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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】 第一章 Traling,始動
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雌雄を決するために

 

 狭間の動向が気になった。彼が部屋を出たということは、詳しい状況がこれから話す可能性を表している。あちこちに監視カメラが付いていたが、先程の部屋が管制室の役割を担っているからには、詳しく研究所内のカメラをみることはないだろう。

 角をいくつか曲がると、話し声が聞こえてきた。狭間のものだった。


「……先程の話は本当なのですか……。ですが、それぐらいなら茶蔵さんが……あ、いえ、そういうことではなくてですね……」


 声の感じから焦っているのを感じた。聞き耳を立てることに専念して、狭間が話す言葉を一挙一動見逃さない。


「奴らが宗蓮寺グループの方にそんな声明文を送ったのですか。……なんと、市村アイカの名前で。テロリスト風情が告発するとは……」


 見知った名前を聞き、ミソラは目を瞠った。どうやらショッピングモールから無事に脱出できたらしい。さらに独自に動き、ミソラたちを救出する手立てをいたようだ。


「向こう側の要求は原ユキナと宗蓮寺ミソラの解放、それだけですか。……いま二人のバイタルチェックを急いでいます。未だに『残滓』は見つかりません。宗蓮寺ミソラもこれからチェックを入れるつもりです。…………はい、無論、危害を加えることはありません。はい、失礼します」


 そう言って、狭間は通話を終えた。その瞬間、激しい物音が届いてきた。辺りの物に当たったようだ。


「……どうしてこんな目に。あの子こそ、挽回のチャンスだと言うのに」


 足音が遠ざかっていった。ミソラは彼の言葉を脳裏に刻みつけて、元の場所へ戻った。部屋は基本的にロックが掛かっており、中へ入れなかったのだ。

 部屋の前でノックをした。すると研究員の一人が姿を表し、仰天してみせた。


「君、一体何処へ行ってた⁉」


「外へ出したくないなら、ここにトイレでも設置したら? さっきの話、思い出したからすぐに戻ったのに」


 実際、数分もかかっていなかった。彼らは不審な目をむけることなくミソラを迎え入れた。それから別部屋へと案内され、入院着みたいなものへ着替える。ユキナのいる空間は、廊下や待機部屋とは比べ物にならないほどに、匂いが冷たかった。死の淵にいる人間を安置するために作られたと思うほどだ。


 若い男のスタッフがミソラの目の前に立つ。彼は問診するような穏やかな口調で言った。


「ミソラさん、彼女の体液を含んだと聞きました。現在、体に異常はありませんか?」


「いいえ、全く。強いて言うなら心的ストレスがとてつもないかな」

「それは我慢していただきましょう。我々も、必死なのです」

「……あなた、けっこう若いよう見えます。いくつですか」

「二九です。もっとも、この中では一番下っ端です」

「私達がどんな経緯で連れて行かれているのを知って、それでも平然としていられるわけ?」


「……世の中に仕方のないことがあると思っています。ですが、ここにいれば、ユキナさんの病気が治ります。我々が絶対に治してみせます」

「……一つだけ聞いてみたいのだけどいいかしら?」


 男は苦笑いを浮かべつつも、柔らかな微笑みで了承した。


「私達のステージの反応を知りたいの。少しだけ動画サイトを見せてくれませんか?」


 彼は一瞬だけ別の方角へ視線を向けた。管制室からの応答を待っているようだ。数秒した後、「いいよ」と答えた。だがスマホを彼女に渡すことはなく、自分で操作をし始めた。それは少し都合が悪い。知りたい項目は、一つだけだからだ。


「ねえ、先生──」


 うん、と上を向いた瞬間、ミソラは相手の眉間あたりで両手を叩いた。パチン、と小気味の良い音とともに、男が大きくのけぞった。


 ミソラは即座に彼の手に持っているスマホを奪い取った。そのまま検索エンジンを開き、「さくら」と「カルマ」で検索をかけた。するとニュースサイトがずらっと並んでいた。


 一番上の項目を開いた。白髪染めの年老いた男の写真とともに、「世界の救済者、カルマ対策の」という文字が見えたところで、スマホを奪い取られた。男は目に怒りをともしながらも、穏やかな口調を崩さなかった。


「いきなりなにするんだっ。人のものを取ったら──」


 そういいながら画面を見て目を大きく開いた。ミソラはしてやったりな反応にほくそ笑んだ。


「貴方達のボスって、世界の救世主らしいわね。特効薬の開発を手助けしたの、彼のおかげらしいわね」


 悪戯めいた表情を披露して、ミソラは言った。


「この人、私の家で見たことがあるわ。なるほど、私とも関係があったのね……フフフ」


 これは本当だった。姉たちが忙しくなった際に狭間とともに邸宅を訪れた年老いた男その人だ。彼が何故か邸宅に顕れ、姉たちと話を交わした。自然と影で糸を引いているものが彼であると確信が強まる。


「……この人は立派だ。カルマを打倒した英雄どころではない。世界を救った御方を、英雄なんて俗称でくくってほしくないさ」


 御方、人が誰かをそう呼ぶときは、目の前に映る景色がラメアートのようにフィルタリングがなされている。盲目にして従順。ここにいる人間がすべて彼のような心酔者で溢れかえっているのだろう。


「じゃあ今していることは何? 後遺症で九人も見殺しにして、そのうえ誘拐まがいのことまでして」


 男は言葉に詰まって視線をそらす。


「……宗蓮寺グループはカルマの特効薬を後押ししたって聞いたわ。けどね、宗蓮寺の名を持つ私が、貴方達の行為を認めないわ」






 

 軽い診察が終わり、本格的な検査が始まった。ミソラを乗せたタンクカーがユキナの隣へ横付けした。彼女は未だに狸寝入りを続けているようだ。呼吸の仕方があからさまに上下している。ミソラは独り言のようにつぶやいた。


「茶蔵って人が黒幕だって。で、〈P〉たちが何かをしでかしたようでね。もうすぐで私達はあっちに戻れるわ」


 呼吸のリズムが再び変わった。肯定の意を示しているのだろうか。反応が変わったということは、こちらの話は聞こえている証。


 不安はステージに立った瞬間から感じている。ミソラの想像できうる限りの出来事は起きた。だがこの先は、想像ができても対処出来るか怪しい。ユキナの体を今蝕む毒は排除できないままだ。


「……結局、〈P〉たちが貴方のを救うのね」


 医療の専門家でも、敵に立ち向かえる力を持っているわけでもない。ユキナを救う手段を、どうにか見つけたかった。スパイ映画さながらの展開を期待していたのだろうか。自信過剰にもほどがある。彼女を救えるのは自分だけだと、自己陶酔に陥っていたのではないか。自分のことが鼻についてしまうほど、ミソラは何もできていない自分が歯がゆかった。


 そんなことを考えているうちに、鼻の奥に強い刺激が走った。目の方へ刺激がいくと、こぼれてきそうなそれが流れないように裾で拭う。だけどそんなことをして、完全にかわくわけではなかった。


「……泣いて、る」

 ふと柔らかな声が聞こえた。隣をみて、ユキナがまぶたを開いていた。


「ダ、ダメよ。安静にしているふりをしないと」


「眠っているの、疲れましたし。それより、ミソラさんが辛そうにしている方が、わたしには、毒です」


 痛ましいものに耐えるような口調に、ミソラは唖然とした。それなのに、彼女は自分が置かれている状況など全く意に介さなかった。


「ミソラさんが、居てくれるだけで、十分です。……だから、しっかり、してください」


 驚いたのはミソラの方だった。ここを出たとしてもユキナの体は治ってない。それどころかミソラも発作が起きるかもしれない。〈P〉たちが交渉に成功したとしても、結局の所は敵を増やす行為にしかなりえない。


 なにより、我が宗蓮寺グループがこんな悪行に気づけなかった事実が歯がゆい。そのせいで九人もの命が奪われてしまった。涙が一段と大きく溢れ出した。頬と鼻が体液で一杯に鳴る。ミソラはシーツを顔に当てて、涙を見せないようにした。


 それから頭部に暖かなぬくもりがやってきた。髪の毛を優しく撫でる細い指。隣をみると、ユキナが状態を起こしてミソラを慰めていた。


「私、馬鹿みたい。何もできないなんて、全然知らなかったんだもの……」


「ミソラさんから、たくさんのものもらいました。……口にできないほど、本当にたくさん」


 それ聞き、ミソラは更にこみ上げてきた。不思議と悲しくはなく、むしろ温かいものが胸の奥を温めていった。


「私も、命あるかぎり、全力で、いきますから」


 いきます、と彼女は含みをもたせた言い回しをした。こういうところが、ユキナの強さなのだとミソラは改めて知った。


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