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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
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舞台の続き


 まだストーリーは続いている。そう思わせるほど眼の前で繰り広げられている光景は現実味がなかった。


「劇、終わらせてきた。……そっちは?」 

「いま、アイカちゃんが一人でしのいでるけど、あのままじゃアイカちゃんが……」

「落ち着きなさいっ」


 今にも不安げなユキナを肩を掴んで気を落ち着かせた。


「アイカさんなら大丈夫。あの子とても強いんだから」


「そう、ですよね。……わかりました、わたしは警察の人に連絡します」


「頼んだわ」


 ユキナがその場を離れステージの向こうに消えた。いまなら客足も遠のいてこちらに気づことがないように思った。なにより目的の達成が一層遠のいた。あの劇で、大々的にあることをアピールするつもりだった。全員は無理でも、この劇を観に来た観客ぐらいは伝わってくれるものかと。無論、目論見は達成すること叶わずだったが。


 ミソラはどう動くべきか考えた。ヒトミはユズリハのフォローに回っており、アイカは”白金の仮面”からの攻撃をかわしつつ、人の多いところへ向かうつもりだろう。もしかしたらアイカから標的を変えて、ミソラやヒトミたちに襲いかかって来る可能性もある。そうなった場合、命の保障はできない。


 こういう場合の鉄則は、一人にならないことだ。ヒトミとユズリハのもとへ行くのが最適解だと頭では分かっていた。しかしそこで安心を手にしてしまうと、アイカのほうが疎かになる。


「アイカさんのとこにいかなきゃ」


 ミソラはその場でしゃがみ、左足のブーツに付けたスイッチをひねった。徐々に出力を上げる設定となった。先月の反省に、右足も補助装置として跳躍から着地するときの衝撃を緩和させる機能を持っている。この機能も、この二ヶ月近い期間で十分に扱えるようになっていた。


「……待ってて。ちゃんと助けられるかわからないけど──」


 ミソラは左足を起点に森の中に向けて駆け出した。公園の地面は元々この土地が山なのもあって、殆どが自然由来の土壌でできていた。スコップなどで掘ることができる柔らかさの地面だと、ミソラの一蹴りで地面をえぐった。傍から見たものはミソラのスタートダッシュを鉄砲みたいだと評したかもしれない。


 もちろんスピードが出たことの弊害もあった。空気抵抗が体にとてつもない負担をかけていた。

 もともと、逃げるための装置。応用を利かせば、人が出せない瞬発力を発揮できる。そしてこの力を人に向ければ、例外なく相手に怪我を負わせられる。一ヶ月前の京都県警では京都弁の刑事に一撃を食らわせ再起不能にさせた。生まれてはじめて暴力で人を傷つけたのは、このときがはじめてだ。


 しかし暴力への抵抗はほぼなくなった。自分の命や尊厳が踏みにじられたとき、やられっぱなしなんて許せるわけがなかった。痛いのも、苦しいのも、嫌に決まっているのだから。

 今回、他人のために力を振るう。ミソラは覚悟の瀬戸際が目の前に迫っていることを自覚した。






 剣と剣のぶつかり合い。腕は相手が上手だった。あらゆる暴力を記憶しているアイカは、仮面の剣術が欧州の宮廷剣術であると見抜いていた。本来は銃剣バイオネットという銃の切っ先に剣を装着した武器を主だった剣術なのに、仮面の持つ武器は刀身が真っ黒で、鉄鋼で作られた素材とは全然違っていた。なんだこの武器は。この黒い刀身は、何で出来ている。


『──暴力の申し子でも、この武器の性質は見破れない。この素材が中世に見つかったなら、歴史は大きく変わっていただろうな』


「はっ、自慢とは随分余裕有りげだな。その仮面の下、よっぽどの自信家か?」


『試してみるか?』


 アイカは全身が総毛立つ感覚をおぼえ、反射的に全身を脱力させ尻餅をついた。そこでアイカの首があったところを剣の線が走っていた。もし理性で相手を見ていたのなら、今頃首が飛んでいた。アイカは相手と距離を取りつつ、木々から木々へと身を隠すように移動した。一時しのぎでしかないのは、仮面と数度刃を交えたときに実感した。いまのアイカに、この仮面から一本を取ることは出来ない。


「はあ、はあ……くそ、なんだってんだよ……」


 手に持っている劇用の剣は、無残な形へ折れ曲がっている。一応、刀と同じ製法で作られた武器で、刀身がないこと以外は立派なは西洋剣だ。せめて〈P〉が持っているものならば、やりようはあったかもしれない。いや、接近戦では、その手のプロに勝てるわけがない。


「せめて、銃がありゃあな──」


 そう入ってられないのが戦場というものだ。しかも仮面は、執拗にアイカを付け狙い、命を奪おうとしている。ここまで相対してなんとなく察したことではあった。力で勝負にならないのなら、せめて時間稼ぎをして人が来ることを願うしかない。


「おい、お前は何だ。どうしてあのタイミングで襲いかかってきやがった」


 声はないが、足音が近づいてきている。アイカは息をつかせぬ間で言った。


「最近の奴らはあれか。仮面をつけるのがブームなのかよ。前、見えねえだろ。アタシの知ってる仮面はどうだか知らねえけど」


 敵はアイカが潜んでいる木陰をすでに捕捉しているはずだ。襲撃のタイミングはもう少しあとにしてほしい。


「どうしてアタシばかり狙う。他の奴らならすぐ殺れるだろ」


 答えはない。利口な敵だった。わざわざ自ら情報を晒すことをしない。本気で市村アイカを殺しにきていた。


 この者が都市に巣食う敵か、フィクサーか、はたまた別勢力なのかを考察する余地はなかった。戦ったときに感じたあることについては、アイカは間違いないと踏んでいた。仮面の足音が死神の下したカウントダウンのようだった。確かにそれだけのことをしてきた。だからこそ、顔も知らない人間に殺されるわけにはいかない。タイミングを見計らう。足音がある程度近くまで、アイカはこう言った。


「お前、女だな」


 その言葉に明らかな反応があった。足が一瞬だけ止まった。だが決して相手の隙だとは思わず、後の反応を待った。そうして、風が吹きすさぶような衝撃がやってきた。


「待ってたぜ」


 アイカは木の幹に沿って跳躍した。その直後、アイカの立っていた木の幹から剣の先が突き出てきた。そこからアイカのいる方向を目指して剣が上に上ってきた。しかしここで彼女は選択を誤った。


 跳躍中のアイカは、突き出てきた剣を足場にし、更に上空へ跳躍した。高い位置の枝木を掴み、枝を伝って反対側の幹へ出た。仮面がアイカへ顔を向けたが、アイカは敵の攻撃が繰り出される前に、剣の柄と仮面の間に割り込んだ。”白銀の仮面”と剣を話すことに成功し、アイカは間髪入れず相手の腰元に全身の体重を乗せて突っ込んだ。宙に浮いた二人はそのまま地面を転がっていった。その先でマウントを取ったのは、仮面だった。


『──やはり恐ろしい。圧倒的戦力差を物ともしないセンスは、やはり親譲りといえるな』


「あの男は一度だって戦闘に立ったことはねえよ。昔、学校の先生やってたみてえだぜ」


『その経験から戦闘の術を効率よく学ばせ勢力を拡大させた。そうして悪をはびこらせ、善良な人間が命を落としていった』 


 この女の発言はロボットのそれとよく似ている。当たり前の事実を並べ立てたところで、当然そのとおりという思いにしかならない。全身を特殊なスーツで身にまとい仮面を覆っているのは、この者の本音を隠しているからだろうか。


「こうなっちまったらいよいよだな。つーか。女って指摘、別に頭に血が上るほどじゃねえだろが。中身はてんで戦闘の素人かよ」


『口の減らない女だ。今からその口を開けなくして──』


 そうしてアイカの首元へ仮面の手があてがわれる。抵抗する気はなかった。彼女の手がかすかに震えているのが見えてしまった。とてもじゃないが、戦闘経験がある人間の挙動ではない。アイカはその手を優しく添えて言った。


「あんた、ザルヴァートに誰か殺されたのか」

『……』

「そもそもアタシしか狙ってなかった」

『──黙れ』  


 初めて機械的な声に人間らしい感情が灯ったのをアイカは感じとった。だがすぐさま、喉元が急激な締め付けが襲いかかってきた。”白銀の仮面”の中身がむき出しになって


『あれだけの災禍を起こしておいて、なんで普通に生きていられる!! 殺した人たちのことを考えたことあるか!?』

「……忘れも、しねえよ」


 アイカの記憶の中には、矛盾した世界の構造がはっきりと思い起こすことが出来た。子供の頃は、親とその周りだけが世界の全てだった。人を殺すことが悪いことではなく、世界にとって正しいことなのだと教えられた。間違いを知ったのは、皮肉にも成長して戦闘員として作戦に参加したときだった。


 足元に転がる仲間と敵の死体。視界を覆う赤いまだら模様。鼻の奥まで染み込んだ鉄の匂いはいまでもこびりついている。たとえ、人を直接殺したことがなくても、人を殺してしまう武器を作ってしまった罪は、無自覚であっても罪深いものであると知った。


「アタシは殺しの道具を作っちまった。……殺した数も、数しれねえ。だから、いつでも死んでもいいって思ってる……。けどな、顔が分からねえやつに殺されたくねえ。アタシを、殺していいのは、恨み顔を見せる奴らだけだ。……アタシ殺すなら……アンタの顔、見せてくれ……よ」


 頼む、といいたかったが、体中から意識が遠ざかっていく。死ぬことに後悔はない。ないはずなのだ。なのに、目の奥には、仮面の人間が泣いているように見えてしまった。


『う、うぅ……うわあああああ』


 白銀の仮面は突如、暴走した機械のように叫び、剣を振りかぶった。意識を失いかけているアイカに対して致命的な一撃だった。首筋を狙いすまし、動脈が切り裂かれ、大量の血液を振りまくことだろう。アイカは己の運命を受け入れた。戦いの場で油断した自分の落ち度ではあるが、ザルヴァートの被害にあった人間なら仕方がない。まだ動脈を切られた経験はないが、運が良ければ天国へ行ける。仮面の慟哭を聞きながら、アイカは思った。


 ──ああ、こいつも、こんなことしたく無かったんだな。


 目を閉じたその瞬間のことだった。

 稲妻がその場に落ちたような轟音がやってくる。意識を失いかけたアイカでも、目を開くに十分な驚きだった。


 ふいに体の重さが無くなっていることに気づいた。何が起きたのか確認しようとして視線を変えた。そこには、青白く発光した何かが”白銀の仮面”を吹き飛ばす──いや、足が見えたところで蹴り飛ばしていたと分かった。


 ”白銀の仮面”はそれを受けて想像以上の距離を転がった。雷光を発生源は白い煙を上げて光を弱め、徐々に人の形をとった。辺りの暗闇に溶けていく。慌てたような足音がこちらにやってきて、相手の顔をみた。アイカは驚きを顕にして、観念するように息をついた。


「……お前に助けられるなんてな」


 助けに来たのはミソラだった。彼女は不服そうに顔をしかめて言った。


「馬鹿言ってないで。立てる? 通りまでそう距離はないから」


 肩を抱き、アイカを引っ張り上げる。呼吸が少しつらい部分があるが、おそらく数十分もすれば正常に戻るだろう。それまでに仮面が復帰して襲いかかってこないとも限らない。


「アイツは?」


「さてね。一応、ブーツの全力で吹き飛ばせたから。……どうなったのかは、私もわからない。もしかしたら──」


「殺しちまったかも、か? 安心しろ。なかなか頑丈なやつだったからな……けほっ、けほっ……」


「無理しないで。いまは、逃げることに専念よね?」


 そうして二人は森の外へ緩やかな足取りで歩いていった。


 アイカは隣をみやって不思議な感慨を覚えた。死ぬはずだったあの瞬間で誰かに助けられるのは初めての体験だった。もう随分と長い旅を続けている。原ユキナと宗蓮寺ミソラに出会ってからもうすぐで一年が経とうとしている。彼女たちとの関わりは、今までにない新鮮さをもたらした。最初はそれがこそばゆくて、居心地が悪かった側面もあった。


 それが八月の最後の日、自分の想いを打ち明けたとき、そんな自分を受けれてもらえないのだろうと諦めていた。なのに、ユキナはアイカのことを怖いと思いつつも友達であり続けると言った。そしてミソラは、なんと言っていただろうか──多分、何も言っていないと思う。


 ミソラから吐き出てくる言葉は、皮肉と身も蓋もないことばかりだ。なのに、不思議と長く付き合える気がしてくるのは、彼女がどんな境遇の人間であっても差別することなく”尊重”するからだ。完全なニュートラルではないものの、そうあろうとしている宗蓮寺ミソラの姿は、アイカには眩しく映った。 



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