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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
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大切なモノを取り戻す物語



 大衆心理の操作。それはおおよそのメディアが当然のように行っていることだ。そうすることで経済が回り、価値が定まることで需要が集中して安定した社会を作り出した。決して悪い状態ではないが、もしそれにはまらなければ”はみ出しもの”として扱われ、不愉快な思いをすることもある。2040年現在においては、大衆は全体派と個人派が半々といった印象だ。──もっとも、それは平時によるもの。緊急時には大衆は”より集まる”生き物になる。そうすることで生存の確率を高めるためだった。おまけに行動は単調になり、思考も統一される。”20年禍”はまさにそんな時代だともいえる。


 リツカは暗殺者として育てられたときに”大衆”というものを知った。日本語を教えてくれたお祖母曰く、


「和とはまとまる概念であり、小さき存在の知恵の結晶」とのこと。先程言った、平時のときには見せなかった和の部分が、有事の際は和の部分を見せつける。これは日本人特有のものらしい。海外では当たり前のように和になっているが、そのせいで個性というものが顕著になっていく。和の部分と尖った部分が寄り添い合い、まるで二重人格の様相を見せる。日本人は和も尖りも等しく一つのものとして受け取っている。リツカは不思議に思い、「考えも心も分ければいいのに」と質問を投げた。お祖母は苦笑いして寂しそうに言った。


「リツカ、良いことと悪いことの狭間には何があるかわかるかえ?」


 リツカは首を振った。お祖母はゾッとするほどの笑みを浮かべた。


「愛があるのさ。日本人は物づくりの国だからか、物を愛しすぎる。飾り立てるだけならまだいいが、今ではそれを当たり前のように見せつける。これは愛によるものだ。満たされたいと思うものだけが行き着く、甘い大麻なのさ」


 大麻、というと、この村で作られている作物だ。摂ると心が壊れるとのことで、暗殺者の卵が勝手に取ることは禁じられている。取ったものは即刻処刑。わざわざ取る理由はなかった。そしてリツカは同時に疑問に思った。なぜ人は愛を求めるのだろうと。お祖母は今度は昔そうったことを懐かしむようにこう言った。


「大切なもの、そう感じる心がそうさせる。まやかしではあるが、満たさずにはいられない。リツカ、願わくば愛を知らないまま育ったほうが良い。世界で一人ぼっちなら、愛なんて必要ないのだから」


 変なの、と当時のリツカは思った。人の体の構造や弱点、その効率的な殺し方は興味深く面白かったが、大衆心理だけは”大切なものを失った”ときまで考えもしなかった事柄だった。今ならお祖母の言うことが理解できる。


 物理的な痛みより、痛みがやってこない痛みのほうが何倍も苦しかった。それは愛を知ったがゆえのことだと、理解してしまった。なぜ愛が生まれたのか。決まっている──その人と一緒に生きたことがあるからだ。


「……ねえ、アイドルって、愛という日本語と関連してたりする?」


 リツカは隣の少女──白い衣装に身を包んだ宗蓮寺ミソラに尋ねた。彼女は顎に手を当てて考えた素振りをしてみせた。


「愛、ってラブとかライクとかの意味合いの愛?」


「ええ」


「アイドルの語源は偶像……ラテン語のIDOL(アイ・ドール)から来てるからぜんぜん違うと思う。崇拝対象、飾り物とかの意味合いよ」


「そっか。じゃあ、アイドルは飾り物で崇拝対象。なんだか、華々しさのかけらも感じないかな」


「そうでもないわ」


 ミソラが前を向く。すると、リツカの両隣の者たちが一斉にみやってきた。


「偶像であるから、はじめてこちらを認識することだってある。まあ、いまアイドルを名乗るのは罰当たりかも」

 

「言えてますね。でも、最後の最後まで私たちらしくいきたいって思います」


「アタシにとっちゃ、まったくもって無駄な事だが……今回ばかりは無駄が最適解だしな」


「そうそう。かつてないくらいの大幕間よ。観客、視聴者、その反応は過去最大! これを楽しまない手はないわ」


「ああ、もう、本当にやるんですね。……こんなに全身が震えるのは初めてです」


 一人を除き、誰もがファーストセットリストに前向きだ。


「リツカさんのセットリスト、いままでのどのライブより想像が付かない。……でも、それがあなたの願いなら構わないわ。ちゃんと、届かせてみなさい」


 エールとも取れる脅迫にわずかに頬が上がる。これが彼女なりの誠意だと分かったとき、あまりの天の邪鬼ぶりに他の面々と同じ様な反応になった。あの態度では大半の人間を誤解させ、無駄な熱を生ませるだけだ。それでも、言い方なんて飾りであることも示していた。大事なのは相互理解。宗蓮寺ミソラは自分自身の”弱点”となる部分をさらけ出して手を差し伸ばしてきた。あの覚悟に同調した部分があったからこそ、こちらの手は一瞬の思考のうちに手を伸ばした。


 数日前、火災で命を尽きようとしていたリツカに手を差し伸ばし、心の底から叫んだ言葉を思い出す。






『何しに来たの、宗蓮寺ミソラ』


『勝手に契約保護した相手を連れ戻しに来たのよ。なによこれ。こんなことで、貴女が満足するなんて』


 リツカは諦めに似た感情が自分自身を覆っていた。これは最初、おじいさんを殺した者を徹底的に絶望させる計画だった。それがいつしか、彼の様な弱者を平然と傷つける連中を亡き者にするというものへと変わってしまった。きっかけは間違いなく、”技術的特異点”が示した可能性に惹かれてだった。あの力さえあれば、おじいさんを殺した連中のような精神性の人間を一網打尽にできる。あのような二度と犠牲を生まないためにも、例え災厄を引き起こしてでも成し遂げなければならないと。今思えば、酷薄な意志を強烈な存在を知って増長しただけだった。そんな人間が、今更なにができるというのだろう。


『期待しすぎ。私は、もうどう生きていけば良いのかわからない。だって、割と満足だもの。殺したい人間を知ることが出来た。それにちゃんと殺せた。この期に及んでだと思うけど、私、全く罪の意識がないの。ああいう人間を殺せたことに安堵してるもの。あとは、私ではない誰か……多分、左文字京太郎が代わりにやってくれる。あの人、大半の人間を同士討ちさせるはずだから。……ね、これが貴女が彼を止める理由になるんだから、こっちは放って──』


『どうでもいいわ、左文字のことなんか!』


『貴女、悔しいんでしょ? じゃあ、死ぬにはまだ早い!』


 そのとき、リツカはミソラの顔の変化を見た。


 整っていた顔──その表面から錆びた色が浮き出していた。宗蓮寺ミソラがかつて一斉を風靡したアイドルグループ〈ハッピーハック〉の〈エア〉だということは知っていた。顔の表面に大怪我を負うような希硫酸を浴びたせいで新たな皮膚を移植したことも。だが話で聞いたものと、実際目の当たりにしたときの印象はまるで違う。


『……あなた、そこまでのことになって、どうして手を伸ばせるの?』


『決まってるでしょ────それは』


 その言葉に、どれだけ気付かされたことだろう。いつしか、彼女が口にした言葉は、そのまま松倉リツカにも刺さるものだった。

 リツカは腕を伸ばした。宗蓮寺ミソラや”旅するアイドル”にではない。まだやりきれていない思いを知らしめるために、リツカは炎の奥から伸びてくる手を掴んだ。








 ”旅するアイドル”と松倉リツカが並んでいる光景はさぞ人々の注目を集めていることだろうと、リツカは思った。新たにお披露目となった”実験都市ヒノモト”の祈念セレモニーでは、以前白浜でお披露目した演者たちに加え新たな演者も加えた、まさにふさわしいものになっていることだろう。そんな中現れた、全国指名手配犯の国際犯罪者。動揺と恐怖で会場が包み込まれた。しかし、それは一時の内に終わった。警察が突入し、確保しようとしてきたが、彼らがステージ上のアイドルたちを捕まえることは出来なかったからだった。


「な、なんだ。こいつらすり抜けるぞ」


「お生憎様。私たち、実際にここにいるわけじゃないのよね〜。それにしても、ホログラムって全然気づいてなかったわ、さすがの技術力じゃない!」


 大空ヒトミがすり抜けた警官たちをからかうように自分の姿に感動していた。現実のリツカたちは鵝毛ユミの工房にある大部屋におり、自分たちの実体をスキャンしたものを百キロ以上離れた”実験都市ヒノモト”のステージへ投影しているだけだ。もっとも、向こうで投影するだけの仕掛けは”旅するアイドル”のツテを使って設置したらしい。大方、先導ハルの仕業だろう。


「というわけなので、わたしたちがここで危害を加えることは絶対にないので安心……は、できないですよね」


 ユキナが余計なことを口走ったことを後悔したのか一歩後ずさる。代わりにアイカが挑発的な態度で会場全体に言い放った。


「ったく、どいつもこいつも騙されやすい国民性で何よりだ。アタシの父がよく言ってたぜ。世界で一番必要のない暴力性をいち早く身につけたのがこの国の奴らだってよ。ま、あながちまちがってねえ。暴力への備えをせず、知らずうちに暴力に飲み込まれようとしてんだからな」


 アイカもユキナと同じ位置に下がる。彼女の父親はアイカに対してどういう教育をしていたのだろうか、とふと同じ親として思ってしまった。同じテロリストであるが、市村創平の精神性を探るのはやめたほうが懸命だと自戒した。


「私はノーコメントで。ただ、これが最後だと思っていただければ」


 ユズリハもそれだけ言い残して下がる。残るはミソラとリツカを残した。彼女たちの発言に注目を集める中、堂々とした足取りでその人間はやってきた。


「面の皮が厚いな、”旅するアイドル”。そして……」


 稀代の傑物がミソラとリツカを交互に見やる。リツカの背筋に緊張が走った。この男は、本質的にリツカと似通っている。彼が目指す政治とは、弱者を攻撃するものを排除する。


「この私と……いいや、この国全員と相手するつもりか?」


 左文字京太郎内閣総理大臣の言葉が会場の人間のみならず、聴衆すら広がっていく。彼の回りをSPが囲っているが、左文字は構わず前に躍り出てきた。


 総理とテロリストの問答に誰も外気を潜んで注目している。それぐらいは、誰だって分かる。ふとミソラを見た。彼女は顎で促した。ここからは松倉リツカの言葉で語らなければならない。


「左文字、京太郎総理。……私のやり方でも、叶えられたと思いますよ」


 不思議なことに、最初に出てきたのは左文字に対する「なぜ」だった。悔恨を口にするのでも、殺した人を悼むこともなかった。あっけにとられるのは聴衆だろう。おおよそ、まともな人間の思考ではなく、放った言葉は自分の行いに対する肯定だった。


「私は可能性を信じている。それだけだ」


 ああ、と思う。この人は似ている。彼も、なにかに絶望して変えようとしている人の一人だ。やり方は彼のほうが立派かもしれない。左文字はありとあらゆる可能性を信じたからこそ、松倉リツカを最後の最後まで利用した。彼はただ、悪人を利用しただけだった。驚嘆すべき判断力と嗅覚だ。なにより、左文字京太郎を”取るに足らない存在”と下に見てしまったリツカの敗北だ。なら、彼に対する言葉は、こちらにもない。


「では、私の言葉を何度か、この世界の人間全てに──言いたいことがある。届かせようと思っても、きっと全部は伝わらないから、私のいいたいこと、それだけを伝える。

 誰だって、大切な人がいるはず。家族でも、友達でも、恋人だとしても、それはありふれた大切なモノであるのは共通の認識にある。けど不思議なことに、人間は自分が一番かわいいから、人を傷つけて困らせる側面がある。しょうがないことだって、人々は言う。けど、しょうがないからって改めようとしないことは、本当に嫌い。子供の時からずっと思ってきた。本来、子供は優しいはずなのに、親や回りの大人が当たり前の価値を教えたせいで、良いものと悪いものを分けるようになってしまった。それが大人になることだって言い訳して。それはいつしか、自分に都合がいいものと悪いものにも変わっていっただけなのに。そんな最悪な人類だけど、そこから離れて生きていけば、こんな素晴らしいことはない。──だからこそ、放っておいてほしかった」


 誰もが静かに聞いている気がした。”旅するアイドル”も、左文字京太郎ですら。


「私には、大切な人がいた。名前や国籍もなくて、言葉もしゃべれないけど、生きることに関しては尊敬する人で、誰からも尊敬される人だった。確かに見た目は汚らしいし、据えた匂いのする人だったけど、悪意を持ってそうしたわけじゃない。彼には、それで十分だった。そんな人が、人生に一度、忘れ物を届けに行くっていう最大の試練に挑んだ。──そして、電車の中で殺されてしまった」


 おそらく聞き覚えのあるシチューションに豆電球が付いた人が多数だろう。”実験都市白浜”で出した議題の内容にそっくりだからだ。


 車内の全員に殺人の咎がある。おじいさんにも罪があるとするなら、現代社会を知らなさすぎたことか。だが決して殺されることはない。たとえ一生分の恥をかいたとしても、リツカと一緒に笑い話に出来たはずだ。しかしソレすら、誰も許してくれなかった。


「一度きりの異物を……たった一度の汚点だと思ったその対象を、どうして見逃してあげなかったの? 嫌なら”嫌”って言う方が良かったはずよ。……だから私は、何度も警告した。人を、何かを傷つけるのは善くないって。なのに、それを止めなかった人が、一つの都市の中で4万人もいた。昔でも、同じくらいの数いたのかな。どうして、そういう人ばかりなんだろうかって、考えてる」


 その一人と出くわしたとき愕然とした。彼は数多の誹謗中傷を当然の権利だと抜かした。人を傷つけることを権利と抜かすなら、なぜ法律というものができているのか分かっていない様子だった。拡大して、都合よく解釈するのが人の特性なら、もはや善性を期待するなんて烏滸がましい。


「……こんなに言っても、誰も納得しないし、通り過ぎるばかりよね。よく分かるわ。大衆の心理なんて、この程度。諦めたから、私はああした。後悔はない。絶対に。

 だからせめて、ここで。あなた達が切り捨てていった存在を刻ませて。絶対に、知らんぷりなんてさせない。私の存在が、あなた達の罪を忘れさせない──」


 リツカは片腕を前に掲げる。その腕には隣で並んでいる”偶像”たちと同じ装置を身に着けていた。もう片方の手で装置の承認部分をスライドさせる。瞬間、リツカの全身を銀色の粒子が吹き抜けていく。ホログラムなので現実世界のリツカにはなんの影響もないが、銀色の粒子はリツカの全身を純白のドレスで彩っていく。奇しくもそれは花嫁の門出にふさわしい装いだった。


「ソラにいるあなたに送る、私の歌を聞いて──」






【LIVE  True Song】






 胃の中と気道がこんなに荒々しく尖っているのはいつぶりだろうか。おじいさんが死んで慟哭したときと似ている。細胞の全てを活性化させ、抱えている気持ちを吐き出すことが、まさか歌でも似た効能をもたらすとは思いもしなかった。自分とは関係ない世界だと、無意識のうちに一線を引いていたようだ。


 歌と踊り。別にこれらに深い思い出はない。だが自分の中でなにか一つ、昇華できた気がした。歌が上手なわけでも、踊りに切れがあるわけではなかったが、自分の中では後悔のなく次へ迎えるような気がしたが、晴らしたからこそこみ上げてくる熱い何かがあった。


 ──これで、全部なの?


 おじいさんとの思い出や彼を失った悲しさ。それを詩に乗せて本当の気持ちを思い出した。

 だが本当にこれが全てなのか。確かに決着は付いた。”旅するアイドル”の面々も、おじいさんとともに過ごした日々を詩や踊りにこめて披露してくれた。


 ──けど、まだ足りない。


 伝えたりない。歌えきれていない。

 熱が発散しきっていない。

 過剰なものを削ぎ落とし、研ぎ澄まされただけの錯覚が訴えかけている。


「これで、終わりなの……?」


 だがこれ以上、何をすれば良いのか。歌も踊りも終わった。もうリツカがやれることなんて──。


「ええ、終わらないはずよ。そうリツカさんの背中が言ってるもの」


 そんな声がしたので振り向いてみた。いつの間にか、リツカ以外の者たちが異様な状況を作り出していた。衣装は着替え終わり、私服に戻っている。そして、本来はありえないものがステージ上に出現していた。


「み、みんなどうしたのよ。それ、楽器? まるでバンドみたいなんだけど」


 五つの楽器をそれぞれ携え、まるで演奏前みたいな一幕を見せている。二つのギターはアイカとヒトミで、ドラムがユズリハ、ベースがユキナ。そしてミソラはキーボードという構成だ。もしかしたら、現実世界で実際に楽器を手にしているのだろうかと疑問に思っていると、みんなが前を向くように示してきた。前へ向き直したとき、リツカの目の前にはマイクスタンドが立っていた。リツカは彼女たちがそれぞれ顔を見合わせ、最後にリツカに視線を集めた。彼女たちはただひとつ、うなずいた。


「……なんで、そこまで」


 足りないものを彼女たちが補おうとしている。歌と踊りと演奏で、リツカの内面を顕にしようとしている。正直言うと怖かった。人を殺そうと思った時の気持ちが上回るかもしれない。人を殺す修羅と化して、


「お母さん、もっと歌ってよ! すっごい上手いよ!」


「だとよ。……かっこいところ見せてやれ」


 そんなエールがやってきたあと──始まりのドラムが鳴った。

 調和の取れたそれぞれのサウンドが重なっていくと不思議なことに燻っていたものが輪郭を帯びてきた。

 なぜだか笑顔がこみ上げてきた。

 激情の渦が果てなき欲望をもたらしてくる。





【LIVE 果てなき欲望の渦】






 汗だくになりながらも、この一体感に感慨深いものを感じていた。リツカだけではなく、他の面々、さらには聞いていた者まで同じだったことだろう。意識がこちらに向いている。この期を逃すわけには行かない。


「さて、ここからちゃんと宣言する──私たち”旅するアイドル”は”技術的特異点”〈P〉を奪還する。そして、私の世界をめちゃくちゃにしちゃ連中に目にもの見せてやる」


 ここあたりは良いどこ取り。たとえミソラであろうとも、譲るつもりはなかった。

 左文字にめがけて人指を向けた。


「Traveling──」


 リツカは腕を思い切り上に掲げ、合図を送った。


「──Action!!」


 瞬間、腹の底から響き渡るような音が轟いてきた。あれは発射の合図だ。話を聞いた時はなんてことをするのかと思ったが、どうやら彼女たちは本気で取りにいくらしい。その覚悟が現れている。

 もう逃げ場ない。セットリストは組んだ。あとはステージへ立つだけなのだから。









 その日、またたく間に世界中を駆け巡るニュースがあった。

 東京から数百キロ離れた山間から一発のミサイルが発射された。自衛隊がスクランブル発進したものの、音速を超える速さそれは撃墜すること叶わなかった。ミサイルは途中で速度を落とし、マトリョーシカのように外装を剥がしていく。最後は推進機と細長い物体が都心のある部分へと突き刺さった。左文字はそれをみて初めて怒りを顕にしていた。


「……こんな真似を許すとは、まだまだ私も甘かった。国家の威信にかけて、彼女たちは滅ぼさなければならないようだ」


 国会議事堂の真上に掲げているのは日本国旗のみ。しかしそこにはもう一つ別の旗が突き刺さっていた。

 それが”旅するアイドル”を象徴する旗であることは明らかだった。

 ミサイルもどきを飛ばし、わざわざこんな事をした理由を左文字は理解していた。


「受けて立とう。国民に……いや、世界の人類に示す良い機会だ。力のほんとうの意味を、この先の未来を示してやろう」


 国会議事堂に旗を立てるその意味──彼女たちは宣戦布告をしたということだった。

 



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