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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第二章 海洋の旅と新たな旅人(アイドル)
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回り出す運命

 


 両手の指が、ぱちんと弾ける。

 円盤の周りを愉快に走る赤玉の乱舞に、誰もが目を離せないでいた。


「赤の偶数」

「黒にしよう」

「お、俺は賭けに出たぜ。全部のチップを赤だ!」


 プレイヤーが指定量のコインを宣言した箇所へ置いた。プレイヤーは三人で、二人は堅実な中級者であったが、一人だけゲームに熱を浮かしすぎていた。それで破滅してもカジノ側に責任はない。


「これに当たれば、一生遊んで暮らせるぞ。ここに来るのにも苦労したが、世界中のカジノと比べれば結構当たるって聞いたんだ──おっ、来るぞ、来るぞ!!」


 ディーラーは冷ややかな目で円盤へ落ちていく球を見守った。全額をかけた男の叫び声のなか、他のプレイヤーが固唾を飲んでいる。大金をかけたプレイヤーへの期待が高まっているのだろう。同時に大敗を望んでいることも場の空気から掴んでいた。


 球の勢いが衰え始め、最終的にそのどちらでもない箇所へ止まった。

 数字は0。色は緑。ルーレット台唯一の例外のポケットへ球が入った。瞬間、誰もが落胆の声を上げていたが、他人の不幸に過剰なドーパミンが分泌されていることだろう。

 ふと、チップを全額かけたプレイヤーがうめいた。


「……インチキだ」


 ディーラーは眉をひそめた。こういう輩に応対するのもディーラーの仕事だからだ。瞬間、男の怒号が響き渡った。


「この台、操作しやがってるぞ! 俺が大金を賭けたのを尻目に、台を操作させてイカサマしやがったんだ、そうだろう!」


「当カジノにおいて、そのようなことは断じてありません。純粋な真剣勝負で成り立っており──」


「ふざけるな、俺の目はごまかされねえぞ! ルーレットの動きが不自然だった。裏でいかさまできるような機械になってんだろうが」


 観客がにわかにざわめき始めた。男は日本語でイカサマだと叫んでいる。だがこの場に、日本語を理解できる人間はほとんど居ないだろう。唯一、ディーラーだけが日本語を流暢に話せるディーラーだった。


「はあ、めんどうくさいわぁ」


 ディーラーはため息を付いた。本来はそんな表情を出すことすらご法度だった。懐から予備の球を取り出した。指のあいだに三つ挟み、ルーレットを回転させた。それから男に言った。


 かしこまった口調から一点、女ディーラーの放つ声に妖艶さが滲み出す。


「あんた、日本人だったのか」


 女ディーラーは否定も肯定もせず微笑み、それからこんな提案を持ちかけた。


「ゲームしましょう。勝ったら、先程賭けたチップの倍を貴方に差し上げる。どう?」


 女ディーラーの嘲る口調に、男の怒りがピークを達した。台を叩き、悠然と立ち上がり、口角泡を飛ばす。


「ふざけるな、誰がイカサマ台で遊ぶか!」



 男の牙歯が剥き出しになる。その他の客が奇異な目で男に視線を注いでいる。女ディーラーはあえて英語で続けた。


「このカジノに運だけがいい人はいいカモになるだけ。今度来るときは、ネギを背負ってきなさい。カモの臭みって、ほら、鼻孔をえぐるっていうし」


 どっと、周囲の人間からくぐもった笑い声が響いた。男はそれを眺め、湯気が上り詰めるほど顔を赤くしていた。程よく挑発したところで、女ディーラーは男に言った。


「約束は守るわ。別に負けたところで、貴方の手持ちがなくなるわけじゃない。貴方の指定した数字に、私がいまから投げるボールが全て入ったら私の勝ち。一つでも外せば貴方の勝ち。しかもボールは今すぐ投げちゃうから、ボールがポケットに入るまでに数字を言えばいいのよ」


 指の間に挟んでいた三つのボールを華麗な手さばきでルーレット盤に投げ入れた。ボール同士がぶつかり、乱雑な軌道を描く。女ディーラーが挑戦的な目つきで日本人を見ると、男はニヤケ顔で応えた。


「どうせチップねえし、こっちもデメリットねえならやってやる」


「そうこなくっちゃ面白くないわ。じゃあ、他の観客にもルールを説明するわね」


 女ディーラーは英語でいま行っている特別なルールを説明した。周囲から興奮と狂騒の声が上がった。女ディーラーと日本人男が同じ色の表情で見つめ合った。お互い、場の空に酔いしれている証だった。

 ボールの勢いが落ち始める。男はタイミングを見計らい、指定の数字と色を宣言した。


「このタイミングでもいいんだよな。……赤の2番、赤の16番、そして0番としてやる」


「二言は?」


「ねえよ」


 女ディーラーが男の指定場所を周囲の客に英語で伝えた。どよめきが各所から湧くのも当然だ。すでに投げたボールが、男の宣言した場所へ全て入れるなどありえない。イカサマでも──いや、イカサマだとしても、男はボールの勢いが弱ったところで、番号を指定した。そうすることで、イカサマの余地をなくさせた。

 結果が出た。ボールが赤色、そして緑色の場所へと落ちていった。唯一の緑色である0、そして赤色のポケットに収まっていく。


 ボールは0、赤の2、16で完全に止まった。


 一瞬の静寂のあと、男の声が震えだす。


「こ、こんなのありえねえ。これも、イカサマじゃあ……」

「何度やっても同じこと。もう一度、ゲームする?」

「必要ねえよっ、ここにいる奴等が証人だ。イカサマの証拠を引っ剥がしてやる!」


 そう言って、男がルーレット台に手を伸ばす。その瞬間、別の方から手が伸び、男の腕を掴んだ。伸びた手を辿ると、日本人男の背後から来たものだった。


 透き通ったほどのみずみずしい肌、水色のドレスを纏っているが、この場所においては似つかわしくない。まるでコスプレのチャイナ服だった。手の持ち主はアジア系の顔だ。目もとを黒いサングラスで隠しているので感情の判断がつかない。


「ルーレットは神のみぞ知ることものよ。それを操ることの出来る女神を疑うなんて、ちょっとばかり不敬なんじゃないの?」


 男の腕を掴んだ女は日本語でそう言った。男が目を見開いたあと、伸びた手を振り払い激を飛ばす。


「イカサマしてるカジノに不敬もなにもねえ」

「さっきのゲームがイカサマだという根拠をお持ちなの? 同じ日本人として、ずっとあなたを観察していたけど、他のゲームでは割と勝っていたじゃない。なぜルーレットで全額をかけて勝負に出たの?」


 男が動揺を見せた。女ディーラーも同じことを思っていた。むしろ、男が勝負に走ったことが異様といえた。


「チップの全額は三百万、勝ち利益が二百万、さっきの勝負で勝った場合36倍の配当で2億近くの利益を手にすることができたみたいだけど、そこまで強気になるきっかけはなにかしら」


 そう言って、ドレスの女は男の腕をまくった。女ディーラーは異様な袖のふくらみに気付いていたが、それすらも加味してゲームを行った。自分が勝つ自信、というより相手が自滅する可能性のほうが高かったからだ。


 日本人男性の腕に付いていたのは機会な装置だった。背後の女性は興味深そうに眺め手から興味深そうに言った。


「ふむふむ。ルーレットの微かな振動から止まる位置を特定して、腕に伝わる振動でその場所を教えてくれる。いいえ、本質は別のところにありそうね。うーん、ここかな?」


 男が手を振り払おうとするが、女が両腕を抱きしめて締め上げるほうが早かった。女の方は腕の装置の方に関心が向いていた。時計の形をしているが、時刻を描くものはどこにもなく、無機質な機械の配線がみえている。イカサマをしていたのはどちらかは、これで明らかになった。


「ブラックジャック、ポーカーに対応する機能も搭載してあるかもね、この装置。ふーん、ブラックジャックはディーラの腕捌きで予測ができて、ポーカーは他のプレイヤーの具合を知るようにできている。ここまでやるなら、正攻法で勝てたでしょうに。……あなた方の技術は宇宙エレベーターなんてちっぽけな夢に全額投資するほど、安いものではないはずでしょう」


 これには女ディーラーも驚いた。宇宙エレベーターという単語に男から感情が削がれていく。そのまま台の縁にうなだれてしまい、声にならない声を上げた。


「なぜ、俺のことが分かった?」

「さあてね」


 女はとぼける姿勢をみせた。男は特段追求もせず、自分語りを始めた。


「国交省から話の打ち切り話が来た時、本当に露頭に迷った。このままでは、開発が潰れる。海外の企業に話を回っても、まともに話が通じない。……ならせめて、社員たちを迷わせないだけの金を集めるしかなかったんだ」


「確かに技術だけがあっても、それを使えるだけの場所がないとただの宝の持ち腐れ。現在の中小が陥っている問題の一つね」


 現在、環境問題に際して宇宙エレベーター計画は非難の対象になっていると聞く。そんな机上の空論に、税金を使われているのだから溜まったものではないのだろう。日本はもっと堅実だと思っていたが、内部は派手好きな物好きが多いのかもしれない。


 警備員が近づいてきた。イカサマの発覚は、問答無用でカジノからの退出、加えて出入り禁止となる。その末路に同情はしない。ルールあってこそ、カジノは辛うじて成立している。男が警備員に連れ去られようとする間際、この場をかっさらった女が呼び止めた。


「あ、ちょっとまっておじさま。降りたらここに連絡かけてみて。うまく行けば、次の仕事になるかもしれないから」


 女は懐から端末を取り出し操作を始めた。男は端末を取り、画面を見て活気を取り戻した。


「あ、あんた、なんで、こんなところに──」

「まあ、色々ありまして。でもこの証明なら、多分話聞いてもらえるはずだから」


 メモ書きのようなものを中小企業社長に送ったようだ。彼がなぜ驚いているのかは、わからずじまいだが。男は涙ぐみながら、カジノから退出した。あっけにとられるのは周囲の人間だ。彼女は何者だという興味が広がる。


「さて」


 不意に女がこちらへ振り向いた。女ディーラーは耳元から届いた指令に耳を澄ませた。


『その女性は君と相手をしてくるだろう。まだ賭けごとはしていないみたいだが。一応、VIPの連れだ。丁重に相手をしてあげてくれ』


「──と、耳裏の装置が言ってそうだけど、私としては、あなたの全力で立ち向かってほしい。じゃなきゃ面白くないでしょ?」


 そう言って、女は一枚のチップをつまんで見せびらかした。彼女の持ちチップということだろうか。


「一対一の勝負。なに、さっきの人のように大金持ってるわけじゃない。ただ、どこまで私が勝ち続けるかの勝負よ。もちろん、あなたを相手にね」

「……ふーん、場をかっさらうだけの女じゃなさそうね」


 水色のドレス女は艷やかに笑った。それがとても品のあるものとは思えないのに、女ディーラーの認識が目の前の女性を『只人』ではないことを知らしめた。


「種を蒔けそうなところに、とりあえず種を蒔く。これが私の座右の銘ってところかしら。だからあなたに話し掛けたのも、その一環かな? 直感とも言える」

「……名前は?」


 緊張した面持ちで女ディーラーは尋ねた。余裕なんてとてもじゃないが見せられない。それほどまでに、彼女の品格は気高く、圧倒的だったからだ。そしてそれは、名前に裏付けされているのだと知る。


「宗蓮寺麗奈。一応、ここの設立者の一人でいいのかしらね?」


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