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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第六章 譲葉の狭間
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舌戦


 車体が揺れている感覚が常に押し寄せてくる。ベッドの上に寝転んでいるせいで三半規管が適応していないようだ。吐き気に近い不快感が胸のうちで渦巻き、ほんの少しの衝撃で昼食の食べ物を戻してしまうそうだった。

 体を起こそうにも全身がしびれて動けない。ユズリハの運命は、完全に捕えるべき者たちに握られていた。警察官としてなんとも情けない。


「……ヒトミさん、ユズリハさん調子悪そうに見えます」


「貴方の電撃のせいでしょ完全に。他人事のように言ってのけるなんて薄情じゃない」


「いえっ、そういうことではなくてですね、車が動いているときに横になるのって車酔い引き起こしやすいんですよっ。水ぐらい飲ませましょうよ」


「ま、それぐらいならいいか。けど食べ物はあげないわよ。私たちに反抗しちゃうかもだから」


 ヒトミは的確な対応をとっていた。腕と足を何重にも縛り上げ、扉から最も遠い寝台へと隔離した。武器になりそうな鋭利なものや鈍器を遠ざけ、ヒトミとユキナで交互に監視を続けている。必殺の拳銃も取り上げられてしまった。

 完全に失態だ。このことが上に知られれば処罰は免れない。なによりユズリハの正体をヒトミどころかユキナにまで晒されてしまったのだからなおだらだ。


 車は市街地から自然の中へと景色を移していた。自動運転の行き先は二人にもわからないようで、それこそミソラとアイカのみぞ知る。二人は無事身柄を拘束されただろうか。それが叶うのなら何よりだ。


「……もうお役御免です」


 彼女たちのことだ、殺しはしないと確信はある。だがユズリハから公安筋の情報が流出した場合、ことは個人だけの責任では負えない。公安から官僚各署の重要機密が”旅するアイドル”の手札となり、より活動を助長させるに違いない。その先に待つのは、個人の解釈で法や国家、なにより国民を脅かす集団の完成だ。決して見逃すことなどできない。


「はい、ユズリハちゃん水飲んどいて。これから長い尋問になるのは想像が付くでしょ。さっき、〈P〉ちゃんから連絡が入ったの。ミソラちゃんとアイカちゃんは無事捕まったそうよ」


「……そうですか」


「嬉しい?」


「別に」


「そうよね。ユズリハちゃんが、人を捕まえて笑うような人間ではないものね」


「……そんな警察官いるわけありません」


 犯人を逮捕して笑みを浮かべる人間など警察官にふさわしくない。ユズリハの仕事は人のため国のために、体と心を削って成し遂げる崇高なものなのだから。



 キャンピングカーは長い山道を抜け、田園風景の広がる場所で止まった。ドアが開き、二人の人物が車内にあがってくる。運転手の麻中ラムと相変わらず素顔をみせない仮面の人物〈P〉だった。二人は奥のベッドで寝転がっているユズリハに視線を向けた。


「ユズリハさんが、公安だというのは本当ですか」


「ほぼ確定とみていいわ。ま、私はサヌールにいたときからなんとなくね。それより〈P〉ちゃんは気付かなかったわけ? 公安なら警察官のリストに載っていたりするものじゃないの?」


『所轄の刑事ならともかく、公安となれば話は変わる。彼らは日本のスパイ的存在だ。当然、情報は秘匿か改ざんされている。故に疑いをかけることはあれど、確証に至るものではなかったのだ』


 〈P〉のいい振りにユキナが反応した。


「〈P〉さん、ユズリハさんを疑っていたんですね」


『私だけじゃない。おそらくミソラくんとアイカくんも疑っていたはずだ。奴隷船の被害者だけなら話は単純だが、その後の加入が疑いの目を向けるに至ったのだろう』


「そうだったの。ユズリハちゃんは全く気づいていなったわね」


『彼女に尋ねることをしなかったからだろう。敵の尻尾を掴むには敵が動くのを待つに限る。私も不確定な相手だったのでね、そうせざる負えなかった。たとえミソラくんやアイカくんが捕まったとしても、敵の本懐を知るほうが有意義だ』


 冷徹な判断だとユズリハは感じた。甘く見ていた。彼女たちは深い絆を由としない分、個々人で状況を見定めていたようだ。ある意味では、ヒトミも泳がせていたのだろう。油断できない相手だと理解してたのに、ユズリハ自身がこの一味を侮っていた。彼女たちを本気で相手するなら、適切な人員で適切な対応をするべきだった。


『何、君はよくやったほうだろう。京都県警との連携も見事だった』


「褒めてる場合ですか〈P〉。このままでは全員警察に捕まりますよ」


『そうして司法に裁かれるだけならまだ優しいほうさ』


 〈P〉の言い分に違和感を覚えた。ユズリハの疑念に〈P〉は続けて言った。


『公安の本来の役目は、犯罪者の確保よりも危険な思想を持つ人や団体に潜入し、秩序を保つための活動を原則としている。たとえ目の前で犯罪行為が行われても、それが国家の秩序安寧となるなら見逃すこともある。良くも悪くも、飼い主に忠実な犬といったところだ。だから平然と人を陥れ、人質をとり、場合によっては殺しも辞さない。そうして今の平和が保たれていると公安の人間は思っている』


「世の中にはそうでもしないと何の罪もない人が巻き込まれるんです。分かったような口を聞かれるのは心外です」


『確かに今の日本の形が壊れかねない思想を持つ団体は私の方でも把握している。我々もその一員だろう。ここで君に問いたいのだが──』


 〈P〉が言葉を切って、淡々とそれを口にした。


『我々がいつ、公安に目をつけられるような何の罪もない一般市民を巻き込むことをしたのかね』


 その言い分にユズリハは憤慨した。勢いのまま、彼女たちが犯した罪を吐き出した。


「石川県のショッピングモールの入り口をキャンピングカーで突入し破壊、厚生労働省に潜入しデータを盗み取った。サヌールに未成年にも関わらず入場したこと、その際の電子文書の改ざん、船内で銃を使った発泡、花園学園では学園内のカメラを破壊し尽くした。これだけで危険な人物であるというのは明白。だからこそ、上は公安の手を使ってまであなた達を確保に取り掛かったのです」


 そこにユキナがユズリハの前に立ちふさがった。


「待ってください! 確かに私たちは罪を犯したかもしれません。でもそうでもしないと危険な目にあっていたんです。ラムさんが突っ込んでこなきゃ、アイカちゃんはもっとひどい怪我をして最悪死んでいたかもしれません。サヌールにはミソラさんのお姉さんが潜入していたと聞きました。行方不明ってことも世間に報道されてなくて誰も信用できない中、誰が救助しようとすると思うんですか」


「警察も麗奈さんの所在を把握し、サヌールに潜入調査を行っています。ですがそのときには、彼女の影も形もありませんでした。ミソラさんとアイカさんが潜入したときにはすでにいなかったのです。不正行為を働く言い訳に他人を使うのはよくある常套句です」


「人に命がかかっているのに不正もなにもないじゃないですか! 誰も法や決まりごとを守るだけじゃ救える人を救えません。それを身を以て体感したからわかります。ミソラさんだけじゃない。アイカちゃんだって」


「そうやって自分の行いを正当化させようとするなら、一般的な倫理を失っていく! 全員が決まり事を守れば、少なくとも決まりごと守っている人間は救われる、救われているんです!」


「それでも救われなかった人だっていました! その人は誰が救ってくれたんですか! なんで大衆なんかのために、その人は犠牲にならないといけなかったんですか!」


 痛ましいほどに彼女の感情が伝わってくる。彼女は救われなかった者の立場だった。彼女の脳裏によぎっているのはおそらく、カルマウイルスの特効薬における人体実験の被害者となった者たちを思っているのだろう。ユキナはその最後の被害者で唯一の生き残りで、生き残った責任を一身に背負っている。


「ユズリハさん、少なくとも私たちは止まりません。止められるはずもあるわけない。……前に花園学園のことは助けてくれました。少なくとも、私たちの尊厳を守ろうとはしてくれた」


「あれは……先導ハル側にも否があると判断したまでです。あなた方の破壊活動はまた別の問題です」


「ならいまここで言ってください」


 ほぼ同身長のユキナの目がまっすぐ見据え、強い口調で言った。


「これから不運に遭うもの、遭ったものを救えませんと、一人の公安としての立場として言ってくれませんか」


「……どうしてですか」


「ユズリハさんは警察として、公安として人々を守る。けどその”人々”の中に入れない人をちゃんと線引きしてほしいんです。そうしたら私はこの両手を差し出します」


「ユズリハさん!?」


 ラムが当惑を示す。ヒトミと〈P〉は黙ったままこちらの様子を眺めている。これは誰に言われたわけではなく、ユキナ個人としての意思なのだろう。


「けど、もし出来ないと口にしたり、嘘をついて誰も救おうとしなかったら、私は──」


「はい、そこまで」


 手拍子が二つ。穏やかに諌めるヒトミは二人の間に入っていく。


「ふたりとも出来ない約束はしないほうがいいわ。ユズリハちゃんは絶対線引きなんてしないし、ユキナちゃんはテロリストにはなれない」


「……え」


 ユズリハとユキナの声が重なった。それはどちらに対する驚きだっただろう。ユキナがテロリストになることに対してか、線引せずに警察としての職務をまっとうすることか。こればかりはおそらく、ふたりともも思考が働かなくなっているに違いなかった。ヒトミは二人の方を叩いて言った。


「とりあえずご飯にしましょ。美味しいものいっぱい食べて、ね?」


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