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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
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旅人ノ烽火



 渋谷スクランブル交差点の歩行者信号が青の点滅を繰り返す。歩道へ急ぐものが相次ぐ中、たったひとりだけ横断歩道の中央部分で立ち尽くす者がいた。

 赤信号に変わり車の信号が青に変わったところで、車が立ち往生する。クラクションの音が立て続けに鳴り響く。時刻は午後零時。そのときが来た。


「さて」


 顔上げた。訝しげに見る信号待ちの人たちや車。そしてこの日本で新たに登場した秩序が出現しだした。機械音声が”緊急です。通してください”と信号待ちの人たちへ告げ、その垣根が割れていく。そこには昨年の夏に命を脅かした存在があった。あのときとは搭載している武装が違うが、機動力は夏の頃と変わっていないはずだ。しかも一体だけではなく、周囲の歩行者天国から蜘蛛足の機械が何体も出現していった。


 あれは公式に”ウィルウォーク”と呼ばれる警備用のロボットということになっているらしい。左文字京太郎が総理になるきっかけを作り、犯罪やテロが起こることがない世の中を体現する存在になっていた。実際にたった数日で成果は目まぐるしく、ひったくりや強盗を見事に捕らえているとのことだ。


 しかし少女にとっては些末なことだ。ただの機械であれば、容赦する必要はないのだから。

 右腕に装着した換装装置”ドレスアッパー”の球体部分を左手で触れた。すると球体から微粒子状のものが拭き上げ全身に纏わりついていった。すると蜘蛛足が周囲に響き渡るような声でこう言った。


『警告。周囲の皆さんは安全なところへ避難してください。繰り返します。皆さんは安全なところへ避難してください』


 どうやら蜘蛛足はこちらの正体を見切ったようだ。粒子が肉体に付着すると足元から上半身にかけて黒い衣装が姿を表してきた。実際は元々身につけている服装へ戻っただけ。私服は周囲に溶け込むために、ドレスアッパーの機能を使って見せていただけに過ぎない。


『国際指名手配犯”旅するアイドル”のリーダー、宗蓮寺ミソラが現れました。非常に危険です。逃げてください』


 ご丁寧に身分の開帳まで行う新たな秩序。だが実際の人々は、宗蓮寺ミソラの出現に色めき立っていた。それぞれ端末を向けて物好きな撮影会が始まっていく。中には動画サイトの生配信を始めたものもいるだろう。


 こうして衆目が集まっている状態をミソラは待っていた。


「みんな、始めるわよ」


 ミソラがイヤモニに言うと、複数人の返事が聞こえてきた。ユキナ、アイカ、ヒトミ、ユズリハ、そしてリツカ。装いを新たにしてもやることは今までと変わらないつもりだ。

 大切なものを取り戻すために。

 ”旅するアイドル”の進撃が始まった。




 

【LIVE 旅人ノ烽火】






 ミソラがイントロ部分を歌い上げた瞬間、蜘蛛足たちが犯人を捕らえるときに発揮する移動速度と確保用のワイヤーアームを展開してきた。通常なら犯人を捕らえ、警察へ届けるまで拘束が働く。しかしミソラはタイミングを見計らってその場で跳躍した。


 一瞬で五メートルしたミソラはそのまま前方へ落下していき、蜘蛛足の上部へ着地。それを足場にし、再び高く舞い上がった。横断歩道の距離を飛び越え、人々がとどまっている場所へと降りようとしていた。当然、野次馬していたものは慌てふためいて鳥が飛び立つように落下予測地点から離れていった。ミソラは空いた場所へと着地すると同時に前転で衝撃を殺した。


 ここでの役目はほぼ終わった。”旅するアイドル”が渋谷スクランブル交差点にいたことは、ここにいる人々や交差点のライブカメラで周知したはずだ。他の”旅するアイドル”に対する合図でもあった。


「さて、どれぐらいで到着するか──ん?」


 進もうとした瞬間のことだった。背後から蠢く者に気づいて振り向いた。先程の蜘蛛足が勢いよく飛び上がり、ミソラの地点へ覆いかぶさろうとしていた。蜘蛛足はなんとしても、ミソラを確保したいようだ。なるべく穏便に済ませるように他の者には言った手前だが、こうなっては仕方がない。ミソラは左足に力を込めた。くるぶしまで覆う黒いブーツは全身のコーデにマッチするようにできているが、ミソラのブーツには特別な機構が備わっている。


 一つ目は移動に特化した加速と跳躍の機能。以前と比べて機能が向上しており、二時間いっぱい活動してもエネルギー切れを起こさない。そしてもう一つは、足にエネルギーを収束させて放つ攻撃機構だった。ミソラは”ドレスアッパー”の球体を上から押し込んだ。手のひらのシワと一定の圧力が同時に加わえることによって、ブーツの安全装置が解除。瞬間、ブーツから高密度のエネルギーが形成されていく。ピークを迎えるまで三秒ほどかかるが、ミソラはタイミングを合わせてその場で左回転した。


「面倒──ね!」


 開店と同時に放った左後ろ回転蹴りが空中の蜘蛛足を捉え、その蹴りを受けた蜘蛛足は飛んできた方向へ吹き飛ばされた。地面に転がって砕ける音が当たりに響き渡る。蜘蛛足が立ち上がろうとしたが、駆動系が破壊されたことでその場で沈黙した。


 人々は信じられないものを目撃したかのように呆然としていた。ただ一人の身で五メートル以上も跳躍した少女が、警備用のロボットを蹴り一発で壊したのだから。今まで色めき立っていた周囲の空気が徐々に彼女から遠ざかっていく。ようやく警告が身に沁みて実感したようだ。


「失礼」


 ミソラは何事のなかったかのように渋谷駅方面へ走った。駅構内へ入ることなく、外壁と飛び越え駅のホームを伝って高架線の上を飛び越えていく。蜘蛛足だけではなく、警察も出動するだろう。せいぜい注目を集め続けてほしい。最後の最後には、自分たちが知らぬ存ぜぬを貫くことはなくなるのだから。




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