表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第六章 譲葉の狭間
205/288

激戦 / 抱擁



 静まり返った深夜の公園でバイクのエンジンを吹かす警察(ユズリハ)と、拳銃を向けている警察同士がにらみ合っている。新たな武器を獲得したはいいが、ユズリハはこのバイクがどのような機能を持っているのか分かっていない。それに拳銃を持っている警察官からしてみれば、ただバイクに乗っただけの女でしかない。ゆえに先に動いたのは十人の警察のほうだった。


「先にこの女を殺る。あまり騒ぎ立てるなよ。ご近所様の迷惑になるからな」


 ミソラいわく、エセ京都弁の刑事がそう口にすると、警察官たちは一斉に銃口をユズリハに向けた。瞬間、バイクは一人でに動き始めた。

 車体が斜めへと傾く。ウィリーしたような形から、後輪の動きで車体が刑事たちがいる方向へ旋回した。そこから、バイクは信じられない挙動をはじめた。


 蝶が羽を広げるかのように***が縦に真っ二つに割れた。ちょうどミソラたちが倒れている場所までカバーできる範囲にあった。


「盾に変形した……?」


 しかしいくら大型バイクを真っ二つに開いたとしてもせいぜい直径二メートル。しかも内部構造はバイクの動力機関がむき出しになっており、防御できたとしても機能が低下するはずだ。しかしユズリハの懸念とは裏腹に、このバイクは”盾”にふさわしい能力を発揮した。


 銃弾が火を吹く。今度はユズリハのみに照準を定めていたが、盾へと形を変えたバイクによって防がれてしまった。しかし車体に一切傷はない。弾丸のほうが力負けしたのか、捻れた状態でコンクリート床へと落ちていった。


 バイクの盾は想像以上に頑丈だった。いや、盾だったものがバイクとしての機能を付加させたに過ぎないのだろう。ユズリハはそんな印象を抱いた。ふと刑事の一人が左右へ散らばっていくの様子を視界に捉えた。


「ますい、左右のカバーまでは」


『抗戦モードへ移行しますか?』


「じゃあそれで……あ、待って、殺すのは駄目!」


『修正。パラライズモードへ移行。トリガーによる射出をお願いします』


 バイクが更に形を変える。左右から細い砲身がむき出しになった。それだけではない。ユズリハの目には、左右へ動いた男たちの姿を確かに捉えていた。人間は基本的に一方向しか視界が動かない。特に左右の対象物を捉えるには両目を外側へ動かす必要があるが、人間にそんな器用な機能はない。ではなにがユズリハに起きているのか。


「……見える。視界から外れても、相手の姿を。撃つべき相手を──同時にっ」


 ユズリハ自身は気づいていないが、彼女の目元は四角い光に覆われていた。また照準カーソルがせわしなく動いており、対象を撃つべきタイミングをバイクのシステムが図っている。男たちはミソラと美住を狙いすましている。焦りと緊張。しかしここぞというとき、ユズリハの思考は静かにそのときを待った。


 カーソルが同時に合う。ユズリハはハンドルから出てきた引き金を絞った。

 青白い光がほとばしる。真夜中を一閃し、二人の男へ命中。その場で崩れ落ちた。


 パラライズはユキナやアイカが使用するスタン系統の武器だったらしい。死ぬことはないだろう。しかも「殺すのは駄目」と言った瞬間にモードを変えたということは、殺傷能力の高い機能まで搭載していると明かしている。後で詳細を〈P〉に聞くとして、いまはありがたく技術の恩恵に与るとしよう。

 続けて”パラライズモード”で他を圧倒しようとしたとき、システム音声が言った。


『警告。エネルギー消費過多。あと三十秒でシャットダウンします』


 使用してまだ数分も経っていない。ここへ来る途中の移動もあるが、だとしたら燃費が悪い機体だ。盾への変形、パラライズ照射に複数箇所を補足する機能をただ一台のバイクに収めるのは詰め込みすぎたのだろうか。ユズリハは背後を一瞥した。ミソラは足の怪我、アイカは銃弾を浴びている。美住はこんな状況でもアイカの治療を行っていた。自らのシャツを被弾箇所を締め付けている。アイカの指示もあると思うが、手早い動きはさすが元使用人といったところか。


 彼女たちを傷つけずに済ますにはどうすればいい。バイクの盾はもうすぐ消える。残り二〇秒ほど。あと八人ほど戦闘不能状態にするには。ふとユズリハは胸の内の感触に気づいた。怪我などもあって感覚を放置していたが、この胸に切り抜ける方法がある。ユズリハは自分の考えをバイクに告げた。


「このままバイクを上空へ飛ばすことは可能?」


『可能。しかし残りのエネルギーを──』


「構わない。やって」


 ユズリハの指示通り、盾の形態からバイクの形態へと戻っていく。しかし傾斜は残ったまま、後輪だけが目まぐるしい音を捧げている。僅かだが地面から離れているらしく、まるでロケットの発射を予期させた。イメージ通りの光景だった。ユズリハは左胸のポケットから拳銃を取り出した。


『発射します』


 瞬間、バネに乗ったかのようにユズリハは上空への圧力を感じていった。左手でグリップを握り、痛む足を耐えながらも飛ばされないようにしがみつく。あとは跳躍した距離から、こちらの照準を計算する。


 スライド。弾丸が装填される。目下を仰ぐ。およそ五メートルほど。十分だ。落下を始める前に、ユズリハは三発発射した。一人、二人が腕や肩に銃弾を食らう。落下のさなかにもう一度引き金を絞る。それぞれ足と手に被弾確認。男たちの激昂でこちらに銃口を向いてきた。ここでバイクが二人の男に向かって落下してきた。男たちは逃げるものの車体に直撃し撃沈。これであと二人。


 落下の衝撃を自ら転がって受け流す。敵の位置は把握済みだ。残り二人にめがけて三点バーストを決めた。うめき声と倒れる二つの音で、ユズリハの一か八かの好転は終わった、かに思えた。


「まだだっ!」


 アイカの叫び声が聞こえた瞬間には、ユズリハは腹部に鋭い痛みが走った。地面の上を転がっていく。いいところに入ったようで、呼吸が一瞬できなくなってしまった。立ち上がろうとするとも、上からの衝撃で地面へ叩きつけられた。男の声がした。


「くそっ、こんな女に、いいようにしてやられるなんてなあ!」


 くそ、くそ、くそ、と呪詛のように吐き捨てながら、何度も上から蹴られていく。痛みで思考ができない。背中の骨や筋肉が悲鳴を上げていく。もう立ち上がることもできない。誰かの叫びを聞いた。もう声の判別までできないほど、意識が遠ざかってきた。ただ最後に聞いた声がエセ京都弁の刑事だったことは判別した。カチリと確実に終わらせようとする音も鳴らした。


「じゃあな」


 ユズリハはぎゅっと目を閉じてその時を待った。数秒経って緊張がほどける。まだ生きている。バイクが助けてくれたのだろうか。目を開けると、男は苦悶の表情でのたうち回っていた。手のひらをかばうようにして、明後日の方向を見つめていた。


「なに、が」


「──私の好きな人を助けに来たの。当たり前じゃない」


 この場に似つかわしくない陽気な声が、ゆっくりと近づいてきた。街頭が照らすのは赤みがかった髪色の長身。気まぐれで子供っぽく、でもどこか一本筋が見えるような不思議な同い年の女性だった。


「よく頑張ったねユズリハちゃん。とってもかっこよかったわ!」


「……ヒトミさん」


 彼女の手に持っているムチが発砲寸前のエセ京都弁の腕を叩きつけたのだろう。地面には拳銃が転がっていた。男がこれを握ることは金輪際ないだろう。なぜならユズリハの目に映る大空ヒトミは、今まで垣間見たことない様子だったからだ。


「またしても、こんな女ごときに」


「あなた、女の子に手を上げてきた人よね。私には分かる」


 いるだけで喧しく、いるだけで気分を乗せられる人柄の彼女から、こんなにも徹底した侮蔑と嫌悪を浮かべることがあるのだろうか。そう感じたのはユズリハだけではないだろう。


「自分が上位に属するという驕りから? それとも画面上の汚い文字を見て触発でもされたとか。ま、理由はどっちでもいいや。大したことじゃないし。ただね」


 ヒトミは手に持っていたムチを捨てた。男のしたり顔が浮かんだ。武器がないなら制圧できると踏んだのだろう。だがヒトミの凄みは尋常ではなかった。


「──私のユズリハちゃんにひどいことした報いは受けてもらうから」


 それからヒトミの行動ははやかった。男に迫ったかと思いきや、その股間めがけて右膝蹴りを食らわせた。今まで聞いたことのない人間の声が男から漏れた。股間を抱えてうずくまり、魚が陸に上がったように震えていた。公園に倒れている警察官たちは、ようやく止まってくれたようだ。エセ京都弁の彼を含め、急いで病院へ搬送する必要はあるが、命に別状はないだろう。

 ユズリハは状態を起こそうとしたが仰向けになるのが精一杯だった。こちらにやってくるヒトミをみて、不服そうに言った。


「あなたのものに、なったつもりはないのですが……」


「ええーひどいよ、せっかく格好いいとこ見せたのに」


 あれを格好いいと思っているならどうかしている。ともあれ、全て終わったとみていいだろう。ヒトミが来なかったら死んでいたかもしれない。気が抜けたところで、ユズリハはつい口にした。


「……ありがと、ヒトミさん」

「……………………………………」


 あまり気は進まないが、ここで礼の一つも言えないようでは人間として善くない。ヒトミはなにかとちょっかいを掛けてくるのもあって(あと夏のアレとか)、あまり関わりたくないタイプの人間だった。”旅するアイドル”の一員でもあるので、確保作戦になんの感情もわかなかったが、そのせいでヒトミに気付かれてしまった節がある。これからはもう少し優しくして、警戒度を和らいでもらうよう関わりを持とう。そう思っていたときだった。


「……ユズリハちゃん」

「はい」


 何気なく返事をして、ふとヒトミの様子がおかしいことに気づいた。足元がおぼつかない様子で一歩ずつ近づいていく。呼吸が乱れているのは気の所為だろうか。ふと周囲を確かめてみるも、刑事たちが何かを起こした様子はないので安心した。ではこの異様な様子はなんだろう。


「いま、すっごくキタ。やばい、ユズリハちゃん、まじデレ。この破壊力、もう──辛抱たまらーん!!」


 きれいな放物線を描き、ヒトミはユズリハの元へダイブした。月夜に照らされた彼女が偉業の生命体に映り、今日一番の恐怖を更新した。それからユズリハを押し倒す形になったヒトミが祝詞のように叫んだ。


「ユズリハちゃん、ユズリハちゃん、ユズリハちゃ〜ん!!」

「な、な、な、なんですかいきなり……!?」

「したい。ここでユズリハちゃんと」

「正気ですかこんなときに! ミソラさん、アイカさん、ちょっとこれまずいですって。私、ヒトミさんに……」


 助けを求めようとしたが二人の反応は辛辣なものだった。


「……止めたら面倒そうだから、自分でなんとかしなさい」

「右に同じく」

「二人は仲良しなんですね。ふふ、微笑ましいです」


 ついでにピントのずれたことを美住が言った。彼女からも助けはなさそうだ。すっかり興奮しきったヒトミが下唇を濡らした。この女、本気だ。自分の欲に正直すぎやしないか。

 ここで記憶の蓋がまたもや開いた。去年の夏、車の中でのアレを。


「むぎゅ〜」


 ヒトミはユズリハを抱きしめた。お気に入りのぬいぐるみみたいな遠慮のない抱擁だ。


 ここで忘れてはならない。つい数分前まで激しい戦闘を繰り広げていたユズリハの肉体が限界という限界を迎えており、ちょっと触れただけでも激痛が走る状態であることを。


 今度は女の悲鳴が京都の町に響き渡った。偶然、この不可解な音を聞いていたものの投稿が一時期話題になったが、すぐ時節の本流に飲まれて都市伝説の類へ消化されるのだった。


 こうして京都で起こった騒ぎは、”旅するアイドル”の逮捕以上のことは裏でなかったことになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ