仮面の強襲
ラムと〈P〉との一幕から数時間が経ち、午後七時が間近に迫ろうとしていた。明日に行われるステージの段取りをノアやスミカ、他国から招かれたパフォーマーと詰めていった。演目の内容を共有しつつ、一番ネックになったのはやはり順番決めだ。人気があるのはトップバッター。逆に不人気はラスト。今回は全世界にステージの模様がお披露目される関係からか、人気のある演者を序盤に固めたいというのが、主催者側の考えだった。
結果、ノアやLakersを含む四組が序盤に組み込まれ、トリを飾るのは州中スミカになった。この結果を妥当ととるか、哀れに思うかは人それぞれだろう。スミカはいつもの明るい調子で、「えぇ、大トリなんて任せていいんですかぁ? 場が温まるのは嬉しいことなんですけどぉ」と明らかに空元気で胸がいたんだ。せめて中盤に差し込みたかったが、主催者と演者側の微妙な空気感に抵抗できず、スミカが真っ先に立候補した……いや、させてしまった。こういうとき、己の実力不足を感じて嫌になる。
明日の段取りを終えたあと、ノアとは上階層にある演者たちが宿泊するホテルの玄関前で待ち合わせすることになった。ハルは細かい調整をしてから急いで玄関先へ向かった。しかしそこに思わぬ先客がノアに絡んでいた。玄関をくぐると、「おひさっ」ときざったらしく手を上げてきた。
「挨拶が遅れてごめんね。君たち……といっても、一人いないけど、久々に旧敵とあえて嬉しいよ」
「ええ、こちらも嬉しい限りだけど、ノアに声を掛ける前にまずは私を通してほしかったわ。ノア、この人になにかされてない?」
「ううん。なんなら昔の話で盛り上がった。トーリヤさん、他の人と比べてそんな怖くないから」
「それ、他の二人が聞いたらマジで怒るから気をつけて。特に親が反社なほうね。子犬でも狂犬さながらの噛みつきようだけど、そこが可愛い」
「メンバー自慢は結構。で、こんな大切なときに何の用、トーリヤ・エプセンス」
トーリヤ・エプセンスは唇を突き出して不満げな顔をした。くすんだ赤髪に小麦色の肌、スラっと伸びた外国人顔負けのスタイルは、アメリカ人とナイジェリア人のハーフの父親譲りの遺伝で、なのにどこか世離れしていない雰囲気をしているのは日本人とフィリピン人の母を持つからだろうか。国際社会が生んだ新生児なんて彼女に言ったらものすごく怒られそうだ。するとトーリヤは突如、地団駄を踏むような勢いで語りだした。
「さっきパーティー会場で門前払い食らったんだ。他の二人は入れたけど、ワタシだけなぜかダメだって。さすがにムカついたからさぁ、どうしてやろうかなあって考えてたら、なんと星が地上に舞い降りているではないか──ああ、明星ノアじゃないか、という下りだよ」
「……ふうん」
「もうちょっと感想ちょうだいよ。ワタシの怒りを沈めてハッピーな気持ちにできるの二人だけなんだからぁ!」
「残念だけど暇じゃないの。これから中階層へ用があるわけでね」
「こんな時間に……ってほどでもないか。まさかアイドルがデートって玉じゃないだろうね……お姉さん許さないんだからねっ。いくらアイドルって言われなくなったって、外国だってそういう風潮は残ってるんだから」
「そうなんですねえ、海外でもあまり変わらないと……」
なぜかノアが関心しているのに呆れてしまう。このままだと本当に付いてきそうだったので、もう放っておくことにした。トーリヤが勝手に付いてくる分には構わない。日中の〈P〉の言い振りだと、ハルたちに重要な話をするという感じではなかった。できれば一緒にノアも来てほしいと、ついでのように言ったからには、誰が来たっていいのだろうと勝手に決めつけた。
中階層行きのリフトに乗り、そこから徒歩で数分のところにある記念公園ステージへたどり着いた。日中のパビリオンほどではないものの、数百人ほど集まっているようだ。これが〈P〉の言う通りの場所なら、ステージ上で行われるのはやはり彼女たちの──。
「ハル、これまさか……」
「そういうことでしょう。全く、何をしでかすつもり」
「え? え? なになに。何やんのここで。ていうか、明日ワタシが立つステージだよねここ。フライングとかマジ?」
トーリヤの困惑は分かる。本来ならば、このステージでは設営が深夜の設営が行われている。開始時刻が深夜を回ることを考えたらおかしな話ではあった。ステージの照明は付いており、客席もライトアップされている。そして時折、ステージ設営スタッフがみえていることから、このステージは公式の扱いで披露されるものと解釈できる。
だが疑問は氷解されない。なぜ、彼女たちがこれを利用するに至っているのか。彼女たちのバックには誰がついているのか。
その答えは、突如消えたライトアップとその後の現象が応えた。
『ようこそみなさま。数少ないヒントを手繰り寄せた選ばれたお客様には、貴重な時間を当演目の鑑賞に使用していただき、本当に感謝しか有りません。昼にゲリラ公演を行いましたところ、たくさんのお運びがありました。夜の部は昼とは違った演目を披露できると思います』
芝居がかった口調でアナウンスが入り込んできた。観客はざわめきを抑えきれていなかったが、どちらかというと興奮冷めやらぬといった好感触の反応を見せていた。昼にゲリラを行ってたことも驚きだ。
『さて、ご開演の時間まで、心ゆくまで”泡沫”の世界を楽しんでください──』
”ミュージカル 泡沫の軌跡〜生贄の巫女と守護騎士〜”
ミュージカルは大盛況で幕を終えた。特に仮面の騎士が介入してからの迫力は今まで観てきた映画や演劇のなかでも群を抜いていた。自然な拍手を送るのは、”旅するアイドル”が本気でミュージカルを作ったことへの賛辞だ。ノアも目尻に涙を浮かべて盛大な拍手を送っていた。
「すごい、すごいよっ。こんなに感動したのは初めて」
「……こういう形の表現もありといえばありか。演劇らしくも、アイドルらしくもある。さしずめ、2.5次元ミュージカルの発展型といったところかも」
「もうっ、真面目な批評はいいからっ。なんだか気合入ってきちゃったよ」
どうやらいい具合に触発されたようで何よりだ。だが演目の内容とは別に、疑問は尽きなかった。果たして、ただミュージカルをするのが彼女たちの目的なのだろうか。
「うーん、やっぱりあれ、そうだよね」
ふとトーリヤが顎に手を当ててなにやら呟いていた。冷静な眼差しで幕が降りたステージを眺めているようだ。ハルは様子がおかしいと思ったので聞いてみることにした。
「お気に召さなかった? 本場のブロードウェイには見劣りするかもしれないけど……」
「あ、違くて、内容はすごく良かったよ。……ただ、途中で銀色の仮面をした騎士が入ってきてから、どうも様子がおかしくてさ」
「様子がおかしい? あそこが一番の盛り上がりどころでしょ。おかしいところなんて何も──」
いい加減なトーリヤが変に真面目な調子なのでこちらが戸惑う。だが更に戸惑うことをトーリヤが言った。
「いやだってさ」
ステージからハルとノアに視線を変えて、トーリヤは当然のようにこう言い放った。
「あの二人、本気で殺し合ってたじゃん」




