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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】 第一章 Traling,始動
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研究所めいた場所で軟禁されてから八時間が経過した。その間、特に何もなく時間ばかりが過ぎていくだけで、何も進展はなかった。後四時間で脱出すると豪語し、それに警戒をしているのかも知れない。どちらにせよはったりなので、余計に脳を使えばいいと思う。


 二人は衣装から普通の服装に着替えさせられた。チノパンにシャツと動きやすさ重視だ。食事は二食届いたが、塩分控えめの味気のない食事にユキナは不平を漏らしていた。反対に、ミソラは良く噛み締めて味わっている。ただし、美味しくないことに対しては不満がある。


「向こうの動きがないわね。私の言葉、真に受けてしまったらどうしよう」


「やっぱり策なんてなかったんですね、分かってましたけど」


「でも物怖じたら向こうの思うつぼよ。多少はハッタリをかましてあげないと、こっちの身が持たない気がしてね」


 あくまで現状できる選択を取って、脱出の機会を伺う。もっとも、脱出だけではまた追いかけられる日々が続くだけだ。そもそも、ユキナを付け狙ったタイミングに違和感がある。海老名でのステージではユキナは眼中になかったはずだ。どういう気の変わり方があったのだろうか。ここが宗蓮寺グループ縁の場所なら、ミソラを狙ってきた連中と関係があるのか気になる。


 ミソラはユキナに疑問を投げてみた。


「ユキナさん、どうしてあの一味……旅するアイドルに加わっているの? 普通は入院しててもおかしくないのに」


 彼女は首を振って否定した。


「入院させてもらえなかったんです。私の体がおかしくなっているのに、どの病院も異常なしという診断をして、栄養剤をもらうだけ。それがカルマウイルスが治ってからのわたしの日常でした」


「……満足な治療をさせてもらえなかったのね。今思えば納得」


 最初から治療法など存在しなかった。あるのは、彼女の体を診たいという向こう側の真理と、あわよくば亡きものにしてしまおうという醜い欲ぐらいだろう。


「みんな……アイカちゃんたちと出会ったのは、本当に偶然だったんです。わたしが道端で発作を起こして倒れてしまって、そのところをアイカちゃんとラムさんが発見しました。二人も、ちょうど買い物帰りだったみたいで」


 それからユキナをあの車まで運び応急処置を施し、そのあとに救急車を呼んだ。一旦は病院に運ばれ入院したあと、〈P〉がユキナのことを気にし始めたらしい。


「お父さんとお母さんが見舞いに来た時に、〈P〉さんが突然出てきて驚きました。お父さんたちひどくびっくりしちゃって……それはわたしも同じだったんですけど、アイカちゃんとラムさんが側にいなかったらただの不審者ですから、あの人」


 懐かしむようにユキナが語る。想像して見ると、〈P〉の風貌は異様としか思えない。病院内はさぞかし騒然していたはずだ。


「それから、カルマウイルスのときからお世話になっている問診医がやってきたあとに、〈P〉さんがその人に言ったんです。『後遺症を観に来たのならもう必要ない。君たちの親玉にそう言ってくれ』って。問診の人が何やら慌てて出ていちゃって……そこから私は初めて自分の体に起こっていることに関心を持ち始めたんです」


「それで、あの一行に? 多分だけど、病院にいても、今よりいい状態が続くかもしれなかったじゃない」


「あのままいてもいずれ死ぬだけです。どんな病院に行ってたらい回しにされても、お医者さんは大丈夫、他のお医者さんならきっと治してくれるって。……そんなことばかり続くと苦しいのが当たり前なんだなって考えてしまって、生きることにすら疲れてしまいました。でもみんなと出会って……出会ったからこそ、いまのわたしの状態を知ることが出来ました。わたしの体には『毒』が潜んでいます」


 狭間が言うには、五十人のうちの二十人は特効薬が間に合わず死亡し、特効薬を投与した三十人のうち二十人が完全に快癒し今も平穏に暮らしている。そして彼がほのめかした特効薬を投与した十人のうちの一人がユキナだ。その生き残りは現在は彼女だけ。これらのことから導き出される結論は一つしかない。


「その特効薬がユキナさんの命を蝕んだ……」


 ユキナはうなずいた。ミソラはカメラをあえて一瞥した。その事実を明らかにして、彼らが多少でも動くことを願った。


 なぜ感染者とそうでないものとで、症状が出たのか。つまりたった一つの間違いが、残り十人の人生を地獄へと引きずり込んだ。


「もしかしたらわたしは、カルマウイルスに感染していなかったのかもしれません。だから副作用が襲いかかってきた。あの狭間って人の話を聞いて真っ先に思いました」


 そもそもカルマウイルスとは死亡率の高い感染症だ。特効薬の副作用という線もあるが、往々にして、薬とはそのようなデメリットが存在する。


「カルマウイルスに感染したものには有効的に働いたけど、そうでないものには意味のわからない毒をいきなり投与されたようなもの、ということ?」


「──」


 実際の体の症状、感染者とそうでないものの決定的な違い。そして誤った診断がなされたのか。


「あの人たちは、わたしをどうするつもりなのでしょうか。殺すつもりだったらとっくにしているはずなのに。……わたしの体を本気で治すつもりなら良いのですが」


「それはありえないわね。だって貴方が倒れた時、デマを流したのは彼らよ。悪意を持っているのは明白。それに彼らにとって都合の悪いものは、あなたひとりじゃないわ」


「あ……そっか、ミソラさんとアイカちゃんも、わたしの──」


 瞬間、ユキナは重大なことを思い出したように身をすくませた。それから慌ててミソラに駆け寄った。


「ミソラさんっ、どうしてあんな無茶をしたんですか!」


「いや、貴方だって同意したじゃない。敵がカルマウイルスなんて叫ばなければ、絶対にしなかったことよ」


「そうじゃなくて、その、わたしの、吐瀉物を口にしたのもそうですけど……あの、体に異常が出たら……っ」


「出たらそれまでかも」 


 そうミソラはあっけらんと言った。二人の人間が、同じ毒をあおった。向こうが喜んでいる様子は感じない。むしろ厄介にとらえていることだろう。

 ユキナはうつむいて膝を抱えた。だるまみたいに丸くなり、虚空をさまよっている。


「……なんで、そこまでしてくれるんですか?」


「どういうこと?」


「だって、ミソラさんには家族を見つけるっていう目的があるじゃないですか。それなのに、変ですよ。お人好しにもほどがあります」


「別に貴方のために吐瀉物を口にしたわけじゃないわよ。ああでもしないと、本当に殺されそうだったからそうしたまで。私だって死ぬわけには行かないの。──絶対に、姉さんたちを襲った連中に報いを与える。不思議と、そう思っちゃうのよね」


 そう、別に当たり前の復讐心のはずだ。ユキナを助けたのも打算的な考えで動いた。彼女が狙いなのが分かった瞬間、自分は用済みの可能性が強まり、現時点での情報だけでできる最適解を取っただけだ。


「じゃあ、わたしなんて見捨てればよかったじゃないですか。素直に受け渡していれば、もしかしたら死ななかったかもしれないのに」


「かもしれないじゃないわ。銃を持っている相手に恩情を期待してどうするのよ」


 銃刀法違反を犯している人間にまともな論理を期待するほうが間違っている。ミソラは言ってから自嘲気味に笑う。邸宅の襲撃でかろうじて保っていた情は消えてしまったのかもしれない。


「でも確かに、いまのこの状況は、ほんの少しだけ命が延びているだけ。私もユキナさんも、いつ死んでもおかしくないわ」


「……ごめんなさい。わたしがいなければ──」


 いまにでも消えてしまいそうな声のユキナに手を添えた。伝達のためではない。ただ安心させるためだけに体温を伝える。閉じ込められて精神が参っているだけにしては、ユキナは迫真に迫っていた。作戦開始まで時間はあるが、せめて勇気を振り絞るだけの精神回復はしてほしかった。


 手を握ってから、なにか含蓄のある言葉を言おうかと考えた。だが何も思い浮かばなかったので、そのまま上を見上げるだけにした。


 白い照明が眩しいほどに白い部屋を濡らしている。夜になってもあのままなのだろうか。ふと、懐かしい光景を思い出した。限られた人間のみが浴びることの許される、スポットライトという光──この部屋はまるでステージ上の輝きに似ていた。


「ねえ、ユキナさん」


 聞いてみたいことが一つ出来た。ユキナは視線だけを向けてきた。


「〈ハッピーハック〉の誰が好きだったの?」


「……え?」


「いいから答えて。好きだったんでしょ、そのアイドルグループ」


「……〈エア〉ちゃん」


「あら、地味なメンバーを選んだのね。彼女、曲作りだけが取り柄の娘って言われてた気がするけど──」


「……〈エア〉ちゃんの楽曲は最高なんです。パフォーマンスだって素晴らしいのに、〈サニー〉と〈スター〉ばかり注目集まるのホント釈然しないっていうか、空気なんてからわれてんのほんとうにムカつくし、ていうか〈エア〉って空気じゃなくて大気って意味なのに。皆誰のおかげで生きているのか一度考えたほうがいいっていうか──」


「あら一気に熱が入った」


 せめて楽しい話がしたいと思い降ってみた話は、想像以上の濃厚さを浴びてしまった。


 あんな痛ましい光景を一刻も早く世界の記憶から消し去りたい、ずっとそう思っていた。だがそれはミソラの思い過ごしだった。ユキナのように自分を慕っていたファンも確かに存在した。そして──同じように傷ついていたはずだ。


「わたし、絶対〈エア〉ちゃんがあんなことにあっても、絶対に生きてるって思ってるんです。……じゃなきゃ、報われないですよ。きっと、いまもどこかで曲を作っているんですよ、ぜったい……」


 アイドルも一人の人間だ。今までだったら、ファンに責任を果たす義理はないと思っていた。いまは少しだけ変わっている。


 ステージでたったひとり、サイリウムを掲げる光景がよぎってくる。


 隣で拙いながらも全力で歌いきった少女たちの様相が、どこからともなく聞こえてくる。


 ミソラは立ち上がった。なぜここにピアノがあるのかを尋ねる必要はない。これはただの暇つぶしだ。応援を送ってくれた『ファン』へのファンサービスをしよう。


 ミソラは指が温まってきた頃に、一度演奏を止めた。息を吸い込み、その指がかつて構築した世界を奏で始めた。


 伴奏がそのイントロを奏でる。ユキナは気づいただろう。微かに物音が聞こえてきた。ここで待つだけで、アイカたちはここへやってくるだろうが、人は止まることができない。そのために、『狂い咲きデスティニー』を始めとした楽曲たちが誕生した。



”いまは走ることしかできないけど、どうせ歩けばつくんだから狂えばいい”


 一曲奏で終えたあと、ミソラは背後を振り返った。ユキナは少しだけ顔を上げていたが、未だに表情は芳しくない。ふとミソラの脳裏にある提案が浮かんだ。



「ねえ、曲作ってみない?」


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