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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
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果たすべき役割



 ミソラは手術室へ緊急搬送されたあと、”旅するアイドル”の面々とハルとノアが扉の前で集まって沈痛な時間を味わっていた。誰もがうつむきがちにいるなかで、ノアがハルと同じ思いを口にした。


「もう、こんな瞬間がこないように思ってたのに……」


「……そうね」


「ミソラは否定するかもしれないけど、ずっと誰かのために動いてたのはミソラだったよね。そこは今も昔も変わらなくて。でも──」


 背を丸めて震えた声でつぶやいた。


「こんな目に合うばかりじゃ、本当に死んじゃうよ。死なないでよ……ミソラ……〈エア〉……」


 そうだったのか、と納得した。ノアはあの頃の幻影がこびり付いたままだったのだ。〈ハッピーハック〉最後のライブで、本当はノアに向かっていた凶弾をミソラがかばったあのときのことを、ミソラは気にするなと背中を押した。しかしノアにとってはプレッシャー以外のなにものでもなかった。


 本当は分かっていた。ノアにとっての一番の宝物は、三人で〈ハッピーハック〉をやっていたときだった。ソロで活動したときも、ミソラと再会して彼女を助けようとしたときも、全ては過去に戻りたいと願っているからに他ならない。


 だがそれは、なんだか、胸がはちきれそうな事実だった。

 思い出すことは、ミソラと離れ離れになってしまったときのこと。ノアはハルに前へ進もうとエールを送った。後ろを振り返ってばかりのハルを、あのときの言葉がすくい取った。絶望なんてしていられない


「──ずるい」


「……え?」


 思わず衝いた言葉にはっとする。いま、何を口にした。そしてどうしてこんなに、こみ上げてくるものを抑えられないのだろう。久しく流していなかった涙がとめどなく落ちていく。


「ごめん、ちょっと出る」


 ハルは駆け足で手術室から遠ざかった。ノアが待ってと叫ぶ声がしたが構わずに出ていった。これ以上、ノアを傷つけてしまわないように、とにかく遠くへ。







 病院の外からそう離れていない広場にたどり着いた。今日がシンポジウム最終日という晴れやかな日だというのに、”実験都市白浜”の町並みはいまかいまかと崩壊を臨んでいるかのように映った。


 誰もが心をすり減らし、死の恐怖にすくませている。警察すら足止めし、外では何百万人という都市の人間を救う手立てを模索しているはずだ。敵の目的がただの哲学問答で終わるとは思えない。もっと根本的に自体を大きく引き上げる何かがあるはずだ──。そこまで考えて、ハルは思考までもが本題から逃げていることを自覚した。


「こんなときに、子供っぽいこと考えちゃうなんて」


 これでは先程の集団以下の思考回路と視野狭窄ではないか。太陽は常に輝いていないといけない。その光が有害な側面を持っていたとしても、誰にでも等しく降り注ぐことが太陽の役目だ。そんな太陽が今更何を求めるというのだろうか。大きな役割があるからこそ、わがままなんて我慢だ。むしろ先導ハルという太陽は十分暴れ尽くしたさえある。そう思っていたのに、今更他人に求めることなんてありやしない。


「……ノアに甘えすぎたな」


「あらあら、面白いことつぶやいちゃって」


 軽妙な口調にハルは振り向いた。すらっと伸びたモデルみたいな女性が招き猫のように手を振った。大空ヒトミはハルの隣に並び、続けてこんなことを言った。


「可愛げのない子だと思ってたけど、ちょっと見直しちゃった。ハルちゃんって呼んでも?」


「……お好きにどうぞ。ミソラを見てあげなくていいんですか」


「別にしんみりしたってミソラちゃんが目覚めるわけじゃないでしょ? 私は気持ちのいいところに行きたいだけだもの」


 一人でいたい気分だったのだが、ヒトミがそんな機微を気にするわけもなく好き勝手に話しを進めた。


「それにしても、ミソラちゃんにはいっつも困っちゃうわ。こーんなやばい土地に引きずり込まれちゃって、面倒極まりない状況に陥っちゃったの。挙句の果てには、死にかけちゃうなんてアホらしい」


「私に、どんな言葉を期待しているのですか」


「あ、怒っちゃった? 本当に全くそんなつもりはないの。どうせミソラちゃんのことだし、生きてるでしょ」


「貴女ね──」


 無責任な言い分に流石に怒りが湧いてきたがすぐに霧散した。都市を見つめるあの目が物悲しげに見えた。


「……そういう顔、さっきはしてなかったじゃない」


「辛気臭いことはゴメンなの。私がそういう要素になるなら、離れたほうがいいでしょう?」


 ハルは視線を外し、複雑な気分をごまかした。ノアに抱いた感情にも似たものがやってきたからだ。そんな状況を客観的にみて、彼女たちの関係性を分析した。


「こういう感じなんだ、あなた達」


 ”旅するアイドル”の結びつき方は、世間一般の仲間意識とはだいぶ様相が違う気がした。それはハルたち〈ハッピーハック〉としてのあり方とも違った。それぞれで好きなように振る舞っているようだが、ここぞというときは協調性を示していく。


「うらやましい?」


「とってもね。……あの子は、心底どうでも良いと思いそうだけど」


「きっとそうよ。でも、そういうあの子だから、私の知っている人間の中でも信頼ができるのよね」


「……そういうところがずるいのよ、あの子は」


 お互いにほほえみあう。彼女とは少し感性が似通っているように思えた。気が少し楽になったような気がした。非常事態に際する緊張感は、うちに秘めていた負の感情を膨れ上がらせたようだ。一点にとらわれることをハルは良しとしていない。思考はどんなことに対しても対応できるように分割するように努めているが、身近な人間とのことに関しては一極集中してしまう質だった。思い通りに、望むとおりに支配したい欲求が強まってしまう。


 そう考えると、この騒動を引き起こした者とは一度あってみたくなる。彼女とは正反対の声質を持っているような気がしてならないからである。もっとも、そちらの領分は彼女たちに任せるしかないと諦めがついているが。


「ねえ、これからどうするかは決めているの?」


 ヒトミは当然のように微笑んで言った。


「もちろんよ。このままじゃ、私たちに罪をなすりつけられそうだもの。だから、大衆ちゃんの望むように責任ぐらいは果たさなきゃね」


 ちょうどそのとき、ヒトミの端末が通知音を鳴らした。エアディスプレイが表示されたが、画面は覗き見防止機能が働いており誰からの連絡までは分からなかった。しかしヒトミがこちらを一瞥してから覗き見防止機能を解除した。そこに映っていたのは先日出会ってというもの、未だなれることのない強烈なビジュアルだった。


『先導ハルもいるのか。まあいい、君にも情報を共有しておこう』


 背後は先程の病院らしく、白い背景が黒い仮面を強調させていた。〈P〉の淡々とした合成音声が語りだす。


『敵が動き始めた。例の地点から尖兵が動き出した。──だが、明らかに囮だろう。奴らがそんな甘い連中ではない。常に虐殺が最後に待ち構えている。四万人の自殺候補者は、いまも危険な状態にある』


 嫌な緊張感がよぎる。やはり敵は議題を投げ出して終わることはなかった。だが違和感が残る。なぜこのタイミングに鳴って動いたのだろうか。


「でもこの数時間はなんにもなかったじゃない。もう諦めちゃったのかと思ったんだけど」


『さきほど左文字が都市と外部のネットワークを切り離した。シンポジウムに参加したさる国のエージェントの介入だろう。我々が動いている間にも、水面下で軍事作戦が進行中だ。つまり、左文字は例の自殺がまた起こるものだと考えたのだろう。ネットワークから介したものなら、ネットワークから切り離せばいい。裏ではそんな交渉が執り行われていたと考えるべきだ』


「うわぁ、なんか想像以上にやばいことになってるわね。この危機乗り越えても、禍根を残したままになっちゃわない?」


 ヒトミの懸念通り、今後日本は未曾有の危機に対処できなかったとして国際社会から追求の槍が飛ぶことだろう。


『では逃げるか?』


「──それはそれで面倒よね、きっと」


 ヒトミは陽の光を浴びながら、心地よさそうに深呼吸をした。

 一点の曇りもなく大空ヒトミが微笑んでいた。


「みんなの様子はどう? ミソラちゃん以外は戦える状態なのかな」


『ああ。すでに作戦を頭に入れ、記録を削除させた。後は君だけだ』


「もっちろん、ポケットに残骸を突っ込んでいるわ──そうれ!」


 突然、ヒトミはポケットから散り散りになった何かを取り出し、崖に向かって放り投げた。パラパラと舞い散るのは細かく破いた紙だった。海からの風がなびいていき、天高く紙が舞い上がる。都市の周囲は壁で囲まれているせいか、上層では度々乱気流のようなものが発生していたようだ。


「はい、これで証拠隠滅!」


「もしかして、作戦がどうとかって……」


「あら知りたい? 残念だけど、もう私の頭の中にしか残っていないの」


 ヒトミがハルの横を通り過ぎようとした。そのとき合成音声がハルにこんなことを言った。


『先導ハル。君のアイドルにも仕事を依頼したい──危険な頼みだが、都市の住人を守るためにだ』



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