表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
229/287

弱者のフリをするものたちへ


「気づいてない……とは?」


「”旅するアイドル”がここに来るって知ったときはちょっと面倒だなって思ったよ。私に行き着くのも時間の問題だと思った。予想より少し早かったけど、結果たどり着けたね。けどやっぱり、あなたたちは問題の本質を見失ってしまった」


 松倉リツカは車の先端に座って余裕そうな態度でミソラをみつめた。まるで勝利宣言を勝ち誇ったかのようだった。


「負け惜しみ? あなたが富良野の事件を引き起こし、この都市でも騒ぎを起こした元凶よ。自らの口でも、認めたようなものじゃない」


「富良野の件はあなた達を始めとするイレギュラーが起こりすぎて、正直計画どころじゃなかったよ。武器の確保も全然だった。まあ、結果私一人でもなんとかできるって気づいたから、今回はそうさせてもらっているけれども」


 肩をすくめてリツカが笑う。夫は蚊帳の外に追いやられていた。息子はじっとこちらを眺めている。


「単独犯まで掴めたのに、単独で来たらわけないじゃない。だって、どうあがいたって、一人がナイフを持ってひとりひとりを殺せるわけがないしさ、なんかしらの装置があってしかるべきでしょう?」


「そう、仕組みは単純で最悪の方法よ。いまの人類が持ち得ない技術を利用して、ターゲットを自殺へと導く。客観的な状況からは自殺としか断定されない。そして自殺者に共通点が見いだせたことから、機械的ではなくて人間が企てた計画にほかならない。──だからこそ不可解でもある。その力をあなたはどうやって手に入れたのか、どうしてこんな事態を引き起こそうと思ったのか」


 リツカは空を眺めながらため息めいた口ぶりでこたえた。


「力か。確かに、私には力がある。でもこれは、まだネットがない時代にネットがつなげることと同じように、いずれ人類が到達して得るべき力でしかない。だから力っていうとおこがましい感じ」


「その力は、現代には急所なりえる」


「人類は心で人生を決める。だから心に傷を受けると自分に価値がないと()()()()、そんな自分に耐えかねて自死してしまう。からくりは単調。文明ができたからこそできる過去からずっと続いている殺人方法だから。あと数百年して、ようやく抗体ができるらしいけど、それまでに何億もの人間がこの病に冒されていく。残念だけど、私をどうにかしたところで止められない」


「相手を選んでいるのはどうして? 共通点を見いだせたけれど、そういう人は世の中にはびこっているじゃない。中でもこの都市の住人に定めた理由。これだけがわからない。実験としそのものに恨みがある? それとも”社会保護プログラム”そのものに憎悪でも抱いているのかしら」


「どっちかって言うと後者の方に理由は近い。もっとも、憎しみなんてこれっぽちもないけど。──私は害虫を駆除している感じでこの計画を立てたの。ほら、もうすぐで駆除が始まるよ」


 リツカが突如、西門の方へ目を向けた。その瞬間のことだった。

 爆発と呼ぶしか無い音が都市の外のほうから聞こえた。それも一つだけではない。立て続けに爆発音がやってきては、全身がすくみ上がるほどに力の所在を失わせていく。そんな中、松倉リツカは目を輝かせていた。


「いまの、何の爆発か分かるかな。バスガス爆発バスガス爆発バシュガすばくはちゅ──みたいな感じ」


「……貴女の仕業なの」


「そ。ちなみにバスに乗ってた人が誰なかのか、分かる人はいるかな」


 この場の全員を煽り立てていくリツカに、さすがの松倉も状況を理解してきたようだった。


「おいおいおい、さっきから聞いてれば何の話をしてやがんだ!? あの爆発がこいつの仕業だってか? 別にかばうわけじゃねえけどよ、こいつが一体何ができるってんだ」


 松倉の言い分から、リツカの本性は家庭では隠していたらしい。家族仲は良好とは感じないが、ミソラと因縁のある松倉の妻が犯罪に加担しているなんて信じられるものではないのだろう。だからこそ追求の手を止めるわけにはいかない。


「松倉さん、十二月に奥さんは北海道の富良野へ行っていませんでしたか?」


「そりゃ、行ってたがよ。そういや、富良野事件ってこいつが滞在しているときだったような……お前さん、まさか本当に」


「ひどいねあなた。仮にもこんな子の言うことを信じるってわけ。ていうか、あなた彼女と知り合いみたいだけど、そっちの仲を問い詰めたほうがいいのかな。なーんて、別にどうだっていいけど」


 松倉が頬を引きつらせた。家族仲というよりは夫婦仲が最悪と思ったほうがいいだろう。息子の悠人は爆発が起こってからというもの、松倉の反対側のドアで小さく肩を狭めた様子でいた。小さな子供でも爆発の衝撃に恐怖を覚えるらしい。


「宗蓮寺さんはこんな場所でちんたらしてていいわけ?」


「貴女をここで逃がすわけがないでしょ」


 彼女から目を話すわけにはいかない。ポケットの中に忍ばせたスタンコインを掴む。彼女を気絶させ警察に身元を引き渡すこと。それこそ、ミソラがいまやるべきことだ。


「おとなしくて頂戴、松倉リツカ。もう貴女に逃げ場はない」


「ねえあなた、さっさと車を出しましょう。悠人も海がみたいって言ってたじゃない」


「あ、ああ、だが……」


 松倉は真意を決めかねている。もしミソラが赤の他人だったなら松倉は彼女の側に立つだろう。しかし少なからず宗蓮寺ミソラや”旅するアイドル”を知っているからか、異常事態に対する嗅覚が彼にはあった。彼にも協力を取り付けるべきだろうか。いや松倉も信頼に当たる人間ではない。いくらハルの部下であっても、反社会組織を使って襲ってきたこともある男だ。


 動くなら今しかない。そう決意し、ミソラはポケットに忍ばせていたコインのスイッチを起動した。そのまま勢いよく腕を振り、リツカの元へ放った。


「もう遅いっ」


 リツカは横へ躱した。コインは車のフロントガラスへ直撃したあと、勢い付きすぎたのか横へ外れていった。その射線上に小さな子供がいた事にミソラは戦慄した。


 しかし先に動いたのはリツカだった。彼女はとっさに飛び、勢いのまま悠人に抱きついた。アスファルトを転がっていく二人のそばでコインが落ちる。一瞬、物が弾けるような音がしたが、スタンの時間が終わったのを合図する音であることをミソラは理解した。大人一人を気絶させるだけの電気に設定していたが、これが年端も行かない子供に食らったらどうなってたのだろうか。子供に当たらなかったことに安堵したのもつかの間、リツカが立ち上がって流し目を向けてきた。


「──」


 その目に、その感情になぜと疑問符が浮かぶ。


 しかし思考の間際に、体の中心に衝撃が走った。目の前に松倉リツカの頭部が沈んでおり、伸び切った手がミソラの腹の中心にのめり込んでいた。


 意識を手放さないように呼吸を整えようとする。だが呼吸の仕方を忘れたように呼吸一つままならなかった。その場でうずくまり、全身の悲鳴に悶え苦しんだ。今まで味わったことのない暴力の痛みだ。上から声が降り掛かってきた。


「”殺す”覚悟がない人間が私の前に立たたないで」


 リツカは邪魔な物をどかすように蹲っているミソラを蹴り飛ばした。隣に駐車していた車まで転がっていく。蹴られたときの痛みなんて些細なものに感じた。最初にリツカが放った一打のほうが永遠にも続く苦痛を与えている。


「ァ……なに、息が……痛い……いたぃ……」


 弱音がこぼれてしまう。逃してはいけないと決めたはずなのに、呼吸がまともにできないだけで負の思考へと陥っていく。


「さて、邪魔者は放っておいて戻りましょうか。あなた、悠人、騒ぎになる前に車に乗りましょう」


「待って……」


 ようやく掴んだ元凶をここで逃がすわけにはいかない。でも彼女とこれ以上関わりたくない。一人でこれだけのことを企むだけの思想が彼女にはあるということなのだから。

 車のエンジンがかかり、松倉一家が都市から離れてしまう。

 私──。意識を失うのと同時に、これまであがいてきた気力すら失っていくのだった。











 松倉一家の乗る車は”実験都市白浜”の西門を通り過ぎ、南紀白浜のホテルへ進んでいた。

 緊張感のにじむ車内。行きはもうちょっと剣呑でも楽しもうとしていたはずだった。それなのに、帰りの車は知らない人間を乗せている気分になった。当のリツカは後部座席に座り、隣の悠人を優しくなで上げていた。それから松倉に対してこう言った。


「ホテルまでちゃんと戻ってよね。じゃないと、あの子みたいに苦しい思いするから」


「……アイツを殺したのか」


「殺してはない。少しだけ呼吸するだけで激痛が走るように”突いた”から、運が悪ければ死んじゃうかもね」


 バックミラーに映るリツカはさほど興味なさそうに窓の外を眺めていた。彼女の見る方向には爆発が起こったところから煙が上っており、それがリツカが示した爆発なのだと理解した。


「左手の煙、お前が本当にやったことなのか」


「そうよ。数にして数百人程度だけど、狙っていた人たちをまとめて始末できたことは僥倖だった。元々は四万人ほど一斉に……のつもりだったけど、ことごとく見破られちゃったから仕方なくね」


「……四万人だと。はは、バカいいがやって。核兵器でも落とすつもりだったか?」


「別に無差別に殺したいわけじゃない。私が殺したのは、この世で最も害悪な人間。安全圏から攻撃を加えて悦に浸っているような、そんな連中のことよ。ま、この都市でたった四万、日本だけで絞ると──ま、それこそ核兵器が欲しくなるほどの数ね」


 松倉は戦慄した。冗談で済ませるほどの言葉ではないように思った。彼女とは松倉の人生において妻という特別な関係を持つに至ったが、世間一般の関係性を構築して結婚したわけではなかった。リツカについては知らないことのほうが多い。それは彼女が度々家をあけることが多く、その実態も松倉は把握していたからだった。今回の件を踏まえると、このときのために動いていたのではないかと思わずにはいられない。


「俺らも、同じ目にあうのか」


 リツカはそれを聞いて鼻で笑った。


「別にあんたたちなんてどうだっていいわ。邪魔さえしなければ、ただの家族として続けられるけど」


 尋ねるべきことは他にもあったが、彼女を刺激させないように言葉に気をつけるしか無かった。松倉は左手の煙を意識しないように車の運転に集中した。


 会話が止まってからというものの、松倉はふと悠人のことが気になった。バックミラーをみると、窓の外に映る景色を眺める母親を悠人が不安そうに見つめていた。だがリツカが視線を戻すと気付かれないように悠人は俯いていた。言葉にできるほどではないが、隣の母親の知らな一面を見せられて困惑しているのだろう。


「いつから、そうなんだ」


 彼女と出会って六年ほど。当時のことは昨日のことのように思い出せる。


「俺と初めてあったときからそうだったのか?」


「そうね。思えば、あのときから私の運命が変わったのかも。人気の少ないバーで、私たちは同じような顔をしていた。そして、絶望を埋めるように二人で体を重ねて……結果、この子が生まれちゃった」


「……あんときは、どうかしてた」


「仕方ないと思うけどね」


 六年前、松倉は心身ともに死の間際に追い詰められていた。宗蓮寺グループの子会社で営業職に就いていた松倉は、ひょんなことをから宗蓮寺グループの裏の顔を知ってしまった。いまとなってはあれもほんの些細な部分でしか無いと知るのだが、子会社の社員がその事実を知ってしまったことで、本社の重役から選択を迫られた。従順か、破滅か。ちょうどその答えに人生の存亡をかけていた時期だった。


 客は自分以外におらず、明日にも潰れてしまいそうなバーで酒を浴びるほど飲んでいた。マスターはタバコを吸いながらネットの動画を見ているだけで、自分ひとりだけで飲んでいる。その寂しさが鬱気分を加速させ、明日には首でも吊ろうと思ったそのとき、騒がしい扉の鈴がなった。マスターがぶっきらぼうにいらっしゃいと言うのと同時に、松倉は何気なく来客を見た。鏡写しの分身、それがリツカを始めてみたときの印象だった。


「死にかけた私を、ある意味ではあなたが火をつけてくれて、この子が生まれるまでの間、いっぱい考える時間があった。どうして()()()()()が起きたのかとか、どうしてああいう人間ばかりができ上がってしまったのか、とかね──」


 リツカは再び窓の外を見やる。


「ここ何十年も、事あるごとに辛い、苦しいなんて言ってる連中がいるけど、あんなの嘘っぱち。ああいう人って、自分たちが気持ちよくなるために、あえて弱者のフリをしてるだけ。弱者であることを盾に別の人を攻撃する。その対象が同族とかならまだ良い。けど、真剣に生きている人間にさえ攻撃するから始末に置けない。だから……殺さないといけなかった」


 激情の炎が吹雪いたような気がした。魂からの叫びだ。これが彼女の根幹にあるもの。──抑えきれないほどの憎しみが渦巻いていた。


「その、お前の言う弱者のフリをしたやつらが、お前の人生を狂わせちまったのか」


「私は狂ってない。狂ってなどたまるものですか。この殺戮は正当なもの。──じゃなきゃ、奪われた人が報われない」


 バックミラー越しにリツカの視線が前へ向いた。同じ問答が松倉にもやってきた。


「あなたはどっち? 弱者のふりをする人? それとも、本当の弱者?」


「さあてな。それを決めんのは俺じゃねえよ」


 そもそも区分けするこそ、人が最も悪どい方法ではないかと思う。人は善悪の生き物だ。リツカはその悪性の部分を肥大妄想と化し、殺戮の大義名分として掲げている。結局の所は、そこらのテロリストと思想は変わらない犯罪者だ。

 車は海沿いへ合流し、宿泊先のホテルまで間もなくといった距離だった。


「そろそろ着くぞ。その前に、警察に捕まっちまうがどうするつもりだ」


「大丈夫。警察はこっちへは来れない。あの都市はもうすぐ封鎖されるから」


 意味ありげなことを言ってリツカは端末へ目を落とした。その言葉の意味を知るのは一時間後。数々の事件を引き起こし、巡り合ったが、あの災厄がこの女ひとりの手で起きていることがなにより恐ろしくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ