狭間で憂う
明星ノアはレッスン中も気が気でなかった。あんな別れをしたのに、ミソラは「またね」と晴れやかにいってくれた。昨年の十二月に”旅するアイドル”が再び活動を開始したときは未だに複雑な心境が拭えなかったが、彼女が元気でいるならそれはなによりだと思っている。しかし今回ばかりは表情に陰りが見えていた。
「……ミソラ、警察に捕まっちゃったんだ」
ノアは半日前に届いたメッセージを見て驚愕した。メッセージにはこんなことが書いてあった。
”急に連絡してごめんなさい。緊急の用事がある。いまからハルに連絡して、宗蓮寺グループの顧問弁護士を位置情報の場所へ迎えるように行ってほしい。詳しくは言えないけれど、私は心配ないから、ノアも心配しないで。──活動、再開したようで嬉しいわ。頑張ってね。 宗蓮寺ミソラ”
久々にミソラのメッセージが来て舞い上がりそうだったが、内容は不穏極まりないものだった。すぐさまハルに一報を入れた。こういうときはハルの判断に任せたほうがいいと思ったからだ。そしてメッセージが届いて数時間後、ニュース速報で京都市内で宗蓮寺ミソラと市村アイカが逮捕されたことが報じられた。どんな罪状で捕まったのか詳しいことは明らかになっていないが、後日記者会見を開き逮捕の裏側を話すと京都府警がそう言ったらしい。
レッスンの休憩中に暇さえあればネットでミソラや”旅するアイドル”の書き込みを眺めて、嫌な気持ちになっていた。やはりと言うべきか、彼女たちに対する当たりは強く、”逮捕されて当然”、”清々した”という声が多かったからだ。
「……嫌な感じ」
「笑顔が足りないよ、ノア。またエゴサして撃沈してんの?」
声がして顔を上げると、アッシュブロンドのボブカットがこちらを見下ろしていた。同じ芸能事務所に所属しているアイドルで、戦友の洲仲スミカがいた。
「別にエゴサはしてない。ニュースをみてただけ」
「このタイミングのニュースなら、あれしかないじゃん」
スミカは隣りに座って画面を覗き込んだ。彼女も複雑そうに一連の書き込みを見ている。その様子にノアも気が気でなかった。スミカにも芸能活動に支障が出てしまうほど迷惑をかけてしまった。
明星ノアは世間で”Traveling!事変”と呼ばれる事件の責任を取るため、しばらくの活動休止を余儀なくされた。もちろんやったことに後悔はない。ミソラから危険を遠ざけるために必要なことだと思い実行したことだ。申し訳ないのは、一連の出来事に巻き込んでしまったハルやスミカの活動に支障が出たことだろう。特に州中スミカはスランプに陥っているらしく、最近の露出も減ってしまっている。
十二月に活動再開したものの、以前のような闊達な活動はできない空気感が漂っていた。世間は来たる未来の技術やメディアリテラリーや人間的道徳というものに意見を交え、不幸せな論調に揺らいでいるからだ。ノアはハルからもらった最新端末でホログラムディスプレイを出現させた。
いくつかのタブに、裏アカウントでフォローしているファンの投稿が表示されており、アイドルなどの娯楽から日常生活などまでノアは目に通していた。ファンたちに共通していることは、不満や不安が当たり前のように横行していることに加え、一ヶ月前の富良野の事件を発端とする”旅するアイドル”への批判が集まっている。富良野の件で、大量の若者が命を落とした。理由は明らかになっておらず、警察は当初、”旅するアイドル”の関与を疑っていたが、彼女たちが久々に姿を表しMVを持って身の潔白を証明した。にもかかわらず、この論調が崩れないのはどうしてだろうか。
「スミカ、少し聞いていい?」
「なに?」
「いまの”旅するアイドル”についてどう思ってるの?」
正直、スミカに対してこの質問をぶつけるのは酷だと感じた。”旅するアイドル”のメンバーには、スミカと深い因縁のある少女を想起させてしまう。なにより花園学園のあと、スミカの様子は一変した。可愛さ満開の仕草を見せることなく、急に活動休止を宣言したからだ。
「どうって言われても……さっき逮捕された」
「まあ、そうなんだけど、聞きたいのはそういうことじゃなくて。スミカが花園学園の件の後に活動休止したのは、絶対に私のせいだって思ってた。けど時間が経って、多分だけど違う気がした」
スミカには”Traveling!事変”のあと巻き込んでしまったことの謝罪をし続けた。もちろん彼女も納得して事態に加わっていたことも知っている。それでも彼女にアイドル活動を断念させてしまったのはノアの責任に他ならなかった。下手すればアイドル活動そのものをやめてしまう恐れがあったが、スミカは毎週のようにレッスンは続け、最近は新曲のレコーディングを済ませ、活動自体はやめていない。だがテレビや動画配信などに顔を出さず、ひたすらレッスンと曲を仕上げることばかりなのが気がかりだった。表に出ないのはなぜだろうか。その理由が”旅するアイドル”──ひいては市村アイカにあるかもしれないとノアの中で疑念が芽生えていった。
「市村アイカさんと関係あるの?」
「……そうかも」
脱力したようにスミカが言った。たった一言で、アイカに対する情念が伝わってきた。
「そう簡単に原因を押し付けられたら楽だったのかな。アイカちゃんが全て悪いんだって」
スミカはエアディスプレイのある項目を見据えながら、膝を抱えながら切なげな様子で語った。
「私はまだ、何も知らなかった。アイカちゃんを知った気になって、あの子の心のうちにあるものを見て見ぬ振りをしちゃった。……誰が正しいとか悪いとかじゃなくて、私の受け止め方に問題があるみたいな感じかな」
ノアもその項目を見た。あるネットニュースサイトの記事で、表題には”テロリストの娘、父の故郷にて逮捕。父との思い出巡りに殺した者の姿は浮かび上がるのか”という見るだけで頭が熱くなりそうな煽り文だった。逮捕に対しての脈絡もなく、ただ被害者を晒し者にしようとする魂胆が見えて不快だった。そのタブをすぐに消して、スミカを見やる。
「ミソラとアイカさんが捕まって、どうなっちゃうんだろ」
「ノアは捕まってほしくなかった?」
「……わかんない。来るとこまで来ちゃったなって」
「逮捕だけで終わるならいいんだけどね。それはそれで平和だもん」
「え?」
それはそれで平和。まるで逮捕で済めばいいような言い方で、これ以上の悲劇が存在すると示唆しているように聞こえる。スミカはこれ以上は語ることはないと、立ち上がってノアの元を離れた。その際のつぶやきが耳に入ってきた。
「京都……なるほど」
言葉の真意を知ることなく、スミカの背中が遠ざかっていた。
なんとなく、ノアは自分が置いてけぼりになった気分になってひどく寂しくなった。
ミソラには捕まってほしくなかった。だがもし何らかの間違いで釈放されたのなら、今度はこっちから会いに行きたい。そう思った。




