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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
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運命の日



 四月一日に世間を騒がせた事態はたった一週間でほとぼりが冷めていった。国家の中枢たる議事堂の屋根に、直径二百キロから離れた物体が突き刺さるというテロ行為に対し、犠牲者が出なかったということで大半の人間はいつもどおり消費して毎日を過ごしている。総理就任の暁には、その潜在意識を改革すると左文字京太郎は決めていた。


「何の変哲もないいつも通りの毎日。他者同士で暗示しあって、この国が作ったまやかしだな。君はこういった人間を都合よく感じるのだろうか?」


 仄暗い地下室でひとりきりで言葉を発する左文字は、返事がないとみてから肩をすくめて言った。


「あなたに聞いているんだ、機械知性。それとも、〈P〉という名前を口にしたほうがいいのかな」


『──私の記録を消し去らないとは悠長なことだ』


「最後の会話さ。君がいる場所はあらゆるネットワークを徹底的に遮断している。お得意のハッキングに改ざんもできないいま、君に残されているのは鉄の肉体に刻まれているデータ内を使っての会話だけ」


 もっとも記録容量は人間並み、いやそれ以上のもの持ち合わせているはずだ。


「僕は真意知りたい。なぜ君は生まれ、どんな目的を持ち、なにより彼女たちに手を貸している合理的な理由を君から聞きたいだけなんだ」


 心の底から左文字は理由を求めていた。機械知性の存在は、かつての宗蓮寺麗奈や志度から聞いてはいた。人の手を離れたAIが生物のような知性を獲得し、我々のような旧人類を掌握するのだと。それを聞いた左文字は恐怖を覚えた。人間が機械に隷属するまで時間はかからない。なにより、隷属を良しとする時代になりつつある。


 AIが「自我」を獲得し、肉体や思考において無敵の存在といえるのに、この〈P〉という機械知性は道楽ともいえる集団に身をおいている。あまりに不可解だったため、かの存在への手出しは誰もが渋る結果となった。ようやく真意が聞ける。〈P〉には頼るべき知識や経験と接続できないのだから。


『彼女たちに手を貸す理由か。合理的な理由をつけるなら、彼女たちこそが今を生きる者たちだと確信したからだ』


「……確信?」


『ああ。去年の四月、宗蓮寺ミソラが取った選択は私に不可解な思考をさせた。そこからは、今も行間を彷徨っている』


 半ば冗談として投げた言葉だったが、〈P〉の言葉は混じり気のない真のものとして返ってきた。聞きたい答えではなかった。


「話は終わりだ。……ああ、それとこれから君の記憶とも呼ぶべきものは削除される。今まで培ってきた”記憶”や”自我”は崩壊する。これについての感想は?」


『確認を取る必要があるのか、人間』


 どうやら覚悟は決まっているらしい。知性の喪失したとしても、〈P〉が持つ機能は引き続きこちらが利用する。それも特定の行動のみをただ繰り返す機械本来のあり方にだ。


 左文字は端末で実行プログラムを押した。画面上に、彼の記録が次々と消去されていく。ネットに接続できない今、記録そのものをクラウドに逃がすことも出来ない。


 機械に断末魔はなく、消去は粛々と終わった。別の画面を開き、床の上に朽ち果てている機械を眺めた。記録は失っているが、機能は引き続き継続しているはずだ。左文字は端末上に声を発した。


「管理者権限。リブート、左文字京太郎を認証」


 画面上に認証の証が出てきた。続いて左文字は言った。


「そちらの全システムを、僕が持つ”ウィルスーツ”に接続。および全国の”ウィルウォーク”に権限命令を下せ」


 左文字は言い放った。


「”都内に潜伏中の旅するアイドルを捕捉、拘束すること”。警察との連携を強化し、彼らを上手く使ってやってくれ」


 左文字がシステムの管理者になり、〈P〉がもとから持っていた高度な処理能力を使用した。”ウィルウォーク”と呼ばれる蜘蛛足の機械は、平時の任務に加えて特定の人物に権限を行使する機能を付け加えた。これにより、日本の誰よりも強化された女たちを捕らえるために全力を尽くせる。通常の警察装備では太刀打ちできない存在に彼女たちはなってしまっている。


「あとは保険もかけておこう。……そのために、君たちにも力添えをお願いしたい」


 瞬間、薄暗かった部屋に明かりが点った。長机に四人の人間が座っていた。老年の男性二人と、大人びた少女一人に、白銀の仮面をまとった人物が座っていた。あまりにアンバランスな組み合わせであったが、左文字京太郎は別け隔てなく言葉を発した。


「元フィクサー二人に、宗蓮寺グループ特別顧問。そして国連の懐刀に集まっていただいたのはほかでもない、例の彼女たちについて話をしたい」


 左文字が椅子に座ると、元フィクサーのひとりが眉間にしわを寄せて言った。


「最後の一人が総理大臣とは思いもしなかった。わざわざ保釈手続きまで済ませて呼び寄せたわけが、あんな犯罪者のことについて話すこと? 冗談もいい加減にしろ!」


 元経済産業大臣の金城一経(きんじょういっけい)の怒りはとどまることを知らないようだった。彼は昨年の夏頃、海洋循環都市サヌールとの癒着が明るみになりその地位を追われた。さらには自身を貶めた”旅するアイドル”への逆恨みに、ドイツで治療中の原ユキナおよび花園学園襲撃事件を手引したことにより逮捕され、重い量刑が下ることとなった。彼は”旅するアイドル”を犯罪者呼ばわりしたが、自身も犯罪者である自覚が全く無いように見受けた。


「金城さん、彼女たちは国家に対する宣戦布告を行いました。およそ法治国家において看過できる存在ではありません。つきましては、金城さんと茶蔵さんにお力添えをお願いしたくお呼びしました」


「……金城さんはともかく、私もですか?」


「もちろん。そもそも"旅するアイドル"が助長したのは、茶蔵さん貴方が発端となっている」


「そ、そうだ。そもそも貴様が副作用のことを隠していなかったら、飛び火することがなかったのだぞ!」


 ここぞとばかりに金城がまくしたてる。茶蔵は涼しい顔で流し、左文字へ言葉を投げかけた。


「私はただのガソリンみたいなもの。火を付けたのは左文字さんでしょう」


 張り詰めていく空気感に、金城が思わず黙った。 


「宗蓮寺麗奈と宗蓮寺志度が私たちをこの地位に任命したからこそ、此度の一連の事態が起きたとも言える。しかし二人は行方をくらませた。さて二人の失踪は誰の仕業かね」


 訝しむような茶蔵の目が左文字へ向く。半ば確信を持った空気感に金城も驚いていた。そこに呆れ返ったようなため息が入り込んできた。


「──ねえ、大人ばっかで話をしないでもらいたいのだけど」


 三人は一斉に振り返って、この場に似つかわしくない私服で佇む少女をみた。先導ハルは不快感を顕にしながら言い放った。


「さっきから黙って聞いていれば、自分に非は全く無いような言い分。だから反抗されちゃうのよ、当たり前でしょう」


 まるで当事者のような言い分だった。先導ハルも、”旅するアイドル”に手を噛まれた人間の一人だ。ただフィクサーの三人とは違い、心の底から”旅するアイドル”を救おうとした。


「では彼女たちの味方となると」


 いいえ、と左文字の問いに先導ハルはそう答えた。


「私としても、ミソラたちの行いは見過ごせない。彼女たちを止めるために、全力でサポートはするつもり。そのために、国際的な力も借りることにしたんだから」


 すると真正面に座って黙りこくっている人物へ目を向けた。先導ハル以上に明らかに異様な存在だ。白銀の仮面で頭部を覆い、全身も似た色の特殊なスーツを身にまとっている。


「こやつ、〈P〉と同類か」


 金城が訝しげに尋ねると、左文字が首を振った。


「この方は国連から派遣された特殊装備でしょう。あなたも……いいえ、あなた方からもお話をいただきたいのですが」


『──こちらからの回答はない。我らは”旅するアイドル”の次の一手に対処するのみ』


「それが”国連”の回答、ということで?」


『上の立場の人間なら、言葉に気をつけた方がいい。この国の立場を慮るならな』


「ええ、わかっていますよ。もちろん、そちらも同じことですが」


 一触即発の空気をこの場の誰もが感じ取っている。ここはすでに日本だけの問題ではない。世界中が日本国内の騒乱に興味を示している。すなわち、”技術的特異点”の認知が広まるきっかけになりえないからだ。中には技術的特異点を望まない勢力も存在している。国連はおそらく、徹底的に排除する流れにあるのだろう。


 だが全ては遅すぎる。特異点はとうの昔に起こってしまっている。ただ観測されないところで密かに活動していたに過ぎない。左文字は端末でエアディスプレイを開き、音声入力で新たな国家秩序となったシステムに宣言した。


「さて、国連の皆様にもお教えしましょう。──システムへ。”旅するアイドル”および松倉リツカの襲撃予測地点と日時を示せ」


 瞬間、左文字の問い対しコンマ数秒のレスポンスで返ってきた。画面上に表示された内容に、一同は驚愕した。


”西暦2040年04月08日午後未明 襲撃場所:国会議事堂本堂”



「なんと……」


「もうまもなくとは」


「襲撃場所がここなんて、あの子達は何をしようとしているの?」


『大方、国の掌握だろう。テロ対策を怠ってきた日本の真価が発揮されるだろう』


 現在、彼女たちの潜伏場所は明らかとなっていない。しかし、あれだけ派手な騒ぎを起こして何もしないことはない。左文字は彼女たちの襲撃は必然だと考えていた。さらに襲撃場所が国会議事堂だということも見越しており、狙いは先程失われた彼女たちの仲間を取り戻すことにあるのだろう。


「ご心配なく。日本は今までの日本では有りません。手の足りない警察機構は、新たな足を獲得しました。現在、都市内の犯罪は徹底的に洗い出されているでしょうから」


 これに金城と茶蔵がそれぞれ反応を示した。特に金城は正気を疑うような眼差しを左文字に注いでいた。


「貴様、闇の部分もすべて照らすつもりか」


「ええ。必要悪もいなくなる。これはその次代を象徴する一端となるでしょう」


 公安警察はもうすぐで必要なくなる。人が人を傷つける時代に終焉を終える。人間は人間のままでいてはならないのだから。







 そうして運命の日はやってきた。


 先導ハルは同棲している明星ノアを早朝から叩き起こしたあと、ある場所へと連れて行った。ノアには行き先を伝えず、ハルが思う最も安全な場所へと連れて行った。


「ねえ、ねえ……ハルってば!」


 とあるオフィスビルの正面玄関に入ろうとした矢先にノアが抗議の声を上げたが、ハルは無理やり手を引っ張り入れた。周囲には早朝から出勤してくる従業員がハルたちを物珍しそうに視線を送っていた。ハルたちはエレベーターに乗り込み、特別顧問室への階層にアクセスするための認証キーを入力した。二人きりのエレベーター内で、ノアが怒りを顕にしていた。


「いきなりこんなとこに連れてきてなにっ? ちゃんと説明して!」


「……ごめんなさい。だけど、今日だけでいいから、ここにいると約束して。仕事のほうは私から説明しておくから」


「けど──」


「いいから」


 掴んでいた手を、今度は指の隙間まで逃がすことなく握った。温もりが伝わると、胸の内から本音がこぼれてきた。


「どこにも、いかないで」


 先日、左文字京太郎から告げた予告を知ってから気が気でなかった。激動の時代を迎えようとしている世界に対し、ただ傍観者の立場で物事を眺めているだけだった。しかしいまはジッ場が違う。大切な友人が巻き込まれようとしていることを知って、ハルの中に恐怖がこみあげていった。


 そう、これは今までの彼女たちの活動ではなく、また対応も今までのものとは格が違う。

 互いが互いを傷つけるために、正義と正義を押し付け合うだけの、世界で最も醜い争い以外の何物でもないのだから。

 そんな場所にノアをおいてはおけない。全てが終わるまで、目の届く場所で過ごさせる。

 


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