Attention
”旅するアイドル”が動き始め一時間弱が経過した。東京都内をモニタリングしている画面の前で、この作戦の参謀を引き受けた新たに”旅するアイドル”に加わった松倉リツカが厳しい面持ちでいた。
「……ぜんぜん作戦通りに動かないじゃない。特に大空ヒトミ。どこをウロウロしてるわけ」
特に予定外の行動を取っているのは、ミソラとアイカ、そしてヒトミだった。仕込みの方は順調のようだが、このままでは最終段階への支障をきたす可能性がある。リツカはモニターの画面を変えた。今度は仕込みのついでに忍び入れた隠しカメラと盗聴器を確かめた。
「まだ事が知れ渡ってはいない感じ。もう少し、あの子達が暴れてくれると助かるけど……」
自分は被害を受けることはないという楽観で、大衆はいったい何を失いどこまで失うのだろうか。まさか、突然の侵略行為に平和ボケの精神で行くのなら、それはそれで平和だ。多分、死ぬときもしょうがないといって死ぬはずだ。
「ま、そう簡単に変わってたらあんなことはしないし」
正直なところ、自分の行いが間違いだなんて一度たりとも思ったことはない。あれは声を上げることができなかった者を痛めつけ、また今後そのような人物をあらかじめ摘み取ることは誰にとっても有用極まりないことだ。この世は強者と弱者がいるのは必定の理で帰ることはできない。だが這い上がろうと頑張るものも等しく輝いている。なのに、どうしてその頑張りは足を引っ張るような真似をするのだろう。
「なにか気がかりなことでもありますか?」
声の方には”旅するアイドル”の運転手、麻中ラムがいた。茶髪のポニーテールに黒縁のメガネという地味な出で立ち。他の面々と比べて、覇気みたいなものを感じることはなかった。
「別に。誰もかれも、全然危機感を感じないみたいだし、本当に最終段階までこぎつけられるのかと思いまして」
「大衆心理を見誤ったと?」
「そうかも。まさか左文字京太郎の政策を心の底から信じているわけじゃないでしょうに」
「信じているわけではないと思います。ただ、人任せにしているだけです」
その言葉は真理をついていたような気がした。ラムにその理由を尋ねようと視線を向けると、ラムは考えながら言葉を紡いでいった。
「なんでいうんでしょうか。全員がそれぞれ見ている景色が違うんです。何もなければ安心だと考える人がいれば、なにかするからこそ安心だと思う人がいます。けど、どちらも願いは同じはずです。いつまでも、自分闇の周りの人が安心して安全に暮らせるようにと。……本当は誰もがわかっているはずなんです。そんな世界はもう終わりを告げているって」
ラムの言うとおりだ。長い歴史を振り返っても、おそらくこの時代が”最悪”だろう。人類史上、最も愚かな時代だ。表面的な戦争、仮想世界での戦争。高度に発達した文明は、人の心を幸福という麻薬に浸からせた。
「〈P〉という存在に触れて関わってからこそ、私たちは最悪な状況を知る必要があります。ミソラさんが考えた、”この国最大の危機”というものを成功させてです」
「……この国最大の危機ね。それ、白浜で起きたようなものなのに、宗蓮寺ミソラはそれを上回ろうとしている」
そう、宗蓮寺ミソラは本気で国を貶めようとしている。まるで何年も湿気った爆弾に回路を作り始めたかのような提案だった。しかし一歩間違えれば、国家の崩壊は免れない。宗蓮寺ミソラが発案した”この国最大の危機”の内容はそういうものだった。
「それでも変わらなかったら、どうするわけ?」
「リツカさん、勘違いしてませんか。私たちあくまで大切な人を取り戻しに行っているだけ。そのためにリツカさんの力を利用しているに過ぎません。ただ──」
厳しい言葉とは裏腹に、ラムの目に力強さがともっていた。
「私はリツカさんは立派な人だと思います。善悪関係なしにです」
彼女の目は、”旅するアイドル”全員が共通している眼差しだった。
「あなたってお人好しなのね。……あの電車に乗っていればよかったのに」
もちろんわかっている。本当にいい人はいるということ。彼の悲劇は、ただ間が悪かったに過ぎなかったことを。だが世界がもう少しに優しければ、彼は恥をかくだけで済んだかもしれない。そう考えると思考は永遠に続いてしまう。
なら答えが出るまで探し続けるだけだ。富良野や白浜で事を起こした時と何も変わらない。ただ”対象”がとてつもなく広くなった。リツカは頬を両手で思い切りたたき心を入れ替えた。その時浮かべた表情は、鬱蒼とした使命感ではなかった。
「オッケー、もう吹っ切れたわ。もう人は選ばない。誰も彼も、危機に陥れてみせるから」
リツカのつり上がった頬は人々の心をかき乱すための覚悟の証だった。
そうして、旅するアイドルたちに指令を下した。
「全員、衣装に着替えて頂戴。それからあることをみんなにしてもらうわ。いいわね」
その内容を告げたあと、全員から快く返事をもらった。どうやらお気に召したようだ。ラムは驚きを浮かべながらもどこか誇らしげだった。
「”旅するアイドル”のことよくわかっていますね」
「そういうのじゃない。大衆を引き付けるのは何も、危機感を煽るだけじゃないから」
彼女たちならやってくれるはずだ。なにせ、即興ライブは彼女たちの専売特許だからだ。
”旅するアイドル”たちは、リツカの指令で足を止めた。内容を聞いて笑みを浮かぶものがほとんどだった。ただユズリハが走っている場所が高速道路の只中だったので、途中で降りて場所を探す必要が出てきた。
ミソラは途中で進路を変えた。少し距離があるものの、適切な場所を思いついたからだ。
ユキナは広々とした駅前広場。
アイカは引き返して新宿駅前。
ヒトミはそのまま大空家の車内で。
ユズリハは品川駅前の広場で、それぞれの位置についた。
そしてもう一人。松倉リツカが車から降り立った。
全員、黒の衣装に身を包み、顔の一部分を覆うような頭部の飾り付けはそれぞれで違っている。
当然、注目は集まる。声援と罵声、恐怖と不安が占めるステージが今始まった。
【LIVE Attention Please,PLEASE,Please!!!】
「まだ余興を続けるだけの余裕があるのか。はたまた、ただの痩我慢か」
左文字京太郎は”旅するアイドル”が披露するライブを無感動で眺めていた。
「しかし大衆を煽るのはいただけんな。このあたりで削っておこうか」
コンソールを開き、一斉に操作する。機械知性による力でアイドルたちを測ることはできた。あのことは左文字にとっておまけみたいなものだった。人が持つ最後の力を持ってして、”旅するアイドル”を阻むことができるのか。
コンソールを閉じたあと、左文字は国会議事堂地下に存在する特別管理室を出た。
「迎える準備だ。新たな秩序のための生贄になってもらうぞ」




