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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第五章 災禍の女たち
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旅人、再び



 総理官邸前には、連日多数の報道陣が詰めかけていたが、今回の記者たちは現政権の揚げ足を取るべく、言葉や弁論、あるいは大衆により響く言葉を準備し待ち構えていた。

 内閣総理大臣・珠洲沢祝詞すずさわのりとは今回ばかりは、政治的問題とは関係のないことを喋らなければならないことに、慢性の頭痛がひどくなっていった。


「あれか、あの”旅するアイドル”なるものたちに言及せねばならないのか。あれは警察の仕事だろうに」


「暇さえあれば答えてますよ。金城氏の失態を暴こうと」


「そうだったな。経済大臣め、余計な置き土産をしおって」


 珠洲沢は今年六十三の政治家としては脂の乗った形で総理大臣まで上り詰めた。前身は外務署事務次官で、先代総理の右腕として国内外の政治に関わってきた。中でもカジノ船は、実質日本で初めてのカジノ施設ということもあり、経済不信気味な我が国においては希望の架け橋となる事業になった。未だに世論の納得は遠いものの、経済効果は順調で、特に高所得の者から絶賛の言葉をいただくと同時に、確実に国庫を潤す結果をもたらした。順調といった矢先に、宗蓮寺グループトップ二名の失踪を端に発する様々な事件が起こった。


 厚労省大臣、茶蔵清武がカルマウイルスにかかったものに対し人体実験を施し特効薬を完成させた醜聞をはじめ、海上循環都市サヌールが人身売買を執り行っていたという事件まで表沙汰にされた。特に後者は、サヌールの宗主が経済大臣に人身売買を黙秘するための賄賂を送ったとされ、現在裁判所にて審議がなされている。このままいけば、彼に失墜は免れないだろう。


「あれが現政権側だったのが運の尽きですよ。いいですか総理。”旅するアイドル”は警察の力を示すと繰り返し認識させるのです。こちらは全力を尽くしている。不始末はすべて警察側に。いいですね」


 秘書の言葉に頷くしかない。だいたい、未だに”旅するアイドル”なる一味の実態がよく分かっていない。メンバーだけをみると錚々たる経歴の持ち主がほとんどであるが、活動内容はあまりにも突発的で気まぐれという印象が拭えない。それゆえに若者の遊びと揶揄されていることも納得に値する。


「そもそも”旅するアイドル”たちとはなんだ。歌って、踊るテロリストかなにかか」


「……総理、今の言葉は、絶対に外に出してはなりませんよ」


 珠洲沢は口をつぐんだ。今のは感情に身を任せた不適切な発言だった。失敬した、と秘書に礼を行った後、報道陣の待つ場所へ歩いていった。いつものようにシャッターを切りながら、駆け寄ってくる集団を捉え、さてまずは何が飛んでくるかなと訝しんでいると、女性の記者がなにやらタブレットをこちらに見せてきた。


「総理、ご覧になられましたか!?」


「なんでしょうか、何をご覧になったのかよくわかりません」


 珠洲沢は決まりきった言葉以外は砕けた口調になりやすい。秘書は今頃頭を抱えているところだろう。とりあえずタブレットを眺めた。タイトル欄らしきところには、「お久しぶり」と一言だけ添えてあった。よく見る動画サイトのデザインだ。


「すみません、本当に何がなんやら。あの他の方も同じような質問をするわけじゃないですよね」


 今度はジョークをかましてみたが、静かな無音だけがこだましてくるだけだった。続いて別の記者が切羽詰まった様子で言った。


「今朝、いろんな動画サイトで投稿されているんです」


 続けて最初に質問してきた女記者がこう言い放った。


「”旅するアイドル”ですよ! 彼女たちが、三ヶ月ぶりに公の場に現れたんです」


「た、旅するアイドルですか。そ、そういうのは、その警察の管轄で、彼らも全身全霊を持って取り組んで──」


「ああもう、とにかく見てください!」


 と、半ば失礼な態度でタブレットを渡される。呆然としていると、女記者が焦れったそうに再生ボタンを押した。

 仄暗い空間の中、声が届いてきた。


『みなさん、どうも。私達は旅するアイドルです。この動画が出ている頃には、裏で騒ぎが起こったり、総理官邸の前で総理があわあわしていると思いますけどご安心ください。今回は”PV”でいいのかはわからないけど、余計な仕事の片手間に歌を作りました。暇があれば、ぜひ御覧ください。さて、久々にいきますか──』


 挑戦的で、粋の良い声。旅するアイドルの動画は、それぞれ一度くらいしか見たこと無いが、彼女の声を忘れることはなかった。

 

『Traveling──Action』


 ライトアップが灯り、黒い装束をまとったベージュブロンドの少女が、指でカチンコを弾いた。

 その直後、映像が流れ始めた。珠洲沢は黙ったまま動画を見守った。




『Traveling──Action』

 マンションの自室で高鳴る始まりを、ハルは大画面に表示してみていた。


「案外早かったわね。年明けぐらいが時期だと思っていたのに」


「……なんでちゃっかり予想してるの。ハルはなんだか、ミソラを心配してなさそう」


 同じソファでともにしている星の輝きが、朝日の影響でくすんでみえてしまう。明星ノアはボサボサの輝く髪を手ぐしで整えながら、画面の映像を真剣に見ていた。


「でも元気そうで良かった。……富良野の事件を聞いて、本当に不安だった。絶対にあの子達が殺したんじゃないって分かってても」


 ノアはうつむきがちに言った。富良野の件だけではない。花園学園の件からノアは罪悪感を抱えて過ごしてきた。マスコミや世間からの当たりが強くなったが、ノアは改めて申し開きすることなく自分の正義を声に出した。しばらくの休息の後、活動復帰後のライブは満員御礼で幕を開いた。ミソラに負けないよう、先のステージを突き進んでいく。星は遠くとも、輝きはどこまでも平等に降り注いでいる。


「これから、今まで以上に苦難の旅が始まるのかも。……さすらいっていうのかな。空気だった子が、いつのまにか風になってしまって、太陽はちょっと嫉妬気味だよ」


「大丈夫だよ。北風と太陽の戦いでは勝ってる」


「服着せたほうが勝ちだったら、大敗じゃない」


 そうやって笑い合う。映像はちょうど、カーチェイスを繰り広げている最中だった。




 事務所のスタジオを借りて、基礎トレーニングと振り付けの確認を入念に行う。今回はトレーナーはおらず、自分ひとりで行うと予約を入れた。


「はぁ、はぁ……ダメ、ぜんぜんダメ」


 拳を握り、鏡張りの自分の姿をにらみつける。汗で髪が顔にへばりつき、やつれた顔がそこにあった。手ぐしで髪をとかす。アッシュブロンドが心なしかくすんで見える。母譲りの好きな髪色なのに──。


「──うっっ」


 母の姿を思い浮かべた瞬間、腹の底が緩みだした。それは全身に行き渡るのに十分な症状となり、その場でうずくまってしまった。


 吐き気を片手で抑え込める。いつも家にはいなかったが、帰ってくるときは思い切り甘えていた幼き頃。芸能界に入りたての頃、うまく行かなくて泣いてしまったときは母がいつも慰めてくれた。スミカにはみんなを幸せにする力があるのだと。そう言ってくれた母は、もうこの世にいない。災厄とも呼べるべき悪人に惨たらしい最後を迎えてしまったのだから。


 母が残してくれた言葉を胸に浸らす前に進んだ。でも結局、その夢は圧倒的な存在によって叶えられてしまい、ただ与えられた役割を精一杯こなすだけの洲中スミカとなるしかなかった。


 だからこそ、ここであの子の顔を思い出させないでほしい。

 とっつきにくいかと思ったら、話せばちゃんと言葉を返してくれる、金髪のボブ髪の女の子。たとえ生まれが不幸な生い立ちであっても、アイカは実は人に寄り添う子だ。一ヶ月間、一緒に過ごしたからわかる。分かっているはずだ。


『アンタの母親殺した毒はアタシが作ったものなんだよ』


 どうして、黙っていたのだろうか。分かっていて、あの学生時代を過ごしていたのか。

 アイカは何を考え、何を思っている。会って、もう一度確かめてみたい。しかしふと、確かめようとしたところで気付いた。


「アイカちゃん、お母さんを殺した仇なのに。ぜんぜん、恨みとか出てこないや」


 理由は彼女が実行犯ではないからという単純な理由ではない。アイカはどこかのタイミングで、母が死んだ経緯を知り


「違う。本当は、まだスミカの中で整理がついてないんだ」


 何を言えばいいのかわからない。何をぶつけたらいいのかわからない。しかし本当にわからないのは、自分の気持ちだった。


「私、ぜんぜん可愛くない」


 それもこれも、アイカのせいにしたい。なのに、心の底から駄目だと叫ぶ自分がいて情けなく感じる。

 そもそも死と絶望が降り注ぐなんて、アイドルとしてご法度ではないか。

 練習中、ずっと流れているのは新たなスタートを切ったアイドルの歌。彼女たちが新たな始まりを奏でているのに、こちらはまだ三ヶ月前から一歩も前へ進めていない。

 スミカはモニターの映像を見た。アイカが車で銃を撃ち放とうとする男を華麗な動きで捕まえる場面が印象強く残った。


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