今度は、最後まで
「背後にセダンが付いてきています。どうします?」
『私が背後を確認しよう。多少車内が荒々しくなると思うが、なんとか持ちこたえてほしい』
「私達はまあいいけど、アイカさんは怪我してるんだけど」
「別に構わねえよ。向こうが反撃してきたら──」
とアイカの威勢のいい口が止まった。ミソラは首を傾げて尋ねた。
「足痛む?」
「頭が痛む。なんで、アタシこんな単調なことに気づかなかったんだ」
そう言って、アイカが両足で立とうとした。一瞬で足を崩し、床に倒れる。ミソラは慌てて駆け寄った。
「ちょっと、安静にしてなさいって」
「じゃあ肩貸せ。アイツのところにつれてけ」
顎で指し示したのは、ベッドで縛られている松倉だ。彼は虚空へ瞳をさまよいながらも、精神は穏やかになっているようだった。彼の元へアイカを連れて行くと、彼女は松倉にこう言った。
「おい、拳銃持ってただろ。あれはどこにある」
「拳銃? なんだ、追手にでもぶっ放すつもりか」
「必要とあらばする。あれにはGPSがついてる。そうだろ」
松倉はようやく気づいたか、と言ってため息を付いた。どういうことか、アイカに視線で尋ねた。
「最近じゃ、銃がおいそれとばらまかねえように、そういう機能をつけるのが当たり前だ。たとえユキナの胃カメラについてなくても、この中で補足はできるかもな」
『胃カメラのほうはともかく、拳銃のは問題ない。どうせ補足されるなら、そのまま補足されたままでいい』
ミソラは〈P〉の考えを理解した。そのままにする方策は、旅するアイドルお得意の機転を行える。
「銃はアイカさんに持たせておきましょう。……撃つかどうかは、あなたに任せる」
彼女の目を見る。アイカはしっかり見返した後、松倉の衣服へと手を伸ばした。黒い拳銃を取り出し、なれた手付きで銃弾の確認をした。
「アタシが撃つときは、耳塞いどけよ二人共」
ミソラとユキナは頷いた。すると突然、大きな音が轟き、車体が大きく傾いた。ミソラとアイカは体のバランスを崩し、壁に激突した。肩に強い衝撃が加わったかと思うと、今度は別の方向に車体が大きく揺れた。
「おい、いま何処から来てんだ⁉」
「横付けされて車体を激突してきています。あおり運転とかいうレベルじゃないですねっ」
ラムの切羽詰まった声に、一同緊張が走る。スピードが上がるのを感じ、その場のものに捕まっていないと吹き飛ばされてしまいそうだった。
アイカはキッチンシンクの蛇口に捕まっていた。不安定さが残るが、木にしている場合ではなかった。ユキナはソファの端まで移動し、シートベルトを装着した。ミソラは安定しているあいだにユキナの側へ飛び込んだ。即座にシートベルトを装着させて抱きかかえた。
それから、アイカが立ち上がろうとしているのが視界の端に見えた。そちらへ振り向くも、アイカの瞳が二度と振り向くなと訴えている。ミソラはすぐさま視線を外し、自分の手の届く範疇に意識を向けた。
時折、車体が大きく揺れたり、慣性に振り回されてしまう。次第に周りの音や衝撃が、当たり前なのだと思いこむようになり、不思議と脳細胞の活発を促した。
ふいに、ユキナがこんなことを言った。
「……私、医者になりたかったんです。自分の体のこと、きちんと知りたいって思ってて、だから勉強だけは頑張りました」
「いいことじゃない」
世の中、思い通りに願って行動が起こせる。ユキナもその信念に則って研鑽を積んできたはずだ。だがらこそ、この日常を取り返してあげたい。
「絶対に、死んじゃダメだから。いい?」
「言われなくても」
ユキナはぼそりとつぶやいた。
「やりたいこと、いっぱいあるんですから。まずは、ちゃんと最後までライブがしたいです」
隣を見るまでもなく、彼女は笑っている。そんな気がした。




