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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】 第一章 Traling,始動
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氷雪の鎮魂歌

 厚労省内部は異様な慌ただしさで溢れかえっていた。サーバーはダウンできず、省内のスピーカーは絶えず歌が鳴り響く。狭間はその歌が、原ユキナのものだと分かった。


 誰もが足を止めて、歌声に耳を傾けている。疑念に満ちた表情、数分程度で曲は終了した。そして本番と言わんばかりに、原ユキナがこう口にした。


『見ていただいてありがとうございます、茶蔵清武さん』


『……いまのは、なんなのだ。これまで長く生きてきたが、こんな不可解な重になったのは初めてだぞ』


『もっとはっきりおっしゃったらどうですか。あなたの抱いているそれは、不快な感情です。特効薬開発のために犠牲にした十人の嘆きを、あなたは感じ取ったのではありませんか?』


 瞬間、省内が一斉にざわめきはじめた。茶蔵さんが人体実験? 特効薬ってカルマウイルスのことだよな。ていうか、何処で話してんだ? 副大臣、休暇とっていたって言うけど、まさかね。


「……なるほど、告発が目的だったわけか」


 茶蔵の別荘へ原ユキナがいる。それは分かった。だが甘い。省内にいる人間の告発などいつでももみ消せる。狭間はそのためにサーバー室へ省内の放送エリアへ向かった。そこでは雇い入れた半グレたちが揃っていた。放送担当者は彼らの圧に怯えきっていたが、狭間の姿をみて安心を覚えたようだ。


「あ、狭間さん。大変ですよっ。省内全てのスピーカーが掌握されていて、こちらからも操作できないんです」


「電源を落とすしかない。そのあとで、私が放送に入るっ。いそげ!」


 はい、と放送担当は不慣れな手付きで機材を操作した。瞬間、スピーカーから音が止まる。安堵感が支配したが、すぐに狭間は部屋を出た。

 狭間は省内が何者かの不正アクセスを許してしまったことと、事実確認が出来るまで不用意な発信をしないことを部署に伝えた。念の為、厚労省の入り口を封鎖し、誰も外へ出ないようにさせた。


 警察の自嘲聴取には、狭間があたった。犯人は石川での事件の首謀者だと話した。休暇中の茶蔵へ連絡をかけた。出ないことも考えたが、あっさりと応答に応じた。



「茶蔵さん、いま省内でとんでもないことが起こりまして」


 かいつまんで、宗蓮寺ミソラと市村アイカの一座がサーバールームを掌握し、そちらで起こった出来事が省内のスピーカで筒抜けになったことを話した。茶蔵は重い沈黙を貫いた。


「その、原ユキナはいまそこにおられるのですか?」


『もう行ってしまった。兵を一人くらいは連れてくるべきだったかな』


「そこで一体、何をされていたのですか、原ユキナは」


『……聞いていたのだろう。歌を聞かされたよ。彼女が言うには、亡くなったものへの鎮魂歌、とのことだ』


 わけがわからない。茶蔵の口調から動揺がみえた。どう対応するのか、尋ねるときっぱりと言った。


『そんな事実はないと、貫き通せばいい。……なに、原ユキナなぞいつでも確保できる。それに実験サンプルはもう二人いる。我々は、諦めるわけにはいかないのだよ──』


 彼が戻ってきてからすぐに、会見を開いた。どこぞの誰かが内部告発するのは予期していた。ご丁寧に録音、録画されたものがネットに流れていた。そして一連の事態が巧妙な犯罪であることを強調した。


「私は過去から今まで、感染者に対する人体実験を行った事実はありません。投与には徹底的な安全性を確認したうえでの臨床をはじめました。不透明な事実は一切なく、誠実に対応したものだと考えています」


 質問は立て続けにやってきた。真意を探ろうとするもの、揚げ足を取ろうとするもの。記事に飛びつくような発言をさせたがっているのだろうが、茶蔵は見事にかわしきってみせた。


 約二時間もの記者会見が終わった。SNSなどでは、賛否両論の意見で溢れかえっていたが、概ね時間が立てば忘れ去られるものになってくれそうだ。


 つかの間の安心したそのとき、一人の記者、いや、ほぼすべての記者が各々持っている端末を凝視していた。それから、ぽつりと、記者がつぶやいた。


「あ、あの最後に一つだけ……『旅するアイドル』という言葉に聞き覚えはないでしょうか?」


 茶蔵は眉をひそめた。だが狭間はなんだか嫌な予感がして、すぐさまスマホで検索をかけた。記者が言った。


「その、会見中に上がったみたいなんですけど、その内容が──」


 すると音声が微かに届いてきた。誰もがそうした。茶蔵に音を聞かせ、そして一番前方にいる記者が親切心でパソコンの画面を見せつけてきた。

 茶蔵と原ユキナが対峙している場面が映っていた。



 狭間は慌てて動画サイトを開き、旅するアイドルと検索をかけた。

 サムネイルは衣装に身を包んでいる原ユキナ。

 タイトルにはこう書かれていた。


【MV】 氷雪の鎮魂歌 【原ユキナ from 旅するアイドル】











 冒頭から、原ユキナのモノローグにてそれは始まった。


「たとえ道端で踏みつけられる花だとしても──」


 萎れて黒ずんでいる花を誰かの手が優しく包み込む。すると手が離れたあと、その花は最初の本来の色が戻っていた。ただし、元気が戻ることなく、一陣の風が花びらを散らせた。

 風邪の動きに合わさるように空へカメラが向かう。曇り空からゆったりと行きが舞い落ちた。


「最後まで、咲いていたいです」


 曲が流れ始めた。切ない響きの弦楽器が物悲しいイントロを醸し出す。

 ユキナの歌声が始まった。世に出ている歌手と遜色ない透き通った声から、誰かの影が床に落ちている何かしらの残骸を拾い集めていく。石灰が固まったものだ。元々は一つの形だったものが、無残に壊されているのだ。腕の中で一杯になったその残骸を、ユキナが優しく抱きとめていた。

 場面が変わる。何処かの車内から、窓の外を眺めるユキナ。寂しそうに見つめるだけだった。

 Bメロ、サビは聞くだけで物悲しく、歌詞も儚い世界を描き出していた。歌声も今にも失われてしまいそうな、細い声を見事に歌いきっていた。

 ここまでは普通のアーティストによる映像だ。だが、サビが終わった瞬間に、曲調ががらりと変わった。

 演奏楽器が増え、テンポが早くなっていく。2コーラス目、ここから映像が本番だった。

 晴れになった空に、ユキナが外へ飛び出す。彼女は決意を眼差しに、背後の仲間たちに振り返っていた。

 場面は切り替わり、キャンピングカーの走行の様子が映る。場面が目まぐるしく変わり、住宅の前で止まり、ユキナがインターホンを鳴らす。出てきた住人たちは不審な目で彼女を見つめていたが、ここで台詞が入った。


「カルマウイルスが治ったのに、その後、謎の病気でなくされた方ですよね?」


 これを初めて見た人間は、目を見開いたことだろう。その後、家の中で案内されるユキナ。話をしていくうちに涙と怒りをにじませる人たちの姿が、2コーラス目の主な内容だった。勇ましいほどの曲調には、原ユキナが胸に抱えている激情が込められている気がしてならなかった。


「私は、最期まで戦います」


 ラストサビに入る前のパートで、青い空と何処まで広がる草原が映った。ユキナの正面に立っている人物は、当然ながら茶蔵清武だ。彼は懐から拳銃を取り出して、セーフティーを外そうとしたのだが、ユキナが体重をかけてタックルするほうが早かった。


「卑怯な死に方をしないでください。罪を償う方法なんて、私にはわからないけど、せめて遺族の方に『大義』のために犠牲になってもらったって、言ってからにして。あなたが勝手に死ぬことは許さない」


 それからユキナは拳銃を手に放り投げた。振り返ってからユキナが茶蔵に振り返った。


「いいえ。今から届けるんです」


「亡くなった人たちに捧げる、私の歌を──」


 ユキナはラスサビの爆発するような感情を唄った。

 振り付けも歌に併せて、美しいうごきをみせた。とても、体を蝕んでいる人間の気力ではなかった。

 その間、茶蔵の動揺の顔が映し出されていた。どことなく、焦っているように見えた。それもそうだろう。ユキナが歌っているものは、亡くなったものへの鎮魂歌だ。原因を作った茶蔵には亡霊と相対しているように思ったことだろう。

 最後の最後まで、ユキナは堂々と歌いきった。残心、というべき最後の振り付けが終わり、曲も終わった。一拍の間のあと、ユキナは茶蔵に言った。


「私、体を治して帰ってきます。だから、もう、終わりにしましょう。それと、特効薬を作ったことだけは、立派だと思いました。そのことに関して、本当にありがとうございまず」



 ユキナは背後を振り返り、そのまま離れていった。茶蔵の背から、哀愁の漂う昼下がりの様子を最後に、スタッフロールが流れた。

 映像参加者に、見覚えのある名前ばかりが並んでいる。特効薬を完成させるために人体実験をした者の名字だった。本物の遺族の協力を、彼女たちは取り付けていたようだ。

 狭間は口を開くことができなかった。これは、なんだ。どうしてこうなった。狭間は立て続けに起きる言葉の嵐に飲み込まれていった。

 そして茶蔵は呆然と立ち尽くし、フラッシュの波を浴びるだけの生物と化した。



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