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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
213/288

ピー



 国際シンポジウム一般の部は人や車両の渋滞が名物になりそうだと、先導ハルは中階層の様子を見て思った。付添のノアも、さんさんたる有様を見て顔をしかめていた。


「舞浜テーマパーク周辺よりひどいね……」


「科学技術が進歩しても、人の混雑を解消する術はない。それがたった一日のおとぎの国ならなおさらね」


 交通網も便利にはなっただけで、人口増加による移動形式は変わらないままだ。いまは車に乗るものが減ってきている。観光地を存分に味わうには、乗用車という手段は非効率的で、維持費もかかるという理由から公共の交通機関がもてはやされる風潮になってきている。


「めぼしいものは今日分の満員で終わってるみたい。関係者のみの案内とかあるものでしょう」


「ハル、それは昨日まで。色々仕事が立て込んでたから行けなかったけど」


「未来の技術のお披露目は、未来で実用化されるまで待つしかないのね。これじゃあ、本格的に暇になるわ」


 並んで体力を消耗するのも忍びない。特にノアは、明日にステージが控えている。無駄な体力は使わせたくない。先程、ノアと比較的空いている展示を見に行ったが、今の技術の延長線上にあるものしかなく、ひどくがっかりさせられたものだ。なので、まさにこれが今の人類が求めているもの、という技術を目の前で体感したかった。


 ハルとノアは一般展示物の中に見過ごせないものがあったのだが、そのエリアは大盛況という呼ぶにほかなく、実用化も近いとのことで注目が集まっている。


「AR分野、見に行きたかったなあ。ハルのあれこれでどうにかしてよ」


「どうにかやってこの結果なの。AR分野に並んでいる人を小馬鹿にして、掘り出し物を見つけ出したほうが面白そう。どう?」


「それを人は負け惜しみと言う……」


 ノアの痛烈な一言にハルは苦笑いを浮かべるしかなかった。せっかくなので、上階層から見える白浜の海を見ないかと誘ってみたが、それなら本家白浜へ行ったほうがいいという断りがノアから入った。


 仕方ないので負け惜しみの掘り出し物を探した。近場の休憩場で端末にダウンロードした展示表を眺めながら、ノアと残り少ない自由時間を楽しむ方法を探した。


「サイエンスとガジェットエリアはもう諦めたほうがいいよね」


「気になるのは分かるけど、たぶんミソラたちとは関係がないはずよ。あの人達の技術体系は、なんだかここに展示されているものとは違う気がする。あれはあれで独立しているように思うの」


衣装替え(ドレスアップ)とか、武器とか?」


「ええ。普通なら、誰でも使えるようにデザインされる。ここの展示すべてが、誰でも使えるようにデザインされたものをお披露目しているから。けどあの人達のガジェットは”旅するアイドル”のメンバーそれぞれに個別の調整がされていると思う。きっと、私たちが使おうとしても扱いきれない」


「そっか。なんだか、ミソラらしい気がする。なんとなく」


「あのピーキーさがあの子には合ってたのかもね。普通の、ごくありふれたやり方より、崖際を全力疾走するような状況が」


「……だね」


 物騒な例えをしてしまったからか、ノアはそのまま黙ってしまった。未だに九月のことを引きずっているのだと思う。ミソラはある日、大切なものを奪われてしまった。大切な姉と兄を何者かに誘拐され、二人を見つけ出すために”旅するアイドル”となって、日本の闇に潜むものたちと人知れず立ち向かっている。宗蓮寺グループのツートップがいなくなった背景には、間違いなく巨悪の陰謀が絡んでいる。ハルはそうであると感じ取っていたし、ノアも感じ取っていただろう。それゆえに、ミソラを助けようと動いたのが、花園学園で彼女たちを保護し、ドキュメンタリー番組を通して、日本や世界の人間を巻き込んでミソラの大切なものを取り戻そうと画策した。


 だがその目論見は、ミソラからその行為を否定されるという結末で幕を閉じた。ミソラは誰かに助けてもらおうとはしなかった。大切なものだからこそ、自分の手で見つけだそうとした。それ以前、ミソラは他者というものを信頼していない。いや、できなくなっているのではないかとさえ思う。


「わたしね、思うんだ」


 ノアは椅子の背もたれに寄りかかりテントの天井を眺めて言った。


「〈ハッピーハック〉が解散したあの日から〈エア〉と会えなくなって、それでもこの世界のどこかでミソラが元気にしているならそれでいいって。……なのに、ミソラからまた奪うの? もう、奪わないでほしい」


「……きっと、ミソラ自身も思っていることよ。だからこそ分かっちゃったのよ。自分の身は自分で守るしかなくて、大切な物を取り返すには誰かの力なんて意味ないって。けどそれって、よく考えたら普通のこと。ミソラはずっと、普通のことを堂々と示しているのかもしれない」


 何者にも囚われることなく、柵を打ち崩し、ありのままに素直な自分を表現する。それができる人間は、時代が経つことに減っていった。倫理や道徳の奴隷と化し、周囲の足並みが揃うや共有が一番に掲げている。そんな不自由さを感じて、ハルはかつて一線を走っていたアイドルを辞めた。再び、〈ハッピーハック〉としてアイドルを始め新たな価値観を届けることができると思ったが、結局それを望まない人たちの圧力で瓦解してしまった。


 〈ハッピーハック〉は道半ばにして終わってしまった。それも去年の九月に、徹底的に粉微塵にされた。こちらは三年前の事件で、ミソラに何もしてあげられなかったことの悔恨を、時を経て得た力を駆使して助けるつもりだった。巻き込むなら諸共の覚悟でだ。


「……なんだかズルいわ」


「ズルい?」


「あの子結局、曲もステージだって、自由気ままにやってるじゃない」


 そして立ったステージで必ず事件が起きるというおまけ付きだ。”Traveling!事変”から三ヶ月で表舞台へ再臨し、過去最大級の事件を巻き起こした。”実験都市富良野”で起こった若者の大量死という悲惨な事件を、自分たちは犯人ではなく他の何者かが起こしたことだと声明を出したことも記憶に新しい。そして何よりハルの中で複雑にさせているのが、先月の一件だ。


 京都市内でミソラが警察に逮捕され、ノアに弁護士を呼ぶように頼んできた。結果、ハルたちも縁がある宗蓮寺グループ顧問弁護士の美住を派遣したが、なんとそこで警察官に始末されそうになったという報告がやってきた。”旅するアイドル”の一人である市村アイカの助けがなければ闇に葬られていたとのこと。最終的に美住は無事に帰還し、ハルだけに事の顛末を話した。ミソラから命を守る行動をするようにと用命があったらしい。このことも、ハルは引っかかっていた。


「その癖、自分が捕まったときには平然と私たちに助けを求めてきた。どの面下げてって話よ。アイドル業は囮なんて、前言ってたけど、本業も羨むような場所で歌っておいて何を言ってるのって思うんだけど!」


「……わたしもちょっと思った」


「ね? あの子、私たちのことを甘く見過ぎだと思う。次に助けを求めてきてもあんな直接的なことはしないわ。しびれを切らして泣きはらしたところ、偶然を装った何者かに助けられて、後にそれが私の仕業だって気づいて、大歓喜の大号泣で大嗚咽を漏らせばいいのよ、ああいう恩知らずにはねっ」


「いや、そこまで思ってないよ……ふふ、ハハハっ」


 さすがのノアも引いたようだが、直後に肩を震わせて笑い始めた。どうしたのかと思っていると、ノアが笑いながらこういった。


「ハル、鬱憤溜まりすぎ。……ハルにここまでさせるの、ミソラぐらいだよ……フフ」


 ノアは〈ハッピーハック〉から末っ子のイメージがあったが、今回ばかりは上をいかれたようだ。というより、ハルが子供っぽくなってしまったようだ。頬の熱さを感じながらも、ミソラ談義から始まった愚痴合戦は続いたのだった。





 一休憩を済ませたあとは、とにかく普段入れない場所の元を取ろうと散策を続けた。ハルとノアは外へ出るときはキャップやサングラスといった変装を施す。おかげであの二人だとバレる恐れはないが、都市内でノアのファンらしき人物をよく見かけた。都市内のファンか、外から来たファンかまではわからないが、ノアは嬉しそうにしていた。


 目的は明日のイベントではあるが、場所の関係もあって実際の観客はライブステージと比較しても少ないと予想した。あくまでこのイベントに参加することに意義があるので、客がいなくても今後の心配はないのだが、やはりパフォーマーというのは実際に目の前に観客がいてこそパフォーマンスを発揮する側面があるので、ハルとしても嬉しい限りだった。


 数時間経ってもサイエンスとガジェット方面は、交通規制が敷かれるまでに至ったので、仕方なく宿泊施設へ戻ることを提案した。


「戻ったらレッスン室借りられるかな?」


「ええ。今からでも大丈夫なはずよ。ただ他の人もいると思うけれど」


「それは仕方ないけどさ、やっぱあの三人に会っちゃうかも」


「いいじゃない。かつてのライバルの再会なんだから」


「もはや世界的なアーティストなんだから。アイドルという枠組みを超えた人たちに嫌味なんか言われた暁には……」


 極寒の吹雪に見舞われたかのようにノアが厳しい表情をみせた。Lakersとは色々と因縁のある相手で、当時嫌味を言われた記憶がこびりついているのだろう。実際に話してみると楽しい相手ではある。どうやら若干の人見知りが残っているようだ。


「ドカンと言い返してこそ日本を背負って立つトップアイドルでしょ」


「それやめて。トップなんてまだまだ……あ、みてあれ」


 ノアが急にある方向に指をさし言った。そこには駐車場みたいな広いスペースにいろんな車種が並んでいた。ほとんどが外国の車で、日本ではまだ普及されていない自動運転や安全装置などをアピールしているが、客足は雀の涙ほどしかいなかった。日本で車を買うなら、安価で丈夫、そして安定感のある日本車を選ぶ物がほとんどだ。ノアが興味を示す分野とは思えないが、彼女の興味は普通の車とは違う種類の車にあった。


「これキャンピングカーだ。……ミソラがいつもこれに乗って旅してるんだよね」


「そうね。今じゃすっかりお馴染みに」


「……ちょっとだけ憧れちゃう。これに乗って、旅するの」


 ノアが感傷的な眼差しでキャンピングカーの群れを眺める。ミソラが乗っているのはどれだろうか、と探しているのだろうか。ふと、ノアがこんな事を言いだした。


「もし、もしだよ。〈ハッピーハック〉が今も続いていたら、こういう車に乗って全国回ったりしてたのかな?」


「それは──」


 どうだろうか、とはノアに言えなかった。〈ハッピーハック〉は途中から、動画やテレビに主戦場に移した。そのほうがファンや、ファンではない人にも歌や存在を届けるのに向いていたからだ。一人ひとり訪問してアイドル活動をすることが、〈ハッピーハック〉が最初に掲げた方針であったが、知名度が上がっていくにつれて避けてはならない問題に直面した。


「ううん、いいの。今の時代、そういうのは向いていない。向かなかったって、よく分かってるから」


「……ノア」


「ね、色々見ていこうよ。ここ人少ないし、変装といても大丈夫でしょ?」


 ハルの許可が入る前にノアが変装を解いた。明るい髪色がキャップの中から現れ、鮮烈な輝きを持つ雰囲気の少女。正直、彼女を見逃した元所属事務所は大損を漕いたと思う。明星ノアは当初、人との対話が苦手で好き勝手踊ることが生きがいだったところがある。もしミソラが彼女を説得できていなければ、〈ハッピーハック〉は存在しなかっただろうし、明星ノアが幸せにしてきた人々は、今は不幸せのさなかにいたかもしれない。


 いくら長年、共に同じ住まいで過ごしてきていたとはいえ、時折胸がおかしくなるのではないかと感情が揺さぶられることがある。それが明星ノアという少女が持つ輝きだった。


「やっぱりもとに戻したら? メイク決まってないよ」


「むぅ、いじわる。別にいいですよ、逆にバレないから」


 すねたところも年頃らしい。高校三年生というと大人びた印象を社会人からも抱かれるらしいが、ノアはオンオフが明快なのでどちらの姿も大人びていて子供っぽいのだ。


「逆にハルが解いたら?」


「残念ですが、バッチリメイクしているのでバレる可能性が大なの」


「もう誰も気付かないよ、たぶん……」


 たぶん、と伺いげなのは、先導ハルという人間の影響力を加味しているからだろう。一線を退けたとはいえ、かの宗蓮寺グループに所属する人間だ。その発言や行動に注目するのは当然だった。


「わかった。ちょっとばかりゲームね。”旅するアイドル”と同じ車種を見つけたら、その車を買取るってルールで」


「ちょっとまって、怒ってるなら謝るから!」


 冗談よ、と零したそのとき。自分たち以外の客が横切ったのを気配で感じ取った。ハルたちは反射的にキャップを頭にかぶった。車と車の間は人が二人がギリギリ通れるほどしかなく、必然的に距離が近くなる性質があった。


 客は一人でどうやら女性のようだ。こちらの様子を不審に見やってるようだが、「失礼します」との一言で通り過ぎていった。一安心したのもつかの間、ハルの耳は見逃せない単語を捉えた。


「買い替えの車ですが、さすがに大きすぎると山道や林道の通行が困難になります。オフロード仕様のキャブコンがあればいいのですが、意見を聞かせてください、〈P〉」


「……ピー?」


 思わず振り向いた。過ぎ去った女性の後ろ姿と「ピー」という単語が見事に組み合わさった。暗めの茶髪を一纏めにした長身の女性。先程の「ピー」という人物への会話。頭の中を駆け巡る疑念はその追跡者に自然と足を向けることとなった。徐々に近づき、その女性の腕を掴んだ。

 驚き振り返った眼鏡の女性は、ハルをみて目を大きくした。


「……先導ハルさん!?」


「お久しぶりです、ラムさん。お元気そうでなによりです」


「待って、急に走ったと思ったら……って、もしかしてラムさんですか? お久しぶりですっ」


 花園学園で大変世話になったノアは、何の疑念を抱くことなく挨拶をした。だがハルだけは厳しい表情を崩さずにラムを睨んだ。案の定、ラムはバツが悪そうに目をそらした。そのときだった。


『ふふ、思わぬ再会だったようだなラム。だが遅かれ早かれこういう事態になったさ。──さて、せっかくの再会だ。よければお茶でもいかがね、お嬢さんたち』


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