Next Traveling! 〈1〉
松倉は事情聴取を終えて東京の本社に戻ってきた。石川での事情聴取のあと、彼らに誘拐されたということになっていた。ただし被害届は出さないことにした。身ぐるみを剥がされた程度で、あとは脇腹にかゆみがあるぐらいだからだ。くすぐりで情報を吐いてしまったとは、自分のプライドにかけて言えない。
フィクサーにこってり圧力を加えられるか、それとも人知れず社会の闇に葬り去られるか。憂鬱な気分とともに、本社の最上階から一階下の人気のない場所へと赴く。
扉の前の認証に出迎えられ、中へ入る。松倉は目を瞠った。
そこには一人の女性が立っていた。部屋も明るく、物怖じた空気がまるでない。
一瞬で心を奪われるほどに整った容姿をしていた。オフィスメイクでも素材の圧倒的なポテンシャルによって引き立つほど、彼女の端正な顔たちは見事の一言だった。我社のスーツを着ている。迷い込んでしまったのなら、すぐにでも遠ざけたほうが懸命だ。あわよくば、借りも作っておいて、個人的に仲良くしたい。ろくでもない女達と関わったせいで、松倉は目の前の女性に完全にときめいてしまっていた。
「あ、あの、ここは君が立ち入るところじゃないと思うがね」
「分かっています、松倉さん。たったいま、フィクサーの一人が脱退することになりました。あ、意見は必要ありません。ご想像の中で処理してください」
その女性は二十代半ばあたりに思えたが、やけに若い気がした。彼女はまっすぐこちらへ向かい、すぐ目の前に迫ってきていた。甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「で、どうでした。今をときめきそうな集団に捕まっていた感想は?」
なぜ彼女がそのことを知っているのだろうか。ふと、松倉は女性が見覚えのある気がしてよく見た。特に眼だ。真っ赤に染まっている。まるで「太陽」のようだった。
「……君、もしかして」
「太陽の目」。日本でここまで真っ赤な眼を持つ者は珍しい。しかも珍しいだけではなく、知っている人は画面上でその目を見てきているはずだ。最近、ミソラがその曲を披露していたこともあって、彼女が目の前にいる事実に何かしらの因果を感じずには居られなかった。
彼女は言った。
「これからあなたの上司になります。先導ハルです。役職は、宗蓮寺グループ特別顧問というところでしょうか。どうかお見知りおきを」
そんな心奪われる笑みに松倉は脳を揺さぶられた。
とても仕事が楽しみになってきた。もはや普通の感覚がないことは先刻承知のことで、せめてこうした癒やしがないとやっていけない。
「手始めに、松倉さんはしばらく謹慎です。あれだけの騒ぎがあって、社内の見る目も変わったでしょう」
「……謹慎かクビのどちらかを覚悟していました」
「敬語は不要です。私のほうが年下で後輩ですから──あとそれから」
彼女はスマホを取り出し、松倉に見せつけた。
「これを踊っている『宗蓮寺ミソラ』について詳しくお聞かせ願いませんか」
「……それって、自分の曲の利用されてんのが気に入らねえってことか」
宗蓮寺ミソラの踊っていた楽曲は、かつて世間を席巻したアイドルグループの楽曲だ。特別顧問を名乗る女性がこれを全く無視できるわけがないと、松倉は納得する。先導ハルは目を細めて、なつかしげに語った。
「一応、あの曲の作詞を少し担当したので。だからというわけではありませんが」
そう言って笑ったが、瞳の奥にはかつてな激情が灯っていた。この人も、一筋縄ではいかなそうだと、松倉は感じ取った。
「いつか出会いたいものです。その『空気』は、私が味わったことがあるものなのかどうか──」
『聞こえてる? 誰か聞こえていますか!? 私は宗蓮寺麗奈です。この声を聞いた誰か、どうか、ミソラに私が無事だということを伝え──』
音声が途切れた。薄暗い部屋のなか、誰もが声を潜めざるおえなかった。
「以上が、今朝我々のもとに届いたメッセージだ。わざわざ妹である宗蓮寺ミソラを指定してきた。発信場所も特定している。しかし我々が立ち入るには、少々厄介な場所だ。慎重に行動をするように願うよ」
上司は組織のメンバーのなかで、唯一の女性に目を向けて告げた。
「国家の安全には、守るべきものを守り、排除するべきものを排除する断固たる覚悟が必要だ。──そのために、君の尊厳を奪わなければならない。良いかね?」
配属されてからの初の任務。上司の言葉を想像し尽くし、最悪の事態まで考える。
やがて強めにうなずき、覚悟を示した。
日本の安全を守るための覚悟はできた。それが大きな試練の幕開けになるとは、この場にいる誰も思うことはなかった。
第一章 「Traveling! 始動」 完




