誰かのために描く世界
大阪府のコインパーキング前に到着した。一行はユキナの両親に礼をいい、新たな車に乗り換えた。新車ではなさそうだが、前のキャンピングカーと同じ設備が整っている。ただしベッドは少し狭くなってしまった。
『世話になった。私の突然の要求を飲み込んでくれたこと、心より感謝する』
「娘が信用したんだ。……俺たちが出来ることがあれば何でも言ってくれ」
後日、連絡を入れると言って〈P〉は一足先に車内に乗り込んだ。続いてラムが運転席に、アイカはラムの護衛のため、助手席に座ることになった。
ユキナは両親と抱擁を交わしていた。まるでクライマックス前の映画を見ているようだ。
「こんなときじゃないと、『ありがとう』とかいえないね」
「いいのよ、こんなときにじゃないと伝わらないもの」
「……俺は後悔していることがある。娘じゃなくて、俺が感染していたら良かったのにってよぉ」
「馬鹿ね、あなた。あなたが生きているから、ユキナも私も不自由なく暮らせているのよ。それに──」
「二人とも『もしも』の話なんてしないでよぉ」
じっと見つめるものではない。自分に両親が居た場合、どのような関係を築けているのだろうと考えてしまう。もっとも、姉たちの語る父と母は、宗蓮寺グループをブラック企業に仕立て上げた悪徳にあふれていたらしい。姉たちが働き方を根本的に変えたおかげで、世界でも有数の優良企業へと成り上がったのだから
姉たちはそんな努力もあってか、ミソラに対する情熱も親以上のものを捧げている気がする。本当の親は居ないけど、親代わりはいる。ユキナたちに対する微笑ましさも、その名残といえる。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
親子の最後の会話になるかもしれない。そんな雰囲気を感じさせないほどに、かわされたやり取りはごく僅かだった。ユキナが乗り込み、続いてミソラが乗り込もうとしたときにユキナの両親が『あの』と呼び止めた。
「……あなたのステージをネットで拝見しました。消される前でしたけど、DLできましたから。ハッピーハックの曲、歌ってましたね」
「まあ、突然流れたものですから」
「……はい。えっと、お母様も好きなんですか、ハッピーハック」
「……好きだったのだと思います」
「ファンだから分かります。あなたはあの曲を、体に馴染むまでに踊り続けていた。たぶん、世界で一番に」
ユキナの母がまっすぐと見据えてくる。ごまかしは通用しない。本能的にそう悟った。
「曲がかかったら、不思議と体が動き始めたんです。反応したと言うと、ちょっと動物みたいであれですけど。……でも、あの曲に対しては背けていけない。そんな気がしただけです」
ミソラは車内に乗り込んでから、二人に会釈した。相手の反応を待つ前に扉を締めた。
内装を確かめにあたりを見渡すと、異様なものが二つほどそこにあった。一つは電子ピアノ。そしてもう一つがノートPCだ。
「……お膳立てしすぎじゃない?」
『アイドルには必要なものだろう。他は君たちが用意するといい』
受け入れることしかできなかった現実を、彼女は手にすることができた。様々な思惑の中の一端に過ぎない。だがその中でも選択できることはある。
「──旅するアイドルなんだっけ、私達って。なら、すこしだけそこに与ろうかしら」
ステージに立つことで、人を動かすことができた今までとは違う。立ったところで凶弾に倒れるだけだ。なら、他のアプローチからすすめるしかない。
「ユキナさん、あなたの思いを描いて頂戴。私が、曲を作るわ」
そして歌うのだ。原ユキナが思い描く『世界』のあり方を。
ミソラがテーブルに付いた。それから〈P〉、アイカ、ユキナが椅子に座る。顔つきに強い意志がこもっている。ミソラは開口一番に宣言した。
「MV、初めてだけど作ってみましょうか」
まさにアイドルらしい活動ではないか。もっとも世間で一番エキセントリックなMVになりそうな予感だ。




