音のほうが大きいが、耳をすませば人の声を聞き取れる。

 ミソラたちは耳を澄ませて、声の続きを待つ。ぽつりと女性の声が続いた。


『時間がありません。どうか、私の話を聞いてください。いま、海洋巡間都市サヌールで囚われの身です。長野の邸宅で何者かに拉致され、いつのまにかここへ連れて行かれてしまった。けど、なんとか通信手段を確保して、人知れずメッセージを送っています』


 かすかに聞こえてくる声に聞き馴染んだ響きがあった。胸の奥がざわめき出す。この場合、心が波打つというべきだろうか。手が震え始め、ミソラは唇を震わせた。


『──あの子を、決して危険に合わせたくない。私は宗蓮寺麗奈です。この声を聞いた誰か、どうか、『旅するアイドル』に私が無事だということを伝え──』


 音声は途切れた。動画再生回数は百回も満たない。コメントも数件あったが、なんだこれという戸惑いを覚えているようだ。誰も音声を最大に上げて、微かに漏れる音を聞いていないのだろう。投稿日時は今日の深夜。そしてタイトルは『妹へ』とある。誰を示しているのかは、ミソラの反応がすべてを物語っていた。


「……宗蓮寺、麗奈。たしかにそう言っていましたね」

「お前の姉、だったけか」


 ミソラはうなずき、もう一度二分辺りに動画のカーソルを戻した。


 声を確認したかった。愛しい姉だと確信が持てるように、何度もメッセージを読み込んだ。姉が語った内容は、海洋巡間都市という場所に囚われているが、なんとか通信手段を確保することができたということ。〈P〉がどこでこれを見つけたのか気になる。動画は百回再生も満たず、メッセージ内容も音声を最大にしないと聞こえない仕組みになっている。姉のことだ。あえてそういうふうに仕込んだのだろう。


「姉さん……っ」


 何度も雑音をきく。姉の声は潮騒のように優しい音色を奏でている。


「……よかったぁ、いきて、生きていて………」


 込み上がってくる嗚咽に耐えることができず、ミソラはその場で崩れ落ちた。

 死んでしまったものかと思った。だからこそ、宗蓮寺グループに根付く『フィクサー』なる存在を憎悪し、最終的には復讐を果たそうと考えた。


 あの炎で生き延びているはずがない。邸宅の事件が報道されることなく、大きな力でもみ消されてしまった。だからこそ、姉と兄の死はより心を抉った。


 だがそればかりに固執していて、事実から目を背けていた。二人が殺されることなく誘拐されてしまう。その後に邸宅に火を放ったと考えれば、生存の可能性はある。そして現に展開は、そのように動いている。

 ミソラは落ち着きを取り戻したあと、二人へと意見を求めた。


「……ふたりはこれ、どう思う?」


「どう、と言われましても。この声が本物かどうか、判別が付きませんし」


「だな。……つーか、これを送ってきた目的は何だよ」


「そんなの決まってるでしょ。姉さんはメッセージを残そうとしたのよ。じゃなきゃ、自分の居場所をわざわざ話すと思う?」


「矛盾してねえかそれ」


 アイカの言葉は鋭い。指摘をうけ、ミソラの思考はあるべき方向へと揺れ動いている。


「妹の安否気遣うなら、わざわざ自分の居場所なんて教えねえだろ。ただ一言、妹を助けろとかでいい。……それに、このメッセージがアタシたちに届くと確信しているのが一番気になる。ってまあ、ここまで考えれば、答えは簡単。だろ、妹さん」


「私達を『海洋循環都市』に連れて行こうとする罠ってことね」


 ミソラが答え、アイカが指を鳴らした。


「なんで〈P〉がこんな者見つけてきて送ってきたのかは知らねえ。だが、一週間以内にまた連絡すると言った。罠だと知って、どうするかアタシらが決めろってことだな」


「……決まってる」


 当然、ミソラが選ぶのは一つだけだ。


「乗り込んで、姉さんを連れ出す。それが私の旅の目的だもの」


 旅するアイドルには、各々に目的を持っている。ミソラは明快になった。復讐から救出だ。姉が生存しているなら、兄にも可能性がある。ここでそっぽを向く理由がない。


 しかし問題がある。一つは罠にかかったときの対処法がないこと。そしてもう一つはたとえ助け出せたとして、日本には安寧の地がないことだ。宗蓮寺グループは日本の企業の半分以上を手中に収めている。そんなある種の大きな組織から逃げることなんてできない。


 ならばだ。襲いかかってきたのなら、それを打ち倒すだけの力を手にしていけばいい。ミソラはノートPCを閉じて、アイカの真正面へ向いた。


「市村アイカさん」


 ミソラはアイカに向かって、真面目な口調でお願いした。


「多分、敵地になると思う。敵兵が潜伏している可能性もある。だから、私に戦う術をおしえて……ください」


 誰に対しても上から目線を貫いたミソラが、相手に謙る態度をとったのだ。そこまでの覚悟を持ったうえで、どんな音を上げるようなことでも耐える覚悟を、すでに持った。家族を守れるためなら、ミソラはどこまでも──。


「いやだね」


 断固とした言い方でアイカが言った。金属バットで顔面と後頭部を同時に殴られた気分に陥った。ミソラはなぜと問いただす気力もなくしてしまった。


「聞こえなかったか? もう一度言ってやる。──絶対にいやだ」


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