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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第六章 譲葉の狭間
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取り調べ



 警察に連行されている間、ミソラは警察の取り調べについて姉の麗奈から聞いたことを思い出した。

 姉もかつて不当逮捕を受けたことがあるらしい。”20年禍”中期、姉と兄は短期留学へ海外へ行っていた。その地域というのが、情勢が不安定になりそうな国で、後に経済恐慌に陥った。

 姉たちは帰国してすぐ、警察から任意の事情聴取を受けた。なんでも海外の工作員が日本の内部に潜んでいるとのことで、その裏引きをしたのではと疑われたらしい。


『企業の御曹司がスパイなんて突飛な発想、普通は考えないけど、その当時の警察は過去無いくらいに荒れててね。疑わしい者は罰しろの精神でいたんじゃないかな』


『あんまミソラに聞かせる話じゃないが、ある日本人が設立した環境保全団体が海外のテログループの資金源になっていると噂になっていたからな。ちょうど俺たちは、テログループの関わりのある国にいたもんで、疑惑の目が向いちまったってわけだ。ま、俺たち金持ちだしな』


 姉と兄は身の潔白を証明するため、勾留期間ギリギリまで取り調べを受けたとのこと。当時、宗蓮寺グループは警察の不当な取り調べに大変な憤りを感じたようで国家訴訟にまで踏み切ろうとしたらしいが、姉たちがそれをとどめた。


『警察の取り調べって恫喝、恐喝が当たり前で、徐々に精神を追い詰めさせていくと聞きましたけど……もしかしてふたりともそんな恐ろしい目にあったのですか?』


 不安を見せるミソラの質問に二人は余裕有りげな笑みを浮かべた。


『実はここに絡繰りがあってね。私たち、わざと疑われるような言動を行ったのよ。海外の環境保全団体を見学した様子をSNS上に公開してみたり、それについてのレポートを書いたりとね』


『この悪巧みはこいつのせいだからな。急に”警察に取り調べ受けるでしょうから、どっちが先に精神壊すか勝負しましょうよ”なんて持ち込んできやがった』


『志度、あなた乗り気だったでしょう。買ったほうが持ち株5%譲渡するで、まんまと乗っちゃって』


『あれは……しょうがねえだろ。お前の株を少しでも落としたかったし』


 途方もない話を聞いて思考が加速しだす。頭が痛かったが、それより興味がまさる。


『で、勝負の行方はどうなったのですか?』


『うーん、あれってどうなったのかしら。途中で目的変わったのよねえ』


『ああ。勾留機関ギリギリまで、こいつは刑事のカウンセリングなんて始めやがったんだ』


『それは一体何してどのような経緯に……』


『さあ。頭なでてあげたら刑事さん泣き出しちゃって。それで愚痴を聞いてあげたり、相談の乗ってあげたら次から次へと来るようになったの。けどそういう貴方だって、未解決事件の手伝いしてたじゃない』


『あんなの成り行きだ。俺んときは若い刑事だったんだが、そいつの疲れがピークになっちまって監禁事件の手がかりをつぶやいてたんだよ。で、気になる点を指摘したらその刑事がはっとして部屋から飛び出しちまった。で、なんでか知らんが、次から助言が舞い込むようになって──』


『あの、お二人の話はもう膨れるほどいただきました』


 ミソラはそのときの光景がこのときに役立つかもしれないと思い、取り調べが三時間を過ぎたあたりで刑事にこう言った。


「あの、少しお話いい?」


「聞かれたことだけ答えなさい」


「そんな事言わずに、肩の力を抜いたほうがぽろっと口出すかもしれない」


 ミソラの受けている取調室では、二人の刑事と一人の記録がかりがいる。全面物悲しいほどに光が薄く、机の上の間接照明が刑事の強面を強調させる。この三時間、”旅するアイドル”が関わった事件のおさらい、詳細事実の確認をさせられていた。ミソラは終始無言を貫いていた。沈黙は肯定と捉えられるのが世の常だが、こちらはライブまたはMVという形で事実を残している。なのでこれは事実確認を本人の口から証明したいだけの取り調べであると把握した。


「刑事さん。どうして今回、私とアイカさんが捕まる事態になったのかしら。だって捕まえるつもりなら四ヶ月前の花園学園で捕まえる名目はできていたでしょう。とはいっても、警視庁の管轄だから、京都府警にはわからないことでしょうけど」


 そう、今回解せないのはこの点だ。明らかにタイミングがおかしい。仮に関わってきた事件で関連する都道府県は、東京、神奈川、石川、長崎、長野、北海道だけ。捜査令状が発行されているのなら、なおさらこれらの警察署が対応する事案のはずだ。未だに警察は縄張り意識が高く、事件と関連のない犯人を現行犯でない限り捕まえることはしない。


「指名手配されているならともかく、私たちはされていないから逮捕されるいわれもない。あなたたちがさっきから口にしている罪状も、証拠もなしに尋ねているだけ。なにがなんだか」


「──物事の常識を知らないアンタに言っておきましょか」


 ふと男が背後の刑事に顎で合図を送る。次の瞬間、刑事はミソラの横につき足蹴りを放った。パイプ椅子が傾き、ミソラは真横に倒れた。肩に痛みがやってくるまもなく、ミソラの目の前に京都弁の刑事がミソラを見下ろしていた。


「あんまり警察をおちょくるものではありません。君らのせいで甚大な被害を被っている方々がいることをどうかお忘れなく」


 刑事の冷たい目のなかに激情が渦巻いていた。


「君たちは犯罪者。法を犯したものがどんな末路をたどるのか、しかと焼き付けるといいです」


 髪を引っ張られ、席に座らせようとしている。これは一筋縄ではいかなさそうだ。ミソラは長丁場になりそうだと感じながら、もうひとりの少女に思い馳せた。彼女は警察の取り調べにどう対応しているだろうか。彼女自身の心配はない。相手の刑事を傷つけて罪状を増やさないといいのだが。





「世界最悪のテロリスト、市村創平を父に持つ気分はどうだ?」


 アイカは取り調べを受けて初めて対面の刑事に意識を向けた。刑事は最初はアイカの経歴や”旅するアイドル”に加わった経緯などを尋ねていった。捕まる前、ミソラから取り調べはすべて黙秘を貫くようにと言われたのでそうしている。いい反応を得られなかったからか、刑事たちは質問の趣向を変えてきた。父親のことを持ち出してきたのである。


 ゴシップ記者のような質問に心底呆れ返ってしまうが、それでも黙秘を続けた。一般市民がどう思おうがどうでもよかった。それから数時間ほど、アイカのことを執拗に責め立ててきた。


「あの男はこの京都で生まれ育った。偶然、君も父親の生まれ故郷にやってきたわけだ。ここでなにか良からぬ企みを考えていてもおかしくない。現に君が犯してきた罪が見逃されてきたことも含めて、世間的に危険な人物である自覚はあるのだろう?」


「……」


 退屈極まりない問答に、つい言葉を発したくなる。だがそれこそ彼らの思う壺だ。何が自白の証明となるかわかったものではない。この逮捕劇には裏がある。ただ司法に裁かれるだけで終わるとは思えなかった。


「日本人の被害状況を知っているか? 日本は”ザルヴァート”による直接的被害が少ないが、奴らに触発されたものたちが犯罪に走るケースが多発したのだ。そのきっかけとなった14年前のハイジャック事件は、日本の”ザルヴァート”テロに拍車をかけたと言っても過言ではない」


 他人事ながら、そうだったのか、と思った。”ザルヴァート”は南米を拠点とし、主にアメリカやヨーロッパ地域をターゲットに活動していた。日本は島国という性質上、入国や物資の搬入に多大な労力を必要とする関係ではじめからターゲットにはならなかった裏話があった。


「”ザルヴァート”に突き動かされた関連事件を含めて、日本人の被害者は5000人以上にも及んでいるんだ。酷いと君は思わないのか。この犯罪者が!!」


 急にアイカの胸ぐらをつかんできた男は、力いっぱい目力を込めて睨みつけていた。なんの感情もわかなかった。事実をそのまま言われたところでかっとなるわけがない。それにこの男も本気でアイカを憎んではいないのだろう。アイカから言質を取るために仕事をしているにほかならない。

 男はつばを撒き散らしながら罵倒を続けた。


「お前みたいな人間がこの世に存在するから、善良な市民が犠牲になっていくんだ! お前の罪は一生償われない、一生だ! それを思い出して刑務所の中で一生後悔して──

「全く響かねえ」


 男が髪の毛をつかみとろうと手を伸ばしてきた。触れたその瞬間、アイカは両手でその手を掴んだ。男が虚を見せているなか、アイカは手を軸にバク転した。腕の筋肉がねじれ、痛ましい悲鳴があがる。地面に付いてから別の刑事がとびかかってきた。咄嗟に躱し、悲鳴を上げた男の背後まで移動し、そのまま腰を蹴りつけた。痛みで正気を失った男はボールのようにまっすぐ飛び、飛びかかってきた男と激突した。残りの書記官は助けを求めようと扉へ駆け出していったが、椅子を蹴り飛ばすことで一瞬動きを止めた。その隙にアイカは脱出を図った。


 限界まで手錠を繋がれた状態でも、場の緩急による不意打ちから大の男が一回り小さい小娘にふっとばされるという屈辱、なにより実戦経験の豊富さが三人を相手に立ち回ることのできた要因だった。このぐらいは考えずとも体が勝手に動いて対応できる。


「アイツの言いつけ破っちまったな。三時間もして証拠の一つも出さねえんじゃ、退屈すぎてしょうがねえだろ」


 扉を開いた瞬間、廊下の奥から刑事たちが駆けつけてきた。鬼の形相で絶対に捕まえるという意思を感じる。予想できた状況だ。ここへ連れて行かれるときに署内脱出のプランをすでに練っていたが、ネットに繋がる端末を持っていない今、キャンピングカーを呼ぶこともできない。そこでアイカは危険だがリターンの大きい策がひらめいた。


「……まずは逃げるか」


「なんとしても捕まえろ。アイツはテロリストの娘。我々の世に、決して出してはならない存在だ!」


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