シンポジウムフェスティバル
「……始まったわね」
配信サイトで”Lakers”がシンポジウムフェスティバルの開幕を宣言し、ステージがある中階層からの歓声が下階層にまで届いてきた。しかし下階層の雰囲気は静まり返っている印象が強く、道を歩く人はほぼいない。元々、下階層エリアの住人は都市の保護プログラムを適応して移住したものがほとんどで、都市に全面的にお世話になっているからか表立って外に出る人はいないようだった。そういった観点から、下階層と中階層以上のエリアとでは別々の国に来たように感じる。
「よし、お前らちゃんと武器は持ったな。くれぐれもアタシの前から出るなよ」
「了解。……少し予想外だけど、この日初めての自殺者が出てしまったからには、もう敵は計画を修正に動いているとみていい。もしかしすると、私たちが水面下で動いていることも」
「ミソラさんが言っていた”一斉自殺”。もしむこうがそれに気づいたら、一人ずつ殺していく方法に変えるのでしょうか」
「だとしたら、この日に一斉にという方法を取らなくなる。そうなった場合、私たちが打てる手はほぼないわ。それこそ警察に任せてしまったほうがいい。だからこそ、このマンションを包囲したわけだもの」
下階層三番区のとあるマンションの一棟にはミソラを始め”旅するアイドル”の面々が取り囲んでいた。十数分前、自殺候補者のネット上での動きを観察していた〈P〉が違和感をみつけた。”Lakers”のライブ前だというのに、彼女たちに誹謗中傷を繰り出していた者の投稿が数時間前に途絶えたというものだった。このマンションの住人で三年前に”社会保護プログラム”を適応し移住してきた男性で、前日までは四六時中”Lakers”の中傷行為を行っていたという。〈P〉から届いた男の投稿は目に余るもので、それに対する反発も全ての投稿に届いていた。自殺候補者たりえる人間の一人であることは間違いない。
問題はそこまで過激な活動をした人間が、ライブが始まったというのになにも動きがなかったことだ。この都市には”Lakers”のアンチが132人いるというが、他のものは実際に現地へ赴いたり、配信サイトで視聴しながら憎しみをSNSでリアルタイムで投稿しているらしい。だというのに、たとえ一人であっても反応が一切ないのは違和感だ。
「警備局長から潜入の許可はもらった。中は全て電子ロックでネット接続もされてるから〈P〉が遠隔解錠できるみたい。〈P〉がドローンを飛ばして中をスキャニングするあいだに、私たちが例の部屋を調べる。もしかしたら、手遅れな状態を見てしまうかもしれないけど……」
ミソラが二人に尋ねるも、二人の顔付きに覚悟があった。アイカはともかく、ユキナがそんな顔をするとは思わなかった。
「わたし、目の前で一度人が殺された瞬間を見たことがあります。……だからこそ、ちゃんと確かめて何が起こったのかを知らないといけないんです。これ以上、悲劇を繰り返させるわけにはいきません」
「というわけだ。ビビってんのはお前のほうだろ。引き返すなら今じゃねえか?」
今度は逆に二人から問い詰められることとなった。ミソラの真意は二人にはお見通しだったらしい。死体に出くわすかもしれない。サヌールのカジノでの衝突で九人ほどの死者(戦闘に参加した軍警察のみ)を出したらしいが、ミソラは実際に死体を見たわけでも人が死ぬ瞬間を目撃したわけではなかった。覚悟ができていなかったのはどちらなのか、二人にはお見通しだったようだ。ミソラの答えは決まっていた。
「もう目をそらしてはいられないでしょう。私はすでに渦中の人間。知らなければ、この先で姉さんたちに会えることはない」
そうしてミソラは先んじてマンションの玄関口へと歩みを進めた。あとに引き返すなんて選択は最初から持ち合わせていない。何が待ち受けていようと進むしかないのだ。
五階までエレベーターで上がっていき、廊下の中程辺りまで気を張り詰めながら進む。アイカには外からの攻撃を警戒してもらった。狙撃手がいるとは考えにくいが、念には念を入れても探索に支障はでないはずだ。
目的の部屋の前に到着すると突如電子音がやってきた。〈P〉が到着と同時に解錠したのだろう。ミソラは二人を見合わせてうなずきあった。ドアの取手を引っ張り上げるとなんとも言えない匂いが外に流れ込んできた。思わず顔をしかめてしまう。だがミソラ以上の反応を見せたのがアイカだった。
「この匂い……お前ら、覚悟決めろよ」
そう言ったあと、アイカは土足で部屋の奥へと駆け出した。ミソラたちも彼女のあとに続く。薄暗いワンルームではモニターの明かりが唯一の光源だった。PCのファンが目まぐるしく稼働している。暖房は付いているが温度設定が控えめらしくやや肌寒かった。そして部屋の真ん中でうずくまる”何か”を見た瞬間、ミソラの中に見知らぬ感情が込み上がってきた。
「……これが人の死。なんて惨いの」
「ミソラさん……」
ユキナも目をそらしつつも取り乱すことなく冷静であった。死体があることが最初からわかっていれば取り乱すことはない。だが知ったからといって全身を震わせるものを止められるわけがなかった。
ただただ恐ろしかった。正座からうずくまるような態勢で男は絶命していた。両手は隠れて見えないが、状況からして包丁で自身の胸を刺し貫いたことは明らかだった。傍から見たら自殺として扱われても仕方がない状況だ。しかしこれが巧妙な誘導によって自死へと導いた殺人であることは明白だ。ただし証明する手立てがない。この男の精神や思考を読み取り、人間の罪悪を煽り立てた方法も具体的にはわかっていない。
ミソラは端末のスキャニングを開始させた。青白い光が部屋中に広がっていき、部屋一体のデータを採取する。家具の配置やメーカー、落ちているゴミ、大気の状態まで観測できるらしい。警察の鑑識が喉から手が出るほどに欲していそうな代物であるが、〈P〉のその協力者が制作した門外の技術とのこと。そしてもう一つ、〈P〉の能力を再現したような技術もこの手にあった。
「ユキナさん、データの方は順調?」
「順調です。容量ギリギリですけど、あと五分程度で〈P〉さんに送信完了できます」
「パソコンのデータを抜き出してすぐに別のヤツにデータを送る。このパソコンの容量どんぐらいあんだ」
「えっと、全部で確か1テラちょっとあるよ。普通のパソコンならこんなものかなあ」
「〈P〉ならそれ以上のデータを身一つで処理できるわ。あの風貌だと目立つから都市外待機せざる負えなかったのはやっぱり手痛かった」
〈P〉がいれば、間違いなくいくつかの作戦の手順をスキップし、万全な体制を作ることが可能だった。国際的な立場からしたら、〈P〉の風貌は到底容認できないというのが”実験都市白浜”ひいてはシンポジウム側の意見らしい。”旅するアイドル”の存在はシンポジウム運営側の上層部が関知しているものの、一般の目には晒したくないという思惑が透けて見えていた。おかげでハルやノアなどの無関係な人まで巻き込んでしまった。今ではハルの視点によって事件の根幹部分を垣間見たことも会って複雑な気分が残っていた。
データの送受信が無事に終わったのと同時に部屋に入ってくるものがいた。暖色のトレンチコートを着た中年の男性が一斉に入り込み、部屋の中の遺体を見て顔をしかめた。ミソラは彼らの立場を最初から知っている体でこう言った。
「これで十何人目かはわからない。……そしてもう、此処から先は連鎖的に同じようなことが起こる」
一斉自殺の件は通常職務に従事している刑事には荒唐無稽に感じると思い口をつぐむことにした。代わりに端末である者に連絡をかけた。
「ハル、タイミングは任せた。こっちは犯人捜索の手がかりを追う」
間もなく相手の真剣な声が返ってきた。
『四万の命が私の指先にかかってるなんてね。過去最大のプレッシャーを与えてほしくなかったわ』
「……済まないと思ってるわ。あなたとノアにはこの重みを背負わせるつもりはなかった」
『いいのよ。遅かれ早かれミソラたちと交錯していただろうし。こう言っては不謹慎だけど、いい経験を積ませてもらった。きっとあの子もそう思ってるんじゃない?』
「──ハル」
『誰かの幸福を脅かす存在は誰で、何か。どうすれば救いとることができるか。これ以上、犠牲者なんていや。だからミソラ、真実にどうかたどり着いて。どこに負の連鎖が始まったのかを、徹底的によ』
これは〈ハッピーハック〉の〈サニー〉としてでも、宗蓮寺グループ特別顧問の立場からの言葉ではない。一人の哲学者としての言葉だった。




