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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第八章 黄金の静寂
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ある予言



 三月中旬に差し掛かっても真冬のような寒さは続いていた。暖房をつけるにも燃料節約のためにエンジンはついていない。夜中を越すには何人かで身を寄せ合って暖を取る必要があった。車の背後に設置したベッドでは三人が一枚の毛布に包まり、体を密着させていた。


「……今日は一段と冷えますね。アイカちゃん、毛布からはみ出てるよ。もっとこっちに来て」


「気にすんな。お前こそ体冷やすなよ。真ん中のこいつを温めねえといけねえからな」


「別にそこまで気を回さなくても、いいのに」


 ミソラはかすれた声で応えた。両隣のユキナやアイカと比べて、ミソラは生気のない顔つきだった。二月末の攻撃によってミソラは呼吸するだけで激痛が走る体になってしまった。治療によりその異常は回復したものの、今度は肉体の無茶で疲労が蓄積してしまった。二週間経っても38℃の熱は下がらず倦怠感がつきまとう。食事は胃腸に優しいお粥を食べ続ける毎日だ。本当は栄養のあるものを食べたかったが、いま置かれている状況では買い物すらままならなかった。


「ミソラさん、寒くないですか?」


「へいき。眠ってれば、楽になる。以前、似たような状態が続いてたから、私はよっぽどひどい状態になってしまったのね」


「それって、〈ハッピーハック〉が終わった後、ですか」


 ミソラはうなずいて目をつぶった。


「顔をやられてからしばらくは、ひどい熱が続いたわ。まあ、今ほどひどいものじゃなくて、ただの発作的なものだった。肉体と精神がまだ離れていたのね」


 この顔を認めたくない、という思いが無意識下にあり、自責によるストレスで免疫力を低下させた、というのがあのときの発熱の理由だとミソラは推察していた。今回の熱も、死の苦しみが続いた結果の防衛反応だと思っている。ゆっくり体を休ませれば元の状態に戻るだろう。


「さて、私のことよりこれからのことを考えたほうが良いと思うのだけれど」


 ミソラは隣の二人だけではなく、車内の全員に聞こえるように言った。運転席の方から反応があった。


「もちろん、〈P〉を奪還しなければ話は進みません。私たちはまんまと嵌められたんです。最初から”彼”が目的だった」


 運転席でラムの痛ましい声が聞こえた。確かにミソラたちは最初からはめられた。しかしそれを承知で”実験都市白浜”に入り込み、裏をかいて脱出するつもりだった。言葉にはしなくても、全員その事は念頭にあったはずだ。懸念があったとすれば、敵の目的が一つに絞られていたことに尽きる。このことだけは誰も予想し得なかった。


「……ユズリハさん、隠していることはありませんか。あなたをここに乗せることは、私たちにとってもリスクのあることなんです」


「私にも何が何だが……」


「この二週間でユズリハさんも戸惑っている立場なのは分かりました。だからこそ知りたいのです。左文字京太郎が何を企んでいるのか。──なぜ、〈P〉を連れ去ったのかをです」


 ユズリハの沈黙が様々な情動を醸し出していた。聞かれてもわからないという”困惑”。少なくとも、ユズリハが左文字京太郎に繋がる手がかりはないと思っても良い。


「はいはい、ストップ。こんなところで熱つかってもしょうがないじゃない。そもそも、私たちは〈P〉ちゃんのこと何一つ知らない。あの人、自分語り全然しないし」


 ソファに座っていたヒトミの軽快な声に、誰もが沈黙した。彼女の言う通り、なぜ連れ去られたのかという理由を考える前に、〈P〉という存在が左文字にとってどういう価値があったのかを考える必要がある。もっとも、ここにいる全員、〈P〉の正体にあてをつけているはずだ。誰もそれを問いただそうとしなかったのは、あまりにも信じられないことだからというのが大きいだろう。


「だからここは、他の人に語ってもらいましょうか。ねえアイカちゃん、〈P〉ちゃんと出会った時にはラムちゃんもいたわけでしょう? となると、”旅するアイドル”の起源は〈P〉ちゃんとラムちゃんの出会いに集約されるということになるけど」


「私と〈P〉のですか?」


 ラムが戸惑うような口調になっていく。それを見逃すわけがなかった。


「そもそもねえ、〈P〉ちゃんとラムちゃんの旅の目的を、私たちは誰も知らないわけ。他の人と違って、想像する材料もないし、〈P〉ちゃんどころかラムちゃんのことだってわからないわけでしょう? ねえねえ、あなた達はいつどこで出会ったのかしら」


 ヒトミが立ち上がる姿がみえた。毛布を体に巻き付け運転席を覗き込む。ラムの表情は伺いしれないが、深い溜め息を聞いたところによると観念したとみていいだろう。


「……簡潔にですが、お話させていただきます。詳細を語るのはちょっと……これは、私の思い出なので、誰かに語るのは嫌なんです」


 どうやら彼女にとっては大事な一幕のようだ。それだけで麻中ラムが〈P〉に対する思いを暴露しているようなものだった。もちろん、最初から分かっている事実ではあるが。


「分かった。じゃあ、乙女ゴコロに抵触しない程度に語ってくれる?」


 ラムはそれに了承したようで語りはじめた。


「私は二年前まで人工知能の開発に携わっていました。かの重工の子会社の契約社員で、内容はとにかく秘匿性が高かったのですが、今思えば納得です」


「ふーん、桜音重工ねえ。ラムさんそこに務めてたんだ……」


「はい。激務に明け暮れて、心身ともに疲弊していった至って普通のOLと思っていただければ」


 ヒトミが意味ありげに唸っていたのをミソラは見逃さなかった。


「〈P〉と出会ったのはこのときです。本当に偶然の出会いでしたが、私は彼からある未来の出来事を話されました。とても信じられないような、未来の話を──」


「未来? それってどんなものだったんですか」


 ユズリハが尋ねる。


「──2040年に人類が終わる、と」


 重苦しい沈黙が車内に広がった。それをラムに語ったところで、彼女があっさり信じるとは考えにくい。


「……それはなんだか、映画の導入みたいな話ですね」


 ユキナの感想にミソラもうなずいた。さしずめ、ラムは未来予知を聞いて未来を変えようとするヒロインのように思った。もっとも、〈P〉がなぜラムを選んだのかは疑問が残る。また、彼女の言葉をもう一度確認する必要があった。


「ラムさん、もう一度聞くわ。〈P〉は"2040年に人類が終わる"と、そう言ったのよね」


 ミソラの質問にラムははいとうなずいた。一文字一句、同じだとも。脳が熱くなっていく。知恵熱が発生しているのだろうか。心配したユキナがミソラを心配そうに尋ねた。


「ミソラさん、何か気になることがあるんですか?」


「──これはまだ確証が持てないから、後回し。ラムさん話を続けて」


 話をもとに戻し、ラムが更に続けていく。


「しばらくして、私に転機が訪れました。有り体に言えば、私は謎の勢力の襲撃に合いました。それを助けてくれたのが〈P〉です。彼を連れて逃亡し、どこから用意したかわからない資金を使って、それで最初のキャンピングカーを購入したというわけです。それがちょうど去年の年始の頃でしょうか」


 なるほどな、とアイカがこぼした。そのあとにアイカとユキナと旅に加わる者が増えたわけだ。2040年に人類が終わると予言した〈P〉と、この旅で経た様々な出来事を符合させてみる。予言、というより未来予知のほうが正しいのか、その年はすでに今年に入っている。だというのに、〈P〉は慌てた様子もなく日本中をひたすら回っている。たまに〈P〉が車から離れることもあるが、そのときに本来の目的を──と、考えたところで肝心なことを聞いていないと思い至った。


「2040年の人類が終わる、というのを防ぐために旅を始めたということ?」


「そんなの当たり前──」


 と、ふいにラムが口を閉ざした。まるでなにか大切なものを見落とした者のように、ラムはこうつぶやいていた。


「……聞いてない。いえ、でもそんなこと……」


「ちょいちょい、ミソラちゃん。いまのセリフどういうこと?」


 ヒトミがミソラにそう尋ね、思ったままを口にいた。


「以前、〈P〉に尋ねたことがあったけどはぐらかされたことがあったの。だからラムさんには伝えているのだと思った。じゃなきゃ、こんな危険な旅に付いていくなんてありえない。よっぽどの理由があったのだと思ったのだけど、どうやら見当違いだたみたい」


「ち、違いますっ、確かに〈P〉には目的があって……だからアイカさんを最初に見つけ出して保護したんです」


「アタシはなんも聞かされてねけどな。ただ、アタシが日本へ来たわけを知ってやがったのは不思議だけどな、まあ未来予知みてえのができるヤロウだ。個人の目的を暴くなんて朝飯前なんだろ」


 意外なことにアイカはそれを理解し、受け入れているようだ。やはりある程度は利用されていることを飲み込んで行動を共にしていたらしい。実に彼女らしい割り切りだ。


「ということは、ラムちゃんすら知らないことが〈P〉にはある……うーん、なんかきな臭くなってきたわね。ま、最初からそうだと思ったのよねえ」


「待ってください。彼を信用しないんですか。あれだけ助けられておいて、今更──」


「ラムさん、いま私たちは〈P〉を取り戻すための手がかりを追っているけど、誰かの手に渡ったからには”以前の彼”なんて思わないほうが良いわ」


 そろそろ言語にして確定させるべきだ。さんざんはぐらかしたせいで、今回の事態を招いてしまったのだから。ミソラは状態を起こして運転席へ決定的なことを放った。


「〈P〉は人工知能。AIなんだから」


 あれだけのとんでもない場面を見せておいて、人工知能だとわからない人はいないだろう。もっとも、仮面と鎧がテクノロジーで中に人がいる可能性も捨てきれなかったが、それは長野で蜘蛛足の攻撃を受け止めた時点で崩壊した。普通の人間なら攻撃を受け止める選択はしない。それが打算からだとしても、その後にかならず治せる確信がなければならない。よってAIであることは明白だったし、そのつもりで接してきたつもりだ。


「AIなら外からプログラムを書き換えられている可能性がある。もし居場所を突き止めて奪還を試みても、向こうが私たちを敵と認識して攻撃するかもしれない。ラムさん、あなたはそれに耐えられる?」


 そしてAIの弱点は外から中身を書き換えることが容易な点だろう。不必要なデータは削除し、必要なデータをインプットする。なにより、この世情で時の人が唯一欲した存在が、ただのAIであるはずがない。〈P〉の能力をミソラたちは頼り切りにした。それが彼の役割だとミソラ自身も割り切っていたからだ。


 もちろん疑問は尽きない。そこまでして左文字京太郎が成し遂げようとしているのか、〈P〉の本当の目的は何なのか。そして──アイドルは彼にとって余興なのか計画の一部なのかすら。脳を働かせたからか、少しばかり気分が良くなった。次の瞬間、ミソラの両頬が歪んだ。右方向から手が伸びていて、振り向くとムッとしたユキナが片手で頬を掴み、ミソラの唇がアヒル顔にさせていた。ミソラはただ戸惑うばかりだったが、ユキナが何やら怒った様子で言った。


「ミソラさん、言い過ぎです。少しはラムさんの気持ちを考えてください」


 そのときだった、運転席のほうから鼻をすする声が聞こえてきた。思わず「え」と声が出た。すすり泣きが大きくなり、ラムは盛大に泣き出した。


「やっちまったな」


「いーけないんだーいけないんだー」


「いや、その、別に責めたわけじゃないくて、ただ事実として、そういう側面があると言いたくて……」


 背筋に嫌な汗が通る。さすがに冷静ではいられなかったところを、ユズリハがすかさず口にした。


「ミソラさん、事実は人によって傷つける言葉なんです。……私、学生時代によくやらかしてたので、よく分かります」


「……ごめんなさい。言いすぎてしまったわね」


 ミソラは咳払いで気を取り直してラムに言った。


「勘違いしないでほしいけど、別に〈P〉を敵と認定したわけじゃないの。最終的には助け出すつもり。けど、私たちだけでは強大な存在の前では塵に等しいわ。だから提案があるの。ちょっとだけ聞いてもらえる?」


 この状況に陥ってからずっと考えていた。逆転の手は詰まれた。いつものように、準備をして真正面から切り込んでいくやり方では、左文字率いる勢力を乗り越えることはできない。逆転の手を考えれば考えるほど、彼女の存在がどうしても頭によぎった。そのことをここにいる全員に伝えたところ、芳しくない反応が返ってきた。



「ミソラちゃん本気?」


「さすがにそれは……」


「つーか、会ったところでって感じだけどな」


「そもそも協力してくれるかどうかも……」


 もちろん反対の声は予期していた。だがらこそ、説得には時間をかけて行うつもりだった。


「私たちには、彼女が必要よ。それだけの力があると見ている」


 ここまで追い込まれた以上、敵側に軍配があがっている。命からがら逃走できたのは〈P〉が最後に手助けをしたからだ。その恩に報わないほど冷徹ではないつもりだ。

 この様子だと、説得は難しいかもしれないと思い果てた時、唐突に車のエンジン音が吹いた。


「──行きたいところ、決まってるならいつでも言ってください」


 ラムが後ろへ振り返って言った。


「あなた達が望むところへ運ぶ。それが私が〈P〉に望まれていることですから」



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