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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
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九月ぶりに


 ミソラたちの滞在先は中層のリゾートホテルで、何かあったときはそこに集合するという取り決めだった。アイカの怪我を先に見ないといけない。疲労困憊の中、やっと通りに出られたミソラたちは、どうにかタクシーが拾えるように歩みを進めた。時刻は午後九時を回っていた。他の者達は撤収済みだろうか。そう思っていたときに、ミソラの目の前に誰かが立っていたことを気づいた。顔を上げると、思わぬ人たちがそこにいた。


「……会うとしても、もう少し先だと思ったのに」


「予定は狂うのが常。私たちも普通に会うつもりはなかったけど、こちらの人が気になることを口にしたせいでね。至急、ステージから飛び出ていく彼女たちをつかまえちゃったわけ」


 先導ハルの眼差しが背中を丸くするユキナに向いた。ユキナの側に背の高い女性がミソラを伺うように見ている。昔の記憶が自然に出てきた。


「宗蓮寺ミソラ……ふむふむ、〈エア〉と背丈はほぼ一緒にみえるけど、本当に同一人物なのか……。というわけで、もうちょぉっと明るい場所行きましょうよ。今、車呼んでるからさ」


「ミ、ミソラさん、ごめんなさい。この人達に捕まっちゃいまして……」


 よく見れば、ユキナの手は背後にあり、背の高い女性に捕まっていると分かった。ミソラは語気が強くなるのを抑えきれなかった。


「彼女を離しなさい、トーリヤ・エプセンス」


「あ、ごめんごめん、別に手荒な真似はしてないって。むしろ盛り上がったっていうか、ほら〈ハッピーハック〉の初期の頃知ってるのってほんの一部だけじゃない? ユキナちゃん、ずっと楽しそうに聞いてきたよ。可愛いからもらっていい?」


「ダメよ。ユキナさんもそんなのに釣られないの」


「ご、ごめんなさい。つい、話が弾んでしまって……それとこの人達が隠れ潜むにうってつけの場所を知っているみたいで、けが人はそこへ運んだほうがいいと。アイカちゃんをそのままホテルで寝かしつけるなんてできません」


 確かに現状の懸念点ではあった。アイカには自動的に体が治癒される仕組みが体に備わっている。だからといってここでアイカの無事を証明するには、他の三人が邪魔だ。ここは観念するしかないようだ。


「分かった。ハル、ノア、そこに余計な人を入れないように約束して」


「もちろんよ。昼にあなた達の運転手とプロデューサーさんと出会っちゃってるわけ。で、劇終わりに届いたこのメールの真意を含めて、諸々教えてもらうわよ」


 いずれ彼女たちと再会し、膝を突き合わせて話すことになるとは思っていた。やはり巻き込むしかないのか。それはとても心苦しい状況になってしまう。ふと、アイカの隣にノアがやってきたもう片方の腕を持ち上げた。ノアの肩にアイカの腕が回った。


「……これで少し楽になるよね」


 ノアは心の底からアイカを心配していた。アイカも疲労から全身の力を抜いている。徐々に重くなってきたところにありがたい介護だった。


「ノア、ありがと」


「ううん。……これぐらいなら、いつでも」


 どこか気まずい様子で視線をそらす。なんとなくわだかまりみたいなものが残っている印象がある。ミソラは全く気にすることなんてないと感じている。あとでそのあたりも含めてはしたほうがいいかもしれない。


 一行は二台のタクシーで、アイカを介護している三人とそれ以外の三人で別々で乗り込み、上階層のホテルへ向かった。十数分で上階層エリアのホテルにたどり着いた。照明の色合いが上質な質感をもたらし、玄関からやってきたコンシェルジュが恭しい態度を見せてきた。だがタクシーから病人から出たときは、さすがに困惑したようだ。


「こちらのお方は……」


「医療施設ってここにありましたよね。そこにこの子を休ませてたいです。あとお医者さんにもきてもらってください。請求は事務所の方で」


「は、はいっ、すぐに確認を……はい、医療サービスの受諾を確認しました。いまからご案内します」


 話が早くて助かる。案内を受け、二階の医療部屋みたいなところへアイカを寝かせた。汗が額から吹き出ており、熱も相当高かった。医者の問診では、傷一つとのことで、戦闘で受けた傷は見る影もなかった。


「疲労が溜まっていたのでしょう。ここは病院ではないので薬は出せませんが、しばらく休めば大丈夫でしょう」


「そうですか。こんな遅くにありがとうございました」


 ミソラとユキナが老年の医師に会釈する。医師が去った後、穏やかな寝息を立てるアイカが危ない橋を渡っていたことを忘れさせる。この先も、この調子で戦闘を行ってに引き受けることがあるなら、相当な負担を彼女に強いてしまうだろう。罪悪感が込み上がってくる。アイカを助けるために人を傷つけたことが、永遠の課題を押し付けられたようにこびりついてしまっていた。


 次はこちらの問題だ。ハルやノアをどう切り抜けるか。いや、ここまで来たなら協力を取り付けるほうが得策だと考えた。


「ふたりとも、少し話せる? あ、悪いけどトーリヤさんはもう帰っていいわ」


「え、待って。ワタシ仲間はずれよくない! ていうか、ワタシが劇上の殺し合いを二人に言わなきゃ、アイカちゃんが医者にかかることなかったんだけどさ。そこのところ、分かってるかな?」


「……本当?」


 ミソラがハルたちに尋ねると、二人は複雑そうに頷いた。トーリヤが劇上での一幕を本気の殺し合いと見破ったとは信じがたい。あの光景をそう捉えるものがいるなら、よほど戦闘経験に長けたものであるはずだ。しかしトーリヤはかつて日本のアイドル業界を引っ張ってきた”Lakers”のリーダーでしかないはずだ。


「まあ、そこんところはあんまり気にしないでおこうよ。()のことか興味持たないしさ。リスクもあると思うけど、リターンだって決して0じゃないはずじゃない? ね?」


 トーリヤ・エプセンスの警戒心が高まっていったところで、そんな論調を展開してきた。重要なのは、このタイミングで”履いている靴”と口にしたことだ。ミソラの履いているものは一見すると普通のブーツしか見えないものなのに、トーリヤは一発でその異様性に気づいた。考えすぎだと思うが、ここで彼女を遠ざけるにはリスクが大きい。思考が低迷し始めたところで、思わぬ援護射撃が入った。


「ミソラ、ここで引かせても多分この人は首突っ込んでくるわよ。むしろ変な意識を植え付けないで、ありのまま話したほうがいいと思う。そのあとはこの人の選択。きっと貴女を恨みはしないはずよ」


 一理ある意見だ。すでに事件は都市内で起こっており、ここにいる全員がその関係者といえなくもない。本当は関わらないように、彼女たちを都市の外へ逃がす算段を付けたかったが、今回ばかりは計画性が甘すぎた。都市の事件が予測不可能であることを加味してもだ。


 ここはこちらが折れるしかない。納得はできないが、最悪を回避するために最善を踏み続けるしかないのだから。


「場所を移しましょう。こっちの人員が揃ってから、私たちがこの都市へ来た目的を話すわ」









 ハルとノアが滞在する部屋には八人もの人間が詰めかけていた。ローテーブルの上には飲み物や夜食が並び、まるで夜の女子会を繰り広げる勢いだった。元凶はヒトミとトーリヤだった。二人の気分がパーティーなだけで、その他は重苦しいほどの空気感を浴びていた。ただし飲み物や食べ物は気を紛らわせる分には十分だった。


「まず昨年の十一月から頻発している事件について話すわ。これ、本当は誰にも言ってはいけないから口外しないで」


 ミソラの端末から32インチほどのエアディスプレイが出現した。大きくするとバッテリーの消費が早くなるため一時間しか表示できない。他にもハルやトーリヤと連絡先を交換し、事件記録を一斉に送った。


「ショッキングな画像には処理を施しているけど、これがここ一ヶ月で都市の中で立て続けに発生している”連続自殺教唆事件”。被害者たち同士のつながりはなく、年齢はバラバラ。ただ”社会保護プログラム”を受けている人間がほとんど。この都市の住人の八割はそのプログラムを適応した人たちだから参考にはならないけれど」


 ハルとノア、そしてトーリヤはそれぞれ事件概要を読み進めている。まずトーリヤが質問を投げかけた。


「前って”福祉プログラム”って名前じゃなかったっけ。働けなくなった人たちの受け皿になっていて、定期的に行われる実験に参加することで生活を保障するやつ」


「ここ、そんなことしてたの。絶対人体実験してるじゃない、こんなの!?」


 と、ヒトミがそうだろうなという意見を投げたところでユズリハが正しい認識を教えた。


「そういう実験は一切していません。主に端末上でのアンケートや作品や物などの印象や感想、そういった統計をとっているようです。人体に影響を及ぼさないものがほとんどで、治験や厳しい生活は一切しない。あとは透明性の高さもあって、生活の方も人が一人や二人で生きていくには十分な生活ができるみたいです」


 今度は別の意味でヒトミの目が輝いた。


「それって働かなくても生きていけるってことじゃない。なにそれ、日本そんなに進んでたの? ようやく労働という呪いから解放されたのね」


 しみじみとヒトミが言った。この場の誰もが、そう甘くない、と思ったことだろう。これにはハルが補足説明を入れた。


「さっきも言った通り、ここは手を尽くしても働けないと判断した場合のみ住居が許されるの。それにほぼ毎日に渡ってアンケートが差し込まれるのってストレスだと思うの。ある意味ではそれが仕事。中にはそう捉える人もいるわ」


「あ、たしかにそうね。結局、人に何かさせて生活を得てるものね。やっぱり、完全自由の道は程遠いか」


 ヒトミがこれ以上変なことに首を突っ込まないことを祈りつつ、都市の説明役はハルが変わって語りだした。


「今まではそういう触れ込みで都市が運営されてきました。ですが近年、そういった流れは排除されたように思います。……”福祉プログラム”から”社会保護プログラム”へ名前を変え、制度も変わりました。今度は自己申告制で、住人を募ったのです」


 眼鏡をしているからか、本当に説明役が似合う。ハルは大画面のエアディスプレイを使用し、比較画像らしきものが表示されていた。都市の内観から”福祉プログラム”と”社会保護プログラム”の違いが顕著に現れていた。


「ここ三年で住人の建物を増築し、アンケートの内容もより幅広くなったと聞きます。これも自己申告ですが、企業の実験に参加することで報奨を得ることもあったそうです」


「三年の間にねえ。急な政策の背景には何があるのかしらねえ」


 ヒトミの指摘にハルは頷いた。


「事実関係はわからないけど、次のシンポジウムの開催場所が決まったのはこの政策を施行してから。日本としては、世界にお披露目できる画期的な技術をお披露目したかった。だから人を集めて実験の速度を上げていった。考えられるのはそんなところね」


「それだけじゃないわ」


 ミソラがぴしゃりと言い放つ。あえて間をあけてこちらに注目するのを待った。ミソラの中で点と点がつながって言ったような気がした。


「三年前、つまり姉さんたちが表舞台を去ったから大手を振ってやり始めたのよ。姉さんたちは早急な進歩を求めていなかったし、技術の加速が幸福を生むとは考えていなかった。むしろ人間は追いつかなくなってしまうともね」


「……それって」


 ユキナが何かを察したようで、ある単語を聞いたものたちははっとしだした。ハルとノア、トーリヤだけは分かっていないだろう。そしてこの言葉を口にした瞬間、彼女たちを巻き込んだという事実が出来てしまう。だがもう迷うことはなかった。


「今回の一連の事態は都市の構造から起こった悲劇ともいえるわ。──技術的特異点(シンギュラリティ)はすでに完成している。そしてなぜか、この都市の住人をわざわざ回りくどい方法で殺害しはじめている」


 全ては計算の上に立てられたものだろう。こうして”旅するアイドル”、先導ハル、明星ノア、Lakersとアイドルに深く関わっている者が揃ったのだから。事件の内容を振り返っても、アイドルとは切っても来れない因縁が待ち受けている。


「事態の山場は間違いなく明日から明後日よ。各国が大トリに持っている技術のなかに、この都市に侵食している悪意が待ち受けている。──その悪意の目的は全く計り知れないけど、姉さんたちの意思を捻じ曲げようとするものがいるなら容赦はしないわ」 


 ミソラの言葉にハルが同調した。


「なら、徹底的に思惑を潰してあげたいところ。私の知るアイドルは、黙って事を享受するような甘い存在じゃない」


「……わたしも、見過ごせない。ミソラ、わたしにも手伝わせて。できることがあるなら!」


 ハルとノアは言っても聞かない。ユキナたちも解決に向けて動くつもりでいる。問題はもうひとり、トーリヤのことだった。彼女は悩ましげに顎に手を当てて考え込んでいた。


「動くつもりの空気の中で申し訳ないけど、ワタシたちは警察でも工作員じゃない。全員、アイドルという世界で一番か弱いアピールしている人種たちじゃん。策がないのにどう動くつもり」


「あいにく様。すでに自殺の予兆がある候補者は見つけてんぜ。ま、そこからが人の多い場所の厄介なとこでな」


「わたしたち、実は自殺しようとしてた人を何人かは助けられました。けど、一人ひとり相手するのはこっちでも厳しくて、結局は都市事態の動きをなんとかしないといけなくないんです……。なので本当ならシンポジウムを中止すればいいのにって思って……。でもそんな理由で国際的なイベントが止まるわけがない。別に犯行予告がされたわけでは有りませんから」


 アイカとユキナがこれまでのことを端的に語っていく。たかだか七人程度では、人口九十万人の都市をカバーできるわけなかった。左文字京太郎からの依頼は無茶に程遠く、もちろん承知していたこととはいえ途方にくれていたのが現実だった。それでも猶予がないと話を聞いたら誰でも感じているはずである。


「”連続自殺教唆事件”の共通点は二つ。この都市内でしか起こっていないことと、被害者が全員なにかしらのアンチ行為を行っていたことのふたつだけ」


「だがここでしか起こってねえ以上、何かしらの意図があるだろ」


「元凶さんは、どうしてわざわざそういう人ばかりを狙うのかもわからないのよねえ〜。都市だけじゃなくて、全国に目を向ければウン百万はいるでしょうに」


「候補の特定は、その、ある人の力で絞り込むことは出来ました」


「ええええええ、うそ、”旅するアイドル”って探偵か何かなの? で、どんぐらいいたの?」


 トーリヤが目を輝かせたが、残念ながらここで足踏みをしている状態にあった。ユキナが言った。


「えっと……四万とかです……」


「……はい?」


「それってこれから被害に遭う人たちで絞ったのよね」


 ハルが訝しげにミソラを見たが、当然絞ったとこたえた。


「昨年の十一月から換算して、死者は十五人。今月に入って死にかけた人は四人。……そして27日から28日に訪れるであろう死者はちょうど44444人。あくまでこちら調べだから誤差はあるでしょうけど、それでもこの数字に近しくなったわ」


 流石に現実味が無くなったからか、ハルたちは口を閉じてしまった。ノアは事の大きさに戸惑い、トーリヤは半ば冗談ではないかと態度を見せていた。もちろん、そのほうが誰にだっていいはずだ。


「──今日は解散しましょう。整理付いたら、明日の朝にここで集まりましょう。”旅するアイドル”はなんとか策を持っている。やり方は、だいぶ褒められたものじゃないけど」


「自らそう評するならよっぽどのやり方になるってこと?」


 ミソラは頷いて他のメンバーを見た。最終手段は都市全部を巻き込んだやり方になってしまう。リスクが大きく、技術的特異点からの報復が考えられるためなるべうなら避けたい。


 しかしこれしかないというなら実行するしかない。

 この都市で、姉と兄の作ったものをこれ以上汚させるわけにはいかない。



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