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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅲ部】第九章 IDOL CRISiS
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伏兵


 陸上自衛隊富士駐屯地内で倉庫の武器が根こそぎ奪われた件は瞬く間に伝わり、現在上層部は防衛省と政府との緊急会議を開いていた。アイカたちは二日前に武器庫へ入った”お掃除ロボット”を調査した。


 全三箇所ある武器庫の全てが奪われていたことが判明し、二日前に”お掃除ドローン”を派遣した自衛隊を尋問しているらしい。アイカたちは先んじてお掃除ドローンのある場所へ趣き、その姿形を確かめた。最近ではポピュラーな”階段昇降タイプ”と呼ばれる階段を行き来できるお掃除用ドローンだった。地下まで持っていくのではなく入り口で派遣するようになっているらしい。


「アイカちゃん、こんなものが泥棒と関係あるの?」


「いいや、ちょっと確かめたかっただけだ。ザルヴァートはこういう一般的なものを改造して武器にしたり、爆弾に変えてたからな。一つだけ分解する」


 アイカはお掃除ドローンの一つへ向かい、懐から赤色のキーホルダーを取り出した。中から何かをスライドさせて出したのは数センチのプラスドライバーだった。それだけではなく、ナイフやコテなど、キーホルダーの中には爪切りやルーペなどの多機能の用途が備わっていた。


 自衛隊が持っているお掃除用ドローンは全長七〇センチと大型だった。幅は三〇センチほどで、武器庫の階段を進むことはできる。現在日本全域で派遣されている”警備用ドローン”の姿形を模しており、メーカーは”SORENJI”製だった。


「あれ、これってわたしが事後報告する形ですかね……」


 ミヤビが気まずそうにユズリハに言った。ため息を付いてユズリハは目をつぶった。


「すみません、そうさせてしまうことになります」


「ですよね──いいえっ、平和のためです。どしどしじゃんじゃんやってください!」


 と、ミヤビも覚悟を決めたようだ。ユズリハはそれでいいのかと困った目を浮かべていた。”旅するアイドル”のファンだからという理由ではこの態度は納得行かないところがあるので、おそらく上司がその上が黙認するようにと命を下したのだろう。そうこうしているうちにドローンの内部が見えるまで装甲をはがした。懐中電灯で中を検める。走行機能、埃を吸い取ったあとウェットシートで拭き掃除をしているらしい。他にも気になる機能はあるが、おそらく根茎の事件には関係ないだろう。するとヒトミが突如声を上げてきた。


「はーい、私分かっちゃったわ! 泥棒が如何にして武器庫の中に入ったのか」


「……一応、聞いてみます」


「このドローン、中が空洞になっていて、この中に人が入って武器庫まで運んだのよ」


「ハン、そりゃユニークで大胆だが、その線はねえよ。階段を上り下りするときに何十キロもある人間が乗ってみろ。バランス崩して階段転がるだろ」


 せいぜい塵埃を抱えていくのがせいぜいだ。だからこそ階段昇降タイプとして機能しているのだろう。ユズリハも当然その可能性に至っていたようで補足説明を加えた。


「あれだけの武器を運ぶのにも人手がいります。仮に外へ持ち運べたとして、そこから誰にも発見されることなく過ごすなんて困難では? 少なくとも車が一台いります」


「ということは、ドローンを使った線は薄いってことことになるんでしょうか。じゃあ、やっぱり自衛隊にテロリストのスパイが?」


「ああ。奪った方法は問題じゃねえ。あれらをどうやって持ち出したのかだな」


「奪った方法が問題じゃないって……アイカちゃん、考えるの放棄しちゃダメよ!」


「してねえよ。いいか、敵は武器の在庫があるように改ざんしてたんだ。ならセキュリティ方面で向こうが上手なのはちげえねえ。それをシャオが大暴れした日を狙って根こそぎ奪う算段をつけた。……それが今わかっちまった。これはザルヴァートが一番持っちゃいけねえ力だ」


 かつてのザルヴァートは電子系統に関しては一歩劣っていた部分がある。主に人員を使った工作を施したものの、結局はその遅れがザルヴァート分裂を引き起こした。だがもし、その弱点が補われていたのだとしたら、前提が覆されることになる。


 アイカは自分自身に考えろと暗示をかけていきながら、ザルヴァート全盛の頃を思い出そうとした。特にあの父親、市村創平の思考はシャオをはじめとしたザルヴァート幹部全員に行き渡っているはずだ。


「──アイツならどう動く。武器を調達するには、絶対に協力者が必要だ。どういう奴を狙う」


 埋没していく思考に誰も邪魔をすることはなかった。アイカの真剣さが伝わっていたのだろう。一分もしないうちに、アイカは突飛な結論に思い至った。確証は持てないが、状況から察するに協力者の存在と人数ぐらいは把握できる。特に協力者の人数については一人や二人で済まされない。想像以上の人数が協力していることになってしまう。それが意識的にしろ無意識的にしろだ。


 まずこの考えに至ったことを知られてはならない。アイカは何か思い至ったように振り返り、篠原ミヤビにこう言った。


「協力者をあぶり出す。基地内のあらゆるところを散策させてくれ」


 ミヤビは慌てつつも了承してくれた。それから車に乗って敷地内を散策しては、自衛隊員の様子を確かめていく。具体的にはシャオが”特災”に遭遇する前後の自衛隊の動きを掴もうとした。聞くところによれば夏の総合火力訓練の準備で大忙しだったらしく、今回の出来事もあって中止になる可能性が高いことしかわからなかった。


 自衛隊全体に淀みを感じない。となれば、考えられることは一つ。組織より縮小した軍隊、それより縮小させた部隊、そして個人個人同士のつながりであるコミュニティからシャオの協力者をあぶり出す必要がある。

 ミヤビが先行して案内しているさなかに、アイカはヒトミの隣へさりげなく付き、彼女だけにつぶやいた。


「ヒトミ、次の場所についたらいろんな人間に話を聞いてみてくれ」


「それはいいけど、何を聞けばいいの?」


「なんでもだ。ただしアタシがそう促したって気付かれないようにな」


 ヒトミなら相手に警戒されずに心の中へ踏み入ることができるはずだ。アイカやユズリハ、他の面々ではこうはいかない。するとヒトミがアイカの思惑に気づいたらしく、不敵な笑みを浮かべた。


「となると、アイカちゃんは宛をつけたわけだ」


「だからそういうのをやめろ」


 アイカはすぐさまミヤビの近くまで移動した。ミヤビをはじめ、他の自衛隊員に聞かれたらまずいのだ。そもそも宛をつけたというのは正確な表現ではない。シャオが誰かに協力関係を結びつけるなら、ザルヴァートの十八番だった「不満を持った人」がまず上がる。


 あとから〈P〉と左文字から訊いた話では、シャオは富良野の騒動前にあの場所で武器商人から大量の武器を買い取っていたらしい。売人が武器を密輸したはいいが、すでに旧式だったことから誰にも相手されず、ただ腐っていくだけの武器をシャオとマーカス・リックが目をつけた。


 もっとも買付には失敗し、その武器は一つ残らず松倉リツカが操っていた尖兵により回収されていた。シャオは「不満を持つ」人間を嗅ぎ取る力に長けており、その心の隙間に入り込んで洗脳を施す。アイカはそれを見抜くために色んな場所と人間を観察していた。今のところ、それは発見されない。個人レベルでの洗脳は行っていないということだ。


 だが集団となると洗脳はさらに容易だ。一つの巨大な目標を植え付け、裏切りの暁には集団のメンバーから粛清を受けると思わせればいい。集団の規模が小さければ小さいほど、相互関係は結びつきやすい傾向にある。そしてこの自衛隊には、シャオが狙いすましそうな集団があった。

 ミヤビが歓迎の声を上げて二階建ての建物を紹介した。


「やっと皆さんに紹介できました! ここが私達、女子隊員の宿舎です。もちろん男子禁制で近づくことすら許されないんですよ」


 二階建ての宿舎は真新しく佇まいもどこか無骨とは縁遠く感じた。


「皆さんこの場所で寝泊まりをされているんですね」


「はい。残念ながら自衛隊というのはほぼ男の巣窟。女子の休まる場所って本当に貴重で……」


「わかるわ。それすっごくわかる! サヌールじゃ毎晩のシャワーがそうだったもの」


「……あなた、それ船底での話ですか?」


 ユズリハが少々困った顔をした。ヒトミが元奴隷という身分を憂いていたようだが、ヒトミは来にした様子はなかった。ミヤビはなんのことかと首を傾げていたものの、すぐにアイカたちを宿舎の中へといざなった。


 アイカは気を引き締めた様子を顔に出さないように努めた。もしシャオが協力者を取り付けるなら、不満を持った人以外にもうひとつある。それは女性だ。シャオ・レイは女性からのとにかく信頼を勝ち得ていた。




 

 女子隊員の宿舎は最新鋭のセキュリティが備わっており、扉の前に立って隊員をスキャニングした後、客の来訪をあらかじめ伝えていたようでアイカたちもスキャニングを受けた後、扉の中へと進んでいった。もし許可のないものが立ち入った場合、管制室に連絡が行くようになっており、もし男性隊員を連れ込もうならそれはもう面倒なくらいに噂になると、ミヤビは苦笑いを浮かべて語った。


 部屋は全部で三十部屋で、若い隊員は二人でルームシェアという形で共同生活を送り、上官クラスは一部屋を与えてもらっているとのこと。一階にはキッチンの他、大型テレビが置いてあるリビングに大浴場、ランドリー室なども揃っており、生活するには十分な設備が揃っていた。ちなみに食事はここではなく男性隊員と共に炊事し食事をするらしい。

 ユズリハは興味を惹かれているようでこんなことを言った。


「すごくきれいな場所ですね。警察学校の寮とは大違い」


「こっちも似たようなものですよ。まあ、大半はお掃除ドローンが綺麗にしてくれて、あとは各々意識が高いだけですよ。……部屋とかやばいですから」


 ミヤビが楽しげに話していくと、リビングに数人の隊員が大型テレビでなにかの中継を見ていた。アイカたちははっとした。ちょうど”山中湖アーティストフェスティバル”の模様が中継されていた。数人の女性はロックバンドの演奏を流し見しているようだ。


 ふとユズリハとヒトミに視線を向ける。その意図を察して肩をすくめた。山中湖で調査中の彼女たちの事を気にしているのだろう。シャオが人が集まっているところを狙って犯行に及ぶ可能性を考慮して、ミソラとユキナをあの場所へ派遣したが、半分以上は危険に巻き込まないための方便だった。だからといって、ミソラたちのいる場所が危険ではない確証はない。


 彼女たちから通り過ぎようとしたとき、「……嘘でしょ!?」と叫ぶ声に思わず振り向いた。さきほどテレビを見ていた数人がこちらをみて


「ミ゙、ミヤビ、そちらの方ってもしかして!」


「あ、うん。見たとおりだよ。」


「で、でもさ、日本から出ていったって噂だったんじゃ」


 困惑で警戒が高まっているところに、ヒトミがさっそうと躍り出た。


「ごきげんようお姉さんたち。もしかしたら私と同年代かもしれないけど、ここで待っててもいいかしら。私、疲れちゃって」


 アイカはわざと困った顔を浮かべた。少々わざとらしかったかもしれない。ユズリハは本気に捉えたようで、ため息を付いたあと仕方ないといった調子でミヤビに言った。


「はあ、仕方ないですね。ご迷惑でなければ、ヒトミさんを休ませてもよろしいですか?」


「構いませんよ。ずっと休み無しで歩き回らせてしまって……」


「いえ、好きでやっていることなので。ヒトミさん、みなさんに余計なちょっかいはかけないようお願いしますね」


 はーい、と気の抜けた返事をしたところでヒトミがリビングへと赴いた。それから友好的な態度を彼女たちに示すため、近くのソファへ座り込み一方的な会話を始めていた。アイカたちはリビングを離れた。


「気が回らなくてごめんなさい。あとで自衛隊直伝のカレーを振る舞いますので」


「いいんですか!」


「噂に聞くめちゃウマ炊き出しってやつだな」


 アイカとユズリハは一斉に色めきだった。もしここでの収穫がなくても、ここでいただける食事にありつけたのならミソラたちへいい自慢話を持って帰れるだろう。ほんの少しモチベーションが上がったところで、アイカたちは非番で寄宿舎にいる女性隊員に話を聞いて回った。


 実際に聞く内容はあまり重要ではない。ここでは話を聞く態度や振る舞い、かすかにみえる部屋の様相から怪しい人間を探っていく。またアイカが一辺倒に話しかけるのではなく、ユズリハからも話をふることで警戒の少ない話を繰り広げることができる。だがこれといった回収はなく寄宿舎での聴取は終わった。


 リビングへ戻ると、最初からこの自衛隊んに混じっていたかのような光景を錯覚させるほど打ち解けているヒトミがいた。YAF(山中湖アーティストフェスティバル)に出てきた男性アイドルグループに黄色い声をあげる女子隊員に、ヒトミも続くように声を張っていた。


「あ、この子のビジュやばいわね」


「わかりますか!? もう生まれたときから神様に感謝したくなるくらいイケてるっていうか、めっちゃくちゃ人生の真正面に立っているような御方で……ああいいなあ、ああいうスパダリに会いたいなあ」


「正直、アナタやみんなのほうがスパダリくんより素敵だと思うわ。日本を守るためにいつも頑張ってるでしょ。私、そういう人を好きになりたいな」


 歯が浮くようなセリフを平然と言いのけるヒトミに、その場の空気が一色に染まった。ここまでやれとは言っていないが、ちょっとした話は聞けたとみるべきだろう。そう思っていると、背後でぞっとする眼差しを向けているものがいた。


 ヒトミは女の子の髪を触ったりしていたが、アイカたちが戻ってきたことを知ったあと、それを見て青ざめた表情をしていった。


「……楽しそう」


「あ、いやこれは、そのぅ……」


 明らかにしどろもどろになっていくヒトミに、ユズリハの眼差しは場に零点下をもたらしていった。珍しいものを見た。こういう場合は、ユズリハの反応を楽しむのが大空ヒトミであったし、逆にユズリハは呆れ返った様子で嗜めるのが常だった。


 なんだこの空気は、アイカは居心地の悪さを感じ始めた。他の女性隊員もなんだか修羅場の空気を感じ取っていたようで、気まずそうな様子でヒトミから距離を取った。そんな一瞬とも永遠ともつかない時間の中、ユズリハは言った。


「ま、いまに始まったことではないか。ヒトミさん、行きますよ」


「え、あ、うん」


 ヒトミは女子隊員たちに別れも言わずユズリハの後についていった。殊勝な態度を見せるものだと思った。一同は女子隊員の宿舎を後にし、炊事場へと徒歩で向かった。その間、ヒトミとユズリハのなんともいえない苦甘なやり取りを見せつけられたが、アイカは彼女たちのやり取りに記憶の底から引っ張り出されるものがあった。


 在りし日の二人の少女。むせ返る自然の匂いの中で出会った先住民族と女の子。父に連れられた場所が気持ち悪くて、少女は泣きぐずっていたが、その子と出会ったことで市村アイカの世界が広がったあの頃。


 まだ”救世”を信じていた幼き日々の残響は、いまこうして形を変えて誰かが再現してくれている。

 だがあの日は二度と戻ってこない。

 訣別のときはもうすぐそこまで迫っている。




──────

────

──




 山中湖アーティストフェスティバルの周辺の賑いは、いままで遭遇してきたどの祭りやイベントよりも苛烈で、真夏の熱さも合わさって救護班らしき人たちが右往左往している場面によく遭遇した。ミソラとユキナは木陰の中に入って、出店で購入した冷たいスポーツドリンクを飲み干した。


「どこも盛り上がってますねえ」


「ええ、想像以上だわ。正直驚いたもの」


「ノアさんがいないから、なんて舐めたこと言ってます?」


 図星をつかれたミソラはごまかすようにペットボトルの中身を飲んだ。〈ハッピーハック〉のときでも他のアーティストには目を向けなかった。それは今も変わらない。自分と身近な出来事以外のことに興味なんて持てない。


「本当は、星の数ほどみんなを輝かせる人がいて、それは一人ひとりにとって確かな夢と願いだと思うんです。上手な人やそうでない人、本物であっても、偽物であっても──」


 ユキナはこの場所に集っている参加者をみて微笑みを浮かべていた。通り過ぎていくだけの存在に対して


「わたしたちは、みんなの誰かになれているのかな」


 その言葉にミソラはうまく返すことができそうになかった。”旅するアイドル”は誰かを喜ばせたり、幸せにする存在ではない。ましてはこの場所にいると”アイドル”と名乗ることすら烏滸がましく感じる。ミソラは先導ハルや明星ノアという”本物”を知っているからこそ、より浮き彫りになっていく。ただそれでもいいと思っていた。今日、このときまでは。


 ユキナは少しでも本物であろうとしていた。”旅するアイドル”がいっときでも誰かの幸せを作り出せていたら、それは本物の証に違いない。彼女がいままでどんな気持ちで”アイドル”をしていたのか初めて知った。


 だがどんなに言い繕っても、先導ハルや明星ノアみたいな本気で誰かを幸せにすることはできない。少なくとも、ミソラにはできない。だから。


「考えてみるわ」


 できない、とは言わなかった。ユキナと目があった。どうやら驚いているらしい。ミソラは続けて言った。


「たまには、らしい曲でも披露しましょう。ちょうどストックが残っていてね。あとで聞いてみてもらっていいかしら」


「──はいっ、ぜひ聞かせてください。ミソラさんが作る王道アイドルソングかあ。そういえば初めてかもしれませんね。石川のときは〈P〉さん作曲でしたし」


「ふふ、そうだったわね」


 つい笑みが浮かぶ。ユキナが望む曲を作るというだけで、ストックの曲を作る以外に創作意欲も湧いてきた。ちょうど体力も回復したところで、ユキナが真っ直ぐな目で言った。


「ミソラさんって自分が変わったかもなあって自覚はするんですか?」


「自分が変わった? いいえ、特になにもないけれど」


 本当はある。だけど口にするには認めたくないものがあった。”旅するアイドル”が始まった頃の気持ちと、いくつもの旅路を経たあとの今とでは比べる必要がないほどに変わっている。しかしユキナが語ったことは、ミソラの自覚にはないところだった。


「私から見るとなんですけど、よく笑うようになりました!」


 数秒ほど思考が止まった。ミソラは少々困った感じで返した。


「別に笑っているつもりはないのだけど……」


「悪い意味じゃなくて、なんかみんなでわちゃわちゃしだすと、後ろで仕方ないなあみたいな感じでちょっと保護者っぽい感じで見守っているような気がするんです」


 それは褒めているのかわからないような。ただユキナが嬉しそうに語るものなのできっといいことなのだろうと納得した。ある意味では、ユキナが言った変化は当たっている。それを口にするのは本当に憚れる。

 ユキナは木陰から日の下に躍り出た。真夏が似合う一角の人みたいだった。


「今回のこともとっとと済ませて、お姉さんとお兄さんを探しましょうね」


「……ええ、当然そのつもり」


 彼女の後を追いながら、ミソラは思う。


 ──もし私が笑うようになっているなら、それは。


 ああ、やっぱり無理だ。恥ずかしさと申しわけなさで頭が熱くなる。この旅が始まってから、たとえ日本が相手になったところで所構わず進む。それは今も変わらない。でも決定的に今までと違っているところがある。もうこれで十分という実感だった。


 特設ステージを行き来しながら、怪しい動きを探っていくものの、結局のところは〈P〉やアイカが主だった情報源になる。ミソラたちが体よく追い払われたことも理解している。だからといって、適当に過ごすなんてできるわけがない。白浜での騒動を利用して、海外からのVIP殺害を引き起こしたシャオ・レイは、再び日本の土地で災厄を撒き散らそうとしているに違いない。白浜と同じくらいの騒動は覚悟している。あのときと同じ轍は踏ませない。


 そう意気込んでいたところに、急にユキナが立ち止まった。ぶつかりそうになるものの寸前のところで止める。前方が混んでいるのかと覗き見ようとしたとき、ユキナの右手が前へ出ないように遮られた。思わずたずねた。


「どうしたの?」


「ミソラさん、アイカちゃんに連絡を」


 緊張感が走る声。彼女の右手がミソラの手にふれると、力強く握ってきた。


「いました」


 その一言が事の次第を思い知らせるには十分だった。ミソラはすぐさまアイカに連絡した。一度も視線を向けなかったのは運が良かった。ユキナはいま対象を見ている状態なのだろう。


「……でないわ。ラムさんと〈P〉にもかけているけど、繋がらない」


「向こうも何かがあったのかな」


 どちらからも連絡を取れないのは変だ。ラムは現在帰宅中であるが、通信するには問題はないはず。〈P〉も作戦行動の管理を任せているはずで、ミソラたちの現在位置を把握しているはずだ。

 予感が強まっていく。ここで目標をどうするかで今後の動き方が変わる。


「移動を始めました。どうしますか?」


「……おいかけるわ。一応、メッセージは送っておいた」


 ミソラは端末からエアディスプレイを表示して、ブーツの管制画面を映し、”STANDBY”という項目を指で触れた。足全体がビリリっと走り、


「準備だけはしておきましょう。なにがあってもいいように」


 そうして二人は目標の追跡を開始した。ミソラもその後姿しか確認できていないが、日本人離れした雰囲気と後ろ姿で段的できた。


 あれはシャオ・レイだ。おそらくユキナは顔も見ている。二人は対象から一定の距離を保ちながら、祭りの喧騒を突っ切っていく彼女を追った。


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