”救世”の名を継ぐもの
突然、大気の変化を肌で感じたときにはすでに遅かった。ステージ上のアーチに音速に近い何かがぶつかり、立て続けに爆発音が響いてきた。脳裏に蘇るは戦地の光景。死と硝煙が香る故郷の様相以外にありえなかった。
「スミカアアアァァ──!!」
崩れ落ちたステージにはようやく本音を語り合えたアイドルの姿があったはずだ。なのに崩落に巻き込まれ姿は消えていた。いや分かっている。あの燦々たる有様ではただでは済んでいない。そこまで考えて、皮肉にもアイカは自身の中にあった冷静さを取り戻した。この攻撃を放った元凶の方向へ振り向いた。距離はそう近くない。おそらくスミカのライブを見ていたはずだ。こんな凶行へと導いたからには破壊以外の目的があるからに違いない。
何より予感がざわめく。これはスミカを狙った犯行ではない。アイカを徹底的に貶めるためにタイミングを見計らっていたのだろう。一瞬でも精神を歪ませ心を折りに行くやり方──そんなことをする人間は、アイカの知り合い以外に存在しない。
背後で筒のようなものをその場で放り投げた者がアイカを見据えた。破壊の終えたステージにはまるで興味を示していなかった。南米系の整った顔たち、浮かべている笑みは獲物を食らい付くした満足感で溢れていた。生粋の”目的達成興奮者”であり、”消滅”を望む異常者。数年振りに見た彼女の姿は、別れたあのときの何一つ変わっていなかった。
「……この都市に来たのは偶然か」
アイカの質問に女は愉快そうに応えた。
「仕事が半分、使命感が半分。イレギュラーが二つほどあって、混沌とした状況になっていたってところ。でもそれで良かったかも。もし当初の目的通りに進んでいたら、間違いなく今日でここがぶっ壊れてたから」
「他の連中は来てんのか」
「あーそれね。一応、アタシだけで来てるんだ。マーカスたちが知ったら、アタシを止めに今すぐにでも乗り込むんじゃないかな。多分ね」
どうやら単独犯とみて間違いないだろう。もしザルヴァートの気配を察知できていなかったというなら、アイカは今後彼らに太刀打ちする能力すら失っている。だが単独犯なら気配を負えなくても仕方がない。目の前の女は、一人でいるからこそ真価を発揮する。
「……なんで、ステージを壊した」
「聞くまでもないじゃん。──消費を促すものは徹底的に殺せ、でしょ」
「やっぱり、変わんねえのか。アイツが死んでも、なんにもよ」
歯痒い思いでアイカは端末を起動させた。これから戦闘が巻き起こる。武器は持ち込んでいない。向こうには服の至るところに武器を仕込んでいることだろう。以前のアイカなら撤退をとっていた状況だ。なのに、無謀にも立ち向かおうとしているのは、ここで引き下がったらスミカに申し訳が立たない。そんな自分の思いから背くわけには行かない。
「いい加減、もう諦めろよ。だからアタシは、お前らを滅ぼさねえといけねえんだよ」
青白い光が全身を包み込んでいく。明らかな隙であるが、相手は警戒からか動きを止めていた。軽装から様々な機能を追加した軽装へと全身を変化させていく。黒い装束は戦闘行為に置いて最も真価を発揮する衣装であり、アイカ用にチューンナップされた特別製だ。他の者にも、特有の機能が備えられていると聞くが、本人以外には情報開示はされていない。
「なにそれ、アメコミのマネごと?」
「さてな。アタシにとっちゃただの着替えだ」
世間では”変身”とも呼ばれているらしいが、別に身体そのものが変わったわけではない。ただし装いで気分が変わるように、人にはできない機能を後付けすることもできる。
アイカを覆っていた光が霧散する。黒い装束に様変わりしたアイカは、レンズで敵との距離を確認した。距離350。向かい風100。生体反応は前に一つ。後ろには確認できない。それだけでスミカの安否を確認するには十分だった。
「とことんやりあおうぜシャオ。アタシとやり合うためにこんな真似しでかしたんだろ? お望み通り相手してやんよ」
「パパに才能がないと烙印を押されたのに?」
「関係ねえよ」
アイカはシャオ・レイへと向かっていった。向こうも武器を取り出し反撃を加えようとしている。予測を上回り、かつ戦闘技術に置いても秀でていなければ、この女を殺すことは不可能だ。
──ようやく、始められた。
ここまで来るのに長い時間をかけたような気がする。シャオが日本にいると聞いて施設を飛び出し、様々な輸入船を乗り継いでようやくたどり着いた。全てはシャオを見つけ出し殺すため、アイカの旅は始まった。
2036年に行われたザルヴァート殲滅作戦より三年もの間、アイカは国連監視下の養護施設で生活をしていた。特殊な境遇からか自分が住んでいる国を知らされず、ましては外の情報なんて全く入手できなかった環境で、軟禁に近い状態で暮らすことになっていた。
父を葬る手引を自ら行ったアイカは、今後の人生の意義を失っていた。自殺を考えたこともあるが、アイカの周辺には凶器になりえるものは限りなく排除されていたので不可能だった。心残りがあるとすれば、ザルヴァート殲滅作戦の折に離れ離れとなった唯一の肉親の安否、それぐらいだった。シャオが平穏無事にこの世界のどこかで生きている。その事実がいつまでも続いてほしいと願っていた。2039年初頭までは──。
二年も過ごしていれば、端末の一つや二つ入手することができた。外の世界のことなどどうでも良かったが、父のいなくなった世界がどうなったのかは気になっていた。実にあまり変わりのない世界が広がっており、紛争は特定の場所では変わらず続いている。皮肉にも、父の行いが兵器の増築を促し、新たな戦火を生み出していた。アイカにとってはどうでもいいことだった。世界は平和ボケしつつあるというのが、ここ何十年も変わらない真理であった。
端末を使ってネットに潜っているときに、ある記事を見つけた。
「……シャオ」
中東の紛争地帯に紛れ込む彼女たちの姿を取り上げていた。シャオを始めとする女性だけの民間警備会社を立ち上がっており、その活躍が描かれているというものだった。創設者であるシャオは故郷が戦争に巻き込まれたことをきっかけに、力のないものを守るために自らが派遣しに行き、保護を瞑目に動いていると記事には書かれていた。
シャオが無事に生きていることを喜びたかったが、それ以上に嫌な予感がアイカを支配していった。もともとシャオは「暴力」を否定する立場の人間だった。父親の市村創平の”教育”から生き延びながらも、人を殺すために力を振るうことはなかった。故郷が襲われたときに仲間を守るために武器を取るほどに、仲間思いで家族思いの人だ。積極的に”暴力”と関わっていっている。守るためとはいえ、人の生死に関与してしまうことには戸惑いが禁じ得なかった。
だがこれが彼女の選ぶ道なら止める理由はない。シャオは戦いの才能があると、父に烙印を押されている。それが少しでも誰かの助けになると考えたのなら、陰ながら応援させてもらうつもりだった。──その思想も、警備会社の活動すら偽物だと知るまでは。
「おい、この場所……クソ、親父の亡霊でも生きてんのか?」
アイカはザルヴァートがいなくなったあとの余波を調べている最中に、世界中で武装テロ組織による同時多発テロをニュースで知った。北米の軍需工場や欧州の研究機関、また極秘に核開発を進めていた国の施設も破壊された。アイカが驚愕したのはその場所だ。かつて父が破壊すると決めていた場所と同じだった。殲滅作戦がなければ、これらの施設がザルヴァートの次なる標的に選ばれていたことだろう。もちろん、これらを偶然で片付けることなんてできはしなかった。
主犯は誰かなんて書き込みがネット上にあるわけもなく、主にこの同時多発テロ事件の世間の印象を探りザルヴァートが関係しているのかの材料を集めることにした。SNS等の書き込みは不安、嘆き、怒りなどの当然の感情を吐き出しているのが大半で、このニュース事態、大きく取り上げているものでもなかった。たとえテロであっても風化してしまうのが現代の常ではあるが、それにしては風化の度合いが早すぎる。被害状況の説明も最低限で、マスコミ特有の煽り立てる報道は一切なかった。
「あいつらが生きてんなら──アタシはやるだけだ」
アイカは餌をまくことにした。各SNSに適当なアカウントを作り、テロ事件における私見を語った。ザルヴァートの名前を出さずに奴らの存在を匂わせるような書き込みを様々な言語で投稿しつつ、それらの反応を逐一確認していく。素人かプロかを判別し、向こうの動向を見極めていった。
”確かに以前ならザルヴァートが狙いそうなところでしょうね。逆にお尋ねしますが、あの組織が今更動き出した理由は何でしょうか。是非、私見を伺いたいところです”
フランス語で返ってきたこの文章はおそらくザルヴァートの連中で間違いなかった。ザルヴァートは時折、SNS上でザルヴァートの批判書き込みを特定し、人知れず葬り去ってきた。主に新たに育成された若い者の仕事だった。その国へ入国するための手段を知り、現地調査のノウハウを獲得できる方法としてもっとも理に叶っていた。例外なく葬り去ってきたが、ザルヴァートへの批判を書き込んだら殺されてしまうということが表沙汰になってしまい、この教育は使えなくなった。アイカはその教育に参加することはなかったので、ハッキングスキルだけは身につかないままで終わってしまった。
あとは素人の嘲笑めいた書き込みや、専門家らしき人からの忠告。さらにはザルヴァートに命を奪われた遺族らしき人からも届き、いっときアイカのアカウントが話題になってしまった。
それらの書き込みや、世間の反応を鑑みて確信を抱いた。世間というものは、表沙汰にしたくない事件を報道するか否かで風化させることができる。つまり世界を牛耳っている人間は、この事件を表沙汰にしたくない理由があったと考えた。理由はいくつもあるが、存在しえないものが実は存在していた──例えば討滅したはずのザルヴァートがいまも存命している。または世間に公開できない技術を制作していたとも考えることができる。どちらにせよ、看過できなかった。
接触するべきなのはシャオだ。彼女がこの事実に気づいていないはずがない。早速、彼女と接触するべく、ここからの脱出とシャオとの接触を図ろうと考えた。その翌日、アカウント作成のために作ったメールアドレスに一件の投稿が届いてきた。
”市村アイカ。すぐにその施設から脱出しろ。救世の残照がそちらへ向かっている 〈P〉”
その一文と共にデータファイルも届いていた。それを開くとどこかの監視カメラの映像が映っていた。森の只中を歩んできているらしく、武装をした男が数名に少女が一人付いてきていた。場所の覚えがあった。アイカが住んでいる施設の周辺の景色に瓜二つだった。なにより映像の人物が予想だにしない人たちだった。
「マーカスに、シャオだと!? どういうことだ……」
アイカのつぶやきに反応するように立て続けにメールが届いた。
”ご覧の通り、君を迎えに来ているようだ。あと数十分もすれば、君のいる場所は跡形もなく滅ぶだろう。そうして君は新たなトップへといざなわれる──君がそれを望むのなら止めはしない。だがシャオ・レイがなぜここへ向かってきているのかを知りたいのなら、父親の故郷へ訪ねてくるがいい。もちろん、彼女たちに接触することなくだ。では、健闘を祈る。 〈P〉”
〈P〉という名の人物からのメールに、ザルヴァートの残党たちがこちらへ向かってくるという情報は、今までにない困惑をアイカにもたらした。きっかけは間違いなく、あのSNSの書き込みだ。彼らを釣る餌にしたのは確かで、ここへ来ることも織り込み済みだ。しかし、彼女の姿は予想外だった。シャオがマーカスたちと共にいる。それだけでアイカの疑問を解決する一端になってしまった。
「……〈P〉、こいつはナニモンなんだ」
一番不可解なのは、誰にも教えていないメールアドレスに送ってきたこの〈P〉という存在だ。残党たちが来ることを見越し、施設周辺の監視カメラをハッキングしアイカに見せてきた。この人物の思惑のほうが怪しい。手っ取り早く答えを得るなら、これからやってくるシャオに聞くべきなのだろう。
しかし、わざわざ監視カメラの映像を提供し、奴らの目的らしきものまで書いてある。
「アタシを迎えに来たっていうのか、アイツら」
胸騒ぎが止まらない。最終的にザルヴァートを裏切り、父の死の一端を作ったアイカを迎えに来るなんて信じるに値しない。普通なら始末を図る方が当然だろう。なぜこの〈P〉という人物は、彼らの目的を知ることができたのだろう。だがどのみち、この施設に立ち止まることはないと思った。ここでシャオと接触するにも、もし”父側”の立場にあったのなら逃げ場はないのだから。
「……日本、か」
アイカは旅立つ決心を固め、いざというときのために準備したものをベッドのしたから取り出した。
脱出のちに日本に渡る算段をつける。そこで何が待ち受けているか、なぜシャオが彼らのもとについているのかを知らなければならない。
もし仮に、シャオがザルヴァートの理念を受け継いでしまったのなら──そこまで考えてアイカは思考を隅っこに置いた。
この世界に逃げ場はない。ならばせめて真実の存在する明日へと進むだけだ。




