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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
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旅の記録


 地面を擦り上げ、発砲音が轟く。接近のたびにアイカが拳銃で発砲してくる。銃弾は壁に激突し弾丸がひしゃけた。使っている弾はゴム弾のようだが、当たれば激痛は免れない。射線の予測は幼い頃に学んでいる。相手の体格差、視線、呼吸、腕の向き、銃の性質や場の気候を瞬時に捉えれば避けることは造作もない。ただしアイカは肩にバズーカー砲をかけており、あれがどういった威力や性質を持っているのか警戒の対象だ。


 そもそもなぜアイカと戦闘を行っているのか。彼女が現れたとき、こんな事を口にした。


「アンタが会得している技術を確かめたくてな。対一なら軍人も圧倒すんだろ」


 確かに一対一で負けたことはなかった。沖縄の米軍基地がある地域で夜中一人で繰り出し、米兵二人に絡まれた時に戦闘を行った。一人を一突きで呼吸困難に陥らせ、続いて拳銃を取り出したもうひとりも難なく制圧できた。そのことをアイカに伝えると、興味深そうに目を輝かせた。


「本気でやってくれよ。手錠外してやる。アタシを生かすも殺すも好きにしやがれ」


 そういった経緯で、戦闘を行うことになった。もっとも、リツカはアイカの挑発に乗ったわけではなかった。元々、聞きたいことがあって仕方なく付き合っているだけだ。だからとっとと終わらせよう。ふとももと肩の孔点をコンマ数秒の順番で突くことで相手の動きを数分間止めることができる。人体の構造がそう簡単に変わるわけがないので、アイカにもこの攻撃は友好だ。アイカが銃弾を撃ち尽くして隙を作ったところで、音もなく忍び寄る接近で肉薄していく。銃弾を入れ替えるかバズーカーを取り出そうとしてももう遅い。そう思っていたのに、接近時にこんな声が聞こえた。


「お前の弱点がわかったぜ──戦闘じゃなく、暗殺ならアンタに軍配があがるってことがな」


 次の瞬間にアイカの背中に六本の腕が現れた。肩に担いでいたバズーカーに潜んでいた手は攻撃を加えようとしたリツカを包囲した。突然の対応に遅れたリツカは退避行動を取るか、そのまま付きを入れるのかの瀬戸際に立った。リツカは後方へと飛び、向かってくる腕を避けた。六本の腕は空をかすめ、行き場のない動きをみせた。


 しかし、アイカが反撃の体制を整えるのには十分な時間だった。拳銃に弾を交換した彼女は三発の弾を撃った。先程放ったゴム弾は拳銃と似た銃声だったはずが、妙に乾いた音にあっけにとられた。それが攻撃のための銃弾ではないと知ったのは、腕にまとわりついた鋭い痛みで気づいた。


 黒い線が両腕に巻き付いていた。腕が体に密着してびくともしない。三発の弾丸だと思っていたものは、拘束するためのワイヤーへと変わった。アイカの主装備はゴム弾とスタン弾の併用だったはずが、ここにきて新たな弾丸を用意していた。バズーカに気を取られすぎた。


「腕さえ封じれば大したことはねえな。あんとき、アンタはコンタクトをしてた。あれで、アタシたちの動きを予測か分析をしてたってことだ」


「……いつから、そのことに?」


「目の色だ。前はくすんでいたが、いまは色彩がはっきりしてる。身体能力も並より上ぐらい。あんなに苦戦してたのが嘘みてえだ」


 アイカは数メートル離れた位置から銃口をリツカに向けて逃げ場を封じていた。一瞬でも怪しい動きをすれば、リツカは気絶するだろう。この状況から逆手する手立てはない。ならば本題を切り出すにはこのタイミングしかない。


「完敗よ。さすがはテロリストの娘」


「ああそうだ。癪だが、現実は変わんねえ。……だがあいつの子は血のつながりだけじゃ無ねえ。ヤツに連なるモンは全員地獄に送るつもりだからな」


「それが市村アイカの望み?」


「ああ。アタシの望みだ」


「”旅するアイドル”にいるのも? いちいち表に立ってアイドルやる必要なんてないのに」


「ああ、必要かそうでないかでいえば、必要ねえもんだ。けど正攻法で言ってもどん詰まりしちまう。それこそ、血と銃の今まで以上に広がっちまうだけだ。……絶望した人間にはいい薬だ。縋られちまうと困るが、元々アイドルって言葉はそういう意味合いだろ」


「ラテン語で”偶像”を意味する。つまり、そうあることを選んだということ?」


「……基本的にはな。だがうちのリーダーがそんな殊勝なたまかよ」


 広場の騒ぎを聞きつけて原ユキナが救急箱を手に駆けつけてきた。彼女は状況を把握してからアイカをたしなめた。


「もう……アイカちゃんってば! 怪我しちゃったらどうするの!」


「いや、怪我は当たり前だろ。戦いってのはそういうもんだ」


「乗り気じゃない人を無理やり誘ったんでしょ。……いろいろヤキモキする気持ちもわかるけど、ミソラさんが強引なのは今に始まったことじゃないよ」


 アイカが気まずそうに頭をかいた。意外な反応だ。原ユキナの前では叱られた子供のようにふてくされている。ユキナはまるで彼女の親みたいだった。彼女は救急箱を開き、アイカの傷をみようとしていた。


「一応言っておくけど、彼女が圧勝したおかげでお互いに傷は負わなかった。一方的に誘われて迷惑はしたから、保護者としてしつけはしっかりね」


 世間一般での「良い子」に育てるなら、物心付く前に叱った教育をしたほうがいい。教育というよりは「調教」といった意味合いが強い。下手な許育論を振りかざしてしまったことに咳払いをして、ユキナがリツカをじっと見つめていることが気にかかった。


「……なに?」


「いえ、すみません。その、お母さんなんだなあって思って」


 ユキナがあげた感嘆の声にリツカは苛ついた。


「戸籍上は夫も子もいるけど。……犯罪者が家族を持っちゃいけないとでも?」


「そんなこと思いません! ただ、家族がいても、あんな事を止めなかったんだって考えちゃって」


 苛立ちはすぐに納得に変わった。”旅するアイドル”の中で限りなく大衆の心理に沿っている彼女ならではの観点だ。普通、家庭を持っている人間ならテロ行為を行うわけがないと思ったのだろう。なぜなら家庭そのものが生きる理由だと考えるのは当然のことだ。


「恐れ知らずというか、図太いというか。あなた、人に聞かれたくないことを遠慮なく尋ねちゃうタイプ?」


「必要ならそうしたいです。……リツカさんは前に言いましたよね。弱者のフリをして人を攻撃する人を許せないって」


「ええ、言ったわ。そういう人は死んだほうがいいという考えは変わってないわ」


「……その人に、更生の機会を与えましたか?」


「ええ、これでもかというくらいたくさん。そうしなかったら、たった四万で済むわけ無いでしょ。だから一ヶ月という期間を説得のために与えたのに、反省の素振りもない。それも、自らの罪悪に押し物されて死ぬなんていう因果応報なんだから」


「因果応報……?」


「そう、彼らは結局、自らの行いを恥じているのよ。自分はこんなふうじゃなかった、あんなふうになりかたかった。現実を直視せず、小さな絶望すら耐えられないから他人を攻撃する。気まぐれに、当然の権利のようにね。けど最初は誰もがそうじゃなかったはずよ。希望を抱いて、未来に邁進していた、ありふれた人間だったからこそ、静かな絶望を自らの手で引き金を引けた。恨みで殺されるより遥かにマシでしょ。──私が”技術的特異点”と呼ばれる存在と作ったのはそういう装置。有り体に言えば、最高潮の羞恥を音や光、振動によって引き起こしたのよ。それを利用すれば、人を意のままに操ることも可能になった。複雑な命令は出来なくとも、単純な命令ぐらいは十年前からできるようになっているらしいわ」 


「”技術的特異点”……それが、リツカさんを凶行の道へ走らせた……」


「そうね。十年単位の計画が、その存在との接触で一気に早まった」


 自らの正体を人間ではなく、機械知性だと明かした存在との接触は、どこかの企業の陰謀だと感じた。リツカの出自を知り接触してきたのだと。その存在はあっさりと認めた。中国から日本へと渡ってきた浮浪児であることや、日本政府手動による浄化作戦により壊滅した暗殺者の唯一の生き残りであること。それらは全て、極秘記録を閲覧して入手したことも。信じるというよりは、例え不利益を被ったとしても関係性を構築することが最終的な益になると考え、その存在との対話を始めた。他愛ないことから、深い話まで様々だ。


「今、その存在との接触はできていない。……けど忠告するけど、あれは情報の閲覧や新技術の設計ができる、というだけの存在ではない。その程度だったら、いまの科学で十分に設計できるはず。……あれはこの世界の存続すら危うくさせる、まさに”技術的特異点”よ」


「それはいったい……」


 なんですか、とユキナが尋ねようとしたところで、それを遮る声がやってきた。


「ごめんユキナさん、その情報を知れば私たちが不利になるかも知れないからそこまでにしてもらえる?」


 部屋の扉を開いて宗蓮寺ミソラが現れた。彼女はリツカに向けて不服そうに言った。


「私や”旅するアイドル”のことを聞き回るなんて、どういう風の吹き回し? ここに回答者がいるのだけどね。まさか直接聞くのが恥ずかしいっていうんじゃないんでしょうね」


「……別に、他人からの印象とあなたの主観は違うってことよ。自分で美人で思っても、他人から見たら違うことだってある」


「まったくもってね。みんなからどんな話をしてきたかも聞いたら、もっとあなたに興味持ってきたわ。──最後の対談相手は私か。それとも」

 



「……お母さん」




「悠人……それに、あなたも来てたの?」


 松倉はやれやれといった態度でリツカを見下ろしていた。片方の手は悠人の手を握りしめ父親の風格を出していた。彼もリツカほどではないが人でなしだ。宗蓮寺グループの裏工作を働き、敵対企業に不利益を与えてきた男だ。それがなんだ、なぜいまさら親ヅラをするのだろうか。


「苦労したぜ、お前さんを見つけるには、どうしてもこいつらの協力が必要になっちまってな。実はずっと同じ車に乗ってたんだぜ、俺ら」


 いつの間に、と思ったが、リツカは唯一助手席に目もくれていなかったことを思い出した。二人はそこにずっといたのだ。これを企てた人間の悪辣さに鳥肌がたった。


「……どんだけ私のことが好きなのよ」


「ええ、あなたの能力はとても魅力的だもの。どうにかして手に入れようとするのは当然でしょう? あと、これは私個人の意見だけど──そろそろ逃げていないで向き合いなさい。せっかく、家族全員が揃っているんだから」


 その言葉は”旅するアイドル”の宗蓮寺ミソラではなく、宗蓮寺ミソラという個人の言葉だった。

 



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