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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第五章 災禍の女たち
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再会と出会い


 カフェで待ちぼうけを食らっていたヒトミは、退屈にふてくされていたが、突如窓ガラスが震えたことで即座に意識を切り替えた。


「……なになに?」


 カフェ内の客に動揺が走った。わずかながら、衝撃音が聞こえてきた。建物が一瞬揺れたように感じたのは気の所為ではないだろう。ヒトミは窓の外を眺めて様子をうかがってみた。厳戒態勢のせいで車ひとつないはずの道路を、堂々と歩いていく三人の影を見つけた。一定の幅で横並びで進行しており、なんだか軍隊めいた動きに思えた。なにより謎の人影が抱えている物でそう思ったのかもしれない。


「なにあれ、まさかテロリストに占拠されたの? うそぉ」


 ヒトミがしばらく外の人物の様子を眺めていると、カフェの客が窓際に寄ってきた。


「あ、あの人達が持っているの、じゅ、じゅう──」


「しっ。気づかれちゃうでしょ。いまはあっちを刺激しないで、おとなしくして」


 悲鳴を上げそうになっている客をヒトミは諌める。冷静な対応に溜飲が収まったのか、客は店内の奥の方へ戻っていった。別に店内の客がどうなろうと構わないのだが、ヒトミ自身に被害がでないなら余計なことにいたずらに騒ぎを起こさないほうが懸命だ。それからヒトミは立ち上がって、店員に小声で「ねえ」と話しかけた。


「いま外に銃をもっている集団がいるわ。厨房の方に人を避難させたほうがいいかも。あとは戸締まりしっかりね」


 そう言ってヒトミは懐から一万円札をその場に置いて、店の外に出た。店員が待つように言ったが、構わず下に降りた。外からの様子からして、建物内の人には気を配っていないとわかっていたので、一階まで誰かが侵入してくることはなかった。ビルの外に出た瞬間、そこは非日常のただ中であることを認識した。


 銃声と叫び声が届いてきた。カフェの中にいるときは気づかなかったが、想像以上の事態になっているらしい。ヒトミは路上駐車していた車の陰に潜み、あたりを見渡した。そこから東の方角で煙が上がっているところを確認し、先程の影がうごめいているのを確認した。複数人、爆発の箇所を取り囲むように迫っているようだった。


「全く、私たちの近くで事件起こしちゃって。アイカちゃんがいたら、めったにめったなんだから」


 先に出ていってしまったアイカも事態を察知して動いているだろうと仮定して、連絡を取ろうとした。だがコール音一つならず、通話がつながらなかった。


「……でないわね、アイカちゃん。じゃあ、ミソラちゃん……も、でない」


 ヒトミは事態の深刻さを知った。外部と連絡が取れない。それも都市全域で同じような状態にあると仮定していいだろう。もしそうなった場合、あの集団たちが迫っているのは、ものすごく重大な場面に立ち会っているのではと思った。ヒトミは途方に暮れそうになって、白い息を吐いた。


「むぅ、誰に指示仰げばいいのよ〜」


 指示があればできる限り何でもやる方針ではあるが、そうでないときはなるべく省エネで過ごしたい。今回の依頼は全く乗り気ではないし、面白くないことには首を突っ込む理由がないのだ。カッコつけて外に出ていった手前カフェに戻りにくい。


「あの変な集団を追ってみるしかないかしら──」


 そう思って、ヒトミが立ち上がろうとした瞬間、みぞおちの反対側に何かの感触が当たった。あら、と思い振り返ろうとして、背中の感触が内側へと押し込まれていった。


「動くな。抵抗したら殺す」


 底冷えするほど低い男の声だった不意に伝わる緊張感は、久しく味わっていないものだと気付かされた。心臓の高鳴りは死の恐怖か、はたまたただの高揚か。相手に主導権を握られているこの感覚は、昔の記憶を呼び覚ましてくる。生きるか死ぬか、従属するか抗うか。その判断こそが、生の実感を呼び覚ましてくるのだと。


 抵抗はしないと示すために両手をあげた。肉体の緊張とは裏腹に、思考はかつてなく回っていた。接近に気づかなかった失態か、それとも背後の男が気づかせなかったのかを吟味した。背中に付き当ててくる感触は、思考を鈍らせたりしない。ここで果てるのも別に悪くない。ふと男が戸惑いがちに言った。


「……命を握られてのその態度。場慣れしているな」


 ヒトミの中に別の緊張感が押し寄せてきた。彼の言う「場」とは、十年もの昔の「場」と同等のものと嗅ぎ取ってしまった。嫌な感じだ。ヒトミは後ろをみやった。背の高い、金髪の男がヒトミを見下ろしていた。


「あなたこそ、只者ではないわね。……ふーん、割と好みの男なのだけども、もう少し柔らかい顔したほうがいいんじゃない?」


「同じことを言われた。どうやら私は人を殺しそうな顔をしているらしい」


「実際、殺そうとはしているじゃない。ま、私を殺したところで、無意味な人殺しで終わるわ。殺人趣味ではなく、職業としての人殺しでしょ、あなた」


 傭兵家業の匂いを嗅ぎ取りそう言ったのだが、男は銃を引っ込めてからこう応えた。


「職業人殺しか。私がもっとも唾棄すべき人種だ。二度とそのような口を聞かないでもらおうか」


「それはごめんなさい。じゃあ、貴方は何者? いまあっちから迫ってきている謎の集団の仲間?」


 少し間があって、金髪の男が身を翻した。


「どうやら、君は私の敵ではないようだ。ならばなおのこと、首を突っ込まないほうがいい。我々はその場にいたものには容赦しない。たとえ民間人であろうと」


 そう言って、男は遠ざかっていった。命を見逃してもらったのだろうか、興味が失せてしまったのかは窺いしれないが、なにはともあれ一息つけるタイミングではあったので、ヒトミは車に寄りかかって吐息を付いた。


「まーた、面倒な人たちが集まっちゃう。やっぱ、ユズリハちゃんみたいな普通の子が恋しいわ」


 この一連の事態が終わった暁には、ユズリハに会いに仙台へ戻るのもいいだろう。

 とにもかくにも、この面倒な事態を回避することが先決だ。たまには主体的に何買ってみてもいいだろう。


 ヒトミはビルの路地に入り込んで、手頃な車でも調達して都市を出ようと考えた。思い立って動こうとして、周囲を見渡していると、ふとあるビルの屋上に人影がみえた。

 フードをかぶっていて、詳しい姿はわからない。どうやらこの一体を眺めている様子だ。ヒトミは端末を取り出し、カメラモードにして屋上の影を撮影した。写真を確認する。

 やや小柄な背丈、日の照り具合がいいのかフードで隠れている顔が明らかになった。それを見て、ヒトミは気分が高揚した。


「あら。あらあら♪」


 やはり退屈な仕事は人間性を失わせるものということが、この胸に芽生えた”悪戯心”によって明らかになってしまった。

 ヒトミはすかさず次なる場所へ狙いを定めた。




「──いったい、何が起こっている」


 この都市へ潜伏し、彼女たちの次なる動向を探っていたはいいが、今日になってから都市郊外で銃声騒ぎ、そしてこの第三区画では車両の爆発がたてつづけに起こっている。どう考えても普通ではない。何より、爆発騒ぎに駆けつけた警察官が銃を持った集団に殺害された場面を目撃した。上官に指示を仰ごうと連絡を取ろうとするも、通信障害が起きているようで状況の報告すらできない。


「彼女たちの監視を続けるべき? いや、この状況は全く埒外の事件だし、これ”旅するアイドル”の仕業ともどうにも思えないし……上に指示を仰ぎたいのに……」


「あら、随分と信頼されているじゃない」


 突如、声がして姿勢を低く保ったまま背後を振り向いた。だが唯一の入り口である屋上の扉から人が出てくることはなかった。次に影が自分の影と重なっていくのをみて、空中へ視線を向けた。


 いつのまにか、一つの影が宙を舞っていた。さながら芸術的で、一瞬目を奪われてしまった。それが仇となった。影はまっすぐこちらに落下し、着地の寸前に服や体を抱きすくめてきた。互いに転がりながら欄干へぶつかったあと、ヒトミがかな切り声を上げた。


「いったい〜ィ! 格好つけて飛ぶんじゃなかった。でもいい再会だったと思うのだけど、どう?」


「……ヒトミさん」


「はーい、大空ヒトミでーす。ユズリハちゃんも変わりないようで何より」


 この人も相変わらずだ、とユズリハは思ってしまった。彼女の手には鞭のようなしなる道具を持っており、どうやらビルの側面から屋上の手すりへ絡ませ上ってきたらしい。明らかに普通技ではないし、やろうとしても普通はやらない。だがいまは彼女がここにやってきた方法より、やってきた経緯の方が重要だろう。


「なぜ、わたしがここにいると気付いたんですか」


「もうユズリハちゃんったら、いくら状況が混沌としているからって油断しちゃダメよ。屋上から丸見えだったんだから」


「……そうでしたか。とんだ失態です、あなたに見つかるなんて」


「うわ、ひっどい言い草! ま、また私が見つけちゃったもんね」


 見つけたというか、勝手に振り回してきたのはそちらの方ではと、文句の一つや二つは言いたくなるが、とりあえずこらえて話を続けた。


「それで、ヒトミさんはなんの用で。ミソラさんたちに突き出してみますか」


「もう警戒しないでよぉ。こっちは一人きりで心細かったの。せっかくだし、一緒に動こ?」


「お断りします」


「でもそっちだって状況飲み込めてないんじゃない? あの連中、ていうか、他にもヤバそうな人にも出会っちゃったの。民間人を守るとおもって、ね?」


 不安そうな体を纏い、ヒトミはそう言ってきた。確かに彼女の提案に乗るのも悪くない。確実に”公”を乱す者がこの都市に入り込み、そして事件を引き起こしている。本来は、こういった状況に介入することはないのだが、外部とも連絡が取れない以上は情報集め、報告の足しにしておく必要がある。公安警察である以上、国家に忠誠を誓うための方便は必要だ。


「それと、多分外に出ようとすると銃弾の被害を受けると思うのよね。この場所ってまさにおあつらえ向きのシチュエーションだもの」


「……そうですね。何が起こるかわからない以上、一時的に行動するのもやぶさかではありません。ただ──」


 ここは大事なことだと、一旦言葉を切って印象づけた。


「行動するのはあなたとだけです。ミソラさんたち”旅するアイドル”に出くわすようなことがあれば、すぐに縁を切ります。それと私は私のタイミングで離脱を図るのでそのつもりで」


「それでいいわよ。じゃ、ユズリハちゃんにおまかせするから」


「おまかせされても困るのですが、とりあえず第三区画から離れましょう。避難場所へ行き、情報を集めてみます」


「警察手帳をかざせば何でも話してくれるものね」


「その分、嘘や危険もつきものですがね」


 二人が合流を果たし、一時ながらヒトミと合流する羽目になった。”旅するアイドル”にいたころは、ともにいる時間が長かった気がする。別に気を許したわけではない。ただいろいろな意味で安心できる人物であることは間違いないだろう。


「あ、聞いてよユズリハちゃん。私ね、ひっどいつまらない仕事させられてたのよぉ!」


 ただ彼女のわがままに振り回される予感しか無いのも、確かなようだ。





 二人の少女は北の方向へと進んでいることがわかった。見失わないように付いてきて、彼女たちの拠点へ駆け込むつもりだった。いま出ていっても、近場に預けられるだけだからだ。

 第三区画へと入ってから、彼女たちの足取りが早くなった。そこからフードとマスクをしたようで、周囲を窺いながらの進行だった。

 路地から路地へ。大通りに差し掛かったときは周辺を警戒している警官や自治体の人間をかいくぐらなければならなかったが、第三区画に入ったときから、その影はめっぽう減り、特に警官の姿が少なくなっていた。おかげでバレずに済んだ。


 富良野タワーまで来たようで直径403Mの細長いシンボルが見える。東京タワーやスカイツリーとも違うデザイン性で、あれらのタワーと比べると趣が足りない。グレーの色味がそう感じてしまう要因だろう。あの場所がもともと、観光用途ではないと考えると当然かも知れない。

 その地殻の路地で、二人は足を止めた。一人が振り向いて、こう言い放った。


「そこにいるんでしょ。出てきなさい、バスローブを着た人」


「……ならもう少し早く声かけてほしかったです」


 震える足で彼女たちの前に出た。そろそろ体力も限界が来ていたようで、膝が地面についてしまった。片方の少女が「大丈夫ですか」と言って駆け寄ろうとしていたが、それを差し止める手があった。こちらに気づいていた少女は、品定めする目をむけた。


「こんな状況だもの、たとえ水着を着ていたとしても警戒して然るべし。と、思ったのだけど、ただ付いていくだけだから事情くらいは聞いてあげようと思ってね」


 少女が近づく。マスクとフードを外し、ベージュブロンドの神をなびかせた。フラットな顔立ちで、どこか作り物めいている顔とは裏腹に、こちらを見る眼差しは現代の人間が忘れかけた情動を秘めていた。


「私は宗蓮寺ミソラ。貴女は?」


 宗蓮寺、ミソラと繰り返した女は、自分の名を名乗った。


「私、リツカって言って……泊まっていたホテルに、銃を持った連中が、入ってきて……」


 急激に足の力が自分の意志の介在を許さなかったようで、リツカの膝が力なく折れた。


「ちょっと、貴女」


 ミソラが慌てて抱きとめる。遠ざかる意識の中、ミソラが「ユキナさん」と呼ぶのが聞こえた。

 リツカの意識は喪失し、急激に熱を失っていった。






 実験都市富良野にて巻き起こる騒乱。

 世界を震撼させたテロ組織の残照、正体不明の武装集団、そして何かを求める”偶像”たち。

 三者の遭遇は導火線より遠く、しかし種火はとうに撒かれた。

 赤子が揺り籠から立ち上がろうとするような覚束ない地盤が、これから崩れ落ちようとしていた──。

 


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