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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅲ部】第九章 IDOL CRISiS
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決死の交戦


 シャオ・レイが歌を歌い始めた。それだけに飽き足らず、宇宙空間の衛星兵器は着実に起動していた。シャオの歌の一番が終わったあと、ミソラとアイカがほぼ同時に足を止めた。ユキナがたたらを踏んで振り返る。


「……どうしたの?」


 早く逃げないと、とユキナの顔に書いてある。しかし逃げたところでどうなるのかと、ミソラは思い始めていた。

 もし衛星兵器がこの場所に照射されたとして、その余波は計り知れない。半径何キロが更地と化すだろう。


「ごめん、ユキナさん。……私たちは多分、間に合わない」


「……え」


「ああ、こいつの言うとおりだ。……見ただろ、あのロボットもどき。多分、あのなかにクソオヤジがいる。そっからあの衛星を操作してる、かもしれねえ」


「じゃあ──」


 ユキナが前ではなく後ろを振り返った。敵の待つステージの方向へ強い眼差しを向ける。逃げてほしいという思いを、ユキナの言葉が断ち切った。


「まだ、止められるってことだよね」


「……いいのね」


 ミソラが尋ねるも、ユキナは当然のように頷いた。


「もちろんですよ。あと一分だけかもしれないけど、誰の命も諦めたくないんです」


 ミソラとアイカの間に割って入ってくるユキナに迷いはなかった。


「いくぞ」


 アイカの言葉が合図となり、三人は再び死地へと舞い戻った。









 崩壊間近に迫っている山中湖で、災厄を引き起こした二つの存在を目視した。


 一人は赤と黒のドレスを纏った元凶、シャオ・レイ。


 もうひとつは、何らかの手段で復活を果たした市村創平。そしてステージ上空で滞空する人の形をした機械の中には彼が入っているらしい。


 ミソラはブーツの出力を最大にあげ、二人より先に跳躍した。中メートルほどの高さまで飛び、ステージの上にある屋根へ着地、そこからさらにジャンプして人型の機械に接近する。機械の顔部分がこちらを見下ろす。すると蝿を払うように腕を振り、ミソラを吹き飛ばした。たかが一六〇センチ程度の体格の人間が二十メートルほどの体格から、決定的な膂力の差を見せつけてきた。ミソラは地面へ叩きつけられ、息を失いそうになるほどの激痛に悶えた。


「ミソラさん!」


「よそ見してる場合──っ!」


 立ち上がろうとして見たのは、シャオ・レイがユキナの喉元を掴んでいる場面だった。アイカがナイフでシャオの腕を切りつけ、ユキナを助け出すもたった一瞬で歴然とした差をはっきりとさせられた。


 勝てない。本能がそう叫んでいても、理性はシャオと市村創平を止めなければと叫んでいる。


 もしこの災厄を許したら、今まで積み上げてきたものをすべて失うような気がした。それだけは嫌だった。ミソラはなんとか立ち上がった。全身の骨が折れているような気がしたが、足が動いているなら気の所為だと思いこむことにした。


 だが膝に力が入らず、そのまま膝立ちで終わった。


「三人とも頑張るじゃん。アイカみてよ、パパの新しい躰。肉体という枷から解放されて、パパはほんとうの意味で自由になったの」


 彼女は歌うように言った。歌のインストが未だに流れている。


「……答えろ。なんでアイツが蘇ってんだ……!? それとも、出来の良い偽物か!?」


「さてね、その是非はいまは置いておくよ。確かにパパの肉体は六年前の掃討作戦で死んだ。でもアタシはパパの死体から”脳”を摘出して保存していたの」


 シャオは雄弁と語りだした。


「あとはその脳をこの時まで保存しておいて、いつでも使えるようにインストールするだけ。ま、いくら髄液につけても脳は腐っちゃうから。ようやく見つけたのがアンタたちが持っていた”人工脳”。作ってくれた人には感謝しなきゃ」


「馬鹿言わないで! それは姉さんと兄さんが作ったものよ! どうして彼に使えるというのよ。自壊プログラムだってあるのに」


 ミソラは即座に異を唱えた。”人工脳”には使用、または解析した場合のプログラムが備わっている。つまり元々の使用者がいたということだ。だというのに、テロリストの市村創平が使用できるわけがない。その答えはシャオの目を点として言った。


「あれ、知らなかったの? ──パパと宗蓮寺麗奈は元々恋人同士よ」


 遠雷のように聞こえたその一言は、ミソラから数秒の思考を奪った。止まっていたときは「え?」というつぶやきで戻っていく。シャオが続けた。


「あの二人の理念は一緒。終わった世界をどうするかという命題を持っていたわけ。でもアプローチがそれぞれで違って、結局別れちゃったけど、でも根本は一緒のはず」


 ミソラ、と叫ぶ声がする。少なくとも彼女が自分を名前で呼んだことはなかったので幻聴を疑った。徐々に立ち上がる気力が失われていく。いま自分などんな顔になっているのか。


「だから特定の人というなら、パパが当てはまってもおかしくないと思うけど……ていうか自壊プログラムなんてあったんだ、あっぶなあ……」


 どうやら自壊プログラムの事は知らなかったらしい。姉が人工脳を作ったのは、死んだ恋人を再び現代へ蘇らせようとしていたからなのか。


『──シャオ、喋りすぎだよ。もう終わったことだ』


「あんまり未練っぽくなっちゃうもんね。ゴメン、ゴメン」


 ユキナが肩を支えてくる。痛みより先に喪失感で意識を失いかける。姉が稀代のテロリストとつながっていた真実。証拠はただひとつ、姉たちが作った”人工脳”が特定の人物しか使用できなかったことにある。すなわち市村創平の脳に適応していたのは事実だと見て間違いないだろう。


「……いったい、何が本当なの?」


 しかし疑問を解決してくれる状況ではなかった。

 変化は刻一刻と迫っていた。


 空がピカリと光出したことが、崩壊の始まりだと誰もが理解した。


 一応、逃げる素振りはするものの、すでに三人の足は止まっていた。シャオは空を仰いでから、ロボットとなった市村創平に言った。


「パパ、あとは頼んだ!」


『任された』


 そう言って、ロボットはエンジンのうねりを揚げて、猛スピードで飛び去っていった。方向はただ一つ、富士山の頂上だった。アイカが言った。


「……シャオ、全部このためだってのか」


「もちろん。ただ──」


 シャオはアイカから視線を外してから、別の誰かをまっすぐ見てから微笑んだ。


「それだけじゃないけどね」


 「え」と声が漏れたのは、シャオの視線を浴びた人からだった。すなわちユキナだった。


 次の瞬間。


 視界が光で飲み込まれていった。あまりの眩しさで反射的に目で覆う。音は後からやってきた。聞いたことのないのに、根源的な恐怖を感じる。


 やはり、間に合わないという予感は間違っていなかった。

 この場所に集めだされ、足止めをされた時点でこの展開は防げなかった。

 フランスからの衛星兵器”ライトニング”の光が富士山を覆い尽くそうとしていたが──それで終わりではなかった。


 光が富士山の真上でせき止められていた。先程のロボットらしきものが、光学兵器を防いでいたように見えた。


「──防いでいない。光を集めて──また放ってる──?」


 ミソラにわかったのはそこまでだった。

 そこから、超エネルギーによる蜂起が噴き上がった。








 シャオ・レイが立てた計画は次のとおりだ。

 自衛隊から女自衛隊を引き入れることでも、武器を入手しYIFの会場で虐殺を知らしめるわけでもない。ましてや、フランスの衛星兵器を奪取することでもなかった。


 全てはたった一つの事象を引き起こすための準備でしかない。


 ──富士山の噴火。


 火口に奥深く眠っているマグマ溜まりを無理やり吹き出させようというのが、シャオ・レイの計画だった。


 富士山周辺は、富士山そのものの魅力もさることながら、風光明媚な自然の数々や名物、アクティビティの多さで年中賑わっている土地ではあるが、常に危険がつきまとう地域でもあった。


 父がかつて構想した現代日本へ大打撃を与える方法として考案したが、そのための条件に無理があった。まず噴火を促す莫大なエネルギーがないこと。核兵器でも火口を広げる前に山そのものを削りかねない。なら核兵器を都心にぶつければいいだけだ。


 なぜ噴火にこだわったか。それは噴火中の被害もそうだが、その余波も絶大だからだ。周辺地域は噴石や熱で破壊されるだけではなく、火山灰が風に乗って東京の空を染め上げる。火山灰は道路に堆積し、交通網を麻痺させる。しかも火山灰は水に流れず排水溝が詰まってしまうので、雪かきのように常に集めなければならない。


 核兵器はその土地が放射線に侵され住めなくなるリスクを伴うので、これは市村創平の理念と相反していた。この地球は終わっていないが、この文明圏は終わっている。自覚のない大衆という悪意が蔓延り、地球という美しい星を永遠無辜の大地へ誘おうとしている。


 シャオは彼の理念を受け継いだ最後の後継者だった。


 自然とともにいき、暮らしてきた民族の一人として断固として論じることができる。


「──地球で生まれた人類という存在は不自然極まりない生命体なの」


 よく地球人類を擁護する論調として、「人類も地球から生まれた自然の一部」というものがあがるが、冗談ではない。それはもはや通用しない。自然の中で暮らしてきたからこそ、あんなふざけた言葉で正当化する者たちを許すわけにはいかない。


 友達を、家族を、なんの意味もなく殺してきた奴らが奪ったものが、いま世界中の誰もが手にしている技術で笑顔と幸福をもたらしているのだ。


「だから、アタシはちゃんと償う。この噴火のせいで散っていったなんの罪のない生命──あの小鳥も鹿や森には、恨まれても仕方ない」


 それは、最初から彼女の勘定に”人の命”は含まれていなかった。

 今回、手先として利用した女たちもシャオにとっては”いらなかった”存在に過ぎない。


「だからごめんね」


 そのシャオの言葉を最後に、上空から降り注ぐ光が数分降り注いだ。地響きが起き、地鳴りが響き渡る。


 富士上空でロボットによってとどまった光は、あらかじめ備わっていた光の収束板で照射を一点に集め、火口を貫き、そして徐々に穴を広げるように光も広がっていった。その時点で富士登山中の人間は蒸発。火口は広がっていき、拭きあふれるマグマ溜まりが堰が切れたようにこみあがっていった。


 最後に富士山が噴火したのは約300年前の”宝永噴火”。だが今回は自然噴火と違い、人為的に引き起こされた災厄だった。


 空が赤と黒で染め上げる。


 ──噴火が始まった。









 シャオが吹き上がる富士山を眺めている姿をミソラはみていた。地響きと地鳴りで方向感覚が狂わされたのもある。それでもシャオ・レイの後ろ姿を昨日の姿と重ねていた。あの丘で富士山を眺めていたのは、噴火によって失う景色を目に焼き付けたかったのだろう。


 噴煙が気流に乗って一気に視界を奪っていき、その衝撃で隣りにいたアイカの悲鳴が聞こえた。


「アイカさん!」


 手探りで探そうとするも、熱気で手が焼かれそうだった。それでも手を伸ばそうとすると、「ミソラさん!」と声が聞こえてきた。轟音で聴覚が奪われていく中、ミソラは伸びていく手を見つけた。


「ミソラさんっ、ミソラさん──」

「ユキナさん!」


 その手を掴んだ、そう思った。


 だがすり抜けていった。視界がぼやけはじめ、実際の距離と違っていた。煙を吸いすぎてしまったのか、咳が止まらない。

 ミソラさんと、叫ぶ声がするものの、もはや幻聴なのではないかと思い始めた。


「アイカ、さん……ユキナ……さん」


 ミソラは噴煙が舞い散る中で倒れた。

 最後に彼女たちの名前を口にするのだった。






 富士山の噴火を知ったのはミソラだけではなかった。

 それは東京のオフィスの景色から、またはバイクで逃走している最中から、ネットやテレビのニュースからでも知ることができた。


 特に今日は晴れ晴れとした空なのもあって、富士山が見える高層ビルから噴火の様子を一目見ようと人が殺到していた。遠くからは天高くまで噴煙が舞い上がり、徐々にその威容な姿を隠していき、灰が首都圏にまで届こうとしていた。


 富士山周辺では吹き上がったマグマが周辺の自然を焼き尽くし、噴煙や噴石が半径十キロの建物を破壊していく。アイカの言葉で〈P〉や左文字が避難宣言を出したものの、人や建物、文明まで根こそぎ溶岩にに見込まれ、富士山周辺の地域は壊滅した。


「……これが、シャオ・レイのやりたかったこと?」


 篠原ミヤビは自衛隊員に拘束された後、輸送車で御殿場方面の自衛隊駐屯地へと連れて行かれようとしていた。しかし地響きが鳴り響いた時、視界が黒一色へと染まり、噴石が輸送者に降り注いだことで外に出ることができた。生き残ったのはミヤビだけだった。他の自衛隊員と裏切りの女自衛隊員たちは無惨な状態で道に転がっていた。


 そして、その原因を知った。富士山の噴火は自衛隊でも常に想定して訓練が行われており、富士山の麓に自衛隊が置かれたのもその一環でもあった。だが誰もが考えていなかったはずだ。人為的に災害を引き起こすなどと、誰も──。


「……あ、そっか」


 噴石が通り過ぎていく。ミヤビは惚けたように笑みを浮かべた。それは心の底から出てきたものだった。


「これが、本当のぼうりょく──」


 そうして目の前に噴石が迫り、ミヤビの頭部は吹き飛ばされた。

 最期に思ったことは、皮肉にも自らが望んだものが手に入ることがないという諦めと、それを実現してみせたシャオに対する畏怖だった。








 しかし、そんな中でも生存している者もいた。


 一人は自己再生能力を持つシャオ・レイ。毒を飲んでもそれを体が浄化することができる。刺され、撃たれ、潰され、絞められ、飲まされ、燃やされ、凍らされても、いずれは元の正常な状態に戻る恒常性の極み。これを持つものは実験に成功した、たった二人の少女だけだった。


 おそらくアイカもどこかで生きているだろう。だがこの体にも弱点があった。先日のように、細胞一つ焼き尽くされたら復活はできない。毒による細胞の破壊はまだ対応できるが、物理的な衝撃にはどうやら弱かったらしい。


「こほっ、うぅ……さすがに気持ち悪い……」 


 噴火してたった数分で、辺りは燦々たる有り様になっているはずだ。それでもなおシャオがここに居座るのは、もう一つの目的を叶えるためだ。


「どこかなあ、どこかなあ──あ、ほら、やっぱり生きてるよね」


 声が聞こえた。シャオはその方向へ進んで、五体満足で声を上げている少女を見つけた。


「ミソラさんっ……アイカちゃん……聞こえてたら、返事をしてください……」


 シャオは原ユキナの前へと躍り出た。誰かを見つけての喜びが一瞬で切り替わるのは愉快だった。


「やあ。見つけたよ、原ユキナ」


「ど、どうして……っ」


「別に自殺したわけじゃないし生きてるに決まってるじゃん。それより今日は、アナタを迎えに来た」 


 ユキナが当惑して一歩後退る。だが次の瞬間、噴石が彼女に降りかかろうとするところに気付き、シャオはユキナに飛びかかった。辛うじて直撃を免れ、二人は地面へと転がった。当然、ユキナは状況が理解できていなかったようだった。


「いくらアナタでも直撃したら死ぬわ。ま、こうでもしないとバレちゃうから仕方なかったけどね」


「どういう、ことですか……」


 シャオが先に立ち上がってからこう言い放った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんなアナタを手に入れるのが、私達の目的ってことよ」


 訳が分からない、といった反応になると思っていたが、ユキナは目を大きく見開いていた。もしや、なんとなく知っていると思った。 


「だから、迎えが来るまで眠っててね」


 ユキナが何かを口走る前に、シャオは手刀で首筋を叩いた。誰かの名前を口にしたあと、電池が切れたように力を失うユキナを受け止めて、片手で持ち上げた。華奢で身軽。だけど、彼女の体はこれからの世界を担う役割を果たすだろう。


 ちょうど駆動音らしき音がして、シャオの目の前に新たな父となった存在が降り立った。


『確保したか』


「うん。やっぱりこの子はすごいね。アタシもこんな状況にするまで確信は持てなかったから」


『彼女は大事するんだ。それに君が隣に置くのにふさわしい相手だ』


「ぷはっ、それ本気? ま、ちょっと顔はいいけどさあ」


 シャオはユキナをロボットの手に乗せた。


「ちゃんと守ってあげて。彼女はこの世界の──」


 続く言葉はなかった。


 シャオは自分の体が壊れる音とともに視界がぐらついたのを自覚した。顔の右半分と首に耐え難い痛みが走った。まだ味わったことのない痛みだった。


 さらに五メートルほど吹き飛ばされ、さらに転がっていった。噴石でも当たったか。だが違った。シャオはそれを目撃した。


「──し、なさい」


 煙の合間を縫ってそれは現れた。シャオの自動修復で、不自然に曲がった首が再生され、ものの数秒で元の状態に戻った。だが余裕はなかった。不意打ちとはいえ、体と首が離れるところだったのだ。


 シャオは久々に恐怖を感じた。肌が溶けて赤い部分が露出した顔、ボロボロの衣装、そして誰よりも激情を纏った女が立ちふさがってきた。


「ユキナさんをかえせええええええ!!」


 宗蓮寺ミソラの叫びが崩壊の中でどこまでも響いた。 



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