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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
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納得の所在


 客室に戻り、ミソラたちは用意された料理に舌鼓を打った。リツカは両腕を拘束されたままだったが、箸で料理を掴むことぐらい造作なかった。山菜の炊き込みご飯をはじめ、鮎の塩焼きや野菜の天ぷらなど、山の幸がこれでもかというほどに詰まっていた。ユキナが料理を口に運ぶたびに頬をほころばせている。この料理の前では硬さも型なしだった。


「……美味しすぎる」


「すぎる、なんて。まるで美味しいことが悪い事のように言うじゃない」


「これで懐柔したつもりなら甘い」


「いいの。これからどんどんグルメの旅になるんだから」


「なんだ、この旅館に籠もると思ってた。ここが新たな拠点かとね」


「そんな迷惑かけられないわ。すれ違いざまに、客が私たちを見て驚いた顔してたもの。つまり、すでに通報されているとみていいわ」


 リツカは驚きに目を張った。彼女は困惑しているだろう。なぜミソラたちは慌てていないのかと。ユキナは食べ進めながらも、こちらを伺っている。リツカの一挙一動を自分の目で確かめたい、とミソラに進言してきたのは昨日のこと。


「……私を、売るつもりか。それで罪をなかったことになると」


「だとしたら、あの駅で警察に突き出している。しかもそうしたからといって、私たちに温情が与えられることはない。お上さんは、どうやら私たちにとうとうしびれを切らしたみたいだから」


 具体的に誰かまでは想像に及ばない。左文字一派か、総理一派か。はたまた、別の権力者の思惑か。”旅するアイドル”がいつか自分たちの喉元にまで届くかもしれないという認識が広まった結果だろう。


「私たち、それだけのことを今までやってきたのよ。今更、この日本で平穏無事に暮らせるわけがない」


「当然よ。警察も大衆も、きっと許さない。タイムリミットも刻一刻と迫っている。だというのに、私と行動をともにして何を企んでいるの?」 


「本当なら私たちにあらぬ疑いがかかったら、それをなんとか払拭させようとするのだけど、今回はそれができそうにない。やるには私たちの”技術的特異点”のちからが必要だったのだけど、それを奪われたって話は先の通り。だから代わりになる人を使うしかない。知力や武力、裏をかく能力は揃っているけど、ひとつだけ欠けている要素がある」


 ミソラは箸を置いて真面目な顔で言った。


「松倉リツカ。あなたの状況のコントロール力は目をみはるものがある。たったひとりで都市を掌握しきったあなたの力を貸してほしいの」


 あっけにとられているリツカは何度も唇を引き締めて、戸惑いと疑惑の間で揺れ動いていた。

「……もう、終わった人間よ。放っておいて」


 その言葉を最後に、リツカは一気にご飯を平らげた。遠慮がちだった食事が、大雑把に大食いと早食いをしてみせた。


「ごちそうさま」


 リツカは立ち上がり、押し入れから布団を取り出して敷いた。そのまま横になって掛け布団をかぶった。それからすぐに寝息を鳴らし、ミソラたちは思わぬ一面に苦笑いを浮かべた。


「たくさん食べてましたね」


「健康的でいいじゃない。体力が戻れば、素の彼女と話ができるでしょ。……あとは、他のみんなに納得させないといけないのが大変よ」


 ですね、とユキナがつぶやく。アイカ、ヒトミ、ユズリハ、ラムは反対派だった。リツカを見つけることには最大限の協力を惜しまなかったが、彼女たちはリツカの力を恐れている節があった。たった一人で都市に混乱を招いた実績がある。警察官であるユズリハはともかく、他の三人は了承してくれるものかと思っていた。そこが不可解なところである。


「ねえユキナさん。どうしてアイカさんたちはリツカさんの協力を頑なに拒むのかしら」


「……やっぱり、わかってなかったんですね」


 今度はユキナが呆れ返っていた。それからこう言う。


「あの人は、ミソラさんを死の淵まで陥れた人です。友好的になれなんて思えないんじゃないでしょうか。かくいう、わたしもアイカちゃんたちの気持ちの方にあります」


 これにはミソラも驚きを隠せなかった。彼女が言ったことは、ミソラへの攻撃を気にしてのものだと語っている。端的に表すなら、ミソラを傷つけた人間に心を許せない、というところだろうか。だが彼女たちがミソラにそこまで思うだろうかという疑問は拭えなかった。それにもう一つ疑問が浮かんだ。


「なんでユキナさんは協力してくれるの?」


「決まってるじゃないですか。ミソラさんがやると言ったんです。だったら、最後まで付き合います」


 むずかゆさが背中から首筋にかけてこみあげていく。信頼されている、ということはわかる。ユキナがミソラに向ける強い感情は〈ハッピーハック〉の時代から培われていたものだ。


「時間はあるんです。ゆっくり、そして着実に進みましょう、ミソラさん」


 励ましの言葉に安堵がこみあがった。独りでもやり遂げるつもりの旅路のなか、確かな協力は効率的で効果的──なんてごまかしは烏滸がましい。ただただ、ユキナの気持ちが嬉しく思った。








 温泉を十分に堪能したアイカたちだったが、裏腹に顔つきは芳しくなかった。入浴中によほど嫌な目にあったのだろうか。ラムは三人に尋ねてみた。


「お、温泉どうでしたか? 知る人ぞ知るという温泉と呼び声が高いようですが……ほら、さぞかし星は綺麗だったでしょう?」


「……そういえば、見てなかったわー。こっちは気張ってて仕方ないってのに、ミソラちゃんったら、ずけずけと物言うし」


 ヒトミがそう言ったのを皮切りに、不満があちこちで爆発した。


「旅館の中、ものすごい緊張感でしたよ。数少ないお客さんは、こちらを伺っているようでしたので、わざわざこちらの身分を明かす必要がありましたし。……まあ、ミソラさんにそう言われたのでやったまでですが」


「ああ、そういうとこも気に入らねえが、なによりあの女だ。もう生きる気力をなくした絶望人間だ。あれはもうダメだ。なのに構う。どうしてだ? わけわかんねえ──それに」


 アイカが頬杖を浮かべて続けて言った。


「ユキナもユキナだ。あんな女の同じ部屋で寝るなんて正気じゃねえぞ」


 苛立たしげに指先で机をコツコツと叩いている。アイカの怒りの矛先がどこにあるのかわかって、ラムはつい笑みを浮かべてしまった。


「何がおかしいんだ」


「では僭越ながら。そんなに二人が心配ならついていけばいいじゃないですか」


「……んなの、今更できっかよ」


「どうしてですか」


「アイツらは命がけであの女と接してんだ。アタシがいたら警戒して口が割れねえだろ」


「あら、松倉リツカの協力には反対してないの?」


 目ざとくつついてきたヒトミの言葉に、アイカはため息がたら語った


「いまのアタシたちには何も出来ねえ。せいぜい、特攻かけてお陀仏ってことだ。……そんな終わり方してたまるかよ」


 そうだろ、という目をしてアイカはラムたちに尋ねてくる。もちろんこのまま〈P〉を囚われたままなんて許さない。彼を取り戻し、元の旅へ戻る。そのためには確かに、敵だったものの力も借りないといけない。理屈では納得できるが、こればかりは感情の問題だ。


「あのリツカって娘、本当にすごい娘なのかも怪しいのに……」


「ハッタリをかましていると?」


「そうそう。ほら、全部”技術的特異点”を使いましたー、だっていい話じゃない。あの一連の騒動の大半は、そうした力をフルに活用して成し遂げたことでしょうし。本人そのものは、ただの一般人だったら、それこそ無駄足だもの」


「……まあ、調べたところでは、平均的な生活を送ってきた人ではありません。十一歳以前の記録がまるでありませんでした」


 ユズリハは端末を開いて情報を確認する。一瞬、助手席に目を配りそれから松倉リツカの経歴をかいつまんで話した。


「孤児院ではおとなしい娘という印象でしたが、時折自転車で遠出することが多く門限を破ることがあったとか。どうやら県外を出ている可能性があると孤児院の方がおっしゃっていましたね」


「で、高校までは孤児院住まいで、東京に就職ねえ。地方の孤児院から、なんでわざわざ遠いところに勤めようとしたのかしら?」


「リツカさんが勤めていた会社に社員寮があったと聞きます。……大手企業傘下の工場勤務。高卒時の一般企業の中ではトップクラスの給与と社会保障ですね。内容は激務そのものですが」


 エアディスプレイに映っている会社の情報を改めて確認する。工業部品の制作、運搬、そして営業と多岐にわたる。リツカは給与の高い工業製品制作と運搬を請け負っているようで、唯一の女性社員だった。しかしその会社は一年あまりで退職した。その理由は、女性ならではというべきものだった。


「妊娠で寿退社をされ、彼女は専業主婦になったと。このときには松倉幸喜さんと交友があったのでしょうか」


「さあ、他の男の子供かも」


 意地の悪いヒトミの言動には背筋が冷える。その可能性もなくはないが、ラムはリツカの息子は間違いなく松倉幸喜との間に出来た子であるとみている。松倉はリツカの一面に気付いていないが、彼女のほうが松倉を利用していた可能性がある。一回り違う年の差結婚は、今どき珍しくもなんともないが、リツカは当時十八歳で社会に踏み出したばかりの若人だった。そんな彼女が松倉幸喜と知り合って子をなすには、いささか突発的な感じがした。


「あとは、松倉さんが乱暴を働いてしまって、リツカさんがそれをネタに揺すっているとか? となると、松倉さんはリツカさんの協力者という可能性もなくはないわね」


「可能性を考えるとキリがありませんね。ですが、事実は至極単純な気がしますけどね」


「あら、警察官のくせにエモーショナルな論理じゃない、ユズリハちゃん」


「いつ、どうやっての話は動機から推察したほうが真実に近づくことだってあります。松倉リツカのような、思想の深い犯罪者にはよくあることです」


 ユズリハは説明をしつつ、旅館のほうに目を向けた。


「そのために、ミソラさんがリツカさんのすべてを知ろうとしている。意味があるかは、知ってからでも遅くありません」


 ユズリハはそう話を打ち切ってベッドのある方へ向かった。白浜の騒動のあと、ユズリハが事態を飲み込めずにいたのは記憶に新しい。公安筋の連絡を断たれ、警察庁警備局長は騒動を利用して自らの野望を果たそうとしている。いまのユズリハは警察官でも、公安でもない、只人だった。


「すがる場所を失った人って、見ていて胸が痛むわあ」


 それはヒトミも感じていたようだ。ユズリハだけではなく、ラムも縋る場所を失った一人だ。〈P〉を連れ去られてから改めて思う。”旅するアイドル”が如何に彼の力を当てにしてきたのか。頼り切りにした結果、過去にないくらいの足踏みをしてしまっている。人一人見つけるのに一週間以上もかかり、面倒な輩に出くわさず回避することもできない。


 人間はテクノロジーから逃げられない。欲しい物が大きいものならさらだ。

 ラムだけではなく、ミソラも、ユキナも、アイカも、ヒトミも、ユズリハも、最初は何も持っていなかったはずだ。彼女たちはいつから求めるようになったのだろう。生きている限り、彼女たちは誰も手にできないものを追い続ける。この旅の果てに、何が待ち受けているのだろうか。


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