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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
274/289

拝拝



 クレーターみたいに床が破裂している中央で戦いは幕を終えた。


 赤黒い装甲を纏った日本の首相が地面に伏していた。少し離れたところで少女が倒れており、仲間たちが駆け寄っていく。肩を支えて立ち上がらせようとする光景は、とてもテロリストの所業とは思えなかった。


 しかしこれで終わるわけがない。総理が負けた。その事実は全世界を震撼させるにふさわしいものだ。国会議事堂を覆う半円の膜はいまだに健在だ。誰もが別の救世主を願った。それを見計らったかのように、ドローンのカメラが”旅するアイドル”の前へと移動した。


 六人の女性だけで引き起こした前代未聞の事件。実のところ、彼女たちの目的はまだ誰も分かっていなかった。


「つい先程、私たちにとって必要な存在を取り戻すことができた。この人が……いいえ、この国が勝手に奪っていたものだったから、代わりに奪い返しただけ。でも話はそれでは終わらないわ。だからここからは、テロリストらしく宣言させてもらおうかしらね」


 カメラに目線を向けて宗蓮寺ミソラは言った。


「これから、世界の大事なものをもらうわ。でも、生活に支障はないと思う。ここまで極端にする必要があるかどうかと言われれば決してそんなことはないけれど、ある人をほんとうの意味で解放するには必要なことだから、遠慮なくそれを行うわ」


 そうしてミソラは日本中に聞こえるように大袈裟に言い放った。


「じゃあ、”静寂”の世界を味わってちょうだい」


 瞬間、すべての映像が電池切れでも起こしたように途切れた。


 理解不能で抽象的なことを言い残した”旅するアイドル”のリーダーは、すでに目的を達成したという。”機械知性”という人工知能に人間のような意思疎通を可能とする機能を獲得した存在が生まれていたことや、それを左文字が奪ったこと。真実はまるでわからない。不安だけが残っていく中で、人々は誰かの言葉を求めた。


 ニュースサイト、動画サイト、SNSでの誰かの言葉、意見、反応を求めた。そうでなければ、何をすれば良いのか、どんな心持ちでいればいいのか分からなかった。


 だが人々は、それができなかった。つながる気力がないわけではない。


 ニュースサイトも、動画サイトも、SNSも、まとめ掲示板も、メッセージ機能も、テレビも、ラジオも、ユーザーからアクセスできるものは、何も繋がらなかった。

 十分もすれば理解できた。”旅するアイドル”のリーダーが語った”静寂”が何を意味するのか。


 ──誰もがインターネットにアクセスできなくなった。


 それを知る頃には、ちょうど日本の空は茜色に染まりつつ合った。偶然にも、この日の夕方の天気は全国的に黄昏に染まっていたらしい。









 国会議事堂を覆う膜が消え去り、突入隊が一斉に足を踏み入れた。総理の安全の確保が最優先だが、すでに命がない可能性が大きく即座投入が敢行された。幸いにも襲撃や罠といったたぐいのものは調べても見当たらず、”旅するアイドル”が迎え撃つこともなかった。


 参議院本堂になだれ込む突入たちは、アサルトライフルを構えながら中央にたつ存在をみやった。一人は総理大臣の左文字京太郎。映像見たような赤黒い装甲はなく、あちこちに傷を作りながら地面に座り込んでいた。そして、もう一人。


「動くなっ、松倉リツカ! ──他の仲間はどこにいる!?」


 何十も銃口を向けられている元凶のひとりは、すっとぼけた顔をしてこう言いのけた。


「誰のこと言ってるの? ここには私ひとりで来て、こうして総理を討ち果たした、さっき映像でみたでしょ?」


「ふざけているのか! ここに他の仲間、宗蓮寺ミソラや市村アイカがいただろう!?」


「……でも実際に、ここには彼女たちはいないかったわけだし。まあでも協力者では合ったわ、ここへ連れてくるまでにあちこち暴れまわるようには命令はした。あの人達を脅しつけて、協力させたもの。ま、そのあとは口封じに殺しちゃった。中を探せば死体があるとおもうけど……どこにやったっけ?」


 発言が狂っていた。だが現実問題として、総理は彼女に倒された。かろうじて息があるように見えるが、人質としての役割を果たしているだけだ。


「是非を問うくらいなら、まず目の前の罪人でも捕まえるべきでは?」


 ただでさえ訳の分からない状況の中で、リツカは信じがたいことを言い放った。


「自首するわ。それともここで殺しとく?」


 そう言って両腕を差し出してきた。その他の意がなく、ただそれを望むかのようだ。

 一応、殺害命令が下っているのでいつでも彼女を殺すことは可能だ。もっとも現状においては得策ではなかった。いま撒き起こっている問題と比べたら、彼女は活かしておかなければならなくなったのだから。

 結局、彼女を数人がかりで拘束し、素っ裸にして手足だけではなく口も拘束して連行したのだった。








 松倉リツカが突入隊に連行されたあと、左文字京太郎へ救護のものが駆けつけてきた。心配を呼びかける声に手を降って大丈夫だと応える。ただし立ち上がることはできないので、タンカーで運び出されることになった。しかし彼の頭には、現状のことを考えてはいなかった。浮かぶはつい二十分程前のこと、宗蓮寺ミソラに倒され、”静寂”の宣言を下したあと、彼女はリツカにこう言い放った。


「これで、みんな仲良く警察署行きになってしまったわ」


 左文字は目を見張った。それを見てか、ミソラが足を指さして言った。


「逃げたくても、この足じゃ逃げられないもの」


「結局、お縄になる結末になっちゃいましたね。……でも、別に全員で捕まることもない気が……いや、でも皆で決めたことだし……」


 原ユキナが迷いを見せながらも納得を浮かべている。アイカが言った。


「ま、やっとって感じだろ。これでアタシは二度目だ」


「アイカちゃんってば年相応に悪者自慢するのよね」


「してねえわっ!」


「ふたりとも、こんなときに啀み合いはやめてください」


 言い合いするアイカとヒトミを、子を叱りつけるように言った。この中で一番年上だからか、その役目が板についていた。


「君はすっかり、そちら側に染まっているのだなユズリハ」


「いいえ、私は何者にも染まりはしません。ただ、今回は彼女たちの行く末を見届けたかったんです」


「国家反逆の賊の顛末をか?」


「はい。……人は危険で野蛮で、賢しい獣であり、それを変えていけるのもまた人間です。左文字さんの理想は、とても素晴らしいことだと思います。ただ、きっかけがないと人は考えることもしませんから」


 それからユズリハは左文字の元でしゃがみ込み、深々と頭を下げた。


「大変な恩を仇で返すような真似をしてしまいました。互いに勇み足になった結果の衝突です。本当なら、激突する必要はなかった」


 それでも絶対にぶつかりあった同士ではあったと、左文字は思っていた。彼女たちは日本の秩序を乱していると、世間では見られている。左文字はそうは思っていなかった。彼女たちは人命を決して損なわない。そこに関しての確信は、いまもってなお正しかったのだから。


 ただひとつ間違いを犯したのは、左文字が理想を急いだことだ。敵に回してはいけない者たちを敵に回し、万全とはいえない状態で迎え撃つこととなったのだから。


「しかしユズリハ、僕は看過できなかったんだ。人は様々な不安を取り除いて、でも全く幸福にはなれていない。むしろなぜだが自分を苦しめる結果をもたらした。──それは争いが残っているからだ。言葉で人を殺せる時代に、なぜだが暴力の温床は強まっていく。どちらも相互しているかのようにだ」


 左文字は晴れ晴れとした様子で言った。


「ユズリハとそこの大空ヒトミなら"20年禍"を子供の頃から経験してきたと思う。あの閉塞を作り出し、維持してようとしてきたことを人の本質と断じるのは当時は早かった。だがそれからまた二十年が経ち、確信に変わった。人の本質は、争いを好むようにできていると」


 平和を重んじるなら人を傷つけたりはしない。同じ知性を持ち、言葉を交わし合い、思いを尽くすことができるのに、人は理由をつけて人を傷つけてきた。そこで助長した負は、手に負えないくらいに蔓延している。


「全員が人を傷つけることの加担をしているんだ。もちろん、僕もその一員だろう。日本の秩序のために、たくさんの人を殺してきた。なぜだが、罪に問われることもなく、罰だけが残っていった」


「……ええ、きっと誰もが同じ罪をもって、罰になって苦しんでいる」


「少しずつ減らしていこうとしても、なぜだが加速は止まらなくなった。……ザルヴァートの、あの男の絶望だけは理解できる。気づけばもう、手のつけようがなくなっていた。だからといって、諦めることなんてできるか」


 ふいに昔のことを思い出す。市村創平と仲良く写っていた少女の笑顔を。あの一枚の写真は、争いや虐殺とは縁遠い平和な光景だった。もし世界がまだまともだったならば、あの平和の続きが見られたのかもしれない。


「人を憎みたくなかった。憎む前に、その元凶をなくせばいい。そんな単純な話が、何十年かけても叶わない世界になっている。もはや人の力では、どうしようも……」


「……そう、だから私は機械の力を頼った」

 

「百年先の予測も、”機械知性”なら容易よ。まあ、それが体よく使われている可能性も否めなかったけど、それは人間同士だって同じよ。もし”機械知性”が私と同じ絶望をもっていて、世界や人間を滅ぼすつもりでいるなら、それはそれで良いと思ってたから」

 

「そうやって破滅の伝播は広がっていく。本当に止めたかったのはこれだ。人が人を憎まず、無益な争いを防ぐには、”暴力”が無意味だと知らしめるしかなかった──。その目論見は失敗だった。たった六人に秩序も正義も砕かれるようじゃ、とても……」


「馬鹿ね、簡単に諦めるようなことでもないでしょう」


 今度はミソラが堂々と言い放った。


「勝ち負けですべて決まる世界じゃないの。これまで通り、蜘蛛足を運用して平和貢献につなげて、そのウィルスーツ? というのをもう少し改良すれば、少しはましになると私は思うわ」


 まるで自分が全てを決めてきたと言わんばかりの物言いだった。だが貴重な意見ではあった。特にウィルスーツに関しての知見は、実際に相対した彼女ならではの視点だった。


「つーか平和ボケのやつらに何言っても響かねえ。それが全員に行き渡るならまだマシにはなるか」


「果たして本当に”暴力”を消せるのかどうかよね〜。いつの間にか、殺人や事故よりも自殺が迫ってきてるんでしょ? そっちを消したほうがいいんじゃない。ま、無理だろうけどねえ」


「言った言葉をすぐ引っ込めないでくださいよ。全てを一気に変えるのは難しいかもしれませんが、一気に変えられるならすぐやったほうがいいですね」


「──ええ。これ以上、時代の犠牲を生んではいけない。左文字総理、貴方が誰も彼から”争い”を奪えるなら、私という存在はようやく終われる」


 ミソラを発起に、他のものも続けて意見を口にしていくのが面白かった。特に最後、松倉リツカでさえ憎しみを別の形へと変化させ、新たな未来を見つめるようになっていった。これも”旅するアイドル”の影響か、はたまた別の誰かが変えてくれたのか。ふと左文字は、リツカにあることを尋ねた。


「松倉リツカ。君はどんなマジックを使った。──麻中ラム以外に、協力者がいたのか」


「残念だけど、プライベートなので教えられない。けどこの世で最も信頼できる人、かな」


 どこか嬉しそうな顔で松倉リツカは言った。


「──さて、そろそろバリアが剥がれちゃうし、私も最後の仕事かな」


 ふいに松倉リツカはイタズラめいた笑みを全員に見せた。他の皆が怪訝な様子でリツカをみやったあと、彼女は一瞬のうちにこんなことをした。


「えいや。そいや。はいや。ふっ。はっ」


 と、五人の体の部位を一瞬で付いていった。人によってバラバラで、なんの意図があってのものだと思っていたが、次の瞬間に信じられないことが起こった。


「あ、あなた、何をして──って、なになにっ、ヒトミさんなんで急に私を抱えているのよっ」


「わ、わからないわっ。身体が勝手に動いて……あ〜れ〜」


「ちょっとヒトミさん、どこへ……って、わたしもなんだかそんな感じになっちゃった!」


「ユキナっ! おい、てめえなんのつもりだ。アタシたちに孔をついて操りやがったな」


「いやいや、普通にありえませんよこんなの。なんで一突きで体を操れるんですか」


 ユズリハの言う通り、神業にも等しい。もはや異能と呼ぶべき代物だと思った。


「心身ボロボロの人間は孔がわかりやすいの。ほらとっとと出ていった。地下の緊急避難先から外へ出られると思うから。そこで”取り戻したもの”が待ってるはずよ」


「待って、なんであなたがここに残るの!?」


 ミソラが叫ぶ。逃げるなら貴女も一緒にと手を差し伸ばしているかのようだ。しかしリツカは首を横に振った。


「いろいろやって、手に入れるものを手に入れた。あなた達はまだ、やることが残ってるでしょ。そっちを疎かにしちゃ駄目」




「拝拝──! 旅の無事を、塀か地獄から祈ってるわ!」




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