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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
217/289

都市入り


 ──旅するアイドルが”実験都市”入りする前のこと。


 二月頭に、水野ユズリハの端末にかかってきた一本の電話により、”旅するアイドル”の次の行き先が決まった。


 その日、屋久島のやや暖かな気候を堪能していた一行は、キャンピングカーをキャンプ場で止め、それぞれのライフスタイル毎に行動していた。ユキナ、アイカ、ヒトミは観光目的に屋久島方面へ、それ以外のメンバーはキャンピングカーで留守番という運びになった。ラムは読書、ユズリハは〈P〉からの贈り物を試していた。京都で脱出に使った大型バイクは様々な機能を搭載した”護身用”の武器だという。


 ユキナたちが観光に向かったあと、ユズリハはひとりでバイクの機能をすべて試そうとしていた。これにはミソラも呆れていた。彼女は完璧主義な人間らしい。そんなユズリハの様子を眺めながら、ミソラは調子を尋ねることにした。


「そんな大きな物もらって大変ね」


「一応、大型バイクの免許持ってますし、機能もなかなかバラエティ豊かです。内装をざっと検めましたが、やはりガソリン車とは勝手が違いますね」


「どれぐらい走れるの?」


「そうですね、ここから広島あたりまでは補給無しで走れます。このバイク、どうやらライフル弾も通さない盾にも変形するようで。いやはや、何を想定して作られたものか」


「ユズリハさんらしい機能じゃない。あのとき、私たちの命をとことん守ってくれたもの」


「……あれはまあ、仕事の範疇なんで。実はまだ、説明書の二割も読めていないんですよね。〈P〉いわく、最高傑作らしいですが、まずどこの誰がこれ作ったのか気になる。全く、どこの企業が作ったものかなんにもわからないなんて」


 途中で砕けた口調になったことに気づいたようで、ユズリハは咳払いを一つしてごまかそうとした。ユキナやヒトミなら間違いなく反応を返すことだろう。アイカは興味なさそうに思えた。ミソラも後者側で、彼女が気を許そうが許すまいがどうでもいいことだった。


「まあ、私のことはともかくです。ミソラさんは観光に行かなくてよかったのですか?」

「別に。いくら南にあっても、真冬は真冬。行く気にはなかなかね」


 そうですか、と納得の回答を得たユズリハはバイクへの興味へ移ったようだ。彼女の正体を知ってから、のっぴきならない状況に陥ってしまった。警察組織を敵に回し、それどころかユズリハは本来いるはずの警察からも追われる立場になった。ただ立場上は”潜入調査”という名目が公安では通っているらしい。そこのところ信憑性が怪しいところではあるが。


 あのときはユズリハ自身の信念をみせてもらった。たとえ犯罪者であろうと、司法を介さない殺人を許さないというものだ。公安は国家のために人知れず人を葬ることも辞さないと聞く。ユズリハにとっては、実に不向きな役職なのではと思わずにはいられない。当面の間、ユズリハが”旅するアイドル”をどうかしようという気はないようだが、いつ気が変わるか分からないため注意を配る必要だ。


 それぞれの時間が過ぎていき夕方になってユキナたちが帰ってきた。屋久島の縄文杉や自然薯探しを堪能したらしく、土地のお土産ももらった。ヒトミがバーベキューではしゃぎ、それにユズリハやラムが巻き込まれていく。アイカは遠目からその様子を眺めていた。くだらないと言いたげだったが、焼けた肉に夢中になっているのは微笑ましいと感じた。


 ミソラとユキナはキャンプ椅子で並んで座り、穏やかな間を感じあっていた。特に話すわけではなかったが、気まずさなんてものは微塵もなく、そこにいることが何よりの安心感をもたらした。


 ふと、この瞬間をどこかで味わっていた日々のことを思い出した。三年前のあのときも次のステージに向けて奔走していた。明日のことなんて気にせず、ただひたらすに目の前のことに取り組んでいる。黄金の時間というものがあるなら、あの時間やいまの状態を指すのだと思った。


「なんだか、平和な時って感じがするわね」


 隣のユキナにそう問いかけると、「そうですね」と染み染み入ったように返ってきた。さらにユキナが続けた。


「……今までの時間が苛烈だったからそう感じるのかも。事件に次ぐ事件で、ゆっくり休めていなかったんですよ」


「気が張ってしまうのは仕方がないと思うわ。ここへ来るまでも色々あったわけで」


 主に”旅するアイドル”を知る人間の接触、そこから端を発するちょっとした事件を解決しているうちに、何の変哲もない日常の時間が心身を癒やしてくれたのだろう。意識的な休息を取ろうとすると、却って休まらないのと同じで、人は自然と共に生きているのだとつねづね感じる──静寂を破るときも、常に外からやってくることも、そうだった。


 ユズリハの端末がなった瞬間、新たな波乱の幕開けであったとなんとなく気づいた。







『単刀直入に言おう。君たちには、国際シンポジウムの潜む悪を見つけ出し、その野望を食い止めてほしい』


 ユズリハが通話の最中にミソラたちに呼びかけ、つかの間の休息は終わりを告げた。通話相手の名前が出た瞬間、誰もが神経の張り詰めた顔になった。エアディスプレイには左文字京太郎の憔悴しきった顔が映っていた。


「寝言でも言っているのなら今すぐ眠ったほうがいいわ。明日の朝になればきっと忘れているはずよ」


『残念だが、連日”悪夢”が続いている。未曾有のテロを防ぐためには仕方のないことだが』


 左文字があからさまな餌をまいてきた。未曾有のテロ。この言葉に反応するであろうアイカに先んじてミソラがこたえた。


「国際シンポジウムが行われる”福祉都市”でテロなんて、悪人なら普通に考えそうね。各国の重鎮も詰めかけるらしいけど、まずそっちに相談したら?」


『できたらとうにしているさ。……しかし感心しない呼び方だな。君とあろうものが、あそこ俗称を口にするなど』


「あいにくさま。この言葉の発祥は姉さんからなの。たまたま、世間がこの言葉を見出しただけで、私は関知していないけど、あの都市に対する概ねの認識としてはあっているみたいね」


 森の中で暮らした中で、姉の宗蓮寺麗奈が”実験都市白浜”の側面を語っていたことを思い出す。その記憶を引き出している最中にユキナがおずおずと手を上げた。


「あの”福祉都市”って、白浜にある?」


「ちょっとちょっと、私の知らない土地を次々に挙げないでっ」


「話を聞けば自ずと分かってきますよ。ようはこの間の富良野と似たような場所だと思っていたければ」


「あぁなるほど〜。それならなかなか見どころがありそうじゃない。よし、次の目的地にしましょう、いますぐにっ」


「あの場所は許可なくしては入れませんし、入るにしても最低半年は見積もる必要が──って、どうしてそこでテロが行われると思ったのですか、左文字さん」


『……君の質問に答える前に、いまここに君たちの”プロデューサー”はいないのだろうか』


 その質問にラムがあからさまに左文字の画面を睨みつけていた。ミソラとしては話のわかる者同士での会話のほうが、相手の目的も探りやすいと考えていた。だが〈P〉への連絡はラムに一任している関係で、彼女の許可がなければたとえミソラたちであってもつなぐことは出来ない。だが〈P〉が神出鬼没であることを知らないわけではなかった。


『ここにいる。それと貴方から連絡が届いた時点で、ラムが電話をつないでいた。概ねの内容は理解したが、我々のような異端児に手に追えるものではないかと思うのだがね』


『それがそうでもない。……知っての通り、国際シンポジウムは未来の科学技術をお披露目する場だ。世界中が注目し、新たな未来への期待を抱かせる。いわば歴史のターニングポイントといえるだろう』


「シンポジウムが国際的なイベント等のはわかります。過去のシンポジウムは確かに技術発展に寄与したと思いますが、少々大げさな物言いではありませんか?」


 ユズリハは一応上司であっても疑念を堂々とぶつけた。まったくもって同意だ。たかだか科学技術のお披露目の場でしかなく、突き詰めれば演芸と何ら変わりはない。だが左文字は嘲笑を浮かべて芝居がかったような口調をしはじめた。


『ユズリハくん、いまは西暦何年だ』


「2040年ですが……」


『ある都市伝説では、この年代に歴史的な転換点を迎える。それを技術的特異点シンギュラリティと呼ぶ。技術が人間を超えていくのは、いまの成熟した社会からわかるのではないかね』


「……ああ、アイツも言ってやがったな。AIが人間に変わって行くっつー話だろ? けど都市伝説レベルの話じゃねえか」


 アイカの指摘はもっともだ。そもそも、技術的特異点の年だからといって、急に世界が変わり始めるわけではない。緩やかなターニングポイントを何度も迎えて、長い年月をかけていくのが進化の本質だ。だが左文字は自信ありげに言った。


『甘いな市村アイカ。君の父親の指摘は当たっている。むしろ、存在を知っていたのだと思うよ』


「あん? てめえ何が言いてえんだ」


 左文字はたっぷり間を開けてから、今まで以上に真剣な顔つきで言った。


『技術的特異点はすでに何年も前から迎えている。世界の一部の人間がその事実を知り、必死に対応策を練っていた。私もその事実までは知っていたものの、詳しいところまでは分からなかった。このシンポジウムで起こっていることを知るまではね』


 いまいち捉え処のない話ばかりをする男だと思った。次の瞬間、ユズリハのエアディスプレイに通知の報せが入った。ユズリハがそれを開いた。


「……これ、捜査記録ですよね」


『とにかく中を見てくれ。最初のページに概要を載せている。そちらの”プロデューサー”なら、この事態が如何に深刻なのか理解していただけるはずだ』


 まるで〈P〉が文書を覗き込んでいることを見越した発言だった。事実、〈P〉は数秒で済ませたらしい。


『たったいま捜査記録の全てを閲覧し終えた。しかし、これほどとはな』


「〈P〉、なにか分かったんですか?」


 ラムが心配そうな目で端末に言い放つ。それから〈P〉の反応が返ってこなくなった。ミソラは〈P〉が口を閉ざすほどの記録が何なのか気になった。


「私も見ていいのかしら」


『一応、機密情報なのでね。閲覧するならユズリハくんと君だけにしてほしいな』


 とのことで、許可は一応もらえた。早速、ユズリハが捜査記録をミソラの端末に送ってきた。ちょうどヒトミがひょっこりと覗き込もうとしていたが、最新型のエアディスプレイには横から覗かれないような機能が備わっていたので気にせず閲覧した。見出しにはこう書かれていた。


 ”実験都市白浜における連続自殺教唆事件”


「……連続自殺」


 これが左文字の言っていたテロと関係があるのだろうか。それに連続自殺教唆という文面が気になる。教唆とはいわば、なにかを促すこと。殺人を促すことを殺人教唆と呼ぶように、自殺を促すことを自殺教唆と呼ぶらしい。


 事件の概要を読み進めていくも、到底信じられない──正確には似たような出来事は体験したが──関連性に安息の瞬間が遠ざかっていく気分になった。概要を読み終え、次のページを開いた瞬間、ミソラは思わず声を上げた。


「……っ」


「ミソラさん!?」


 急に目をそらしたからか、周囲から心配の声があがった。そのページの写真を直視できなかった。本能がすぐに忘れろと叫んでくる。だがいつまでも続く反響がより記憶を定着させてしまった。観念の時だと思い、ミソラはおそるおそる写真を見た。


 天井から人がぶら下がっている画像、真っ赤に染まったお風呂に浸かっている人の画像。首筋が赤黒く染まった人の画像。他にも心臓にナイフが一突きされた人の画像もあった。他の三つの自殺体とは違い、心臓にナイフを刺した死体は真っ先にありえないと断じることが出来た。


「──趣味悪いわ」


「何を、見たんですかミソラさん」


 ユキナはミソラの隣でペットボトルのお茶を差し出してきた。心配そうに伺うユキナにすがりたい。だがここは我慢のときだ。弱みを見せては左文字の思うつぼだろう。


「……ありがとユキナさん。ちょっとショッキングな画像を一気に浴びちゃったから」


 お茶を受け取り、それを一気に仰ぐ。喉を潤しても気分は晴れない。ちょうどユズリハも事件記録を読み終えたようだった。


「左文字さん、この事件、全て白浜の都市内で起こったことなんですか?」


『そうだ。だがこれ以上詳しい内容を口にするのは依頼を引き受けてからだ。もちろん報酬は弾むつもりだ。今後、日本国内において警察、公安、または裏社会に属する者たちの監視をつけないと約束しよう』


「んなこと信じられるかってんだ。てめえにメリットのある条件じゃねえだろ。こんなの罠以外になんだって──」


 ミソラもアイカの憤りに同意するつもりだったが、別の声がそれを遮った。


『引き受けよう。我々はこれから”実験都市白浜”でこの事態の究明を行う。それでいいかね』


 これにはこの場全員が戸惑った。〈P〉の言葉に左文字は肩の荷が降りたように瞑目した。


『感謝する。追って連絡を入れる。早めに都市入りできるよう手配しておくよ』


 そしてエアディスプレイから左文字の姿が消えた。すっかり辺りは夜一色になっっており、焚き火の炎が色濃くなっていた。星の粒が空に浮かび上がっていたが、それらが気まずい沈黙を紛らわせることはなかった。最初に口を開いたのはアイカだった。


「……てめえ、何考えてやがんだ」

「〈P〉さん、引き受けた理由を教えて下さい」


 アイカだけではなくユキナも問い詰めてきた。〈P〉はあっさりとその理由を話した。


『此度の一件、私と深い関わりがある可能性がある。そして間違いなく、事件は続く。それを止められるのは私の力だけだ』


 誰もが〈P〉の言葉を黙って聞いていた。ミソラは耳だけを向け視線はエアディスプレイ上の情報に集中した。シンポジウムの内容は以前、姉や兄に聞いていた。特に技術屋の兄は次にお披露目される技術の予測をしていた。


『もちろん強制ではない。君たちの旅の目的にはそぐわない部分もある』


「変に律儀じゃない、〈P〉。理由なんて割と転がっているのに、わざわざ口にしないなんて。この事件、よっぽどの何かが潜んでいるのかしら」


 ヒトミを除いた”旅するアイドル”のメンバーは、”実験都市白浜”に向かうだけの動機がある。ミソラは〈P〉にその動機を話してもいいのか、と示していた。〈P〉はミソラの問いかけにこたえた。


『私から言うことは何もない。ミソラくんの判断で彼女たちに提示すればいい』


「……なら、そうする」


 それから端末を操作し、ミソラ以外の五人にファイルを送信したあと意気揚々に言った。


「いま、みんなの端末にシンポジウムの概要を送っておいた。もし実験都市に向かうならこの車に乗ってきて」


 ミソラはキャンピングカーの居住スペースの中へ入り、ソファに座って待った。改めて自分の動機を確認するため、国際シンポジウムの概要のある部分を眺めた。


 イベントという項目に、世界中から集ったアーティストのライブを行うと書いてあり、演者の項目に見逃せない名前があった。どちらにせよ都市へ赴くには十分な理由となった。だが懸念点も残っていた。左文字京太郎があえてこの二人……州中スミカを含めれば三人を餌に”旅するアイドル”を引き込もうとしている可能性もある。


「あの二人に連絡したほうがいいわね……流石に話聞いてもらえるはずだけど」


 ミソラは文面作成で、都市へ行かないようにという文面を書いてから、その理由をどうするかで手が止まった。


「信じてもらえるか別よね……じゃあ、嘘の動機でも交えるか、それとも……」


 そうして悩んでいると扉が開き、一人目が中に入ってきた。それも意外な人物だった。


「貴女が一番乗りなんてね。まあ、貴女のことだからシンポジウムを楽しみにしているのだろうけど──」


「ううん、違う」


 ミソラは初めてヒトミの低い声を聞いた。彼女自身も自覚がないかもしれない。


「やっと……このときをようやく待っていたの──この疼きをはらせる瞬間がこんなすぐにやってきたっ。というわけで、私は全く異存がないわ。どうせみんなも集まってくるし、外の道具片付けちゃいましょう!」


 普段は全く手伝いも片付けもしないヒトミが、率先して片付けを行っている。外に出てみると、誰もが唖然とヒトミを見ていた。


「……あの人、なんだかここにいる誰よりも行きたがっているみたいだけど……行く?」


 答えは言うまでもなかった。


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