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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第五章 災禍の女たち
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見えない敵


 男たちを捉えてから三十分が経つ前に、ミソラたちはビルの裏口まで二人を連れていき、両腕を拘束した。手榴弾が爆破する可能性に怯えながらも、あのままいては他の仲間に鉢合わせる危険性もあったので、仕方なくそうした。体の不自由からもとに戻った二人の男はヤスオ、タミヒコという名らしく、共に大学を卒業してから就職難でフリーターをやっているらしい。


「どうしてあなた達が爆弾抱えて銃を持っているんですか?」


 ユキナがそう尋ねると、ヤスオとタミヒコは気まずそうに顔を見合わせた。


「言っておくけど、今のままでは自死もできないし、こちらはあなた達を吐かせるだけの手段を持っている。そうしないのは、危険だと判断したからよ。体に爆弾取り付けられては、自白手段が殺人手段に変わってしまうもの。それにどうしてか、あなた達も爆弾が体に巻き付いていることを知らなかったようだし」


 二人の男は声を引きつらせた。


「ほ、本当に知らなかったんだ、信じてくれぇ!」


「話すっ。俺たちがこんな事してる経緯を話すから!」


 そう言って、彼らは急かした調子で話し始めた。


「大体のヤツがそうだと思うが、ここに集められた”国民”たちは、あるメッセージを受け取っているんだ」


「……日本人かどうかではないのよね、その国民ってものは」


「もちろん通称だ。集まった奴らは落ちこぼれでなおかつ俺たちのような若いヤツだった」


「そのメッセージというのは、どういったものなんですか?」


「いろいろさ。SNSや電子メール、なかには手紙でのやり取りもあったな。同じはみ出し者同士、傷をなめあっていた感じだったんだが、途中である話を持ちかけられたんだ。一緒に世界をひっくり返さねえかってな」


「俺んとこも似たような感じだったな。胡散臭くて、即ブロックしたさ──けど、できなかったんだ」


「できなかった? アナタのはSNSでのやり取りっぽいけど、システムのエラーとかではないの?」


 タミヒコは首を横に振った。なんでも、ブロックどころか通報されてもBANされなかったらしく、運営に問いかけても”そのような事実はない”との一点張りだったという。恐怖に駆られたタミヒコは、即座に他のSNSでこういう事があった助けてくれ、というような投稿をした。しかし、そこでも驚くことが起きた。


「今度は別のSNSで投稿ができなかったんだ。その後、同じSNSからメッセージが届いた。”無駄だ。SNSぐらいどうとにでもできる。それより、話を聞いてくれるきになったかな?”ってさ」


 当時のことを思い出したのか、タミヒコが恐怖に震えていた。ヤスオも後悔をしていたのか、心境を吐露し始めた。


「それでも俺らはそのメッセージの送り主を信じちまった。……一時だが、いい思いをしたんだ。次は欲しいものを聞かれた。正直に金がほしいって言ったさ。すると指示が送られてきた。金の入る仕事のやり方でさ、なんとか200万くらい借金してある株を買った。半信半疑だったが、もうまともな仕事もできねえだろうしでやってみたんだ」


 あとは言わなくてもわかる。大金を手にしたヤスオはその甘い蜜を手にし、最初に抱いた疑心を自ら晴らしてしまった。おそらく他の者も似たような手段で甘汁を味わったに違いない。


「金以外にも、美味しい飯屋やちょっとした豆知識、挙句の果てにはいい女とも巡り合わせたやつもいてな。人によって得られたもんは違うと思うが、メッセージを受け取った全員がヤツに深い信頼を寄せちまったのは違いねえな」


 となると、後は信じ切ったまま話を進ませるだけだ。ミソラはここからが本題なのだと気を引き締めた。


「それで、そのあるじていう人には直接あったの?」


「直接は会ってねえ。基本的にメールとかSNSとかで連絡を続けてたんだ。そのあとだよな、あれが届いたのは」


 ヤスオがタミヒコに尋ね、それにタミヒコも同調した。


「あれとは?」


 ほら、と二人が耳元を指差す。


「インカムだよ。それが突然家に届いたんだ。中を開けてみると、装着しろって指示があったから従った。そしたら声が聞こえてきた。多分、主からだった」


 以後、そのインカムを通じてやり取りが行われることになったらしい。マイク機能が搭載しており、特に面倒な設定をすることなく、指定の時間に装着するだけで会話がやり取りできる代物とのこと。


「ネット上につながってない、特別な電波を介した通信らしくてな。ネットは傍受とかされちまうからだとさ」


「性別や年代くらいはわからなかったの?」


「ボイチェン入ってたから全く。ボイチェンを解析した仲間から、元から機械音声をさらにボイチェンかけたもんだってわかったらしい」


「なるほどね。でも、ここまでのことになっていることに気づかなかったなんて、そこまで心酔するほどの相手だったの、その人は?」


「……それは、どうだろうな」


「正直、あん時の、色々手にした俺たちが、富良野で騒ぎを起こすって言われても断っただろうよ。それこそ、警察に駆け込んでいたに違いねえ。けど、大半のやつは受け入れちまったんじゃねえかな」


「主から色々聞いちまったんだよ。それから自分なりに調べて、調べ尽くして、ネットだけじゃなくて、本とかでも。それで結論が合致しちまったんだ。俺たちがこうなったのも、元はといえばこの国の文化がそうさせたんだって」 


「”20年禍”が鎮まったあと、日本は経済不信から大躍進を迎えた。それで新たなテクノロジーの発達や、未来の先行投資ともいうべき”実験都市”が出来上がった。来たるべき”技術的特異点シンギュラリティ”をこちらから出迎ようっていう魂胆な」


 ユキナが不安を浮かべている。言いようのない、暗い深淵に入り込んでしまったような気分なのだろう。なにせ同じ気持ちだ。この騒ぎを起こした目的が、近づいてきている気がした。


「けど生活が豊かになった分、割りを食っちまう連中が山ほど出てきた。職の数じたいが減っちまって、それはこれからどんどん増えていく。ただでさえ、超消費だなんて言われている時代に、様々なコンテンツが人一人を当たり前のように使い潰す状態を誰も疑問に思わねえ。豊かっていうのは、いらねえもんを切り捨てていくっつーことなんだよ」


 慟哭に近いそれは、彼らがありのままに見た世界そのものなのだろう。たしかにそういう側面があることは否定できない。かつて、トップを走っていた”アイドル”が語っていたことも、似たような内容だった記憶がある。物や文化、そして人の人生すら消費の対象となるのが、いまの2040年という魔境なのだろうと。


「その元凶が現政府。そしてもう一つ、発端を作り出し、いまものうのうとのさばってる、あの宗蓮寺グループ。やつらが滅びない限り、俺達みたいな連中は泣いて苦しむだけだ」


「──っ」


 その名が出てくることはなんとなく予想がついていた。彼らを責めるのは簡単だ。だが簡単な言葉は、彼らに激情をもたらし、不要な諍いを生むのは明らかだ。何より客観的に見て、宗蓮寺グループがそういう世を作り出している側面はあるのは否定できない。


「ミソラさん……」


「平気よ、話を続けましょう。……あなた達は宗蓮寺の作り出したこの場所で、何かしらの目的を持って行動していたのよね。ただの破壊活動ならとっくのとうに行っている。つまり、本当の目的は別にあるのよね」


 銃声事件も計画の一環なのか判別はできないが、少なくとも分かっていることがある。この日は、ミソラたちにとっても大切な日であったのだと。


「ある物品を手にすること。それがあなた達の計画の本懐ね。あなたたち、そう言ってたものね」


「──」


 二人は大きな反応を見せることなく静かにうなずいた。ヤスヒコが言った。


「あんたたち、なにもんだ。なぜそこまで俺たちのことを嗅ぎ回る」


「おそらく競合相手だから。その例のブツは、私達も欲しがっていたもの。ま、どのようなものかは聞いていないのだけど」


「あの、聞かせてくれませんか。それがどんなものなのか」


 ユキナがしゃがんで二人の目線に合わせた。しかし二人は首を振るばかりだった。


「俺達は陽動の役目だったから、どんなものかはわかんねえ。だからもう、この都市にはねえかもしんねえぞ」


「関係ないわ。あなた達が辿ろうとしていたルートから、ある程度は割り出せたもの」


「……そこまで情報を聞いて接触しやがったのか。マジであんたらなにもんだよ」


「別に、昔ちょっとだけアイドルはやってたかな」


 は? と二人が唖然とした。ユキナはくすりと笑い、いよいよと立ち上がった。彼らに聞き出した情報はこの程度でいいだろう。最後に、ミソラは二人の耳元に手を伸ばした。


「このインカムは貰っていくわ。それと、死にたくなかったらそのまま動かないこと。あとで警察に場所知らせておくから」


「ま、まってくれ。俺たちを助けてくれるんじゃないのか」


「助けるつもりなんて無いわ。正直、ここに長居したくない。ただ、目の前で死なれるのは後味悪いし、不快。警察なら爆弾の処理はお手の物でしょうし、たとえ失敗してもあなた達の大嫌いな国家の犬と道連れにもできるでしょ?」


「ミソラさん」


 ユキナのたしなめる声に、いけないと反省する。こういうことにユキナは怒るようになったため、彼女の前では言葉を選ぶ必要が出てきたのが、最近の風潮だ。


「冗談はさておき、時代の加速は止まらないし、だれも止め方を知らない。だから一応、その加速が止まったら生活にこまる人がいることは、どうか覚えてほしいわ。別に嫌ったっていいから、同じ人間として扱うくらいの品格は残してちょうだいね」


 そう言って二人は呆然とする男たちを尻目に再び路地裏へ出た。得られた情報はあまりに大きいが、未だに敵の全容はつかめない。


 正体不明のメッセンジャーが、ヤスオやタミヒコのような境遇を狙い、仲間にひきれるために入念な準備を施した。それも彼らに利益をたやすくもたらすことができるくらいの存在ならば、まず考えられるのは大企業の陰謀が思い浮かぶ。現政権、または宗蓮寺グループに恨みを持つ人物や団体の仕業と見て間違いない。


 なにより、計画の周到さに加え、情報の面に対してもアドバンテージを持っている。ミソラの見立てでは、ヤスヒコたちは爆弾を体に巻き付いていたことを知らなかったのだろう。普通なら体の感触でわかるはずだが、それすら気づくことなく、ミソラたちが発見するまで知覚できなかったとみていい。何かしらの手段で、感覚が麻痺していたのか、あるいは髪の毛に虫が付いていることに気づかないくらいに、別のことに意識が向いていたのかのどちらかだ。


「私たち、今度は目に見えない敵と対峙することになるのかしら。もう勘弁してほしいわ」


「だとしても、旅の障害となるなら立ち向かうしかありません」


 それがなんというか”旅するアイドル”の方針めいたものだと、ミソラはようやく分かってきたような気がした。


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