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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第五章 災禍の女たち
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動乱はここから



 げほげほ、とユズリハは咳き込み、節々に痛む体をこえらえて立ち上がろうとした。膝から片足まで上げたところで違和感に気づいた。


「生きてる……」


 走馬灯すら見えないほどの刹那の中、たしかに己の死が迫ってきた。躱すすべはなく、時が戻ることもなかったはずだ。爆発の衝撃で体の一部がちぎれていてもおかしくない。しかし打ち身以外の傷はないようで、乾いた砂塵を吸い込まないように周囲を散策した。


「ヒトミさん、どこ……」


 彼女も爆発に巻き込まれたはずだ。庇われた形であったが、一番の被害は彼女であるはずだ。もしかしたら、すでにロケットの餌食になっているかもしれない。身がすくむ思いで、ユズリハは叫んだ。


「ヒトミさんっ、返事をしてください!」


 ヒトミさん、と何度か叫んだところでユズリハは己の失態を恥じた。ここまだ、敵地の只中。なぜ敵が逃げたと思い込んだのだろう。アスファルトが破裂した勢いで、砂埃が舞っている中、向こう側から影がこちらに寄ってくるのが目で分かった。ユズリハは即座に懐の銃を構えようとしたが、その場所に手を当てても何も気配はなかった。どうやら吹き飛ばされた衝撃で落としてしまったようだ。


 逃げるべきだ。そう思っているのに、体が思うように動かない。打ち身の傷は日々まで入り込んでいるからか、それとも気力が参っているのかのどちらかの状態に陥っているのだろう。冷静に、客観的な事実は、残酷な現実を浮き彫りにするだけだった。

 砂塵の舞うなか、銃のシルエットがみえた。両手で銃口を上に掲げているようだ。手慣れた手付きでシリンダーを引き、真っ直ぐこちらへよってきた。砂のカーテンから出てきたのは、ユズリハの知っている人物だった。


「──なんでアンタがここにいんだ」


 三ヶ月ぶりで、特に変わりのない姿の、市村アイカが当惑を浮かべてこちらを見下ろした。アイカは銃をおろして、ユズリハに近づいてきた。


「この街の学生ってわけじゃねえよな」


「それは……」


 鋭く追求する視線に答えが見つからない。しかし思わぬところから助け舟がやってきた。


「ユズリハちゃんはここの学校にたまたま来てて巻き込まれただけよ。それよりアイカちゃん、この人らから情報とか得たくない?」


 見ると、ヒトミが二人の男性をムチでまとめて拘束していた。さきほどロケットランチャーを撃った二人組だろう。いつのまにかお縄になり、ヒトミが手際よく拘束しているようだ。


「爆弾解除してあげようよ、私達のためにも」


「そうしたいのは山々だが、まずは吐くもん吐いてもらわねえとな」


 そうね、とヒトミは二人の男を床に落とした。アイカは両手で銃を構え、二人に言い放った。


「さてと、こちとら拷問の手際は良くねえんだ。てめえらの主義も思想もどうでもいいが、アタシたちを巻き込んだからにはそれなりの覚悟を見せてくれよな」


 アイカは銃口を一人の男の眉間に寄せた。遠慮のない仕草に別の世界の人間であると思わずにはいられなかった。

 この後三人は、集まった集団が何者かのメッセージで集まったものであること、都市であるものを奪うことの他に、ミソラが手にしなかった情報を入手した。それは武器の出どころの話になったときだった。


「これロシア製の旧型だろ。どこの横流し品だよ、これ」


 顎でクイクイと男を突くと、涙ながらに答えてくれた。


「ぶ、武器商人がいるらしいんです。なんでもその人がずっと放置していたのを、ある集団が買い取ったとか」


「集団だぁ? それはお前らじゃねえのか」


「ぼ、僕たちは予めその場所にあった武器を根こそぎ奪っただけです。仲間たちは返り討ちにあってそのまま……」


「郊外の銃撃騒ぎはそれでしたか。色々と繋がりましたね」


 なるほど、と納得する。


「でも普通返り討ちなんてありえませんよ。こっちは十人以上で、なのにほとんど死に絶えてるなんて、あのテログループ異常すぎますよ」


 ふとアイカの手が一瞬震えた。そのまま冷たい声が放たれた。


「おい、教えろ。そのテログループってなんだよ。日本にそんなやべえのいたのか」


「ある意味では、日本とは縁を切っても切れませんよ。もはや世界規模、テロといえば奴ら──」


 男は恐怖と興奮が毎混ぜになった口調で叫んだ。


「日本人がリーダーになって全世界で何十万人もの人の命を奪った、あの”ザルヴァート”なんですから!」


その名は、おそらくこの世界に住むだれもが恐れ、憎み、中には崇拝した。


 国際テロ組織”ザルヴァート”。日本人、市村創平を主導とし、戦場を混乱に陥れ、一般市民を巻き込んだ毒ガス殺戮を敢行し、そして噂には9.11に匹敵する大規模テロを起こそうとした史上最大の犯罪組織。数年前の掃討作戦で市村創平は殺害されたが、彼の仲間たちは各国へ散らばることとなった。水面下で活動していてもおかしくない。

 アイカは黙ったまま虚ろの中へと漂いだしていた。ヒトミが「アイカちゃん」と心配そうに言うのを聞いて、アイカは自身が呆然していたことに気付いたようだ。


「──そいつは穏やかじゃねえな。つーことは、残党が日本にいたと、お前らのボスは突き止めていたわけだ」


「その一人が日本に降り立った。我らは、そのたった一人の人間にしてやられたということだな」


 アイカは目をつぶり、思案を始めた。決定的な隙であるにも関わらず、だれも彼女に手出しすることはなかった。切羽詰まった雰囲気には、逆に言えば誰彼構わず攻撃する態度が覗いた。結果、誰もがアイカの思考を遮ることなく、彼女が口を開くのを待った。

 長いような短いような間、アイカが目を開き言った。


「──シャオだな。アイツはその場にあるありとあらゆるものを武器に、敵が殲滅するまで戦い続けるやつだ」


 懐かしんでいるような口調に少し驚く。シャオと名のついた少女を伝え聞いたことがある。


「シャオ・レイ……当時まだ10代の少女が、戦火の中を子供のようにはしゃぎまわる姿に誰もが戦慄しました。その彼女がいま日本に?」


「だとしたら、この都市はこいつらだけじゃねえ、”ザルヴァート”も介入してるっつーことになる。シャオの他にも仲間がいると言ったな。そいつは誰だ」


「そ、そこまでは知らない。俺たちは指示と報告を聞いているだけだ」


 答えを知らないとみると、アイカは次の質問へ切り替えた。


「お前達にも組織の名前はあるのか」


「あ、それ気になってた。なんか特徴ないのよね、この人達。さっき爆破されちゃった子もそうだけど、統一感がないというか」


 テロ組織しかり、警察然り、と見計らったようにヒトミが言った。双方から白い目を向けられるヒトミは、「なーんてね」とごまかした。ともかく、ヒトミの指摘はごもっともだ。集団化の目的は一人ではできないことを効率よく行うための手段だ。成果を出せば出すほど、名は付加価値を生み、大衆への認知に繋がる。認知はわかり易いほどいいとされている。警察官が全員私服であったなら、なめられること必死だろう。彼らはそのようなシンボルがなく、まるで寄り集まりの個々人という印象が拭えない。


「名前は聞いたことがなかったが……なあ、それよりなんだけど」


 それは唐突だった。人形のスイッチを押した瞬間、起動を知らせる駆動音がなったように、男の目は色めきだっていた。


「爆破されたやつって。『栄誉ある死』を直接見たってことか? どんな感じだった、きれいだったか? 俺にもやらせてくれよ。じゃなきゃ、惨めだろ。惨めなのは嫌なんだ。あの人の声が言っている。俺を幸せにしてやる、だから殺せ、できなきゃ、栄誉を」


 首が前後に揺れ始めた男は、そのままお経を唱えるように立て続けにあるワードを繰り返した。栄誉ある死、あの人が言った、殺せ、滅ぼせ、助けてくれと。

 声を聞いてユズリハは二人の片耳に付いているイヤモニを外した。狂乱気味だった男が、夢見から目を覚ますようにハッとした表情になった。


「お、俺は、何をしてたんだ」


「おかしくなってたんだよ……でも、なんでおかしくなってたんだ」


「俺たち、富良野に行ってたんだよな。……なんで富良野に行ってたんだ?」


「さあ。でもなんだか頭がスッキリしてるぜ」


 へらへらと二人は笑っていた。ただ不気味にしか映らなかった。突如、片方の男が豹変したと思ったら、元凶と思われるイヤモニを外すと正気を取り戻したかのように感じた。しかし今度は記憶の欠乏がでてしまった。演技にしては真に迫っている。まるで記憶や行動をコントロールされているような。だがそれではまるで。


「洗脳でも、されていたのでしょうか」


「このイヤモニ一つでか。つーかそもそも洗脳なんてありえねえ」


「けどとんだ超技術じゃなのは間違いないかもでしょ。〈P〉ちゃんに見せてもらえば、何か分かるかもしれないわ」


 男たちを狂わせた謎のメッセンジャーに正気を失わせるイヤモニから、意地でも正体を明かさないという意思を感じる。組織が立てる計画より周到に物事を進めてきていることだろう。ユズリハはそう思った。

 ふと端末の着信音が鳴った。音のする場所はアイカとヒトミのほうからだった。


「あん、〈P〉からじゃねえか……って、通信つながってんぞ!」


「このタイミングで鳴ったってことは、あなた達のお仲間さんが捕まったか、それとも逃げおおせたかのどちらかね」


 二人は同時に通話に出たようで、同じセリフが聞こえてきた。


『さて、ミソラくん、ユキナくん、アイカくん、ヒトミくん。そしてユズリハくんもいるようだな。通信障害が解除されたようだ。この事態を引き起こした元凶は、すでに富良野から離れている可能性が高い』


 久々に聞く合成音声が放つ言葉は、とてもではないが信じられないものだった。監視機構の掌握に、限定的であるが一時世界から切り離された状況を引き起こせるだけの力を持つものがいるとは思えないからだ。それこそ、大企業やメディアぐるみでようやく、といった状況なはずだ。


「以前のように宗蓮寺グループが関わっていることは?」


 ユズリハの疑問に同じく宗蓮寺の名を持つミソラが応えた。


『多分、今回の件では関わってないわね。過去、ザルヴァートの残党を雇ったことはあったけど、配下になっている人たちは若い男がほとんど。金で雇い入れるにしても、素人を利用するとは考えにくいでしょ。よって残りの”フィクサー”でもありえない』


『現に通信障害は二時間で終わった。だが作戦が終わったのなら、完全に逃げおおせるまで展開するはずだ。それが仇となったことを、奴らは知らない』


 〈P〉の言葉にユズリハたちは驚いた。


『敵の逃げた場所が分かったんですか?』


 ユキナがそう言うと、〈P〉は不敵な笑い声を発した。無機質な声に感情がこもっていたような気がした。


『奴らはまだ都市に潜伏している。いや、私がそうさせた。奴らには世間一般に流布している情報がいかに脆いものか知らしめてやるとしよう』




 

 

 


 ──。

 死者十四名。脱落者二名。第一目標:殺害に至らず。第二目標:奪取の後、一部を放棄。最重要目標:コンプリート。作戦成功率75%。

 これより第二段階へと移行。富良野の”掌握”限界時間に付き、状況終了とする。


 12月12日午後14時11分。

 富良野に起きた通信障害は回復し、外部との通信が可能となった。後に富良野の通信障害は、十数人の遺体が発見された事件と合わせて大々的に報道されることになる。

 また警察や自治体が十分に機能していなかった批判も相次ぎ、実験都市富良野は一層の警備の強化、他都市のセキュリティを本格的に導入する流れとなった。


 しかしなぜ通信障害が起きたのかは原因が明らかになっておらず、実のところ送受信自体は正常であったと報告がやってきた。実際にSNSで富良野が大変なことになっているという投稿は、送った時間ちょうどに投稿が確認できた。しかしその投稿自体は、通信障害が終わった瞬間に表示され、その間、誰の反応がないのは変という声があがる。ただし一般人の利用は、芸能人と比べて活発的ではないという判断で、釈然としない究明に富良野の住民たちは困惑だけを抱えることとなった。


 富良野の監視機構も、怪しい人影が見当たらないとして正常に機能しているという。ただ事態宣言に際し、フードをかぶった二人組の少女、金髪の少女が爆破する前の車に向かっていった場面、大人と思われる二人組の女性が怪しい動きを見せていることは、バッチリとカメラに映っていた。

 また金髪の少女を照合してみた結果、市村創平の娘、市村アイカだと警察の調べで判明した。北へ行ったきり行方をくらませた”旅するアイドル”の関与を疑う声もあり、警察では事態の中心に彼女たちがいるのではないかと操作を進める方針をとっている。


 十人の若者はまだ未来のあった息吹であり、これから素晴らしい道が待っていた。それが無残な死体となって発見されたことに大人として悔しさを顕にせずにはいられない。

 今回、被害に現れた方々に心からのお詫びを申し上げるとともに、偶然取材に立ち入った筆者も筆を通して、読者の方にこの事件の不可解さをお伝えしたいと思ったしだいである。


 ネット上では様々な議論が噴出していると想像できる。しかし、憶測は別の憶測を生むだけに飽き足らず、根拠の乏しい事実誤認まで出てしまう恐れがある。筆者が書いたものも、信憑性100%の事を書いたわけではないが、この記事をどうかたたき台に慎重な発言を留意するように、心からのお願いを申し上げる。


 週間シャドウ編集部 一同


 この記事は莫大な反響を得るとともに、旅するアイドルへの強い注目集めることになった。

 憶測でものを語らないでほしいという、憶測まみれの記事で放たれた言葉は、いかに人が見たいものを見ているのかということを如実に顕にした。

 三ヶ月前の”Traveling!事変”の議論を終局させかねない粋まで達し、世論の追求はついに政界にまで飛び火することになった。


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