表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第六章 譲葉の狭間
200/288

上へ


 夜中の京都警察署本部前が見えるところの前で立ち止まり、これからどう中に入り収集をつとめるか。ミソラとアイカを死なせず、どう外へ連れ出すか。本部には総理の息がかかった公安が待ち構えているはずだ。彼らを撃退するとなれば、ユズリハもただではすまないだろう。懲戒免職ではなく、今後の人生に影響を及ぼす。


 それでいいのか、と自問は止まらない。答えなんて見つかるわけがない。しかし命を見過ごすことは出来ない。富良野で巻き起こった凄惨な事件は、ユズリハのなかで結び目を更に縛ることとなったのだから。


 真正面から入るのが同じ警察として最も正攻法に近い。警察手帳をちらつかせ、自身が公安であると身元を明かせばいいのだから。逆に裏口侵入した場合、敵は確実に動く。先程のVR空間でのやり取りだけではユズリハの真意が漏れること無いはずだ。ユズリハは正面から京都警察署本部の中へと入ることにした。


 警察署本部となると、入口の前に警官が二人待ち構えていた。スーツ姿ではなくラフな格好を怪しまれたのか、警官二人がユズリハに向かってきた。すかさず警察手帳を取り出して名乗りあげることにした。


「警察庁公安局、水野ユズリハです。こちらに要被疑者がいると聞き及んでいますが」

「い、いえ、そういったことは何も。何らかの手違いだと思いますけどね、はい……」

「ど、どうぞ中にっ」

「ありがとうございます」


 二人の間を抜け、冷えた肌に暖かな空気が包み込んできた。取調室か留置所かを判断するには受付に内部の情報を尋ねる必要があるだろう。今の警察署本部は、警察官を取りまとめるいわば警察庁の役割に近い。よっぽどの事情がない限り、一般人が立ち入る場所ではない。故に、重大な犯罪者や被疑者を捕らえたときには、警備の厳しいこの場所へと連れてこられるのが通例になっていた。


 だからこそ、中に入ってその違和感に気づいた。受付に人がいなかった。いくら警察やそれに親しい立場の人間が入るとはいえ、全く人がいないということはありえない。ユズリハは背後を振り替えようとして、息を呑んだ。先程の二人の警官がユズリハに向き合い、警棒を構えていた。


「……どういうつもりですか」


 ユズリハの問に答える前に、警官の一人が無線を使って言った。


「重要被疑者、正面玄関口から来ましたっ──はい、確保しますっ」


 なんと、ユズリハが入り込むことを予期していたらしい。上は完全にユズリハを的とみなしたと捉えるべきだろう。ならばこちらの行動も取りやすくなるものだ。


「あなた達、この中で何が行われているか知ってる? 悪いことは言わない。自分の身が惜しいと思うなら、今すぐここから手を引きなさい」


「こいつ、何を言って……」


「耳を貸すな。こいつは立場を利用して容疑者を解き放とうとしているに違いない。狭間部長が言ってただろ」


「そうだったな。……挟んでいくぞ。たとえ刑事でも相手は女──」


 と、男たちが無駄話をしている途中にユズリハは二人の間へ突っ走り、それぞれに足払いをかけた。砂を掬うように足が上がった二人の胸ぐらをつかみ、地面へ叩きつけた。うめき声を上げ、しばらくは息がつらい状態続くだろう。


「これ、借りる」


 ユズリハは二つの警棒を抜き取り警官から去っていった。エレベーターに乗れば着いた瞬間からの襲撃が考えられる。ならば進むべき道は一階の奥にある非常階段しかなかった。ここでも襲撃があるとみていいが、ある程度こちらの自由が利く。



 ──どこまで持つか。


 一人で練度の高い刑事相手に太刀打ちできるだろうか。正直に言って不可能だ。だがやるしかない。やるからには全力で体を動かし、思考し、運を天命に任せる他ない。


 薄暗い非常階段は物静かで人がいる気配はない。相手がどのような武器を使うのかも想定し、迅速に階段をあがっていった。署内の警察官全員が敵だ。考えたくないが、ユズリハの命を奪ってくるとみていい。こちらも命を奪うまではしないが、手痛い一撃を加える必要があるだろう。


 二階に上がり、廊下に続く鉄扉に耳を澄ませた。何やら慌ただしい雑音が聞こえてくる。ここに入るのはリスクがある。すかさず三階へ向かった。次の瞬間だった。上から声がやってきた。ユズリハは階段の踊り場下に身を隠し、声を聞い

た。


「はぁ、マジでどうなってんだよ、これは。”旅するアイドル”って、こんなヤバい連中だったのかよ」


「愚痴るな。国家を騒がせた連中だ。小癪なことに弁護士まで呼んでいる。ただの犯罪者ではなく、いずれ国や国民を揺るがすだけの大罪人になるぞ、あれは」


「特にあの市村創平の娘でしたっけ。警官の銃を奪って次々と襲いかかってるってマジですかい。他の署も応援に来てほしいっすよ」


「捕まえたら出世の事例も検討らしい。京都府警様々だ」


 刑事たちは三階の扉の向こうへと消えていった。まずアイカが逃亡していることにも愕然としたその彼女を捕えることに出世という餌をちらつかせていることに信じられない思いになった。


「そこまでやる気を出させるなんて、どうしてそこまで……」


 と、口に出た言葉にユズリハは首を振って否定した。これでは彼女たち”旅するアイドル”側を擁護しかねない。彼女たちは危険分子なことに変わりはない。捕えるのは警察としての責務であり、犯罪者に裁きを加えるのは司法の役目だ。だからこそ、この秩序を維持するために、たとえ体制側であっても──いや、だからこそ止めなければならない。


 アイカが逃げ惑っているならそう簡単にはやられないだろう。だがミソラは戦うすべを持たない。あのシューズを身に着けていたとしても、あくまで緊急脱出用の装置でしかない。優先的に保護するならミソラが先だ。


 三階を超え、四階、五階と上がっていく。構造はどこにでもある普通の警察署だと分かったので、留置所と取調室の宛がついた。五階と六階を散策するべきだと判断し、意を決して五階の扉を開けた。


 ちょうどこちらをみやったスーツ姿の男と目があってしまった。ユズリハはすぐさま扉を締め、上の階へと駆け上がっていった。六階へ入るのはリスクがあると判断し、ユズリハは七階へと足を運んだ。刑事の殆どが六階へと入り、あとは二人ぐらいが上に上がっていっただけなのを確認し、ユズリハは七階の男性トイレへと身を潜めた。


「……やはり六階でしたか」


 追っ手がほとんど六階に集まったことが何よりあの証だ。あそこが留置所、もとい取調室のあるフロアだろう。今あそこに人員が集まっている以上、警戒度は高く、隠蔽工作もやりやすくなるだろう。

 やはり一人では達成できそうにはなさそうだ。一旦、退却することも視野に入れるか。いや、ここで引けば、二人の生存確率は0に近くなってしまう。一旦戻って、ヒトミたちの協力を仰ぐべきか。


「それこそ悠長ですね」


 今戻ろうとしても、入り口や周囲には警官の目が張り巡らされている。こちらが動けば、あちらは警察の威信にかけてユズリハを捕まえるに違いない。もしかしたら自分自身も抹殺の対象になっている可能性も否めず、何かをしようとすればするほど相手の手のひらで踊らされているような気がした。今こうして隠れ潜んでいることも、相手の思惑通りの可能性も否めない。


「あの人の裏をかくにはどうする」


 この陣地の引き方は左文字京太郎の指揮に依るものだろう。公安になりたての頃に初めて行った任務で、反社会的思想を持つ団体の一声摘発に加わったときに左文字の手腕が世間的に評価されたことがある。被害を最小限に抑え、二次被害が発生しないように対策を取り、トップの座にいながら現場にも指揮を出す。そういったことから、彼は若い国民から強い支持を受けていた。


 ユズリハも彼に憧れている。それも当然だ。返しきれない恩が左文字にはあった。あの・・・ユズリハを救ってくれたこと、警察への道を示そうとしたのも彼だった。こうして直属の部下となってから、なおさら憧れは強まっている。その後姿を追って、いまのユズリハは形つくられていた。


「……左文字局長は本当にミソラさんたちを……」


 その事実が信じられない。彼はどんな犯罪者であろうと、極端な行為に走らせることを許さない。一番共感した部分がそれだ。


 ──君は、本当に優しい人間だ。きっと警察として、ほんとうの意味で人に寄り添えるようになれる。


 いつだったか憶えていないが、左文字からこの言葉をもらったとき己の軸が固まった。ほんとうの意味で人に寄り添う。形だけではなく、相手の身になって話を聞き、事件へ対応していくこの姿勢こそ、ユズリハが目指したい警察の形なのだから。

 ましてや不都合な事を闇に葬り去ろうとして、警察の力を行使するなんてあってはならない。

 トイレを出ようとしたそのときだった。


「見つけたぞ!」


 廊下の奥から熱い声がした。視線をだけを向けると、刑事らしき人物が向かってきていた。すぐさまに非常階段への扉に入った。


「動くな……なら、まだ何も知らない」


 上の命令で動かずにはいられない人間とはなるべく手荒な真似をしたくない。誰が敵でそうでないかを見極めるのも大変そうだ。


「おいっ、こっちで見つけた。応援頼む!」


 仲間を呼びつけてくるのは厄介だ。おそらく五階にも待ち構えているに違いない。ユズリハは四階まで駆け降りてその中に入った。 


「思っていたより、おとなしい人が多い」


 ユズリハの想定している”敵”は、出会い頭に拳銃を向ける輩のことだった。しかし本部の刑事は良くも悪くも模範的な者がほとんどのようだ。ユズリハはこの状況に応じて、留置所ないしは取調室への直行を試みようと考えた。


「大胆に……行ったほうがいいか」


 ここでユズリハは四階の扉を開けた。無機質な廊下に警官が数人いたものの、こちらに気づく気配はなかった。


「少し複雑だけど……ここが使い所」


 ユズリハは左腕に装着した腕輪をみた。この装置の存在は、もはや”旅するアイドル”には欠かせないものとなっていた。初めて使用したときの驚きが懐かしいほどだ。


 無機質な白いバンドの上にガラスのような色合いの球体が乗っかっていた。一時期離れていたとき〈P〉から返還を求められたこの装置は、相当な機密事項だと踏んだ。”旅するアイドル”の確保を完了したら装置を調べてもらう算段だった。その機会はもうないかもしれない。


 もう片方の手で球体に触れる。球体の表面に”Stage”と白い文字に黄緑の背景が浮かんだ。これは名の通り、ステージ上でパフォーマすするときの衣装へ着替える──というより全身をホログラムで覆う機能になっている。これを球体を回すことで他の衣装を衣装替えができるという寸法だ。ユズリハは球体を二回転させ、”Misson”の白い文字と警察のカラー紺色の背景になったところで球体を上から押し込んだ。瞬間、球体の中が目まぐるしく回転をはじめ、全身が淡い光で包まれた。


 そのあとはほんの数秒にも満たない”変身”が起こった。頭には警官帽、首から下が女性用の警官服へと様変わりした。まるで先程まで着ていた服の感覚は残っているが、警官服に身を包んだことで装着感まで変わったようだった。ただし気をつけるべき点は、時間制限があることだ。三〇分保てばいいほうだと〈P〉は語っていた。


 ユズリハはすぐに歩いている警官の一人に接近した。生活安全課の警察官は制服着用しているものが多い。スーツでは格好つけすぎるからだろうか。この辺の事情はユズリハもよく知らない。


「おつかれさまです。嫌になっちゃいますよね、この状況」


 ユズリハの声に警官が振り返った。彼はユズリハを見定めたようだが、すぐ当たり前の対応を始めた。


「おつかれ。君、別の署から来たのかい?」


「ええ。古い資料を取り寄せたいとのことで先輩に連れられてきたんです。けど、肝心の先輩から待機を命じられて、そのあとにこれですから」


「ああ。参ったよね。……今日の昼頃に凶悪犯罪者が捕まったとの噂だ。本部が厳戒態勢を取るのは珍しいんだ」


「そうなんですねえ。刑事さんたちが慌ただしかったのもそれが理由でしょうか」


「さあな。生活安全課には遠い出来事の話を聞いているようにしか思えないよ」


「ああ、わかります。なんか実感薄いですよね」


 相手が比較的若い警察官の様子なので、同年代らしい振る舞いをしてみせたが、どうやらユズリハよりは少し年下の警官らしい。

 周囲は生活安全課と交通安全課のフロアらしく、大人しめの雰囲気が伝わってきた。刑事課より風通りが良さそうなのはどの署でも同じみたいだ。ユズリハは本題を彼に投げかけてみた。


「五階あたりに人が集まっているみたいですけど、もしかして刑事課だったりします?」


「そうだよ。ついでに取調室も同じ場所にある。だからだろうなあ。一課や二課がピリついてんの。進展してないからってこっちに八つ当たりしないでほしいなあ」


「ああ、確かにそうですねえ」


 取調室の場所は確定した。そこまでいくのに骨が折れそうだが、この様子ならどうにかなりそうだ。ユズリハは親切に話してくれた警官に礼を言い、そのままエレベーターへと向かった。どうやら警官もエレベーターに鉢合わせるらしい。警官は四階、ユズリハは五階へは直接向かわず、エレベーター内で一人になったところを見計らって向かうと決めた。


 警官とは別れたところで、一旦三階へ降りる。手持ち無沙汰になるのも怪しまれてしまう恐れがあるので、上りのエレベーターを待つまでに端末を使って時間をつぶす。エアディスプレイに”通話”の表示が誰からでも分かるようになっており、ハンドフリー通話が盛んになった頃の独り言状態を解消できる機能らしい。周りの目が気になる人には格好の機能らしいが、ユズリハはどうでもいいではないかと感じている一人だった。ただ通話中だと周囲に知らしめることで不必要な干渉を防げるのは好都合だ。


 中に入ったところで五階のボタンを押す。エレベーターの中で覚悟を決める。このあと、同胞と戦うことがあるかもしれないと。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ