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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】 第一章 Traling,始動
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リーダー任命、らしい?

 茶蔵との会食を終えた後、狭間は都内の秘密の作戦室へ向かい、部下からの報告を逐一聞いていた。スマホには原ユキナが飲み込んだGPSが表示されている。もちろんタイムリミットがあり、排便とともに体外へと排出されてしまうまえに、彼女を再び捕える必要がある。今度は手段を選ぶ必要はない。雇った始末やに、原ユキナ以外の人間を抹殺するメイをすでに下している。未だに芳しい報告はやってこない。そして一行はなぜか高速道路へと進んだ。愚かな選択か、それとも罠か。だが畳み掛けるならこのタイミングしかない。

 挟撃作戦を展開した。頭数だけはこちらにある。向こうは補給を一切行っていない。そこで高速道路へ進んだとなれば、必ず燃料切れを起こすはずだ。そのため、各パーキングエリアで人員を配置した。止まったところを襲撃し、連れ去るという魂胆だ。

 仲間からパーキングエリアによったと情報が入った。奴等は車を止めたかとおもいきや、突然車内の音楽を鳴らし始めたらしい。大音量で、周囲の迷惑を顧みなかったようだ。

「なにをやってるのだ、奴らは……?」

 しかしそのすぐさま、車の周囲から煙が漂い始めたという報告が届いた。辺りに異臭がただよいはじめ、小雨が降っている関係で視界が一気に覆われていく。

「確保しろっ。奴等の罠だという可能性もあるが、ここで奴らを逃がすよりマシだ」

 人員は狭間の支持に従い、構わず確保に走った。一分もしないうちに報告が届いた。

『彼女たちが乗っていたキャンピングカーには誰も……いえ、一人だけしか載っていません。下着一枚姿で、宗蓮寺本社勤めの松倉幸喜だと名乗っています』

「馬鹿なっ、ちゃんと確認はしたのか。──まて、松倉が縛られている?」

 詳しく聞いたところ、キャンピングカーの中はエンジンがつけっぱなしのまま、下着姿の松倉がベッドの上に転がっていたらしい。彼を救出するように命を下し、近隣のパーキングエリア内を散策するように命じた。GPSはある程度移動しないと、位置情報が更新されない欠点がある。これは特に胃カメラのGPSは、大まかな位置を報せるおまけの機能でしかない。十数分が経ち、他の箇所を捜索にあたったものの、彼女たちの影はどこにもなかったらしい。しかし、ユキナのGPSは未だに機能している。つまり、ちょうど体外から排出されるときなのかもしれない。

「女子トイレ前に待機しろ。おそらくその中に奴らがいる」

 狭間の部下が配置を開始した。連行用の車両と、始末用の車両がトイレ前に配置完了の報告が届いた。あとは奴らがしびれを切らした瞬間を連れ去るだけ──。

 しかし、耳元に異様な音が届いた。警察車両のサイレンの音ではないか?

「おい、そこにパトカー来てるか?」

『はい。おそらく異臭騒ぎで来たと思いますけど、それにしては早いですね。パトカー数台以上同時に来てますから』

 それはたしかに変だ。一大ならいざしらず、連携して捜査にあたるのはまるで凶悪犯罪を相手にしているみたいだ。

『パトカーは彼女たちが乗っていたキャンピングカーで止まりました。……あの、接触は控えたほうがいいですよね』

「ああそうしろ。……待て」

 そもそもパトカーは異臭騒ぎでやってきたのか? 石川のショッピングモールでの事件は全国にまたたく間に広まっている。高速道路に乗った時点で、車体がひしゃげたキャンピングカーは監視カメラで捉えているはずだ。つまり、異臭騒ぎは狭間たちを撹乱する要素でしかなく、警察があのキャンピングカーに来ることが目的だとするなら──。そのときだった。

 ユキナの体内のGPSが動き始めた。

「動き出したぞっ。今すぐ確保に当たれ!」

 狭間は叫んだ。

「奴等は高速を降りるはずだ。挟み撃ちで奴等を捕らえろ」

『で、ですが車両がわかりませんっ』

 車を乗り換えたのは明らかだ。どうやってと考える必要なない。どうやって確保するか、その一点に絞れば逃すことはない。

 だが

 微かに電話口から声が聞こえる。雨音で詳しくは聞き取れないが、仲間が代わりにメッセージを読み上げた。

『厚労省副大臣、茶蔵清武に通達します。これより私たちは、あなた達の悪行を暴き、尊い命を救いに大切なものを奪いに参ります。キャンピングカーからしきりにそんなメッセージが届いているのですが──』

 狭間は怒りと恐怖がないまぜになったまま、スマホを床に叩きつけた。あの車はパトカーを呼び出し撹乱させるのと同時に、メッセンジャーの役割を果たした。

 しかも茶蔵が黒幕だと知っている。データとはつまり、健康体の原ユキナのカルテのことだろう。それだけではない。彼女たちは、『犠牲』のことまで気付いている節がある。狭間はスマホを拾い上げ、茶蔵へと連絡をかけた。追跡のことを話すと、茶蔵の声音が変化した。

『……そうか。ならば、私は体調不良を装う必要があるな』

「はい。ですが、データはどうしましょう。直接サーバーごと持っていくわけにはいきませんし」

『あのデータは貴重なサンプルだ。消したところで、奴等は止まりはしない。必ず別の手段を用いて、特効薬の悪意性を暴こうとするだろう。そんな事実はもうないが、小さな火が大きな火災を生み出す。用心に越したことはない』

「分かりました。いまから別荘を用意させます。今日は体調不良だと通達しますが、長い時間はかけられません」

『分かっている。せいぜい、一週間が限度だ。その間の仕事は部下に任せるが、君がなんとかサポートしてほしい』

 はい、と狭間は言ってから、通話を終了させた。いますぐ厚労省へ趣き、データの移動を開始させるべきだ。

 スキャンダルは隠す必要がある。茶蔵が今後も厚労省の重鎮で居続ける限り、狭間の将来は安泰だ。逆に言えば、茶蔵の後ろ盾なしに狭間は無価値でしかないという証左にもなりえる。なんとしても、奴らの横暴を許してはならない。

 

 

 ウィンドウガラスから少し顔を出して周囲を確認してみる。市街地を走行しているからか、どの車も追跡しているように思えてしまう。そうやって眺めているうちに、ふくらはぎに重い感触がやってきた。骨がきしみ上がるような痛みにうめき、すぐ背後を振り返った。ラムがバランスを崩したような態勢で寝転がっていた。

「す、すみません。その何分、背が高いものでして」

「あなた、普通に座っていたほうがいいんじゃないの?」

 ミソラは言った。潜むような声になったのは、体の自由が効かない状態なのと、前方に初対面の相手がいるからだ。その初対面の二人のうちの一人がミソラのいる方へ振り返った。

「ごめんなさいねみなさん、もう少しだけの辛抱だよ。ユキナもそんなところに収まって大丈夫かい?」 

 前からユキナの声が聞こえた。彼女は普通に声を出した。

「ダッシュボードの下ってアイカちゃんのほうがいいと思うんだけど。ミニバンとかだったら苦労はなかったんだけど、うち三人家族だから……」

「アタシがそこにいると痛みで叫ぶことになるぞ、多分な」

 アイカは怪我のこともあって、普通に座っている。後部座席に三人も座れないので、ミソラとラムがちょうどよく収まるように、ラムが下で足を伸ばし、ミソラが顔を窓から見えないように猫背の体勢をとっていた。

「おかげで丸まっていられるものね。こんな窮屈な座り方をしたのは初めて」

 ふてくされるミソラに、運転している男性が言い放つ。

「だからといって、あまり顔を出さないでおくれよ。四人乗りの車に、七人も乗っていたと知られたら、車を止めなきゃならん」

「そんときゃ、逃げればいいだろ」

「君たちが乗っているおかげで、法定速度以上のスピードは期待できない」

 アイカは納得の顔を浮かべた。自分たちのせいで、重量が増し燃料の消費が早まっている。たしか車内に重いものを収納して走るとそうなるだとか。

「それにしても、彼は良かったのかね? トランクの中で何時間も危険だと思うのだが」

 ユキナの父に、ラムははっきりとこう告げた。

「大丈夫です。いざというときは連絡を入れると思いますから、そのまま目的地まで連れて行ってください」

「それならいいのだが。……あれだな、ユキナのお友達はなかなかに個性的だ。少し話をしていってもいいかね」

 するとユキナが抗議の声を上げた。

「や、やめてよお父さん……」

「そうよお父さん、抜け駆け禁止よ。この子たち、アイドルなんだからプライベートを探るものではありませんっ。……ふふ、でもアイドルかあ。娘がそうなっちゃうなんて、夢のようね」

「もうっ、お母さんも黙っててよぉ」

 そんな親子の会話をミソラは微笑ましく感じていた。二人の協力なしでは追手に捕まっていただろう。

 〈P〉はユキナの両親にコンタクトを取り、松倉と車を捨て別の車へとの乗って逃亡するための用意をしていた。現在、〈P〉が手配した新たな車両のもとへ向かっている最中だ。

 するとラムがユキナの両親にこう尋ねていた。

「帰国の日より随分と早いですね。〈P〉の要請ですか?」

「はい。〈P〉さんから急いで帰国して、お手伝いしたいことがあると連絡が届きました。私達は用意されたお金を元に、いろんな国を経由して日本へ帰ってきたんです。このほうが、『敵』も混乱するからだと」

「あとは俺たちが人質にならんようにもとも言ってたがな。ニュースで見て驚いたぞ。……そこんとこに関しては、あんたらにたくさん文句言いてえくらいだ。ウチの娘を危険な目に合わせたことだけは、許してはおけない」

「待ってお父さん、これは私が望んだことで」

「お前はずっと苦しんできた。これ以上は、もういいだろう。なにやったって、結局は──」

 それきりユキナの父は口を閉じた。ユキナが抱いていた諦めが家族にも伝播している。そう思っていたのだが、ユキナは毅然とした態度を貫いた。

「私、死ぬまで諦めるつもり無いよ。もうだめになりそうな時、絶対に助けてくれた人がいる。それだけで、不思議なことにね、辛いこともどうにでもなっちゃう。──ちょっとだけ狂っても、許してくれる人がいるもん」

 ミソラは彼女の覚悟を自分のことのように受け取った気がした。

 もはや後戻りはできない。なら、恥かいて、狂ってしまったほうが、後悔はしない。

「それに、私だけじゃない。今まで犠牲になった人たちが挙げなかった声を、私が届けたいの。これは、私にしかできない」

 ユキナは自分にできることを見つけたようだ。犠牲者は声を上げることができない。遺族たちもさぞかし無念だったことだろう。

『ふふ、意気や良し。せっかくだ、事態の当事者であるユキナくんのご両親にも話を聞くことにしよう。まずは、車を変えてから、落ち着いた場所へ向かうとしようか』

「……この声って仮面の御仁でしょうか」

 ユキナの母がまあ、驚いた。どうやら〈P〉と面識があったようだ。続いてユキナの父が言った。

「この旅で娘の覚悟が固まっているようだが、あんたらは娘を救うためにどれだけ命をかけている」

 重たい沈黙がやってきた。答えを間違えたら、すぐに叩き出されるという雰囲気があった。引き裂いたのは、涼やかな声だった。

「別にユキナさんを第一に助けようとは思っていません。私は、姉さんたちを亡き者にした連中に報いるついでに、ユキナさんが助けるだけです」

 ミソラはごく当然のように言い放った。熱した油に水を放り込んだような発言

「だから命がけなんて当たり前ですよ。家族奪われたのに、何もせずのうのうとクラス人間なんていないでしょう」

「……違いない。あんた名前は」

「宗蓮寺ミソラ。どうやら『旅するアイドル』のリーダー、らしいです」

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