旅と道連れ、世に情けを
日夜、ワイドショーで騒がれる人体実験疑惑。旅するアイドルなる集団が公開したMVには、数々の犯罪の証拠があがっていた。ショッピングモールでの銃撃、誘拐、軟禁、そしてカルマウイルスの特効薬が完成するために人体実験をした数々のデータが、MVのメイキング動画に掲載されていた。かつてない日本の不祥事に、世界中の人間が糾弾した。
「……まあ、向こうが弾いた引き金だけどね」
ミソラは他人事のようにつぶやいた。車内ではタブレットを手に、事の顛末を眺めていた。内心、安堵することはなかった。解決したのは、一人の少女に取り巻く問題についてだ。それが顕在化されただけで、根本的な解決はこれからだ。
「奴らが自首する動きだったら、MVなんて晒さなかったよ。向こうは案の定、隠蔽の方向へ動いた。当然の成り行きよ」
ニュースでは、特効薬を打ち生存したものへの当たりも強まった。寄付金の額で生き残ったという理不尽な格差が、今回の事態を招いたと考えているからだ。これはさすがにバッシングすることではないと、ミソラは思っていた。格差が悪いのではなく、それを人を選ぶことに利用した研究側の責任だ。現に、寄付したお金は、一切の不正なく研究費に充てられていたようだ。世界を救った事実も、本当のことだ。
ミソラはタブレットをオフにし、車内を見渡した。三人の家族が荷物の確認をしあっている。
「英語のハンドブックは持ったか? 着替えにお金、携帯も忘れるな。向こうで翻訳に使うからな」
「そうそう。充電器と変圧器も忘れないように。ユキナ、忘れ物したらしばらく日本に帰れないからね。ゲームとか、漫画とかダウンロードしたほうがいいわよ」
「もう心配性なんだから、二人共。それにお父さん、なんで英語の買ったの、ドイツ語って存在してるんだよ?」
三人は初めての海外らしい。それもドイツとなれば、言語の壁も大きい。英語も通用すると思うが、大半はドイツ語での会話を余儀なくされるだろう。
「あのー、ご心配なく。現地で通訳を雇っていますから。半年分は雇い入れていますが、それ以上はそちらで雇ってもらうか、ドイツ語の習得に精を入れてもらえばと思います」
ラムが言った。ユキナの両親は瞳をうるませている。
「あんたらには、とんでもない借りができちまった。俺たちがとてもじゃねえか返しきれるもんじゃねえ。……なあ、あんたらはどうして、ユキナのためにそこまでしてくれたんだ」
それにはアイカが一刀両断した。
「別にアイツのためじゃねえよ。アタシたちの目的のために都合が良かったから利用したんだ。そこんところ間違えんな。一応、こっちがユキナを命に危険に晒したんだ。もうこいつにつかいもんにならねえし、向こうの国でせいぜい──」
「アイカちゃん」
ユキナがアイカの側に近づき、その全身を抱きしめた。突然のことに慌てふためくアイカに、ユキナがそっと囁いた。
「ずっと、わたしの心配、あと守ってくれてありがとう。アイカちゃんのことだから、無茶ばっかりすると思うけど……どうか、元気でね」
「──ッ」
アイカが顔を背け、頬のあたりが緩みっぱなしになっている。からかいたいところだが、水を指すのは野暮だ。
「ラムさんも、お世話になりました。みんなのこと、よろしくおねがいします」
「……はい。承りました」
「それから〈P〉さんも。あなたが私を見つけていなかったら、私は多分、いまごろ──」
『その確率はゼロだ。君は自分の意志で戦うことを選んだ。それだけで勝利なのだ。だがこれからは、君が君自身の力で体の毒に打ち勝たなければならない。信頼のおける医師に依頼はしたが、確実に治してくれる保障はない。……どうか、私の言葉を鵜呑みにしないよう、自分で考えてくれ。人間はそれが出来る生き物だ』
厳しいような言葉にも、ユキナは頷いて答えてみせた。
ユキナは特効薬の毒素を排出するため、ドイツの病院で治療をうけることになった。予め、病状とサーバーから入手した被験者のデータを、〈P〉が見初めた医師に連絡した。日本にもいたらしいが、ユキナが訪れた際は門前払いを食らったため、仕方なく海外の医師を尋ねるしかなかった。そんなバカ高い費用を〈P〉がどう捻出したかについては、あまり考えないことにした。今回のMVは、日本政府が削除してしまったせいで、収益が見込めなかった。ただし、様々な動画サイトでは削除を免れている事が多く、主に海外ユーザーからの視聴回数により収益化が可能となった。中には支援金を送ってくるものも居て、そこそこの懐が潤った。ただし、旅の運営費には一円にもならない。ユキナへの治療費、ショッピングモールの修繕費に殆ど使われてしまったからだ。
ミソラは三人の荷物運びを手伝いにでた。他の三人は車内で待機すると決めた。慣れない空港の案内をし、手続きを手伝った。搭乗の際の注意点なども伝え、出発ロビー前まで共に行く。
「ユキナ、私達先に行っているわ」
「うん、わかった」
ユキナの両親がミソラたちに頭を下げロビーの奥まで消えていった。ミソラは未だに言葉を贈っていない。何を言ったらいいのかわからなかった。
「……行っちゃうのね」
「私に居てほしかったんですか?」
「あなたが居たから、少しだけ安心できたところがあった。ほら、みんなああだし」
常識人と呼べる人間がユキナとラムだけだったというだけだ。ラムは〈P〉の意向に沿って動いているので、とっつきづらい関係ではあった。
「ユキナさん、私の看病ありがとう。……それから、ちゃんと治して帰ってきてね。今度は、私達のような人から離れた普通の生活を──」
その瞬間だった。ユキナがとつぜんミソラの両手を手にとった。胸のところでぎゅっと握り、彼女が言った。
「〈P〉さん、ラムさん、アイカちゃん、そしてミソラさんと一緒に居て、一緒に歌って、楽しいって思えたことがたくさんできた。辛いことだけじゃありません。ずっと、楽しかったんです」
その目の輝きに一切の濁りはない。目をそらしたくなるほどの純真さにはミソラの胸がうずいた。
「みなさんと一緒にアイドルがしたい。絶対に帰ってきます」
「……私たち、『旅するアイドル』よ。見つけられる?」
「絶対に見つけてみせますっ。──どうか、ミソラさんが望んだものが手に入るよう、向こうから祈っています」
ユキナは出発ロビーの奥へと消えていった。名残惜しそうに手を振り、それに答えるように手を降った。一時の別れ、と思っていいのだろう。もしかしたら、永遠の別れという可能性もある。後悔がないように言葉は尽くしたつもりだ。
キャンピングカーへ戻り、ミソラはソファへ座る。この場にいる全員に、こう告げる。
「次、どこへいく?」
アイカがベッドに寝転がりながら言う。
「アタシの番だろ。宗蓮寺グループがアイツらを雇っているみてえだしな」
「近づけるの、あそこに」
そもそも東京へ行けるかどうかも怪しい。あれだけ騒いでおいて、潜める場所も少なくなっているというのに。
『放浪するしかない。君たちはしばらくの間は二人で活動することになるが、方針は決まったかね?』
「あんなのは一度で懲り懲りだ。もうアタシたちがやる意味なんてないだろ」
「同感、といいたいところだけど、ユキナが戻ってきたら問答無用でやらせるから」
「なんでそうなんだよ」
「そういう約束だからよ」
エンジンがかかり、ラムが車を走らせた。
ミソラは窓の景色へ視線を移す。青空へ飛びだつ者が小さくなるまで眺めていた。




