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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第七章 超消費文明
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実験都市白浜



 ”実験都市白浜”の中央区画にある記念公園で国際シンポジウムのオープニングセレモニーが開幕しようとしていた。来賓として招かれた各国の重鎮たちが連なり、SPなどの警備も各国で連携をとっているらしい。明星ノアと先導ハル、それに州中スミカは明日に開催されるイベント参加者の一人として、関係者席に招かれていた。ノアの他にも各国から集まったパフォーマーが集まっていた。


 豪華絢爛のステージの上で、内閣総理大臣の珠洲沢祝詞(すずさわのりと)が映像にて開幕の出演をあげた。


『──ええ、本日は未来を見せ合う場所として、我が国の都市を選んでくれたことを心より感謝を申し上げます。”実験都市白浜”は設立からちょうど十年が経ちました。各国では技術革新が目まぐるしく、また時代の移り変わりもいままでの歴史にないほどに早いものです。そんななか、我が国は遅れを取っていることも否めることは出来ません』


 総理の言葉のあとに、各国の重鎮たちが装着するイヤホンに翻訳された言葉が届いていると言うのはハルの言葉だ。


『ですが実験都市が我が国の未来を変えてくれました。そしてなにより、技術は競争の場ではなく、人々の暮らしを豊かにするために存在するのだと改めて教えてもらいました。今日ここには、有意義で素晴らしい数々の技術が集まっています。ごく一部ではありますが、それらを体験できる場も設けております。この一幕が、世界中の人々を驚きと感動に満ちることを心より願います』


 そうして総理の映像が途切れた瞬間、凄まじい拍手が襲ってきた。ノアとハルも義務的に叩いていたものの、総理の語る言葉に感銘を受ける部分もあった。


「競争ではなく、人々を豊かにするためかあ。いい言葉だね」


 ノアが心に響いた部分を、ハルが容赦なくこう言った。


「言葉だけは。日本の本音は世界にむけて今まで秘匿してきた技術を見せつけて関心をもたせようと考えている。もちろん、他の国も同様ね。そこに人々の幸せなんていう側面は……まあ、二割程度あればいいと考えているかもだけど、大体は未来に向けての投資の部分が大きいでしょ」


「もう、ハルってば夢のないことを言う」


 ハルらしいと思いつつ、せっかくの感動が台無しだ。


「今日ぐらいは夢を語ってもいいのに……」


「甘いよノア」


 隣に座っていたスミカが言い放った。


「ここには夢なんてない。人間が持つ、普通の欲望がただ渦巻いているだけのイベントだよ。このシンポジウムは特に」


「え、でも未来の技術は人々を幸せにするって」


「本気でそう信じているなら、ここにノアや私が集められた意味を考えたほうがいいよ」


「集められた意味?」


 スミカは別の席の一段に座る各国から集まったパフォーマーを見つめて言った。


「私とノアは、去年の一幕に噛んだ中心人物。で、そのときに信じられないような技術が披露されてたでしょ」


 昨年九月の”Traveling!事変”のことを言っているのだろう。そのときは、ミソラたち”旅するアイドル”にネットの情報を欺瞞する技術によって、彼女たちを花園学園から出さないように画策した。あれも技術革新のひとつではあり、実は一連の事態の説明にあの技術を話したことは一度もない。だが話が見えない。首を傾げていると、スミカは呆れた物言いになった。


「気付かないの? 今回、その技術がお披露目される可能性が高い。で、私達はいわば、その利用者なわけ。きっと倫理的な部分を、日本だけではなくて各国のマスコミから問い詰められる。いわば私達は、生贄みたいなものってこと」


 スミカは信じられないような冷たい目をノアの隣に座るハルへと向けていた。


「別に私はいい。けどノアにそれをやらせるのはどうなの」


「良い考察。そして当たっている部分はあるけれど、その技術ってもう古い遺物なのよ」


「……はい?」


「あれ、二年前には実験的に使われてて、革新的な技術でもなんでもないのよ。ただ大々的に使ったのは私達だし、そのことを問い詰めてくる人はいるかもしれないわね。一人か二人ぐらいは」


「じゃあ、どうして私を呼んだんですか」


「あなたが素晴らしいアイドルだから。それ以外に使う理由がある?」


 スミカは呆気にとられたようで、風船がしぼむように体が縮んでいった。恥ずかしさに悶ているのだろうか。ブツブツとこんなことをつぶやいていた。


「うぅぅ〜〜ちょっと賢くなって勘違いしちゃったよぉ。なによこれ、全然外れてるじゃん……」


 その姿は活動休止前に見せていたスミカの可愛らしい一面で、なんだか懐かしさを感じた。ハルが打算的な理由で人を使うのは、そういったスケープゴートには利用しない。必ず全員が幸せになる道をきっと探しているに違いのだ。ノアにはそれが分かっていた。


「けど油断しないこと。各国のパフォーマーに飲み込まれてちゃ本末転倒なんだから。そこのところは気をつけてね、ふたりとも」


 その言葉が気持ちを新たにさせた。国際シンポジウムが利益優先の政策だろうと、アイドルのやることは変わらないのだから。


 オープニングセレモニーが終わって、スミカと一旦別れた。ハルの言葉に気合が入ったのかもしれない。ノアも戻って練習しようとしたが、ハルがそれを許さなかった。前日からスケジュールを詰め込んでいたのを心配し、リハーサルまでシンポジウムを堪能しないかと誘われた。


「これから活動やライブの演出に使える技術があるかも。トップアイドルなんだからこういうのに無関心でいちゃダメよ」


「無関心なわけないよ。心配してるのはハルのこと。仕事とか平気なの。今回は秘書の人も休みって聞いたよ」


「松倉さんのこと? あの人はここずっと働き詰めだったから休みを与えたの。今回だって私一人の仕事で十分。本番は明日なんだから、今日ぐらいは一緒にいましょうよ」


 「ね?」と見つめられるとこっちが困ってしまう。彼女が持つ太陽のような眩い目には、人々を惹きつけてやまない魔力が秘められているというが、ノアからしてみればただの綺麗な目だ。我儘を言う子供の目だからこそ、逆らうのには抵抗がある。〈ハッピーハック〉では一番年下なのに、いまとなっては年上の二人はやや子供っぽくとらえるようになっていった。


「もう、わかったから。あんまり駄々こねないで」


「ほんと? じゃあどこに行きましょうか。やっぱハリウッドの撮影技術か、フランスの光学迷彩機能の方が見応えあるかしら」


「どっちでもいいから早く行こうよ」


 ノアはハルの服の袖を引っ張りながら、久々の二人きりの時間を満喫できることに喜びを感じていた。

 欲を言えば、もうひとりここにいたらよかったのにとも思ってしまう。

 年始めに大きな事件を起こした大切な友人は、いまはどこで何をしているのだろうか。



 ”実験都市白浜”は階層ごとにエリアが別れている。下階層、中階層、上階層という形になっており、下階層は住居と生活の区画。中階層は企業や研究機関のための施設が占めており、上階層は行政機関やVIPのための宿泊施設が揃っている。


 シンポジウムが行われているのは主に中階層で、海外からやってきた参加者もそこに集っているらしい。ノアたちは上層の記念公園からリフトで下におりていった。


 西と東に出入りのためのルートがあり、業者や都市から出入りする住人はそこからしか出入りができない。交通網も乗用車やバス以外になく、今回のシンポジウムのために海外からやってきたVIPたちも例外なくそこから都市入りしている。門以外の場所は砦を思わせる白い外壁が周囲を囲っており、侵入者を阻む造りになっていた。セキュリティも万全で、都市の監視カメラが住人やゲスト客をAIが瞬時に判別するので、たとえ中に入れたとしても警備局がすぐに駆けつけてくる。また無断で侵入したものには重い刑罰が下るらしく、”実験都市白浜”のセキュリティは日本が世界に誇れるものとしてアピールしている。シンポジウムを開催できたのは、ひとえにセキュリティ面が万全だからだろう。


「セキュリティ凄いのは分かったけど、なんだか休まらない気がする。いまも監視されてるんだよね」


 リフトの天井から端まで付いている監視カメラをみてノアが不安そうにこぼした。AIが監視しているとのことだが、その気になれば人が入手することができるのではないか。ミソラに同じようなことをした手前、そんな気持ちになるのは不謹慎ではあるが、気が立ってしまうのは本当の気持ちだ。


「安全は管理から。この都市の犯罪発生率知ってる?」


「ううん」


「0.00032%。これは昨年一年間のことで、年々下降傾向にある。この都市の人口が250万人だから、約87人の人しか罪を犯していないという計算になる。内容も軽犯罪しかなかったみたい」


「……それ、多いのか少ないのかわからない」


「いいたいこと分かるけど、ノアは人の善性期待しすぎ。暴力沙汰が起こってないのがこの都市の凄いところなんだから」


 別に性善説を持っているわけではない。ここまでセキュリティ部分がよく出来ていても犯罪に走る者はいるという事実が悲しく感じた。いや、この考えが贅沢で現実味のないものなのだろう。総じて先端を進んでいる場所というのは分かった気がする。


「──本当に凄いのか怪しいと思うけどね」


 ノアとハル以外に割り込む声があった。二人が座っていたリフトの背後からで、老年の女性がこちらを見ていた。


「お嬢さんたち、外から来たのでしょ? 確かに去年まではこれといった大きな事件はなかったけど、住んでいるものだからこそ違和感に気づいちゃうの。今年から、いや昨年末あたりからきな臭い雰囲気があるわ」


「きな臭い、ですか?」


 ハルが尋ねると老婆が眉をひそめて言った。


「うちのマンションで三件ぐらい救急車が出動したのよ。わざわざ部屋から救急車までブルーシート引くまでの徹底ぶりでのぅ。これが犯罪が起こる街の一幕とは思えんのさあ」


「それはまるで……事件が起きたときの初期対応。警察の方は来ていなかったのですか?」


「詳しいことは分からん。だがこういった事態が何軒も続くと不安になるもの。お主たちもゆめゆめ気をつけることじゃ。特に浮かれた状況じゃ、犯罪発生率など宛に出来ないのでな」


 ちょうどリフトが中階層で降りるアナウンスがやってきた。リフトが止まったところで、ハルが立ち上がった。その際、ハルは老婆にこう言い残した。


「ご忠告感謝します。住人からの実感は観光客にはわからないことがありますから、とても参考になりました。一層気を引き締めたいところですが、こっちもお客さんを浮かれさせるお仕事をしているものでして、よかったら明日の昼にイベントが行われるので是非」


 リフト内によく響く声に、さすがの老婆も驚いていた。ハルに続く形でノアはリフトを降りていった。こういった感じは〈ハッピーハック〉時代の活動を否応なく想起させた。リフトを見送ったあと、ハルは窮屈な箱から出たかのように全身を気持ちよさそうに伸ばした。


「物騒な世の中のは今更。だからなおさら、まずは目の前の人から幸せにってね」


 ハルのその佇まいから懐かしいあのあの言葉が浮かび上がってきた。


「──みんなを幸せにする準備はできてるか。もちろんだよ、ハル」


 ノアは変わらない。この世界に生きている全員を幸せにできるのなら、誠心誠意尽くすつもりだ。

 それはある種の呪いであることを彼女自身わかっていながら、明星ノアは止まることの許されない螺旋へと三年前のあの日に飛び込んだのだから。



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