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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】 第一章 Traling,始動
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犠牲の残滓


 ユキナが再び発作を起こした。ベッドシーツには血の跡のが残り、スタッフの人達が片付けを行っている。ミソラはピアノの前で、先程の光景を思い浮かべる。


「……あの曲、ぜったい歌わせあげるから」


 目をつぶって奏でたメロディを思い出す。ピアノの鍵盤を押し込みながら、ユキナのメロディの意味を考えた。自然に出てきたものに、意味はないのかもしれない。だからこそ精一杯刻み込もうとした。


 ミソラはある決意を胸の中でした。部屋中に響くように金切り声をあげた。


「──ねえ調べて、私の体も調べてよっ。ユキナがあんな事になってっ、私もああなっちゃうかもしれないじゃないっ!」


 ヒステリックを撒き散らしていく姿に、狭間はミソラも連れて行くと言って部屋の外に連れだした。スタッフと同行している間、ミソラは死の恐怖に怯えた演技を繰り広げた。


 スタッフの困った様子が見て取れる。しかし研究スタッフではないようで、特に反応することはなかった。


 静謐な廊下をいくつか曲がると、ガラス張りになっている部屋が見えた。そこにユキナが横たわっていた。スタッフがその部屋の扉の前に立つ。自動ドアが開き、中へ入るように促された。


 十人くらいの白衣姿の男女がモニターを眺めている。そのなかでスーツ姿の狭間の姿は異様に映った。


「私も検査してっ。あんたたち、ユキナを直すためにいるんでしょ⁉ その後でいいから、私の体の毒も直してよっ!」


「君が自ら彼女のものを口に含んだと聞いていたのですが」


 瞬間、白衣姿のスタッフたちからどよめきが湧いた。彼らはミソラを悪魔でもみるような目つきで眺めている。


「なによっ。馬鹿だったのよっ。だって、そうでもしないと一人になっちゃうじゃない」


 敢えて主語を取り除いた言葉で話す。ユキナを一人にしてしまう、またミソラが一人になってしまう、という両方の意味をほのめかすことで、小さな困惑を植え付ける。こういう小さな疑念を植え付けていくのが、自分のやり方なのだとわかってきた。


「君を今から寝台へと寝かせます。用意して」


 スタッフに命じて、彼は再びモニタへと戻った。部屋の中にモニタが多数表示されており、心電図や内蔵、数字の羅列にめまいがしそうだった。おそらくユキナの体の様子を捉えているのだろう。彼らは何を持って異常と判断するのだろう。ミソラはモニターから視線を外し、他のところを眺めた。


 ユキナのいる部屋はすぐ目の前だ。彼女は目をつぶってその時を待っている。

 先程、部屋の中で話した内容を反芻した。


 ここへ来たからには、情報を手に入れて向こうへと戻りたい。そのために部屋の中枢へ来たのはいいが、肝心の記録情報媒体が見当たらない。それを手にしたところで、特定の情報を保存する方法が皆目検討つかない。ミソラは仕方なく、研究員たちの話に聞き耳を立てることにした。


「バイタルチェック、異常なし。安定の時期ですが、胃と食道に炎症が起こっています。胃液が逆流し続けた影響でしょう」


「このあと、血液検査を行います」


「身体変化、半年前と変わらず。やはり極度のアナフィラキシーショックと思われます」


 報告がたえず飛んでくるが、ユキナの体を苛んでいるのはいまこのときだ。ふとミソラは、狭間に問い掛けた。


「ねえ、彼女を治したいなら、日本の医療機関に見せてあげればいいんじゃない?」


「不可能だ。誰も原因不明だと判断するだけだ。我々は、彼女が蝕んだ毒を治す義務がある」


 治す義務ねえ、と前置きのようにつぶやくと、狭間の鋭い視線が飛んできた。ミソラは先程部屋で交わした会話の部分を流用して言った。


「ユキナさんって、本当のカルマウイルスの感染者だったのかしら。それで特効薬を投与して体に読ができてしまった。そんな話をユキナさんとしていたのだけど、当たってる?」


 瞬間、研究員たちが一斉にこちらへ振り向いた。狭間は会話を傍受したので知っているはずだ。彼は子供を諭すような口調に言った。


「いいですかミソラさん。彼女は間違いなくウイルスの感染者です」


「じゃあ、逆に問題ね。ウイルスを退治できても、後遺症が残っているもの。なんでそんな人が出てしまったのでしょうね」


 愉快げにミソラは頬を釣り上げた。


 彼らが作っているのは後遺症の原因を探り、その治療手段を確立することだろう。だからこそ解せない部分がミソラの脳裏に泡のように浮かび上がってくる。


「そんなニュース聞いたことは一度もない。医療被害っていうのかしら、そういうのって大事に発展するでしょう。けど、向こうからの糾弾は一切なかった。それって、後遺症に悩まされている海外の患者がただの一人もいないからよね。確かに、その特効薬は安全性が確立されているわね。たしかに貴方の言う通り、ユキナさんはカルマウイルスの感染者なのは間違い無いわね。訂正するわ」


 もちろん多少の副作用はあったかもしれない。だが熱や咳の発生がせいぜいで、ユキナのように長年苦しむような後遺症にまでは発展しないはずだ。もしそうなった場合、大問題に発展する事案だ。


 最初にカルマウイルスに有効な化合物が見つかった。彼らはたしかに、特効薬を打ち出すことに成功した。しかし開発して輸出することを至上命題掲げたせいで、完全な安全性を臨床試験で試したのだろうかと、疑問が湧いてくる。日本で出来上がった特効薬は、まず日本人感染者に打つのが普通だ。


「──人体実験したのね。ユキナさんをつかって」


 どよめきがざわめきに変わった。図星どころではない。全員、こちらへ敵愾心を向けはじめた。狭間が言った。


「言葉には細心の注意を払って発言したほうがいい。きみはいま、なんと?」


「安全性の最終確認のために、治験は行われる。けど、あなたたちが優先したのは、特効薬を一刻も早く完成させて、海外の患者に送り届けることだった。そのためにユキナさんたちは都合のいいモルモットでしょうね。後遺症の残る特効薬を売り付けることなんてできなかったでしょうから。あなたたちは手っ取り早さを選んだ」


「バカバカしい。ならば特効薬を投与した日本人感染者が全員、後遺症に苦しめられるはずだ」


「それが不思議よね。特効薬を投与して亡くなった九人は、間違いなくユキナさんと同じように後遺症に苦しんだ人たちだから。貴方たち、そのことについてはどう考えているわけ? 自分たちの不始末だって、きちんと認識しているの?」


「……」


「その特効薬を打って亡くなった九人。ユキナさんは当時、小学校低学年だったから、薬の数は少なくすんだのかもと想像できるわ。いまも生きていられているのは、本当に運が良かったといっていい。違う?」


 推論を当てずっぽうにかましているだけで、未だに仮説の域を出ていない。ミソラは若々しい態度でまくし立てていき、それから研究員の反応をつぶさに観察した。大方、何を言っているのだこの女は、と侮蔑が込められていた。


 ミソラは確信出来る材料を手に入れた気がした。ユキナは確かに感染者であった。ユキナ自身は疑っていたようだが、これは正しいと見ていいだろう。そして例の十人のうちの亡くなった九人も感染者だ。


 だが材料が足りない。なぜ死者とそうでないものに分かれてしまったのだろう。特効薬を投与したにも関わらず、長い後遺症を患うことがあるだろうか。一時ならともかく、永続にということは考えにくい。


 日本での感染者五十人のうち、二十人がウイルス症状で死亡。三十人が特効薬を投与し、二十人が生存。残り十名のうち九人が死亡しており、ユキナが最期の生き残りとなった。なぜその十人でないと犠牲になったのか。残りの二〇人は全く後遺症がないのなら、その違いは一体……。


 一つだけわかることがあるとするなら、彼らはユキナを欲していることだ。そして後天的にユキナの後遺症を受け継がれたであろうミソラを丁重に扱い始めた。そのことがひどく引っかかる。例えば、この事実がスキャンダルになることで不利益が生じたしよう。ユキナは、その爆弾を持つ最期の一人だ。これを解決する方法は単純に始末すればいい。だがそれを行うことをしない。あくまで保護につとめた。現にバイタルチェックを行っている。


 最初はユキナたちを使った人体実験だと踏んでいた。合法な治験ではなく、違法な薬物過剰投与を。だがそうだった場合、ユキナを始末するほうが手っ取り早いはずだ。方法はいくらでもある。。推測の域を出ないからには、糾弾して意味がない。


 最終的に自分はどうしたのか考える。決まっている。ユキナを助けたい。彼女の歌声は素晴らしく、価値のあるものだ。同じ境遇だった死者を悼み、その尊厳を踏みにじった研究所を憎悪している。


「……姉さんたちは知っていたのかな」


 同じ宗蓮寺グループの出来事だ。十年前はまだトップの座にはおらず、トップに付いたあと、この事実を知ってどう対処にしているか。


 恐らく巧妙に隠していたのだろう。知っていたら、姉さまたちが出張らないはずがない。これは勝手な思い込みだろうか。


 ふと、狭間はスマホが鳴った。耳に当てた瞬間、狭間は「はいっ⁉」と叫んだ。


「そ、それは本当にですか……はい、はい……分かりました。たった今からそのとおりに……」


 狭間は携帯を切ってから、ここにいるもの全員にこう告げた。


「あの人から連絡が入った。原ユキナと宗蓮寺ミソラを引き渡せとのご用命だ。数時間のあいだに、二人のバイタルチェックを急げ! くれぐれも丁重に扱えよ!」


 慌ただしさがピークを迎えた。全員が機敏な動きをしだし、狭間の苛立つ様が特に際立っていた。ミソラへ吐き捨てるように「運が良かったな」と食って掛かってきそうだった。


 狭間は部屋を出ていく。他の者はこちらに意識をそらしている。ミソラは今がチャンスだと宛をつけ、さり気なく立ち上がった。背後の扉へ近づくと、勝手に開いた。中から出るときは認証は必要ないみたいだ。静音式の自動ドアなので、誰も気づくことなくミソラは部屋を出ていった。


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