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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅱ部】第五章 災禍の女たち
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人殺しのプロフェッショナル


 脳を震わせていく耳鳴りのなか、微かに人の声が聞こえてくる。


「ターゲット……めました。武器商人……死亡……。爆発……で、女の遺体……き飛びまし……。……はい……回収し、……に潜伏した男も仕留め……」


 遠くの人間の声が風に乗って届いているようだ。吹雪は落ち着いた状態のようで、焼け焦げた匂いと乾燥した冷たい空気が体の中に入ってくる。少女は自分の生存を理解し、状況の理解に思考を回した。


 つい数分前、銃声が聞こえた四方から銃弾を受けた。右肩、左肺、左太もも、そして後ろ首に被弾し、致死量の血が吹き出した。それだけに飽き足らず、爆発に巻き込まれて数メートルは吹き飛んだ。普通ならここまでされて死なない生物はいない。もしそれで生きている生物が存在するのなら、それはバケモノだ。

 ──だからといって、存在しないわけではない。


「……ハハ、久々じゃん。この痛み、この気持ちも……」


 思い出すのは四年前の戦争だ。国連軍が仕向けてきた兵士や兵器に破壊し尽くし、徹底抗戦で立ち向かった。ここで最愛の妹が国連軍に寝返り、最愛の父が殺された。あの屈辱、あの絶望を忘れることなんてできない。


「じゃあ、やっちゃお」


 全身の神経が徐々に繋がっていくのを感じる。まず右腕が動くようになった。おぼろげな視界も取り戻し、聴覚も戻ってきた。


 こちらに近づいてくる足音を効く。雪を踏みしめているが、足音から戦闘経験に乏しい者だろう。死んだ薄めで地面の先をみる。二人が近づいており、その向こう側に複数人が連なっているようだ。武装の確認は動きながら確認することにして、タイミングを伺う。プロの傭兵を引き連れているなら対応はまた変わる。だが、素人ならこの状態でも殲滅できる。


 シャオ・レイは右太ももに隠し持っていたナイフに意識を向けた。シャオの目の前で立ち止まった者は、この場にいない誰かに向けて報告しているようだった。


「女の遺体を確認。A班、いますぐ応援を……」


 させない。

 シャオは仰向けの状態から足を伸ばし、男の胴体に絡みついた。驚きで悲鳴を上げる二人の男より先に、シャオは右太ももに巻いていたナイフを手に取ったあと、そのまま男の胴体を軸に上半身を起こした。


 目の前に日本人の男の顔があった。二十代の若者だ。突然のことで、男の目が見開かれていた。シャオはすかさずナイフを喉元の奥まで突き刺した。うめき声を発する男に、隣の男が悲鳴を上げる。続けてシャオはナイフを引き抜き、男に絡みついたまま隣の頸動脈にナイフを走らせた。


 声もなく、切った先から赤黒いものが間欠泉のように吹き出す。白い地面に湯気が上って赤く染め上げていき、シャオはそれらを浴びることなく雪の上に着地した。襲撃者たちは異変に気づき始めた。仲間が倒されたときの反応を伺おうとしたが、彼らの武装を見て思い直すこととなった。


「こいつらが泥棒だったかあ」


 シャオはすぐさま回避行動を取った。襲撃者の武装は、本来取引で手にするはずだったロシア製の旧型武器だった。こんな素人に全て奪われるなんて腹が立って仕方がない。ただし、そんな素人が、一瞬でもシャオの命を脅かした。シャオの心中は穏やかではなくなっていた。

 ただし怒りや恐怖ではなかった。彼らに対する敬意が胸の中を満たしていく。


「ちゃんと、殺してあげないと──ね!」


 シャオ・レイにとっての最大の賛辞がこぼれた。それから彼女は雪の中から飛び出し、全身がバネになったように敵へと肉薄していった。


 一人、躊躇なく右手のナイフで首元に筋を走らせた。風船を割ったような感触が腕に伝わる。男はよほど興奮していたのだろう、切った先から赤黒い血潮がシャワーのように吹き出した。若い男が雪の上で落ちると同時に、右斜め後ろから駆け寄る複数の影を耳で捉えた。動きからして素人だ。ただし仲間の血をみて動転していないところを見るに、人を殺すことに躊躇はない。そういう手合いが、世界の中にいるとは聞いていた。快楽殺人者とは相容れないが、理性的に人を殺す連中よりまだ良い。


 今回、自分たちを襲ってきた連中は、手に入れるはずだった武器を強奪した一味に間違いない。使用してきた銃や家をロケットランチャーで吹き飛ばしたことからも合致する。わからないのはその正体。この興味が、うちに秘めた”才能”を十分な位にまで引き上げた。


「ねえあなた達、その武器がどれだけ人を殺しているのか知ってる?」


 少女は敵を見据えた。他にも十数人、あの古家を取り囲むように待機しているだろう。だが季節と状況が味方してくれている。


「未だに世界で一番人を殺した武器になっている。パパもこの武器を憎んでいたわ。だからこれを手に戦場を煽りに煽って、血と硝煙を撒き散らしたの」


 少女は真冬の上を駆け抜けた。銃声が一斉に響いた。反射的に旋回、着弾をそらす。これが実際の戦場だったら二、三発は体に受けていたことだろう。敵に接近する直前、右腕をサイドスローでナイフを投げつけた。敵の姿を確認したのはその時だけだった。若い男が二人に、中年の男が一人の三人一組で、前に出ていた中年男の喉にナイフが突き刺さった。他の二人が驚いている隙に距離を狭め、ナイフを引き抜く。同時に二人の若い男へと心臓へ一突きからの首筋への一閃を食らわせた。ほぼ同時に三人が力を失い、鮮血が吹き上がった。


「武器ゲット」


 次の攻撃に対する回避行動を取りながら、シャオは雪の上をかけた。寒冷地での戦闘経験は少なかったが、傭兵が相手でないならアドバテージはこちらにある。粘ついた血液を浴びながら銃の安全装置を外す。敵を視認するまでもない。何人かは生け捕りにしておくのがベターだろう。雪の山に身を隠し、両手を持ち上げて銃口だけで狙いを定めた。

 引き金を絞る。両手が裂けそうな感触を力を込めて制御させ、乾いた着弾音を何度も響かせる。うめき声、叫び声、雪の上に倒れ伏す連中を視認するまでもなく、遠距離武器を近接武器で直接斬り伏せたように分かってしまう。かつて父が見初めた才能の一つだった。


 全弾を撃ち尽くしたシャオは銃口部分を持ち手に遮蔽物から躍り出た。赤い雪華がそこに咲いていた。残る連中は四人。全員男で、こちらを視認しすべてを諦めた表情を浮かべていた。

 シャオは姿勢を低くしたまま接近後、AK49で敵の顔面を強打した。顎が割れ、額がくぼみ、鼻を潰した感触だけが手のひらに残った。殺してはいないが、戦闘不能となっただろう。


「さて」


 シャオは残る男へ向き合った。尻餅をつきシャオにひれ伏している。恐怖を通り過ぎる瞬間は、諦めがその人物を支配したときにやってくる。戦場で取り残された市民が浮かぶ表情そのものだ。


「日本人ってここまで好戦的な人種だったけ。平和ボケの廃棄物が日本人じゃなかったけ。で、見る限り特別な人間には思えないからさ、誰の差金かは教えてほしいな」


 考えうる可能性として、公安警察や工作員の仕業だと考えるのが筋だが、どうやらそっち方面の匂いはしない。ならば素人をよこさず、戦闘のプロを周到に配置するだろう。たとえ彼らが第一陣だとしても、都市の近くでの戦闘は衆目を集めるだけでリスクが大きい。それは平和ボケな日本人の性質ととことん噛み合っていない。


「答えないなら、そうね、ちょっと”痛み”を与えないと──」


「……栄光あれ」


「うん?」


 若者にあった恐怖をかき消すような確固たる意思がそこにあった。そして男はこう叫んだ


に栄光あれ。滅亡の炎に身を委ねろ」


 瞬間、男はシャツの隙間に手を伸ばし何かを引っ張った。取り出すのではなく、引っ張っただけ。シャオは男の胸元が輝いたのをみて、両腕を前に交錯した。


 光がシャオを多い包み、爆風が当たりに広がった。宙に浮いたシャオの意識はすでになく、雪の上に転がっていった。

 衣服の中に雪解け水が染み込んでくる。シャオは腕一本動かせないと自覚できた。運良く、意識は奪われずに済んだらしい。


 なら、あとは目をつぶるだけだ。冷たさも、痛みも、ただの夢だと思いこめば、きっともとに戻るのだから。

 体が動けるようになるまで、思考は止めたほうがいい。だけどここは日本。父が生まれ育った国で、彼の娘が現在この国で不可思議なことを行っているとのことだ。


「……面白いなあ、ニッポン」


 動かせる範囲だけで期待感が高まっていく。

 シャオのくぐもった笑い声が、鮮血の花畑に広がった。






 ふいに腕が持ち上がる感覚で、シャオの意識は覚醒した。ただし掴まれた腕の感覚は遠くなっていて、掴んだ腕が鉄のように熱く感じた。まぶたを開くと、顔がすすだらけの男がいた。


「なんだ、生きてたんだ」


「当然だろう。……冬戦はまだ慣れていないようだな」

 

そのままマーカスはシャオを抱き上げた。熱が体の表面からうちへと染み込んできて、シャオはそれに身を委ねた。あたりには死臭が蒸し返していたが、戦場の匂いを思い出して懐かしくなった。


「怪我は?」


「こうして生きているのが証明じゃない。でもさ、自爆覚悟の日本人に出くわすなんて、百年前の特攻隊にタイムスリップでもしたのかな」


 熱が戻ってきたので、マーカスから体を離した。それから周囲を眺め、しかめた顔を浮かべた。


「自爆したの、一人だけじゃなかったんだ。これで身元も分からないし、徹底してるね」


「シャオが殺した連中にも、体の周りに手榴弾を取り付けていた。それも、我々が本来手にすべき品だった。それを利用し、我々を襲撃したのなら」


 シャオは乾いた唇を舐めて、高揚感を覚えながら言った。


「宣戦布告、とも取れるね」


 シャオたちが日本へ来ていることを知っているのは、不法入国を手伝った同士たちか、潜伏を知った日本の治安維持組織のどちらかだ。だが武器を仕入れることは、シャオとマーカス以外に知ることはない。


「国際機関が行う手にしては、杜撰というほかにないが、どうみる?」


「さてね。とにかく武器をすべて奪い取られたからにはどうにか奪い返さないと。あ、そういえば売人は?」


「遺体を見つけた。爆発に巻き込まれて死んだようだ」


「あちゃー、お金も回収できなくなったかぁ。無駄な買い物しちゃったかな」


「やはり行くべきではなかったな。日本での足場を作りたいのはわかるが、ここは我らにとって最大の狩り場。不用意に踏み込むべき国ではない」


「はあ、小言ばかり言ってさ。マーカスだって実はこの国来たかったんでしょ。あわよくば、アイカに会えると思ってたんじゃないの?」


 マーカスの眉が下がったのをシャオは見逃さなかった。市村アイカはザルヴァートのトップである市村創平の血の繋がった娘であり、組織で最悪の裏切り者。彼女の裏切りによって組織は瓦解し、最愛の父は粛清という結末を迎えた。

 しかし、意外にもアイカは恨まれてはいない。むしろ父を亡き者にした成果に信望されているまであるのだから。

 そう、アイカは危険な存在だ。パパの理想を阻む、ザルヴァートの障害であることに変わりはないのだから。


「あの子を殺すのはアタシの役目。これだけは、誰にも渡さないから」


 シャオは彼に言った。これはマーカスに対しての忠告だった。アイカを殺す権利があるのは、自分だけだと暗に伝えた。


「私個人がアイカに恨みを持つことはない。主なら、彼女の行いを褒め称えていただろうからな」


 マーカスが愉快な面持ちでそう言った。彼とは長い付き合いで、合理性という言葉を優先する父の右腕である。組織が解散した後、真っ先に鞍替えしたのが彼だったのだが、シャオの呼びかけに真っ先に答えたのも彼である。マーカスは背を翻し、周囲の状況を観察し始めた。誰にも届かない声で、シャオは毒づいた。


「まったく、誰も彼もアイカに甘すぎ。……あの子、なんかアーティスト的なことやりはじめたっていうのに」


 ある意味で、アイカは父親への反発のつもりであんなことをしているのだろう。

 市村アイカを引き込んだ謎の組織が、つい数ヶ月前まで活動していたらしい。いまでは潜伏しているようで、表舞台から姿を消してしまった。

 ”旅するアイドル”。日本という国は、パパを生み出しただけに、愉快な国であることは間違いなさそうだ。


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