そしてまた、狂い咲く
〈ハッピーハック〉が事実上の解散をしてから、それぞれの道が動き始める。
〈スター〉──明星ノアは宗蓮寺グループが運営する事務所でソロ活動を始めた。元々の名とポテンシャルが高いこともあってか、様々なコンテンツに引っ張りだこの出演量になっている。そして曲に合わせて踊るという彼女の才能も、聞いたことない曲なら即興で踊るという誰も見ない才能を披露し、たまに振付師としての仕事も行っているらしい。人としても、芸能人としても、そしてアイドルとしても完璧なノアは、これから誰も見たことのない光を放ち、新しい世界を築き上げるのだろうと思った。
ハルは、芸能界から一線を引き、まずは休学中の学校へ復帰した。残りの一年で残りの単位を取得し、卒業後は先導家総勢で渡米した。費用は〈ハッピーハック〉で稼いだ懐事情で解決したが、渡米を決意してからの英語習得は想像以上のエネルギーを費やした。アイドル活動中で得た人脈を活用して、ハルもナツもアキも海外で暮らす決意を決めた。理由としては、〈ハッピーハック〉の一件でナツとアキが町中で声をかけられるほどの有名人になっていることに起因する。──それがたとえ、ネット上で起きている不可解なことを加味しても、日本で過ごさせるのはストレスになると感じての判断だった。二人は快く了承したどころか、どこか決意を掲げていたように思う。それを知るのはいつになることやらと、ハルは二人の成長に期待した。
渡米してから二年。短期大学へ入学し、卒業の時期が近づいていた。だが二年で学んだことは、得たいことの一割も満たない。米国内の企業に就職するか、それとも起業でもするか。ある程度、世界の現状を知ることはできたが、変わりに自分の世界がいかに狭いところだったかを思い知らされた。それでも、世界の移り変わりが表と裏、双方にやって来ることは明らかだ。
ハルは自宅マンションで卒業課題を仕上げながら、故郷の空気を思い馳せた。
来たるべき、世界の移り変わり。日本は、どんなものが台頭するのだろうか。海外留学して、確かに視野が広くなっているように感じる。ただそれが、誰かの作った先入観であることも忘れてはならない。いつか慣れ親しみ始めた今の土地を離れる時が来る。ナツとアキは、ハルが心配するまでもなく自立できるだけの能力を持っているものの、やはり唯一の肉親であることが余計な心配を生み出してしまう。
頭の中にたまったモヤモヤを、ため息で晴らそうとする。もちろん、モヤモヤは無尽蔵に湧き出るばかりだ。
『20年禍』の際、ある政治家がSNS上で国の不満を集めた結果、「生活が苦しくて死にたい」、「安楽死制度を導入してほしい」、などといった意見が多数集まったことがある。当時の情勢が非常事態であったこともあるが、人の営みは豊かさに比例して煙の中でたゆたう存在になっているのかもしれない。人は生存ではなく、「生きる」という目的で存在しているのだから。この「生きる」という概念が、いまも自分たちを苦しめているものだ。
弟妹たちを自立させ、実のところ「生存」以外に大それた標がなくなっていた。
いや、本当はあった。いまも一人で輝き続けて、それに近づこうとしている。様々な事柄を知っていくうちに、人一人では解決できない「しがらみ」があることも知っていく。
──みんなを幸せにするには、その「しがらみ」と真っ向から対峙する必要がある。取り払うには一朝一夕、または小手先の事変で解決できるようなものではない。
そこまで考えれば、如何に大きな問題を相手にして立ち向かおうとしているのか理解してしまう。そもそも肝心の問題自体がはっきりしていない。臭いものには蓋をし、その上に重しを乗っけていることで問題をなかったコトにしようとしているのだから 今を取り巻く世界の現状や、「革新」によって変わっていく世界の趨勢に対し、いまの人類が『正解』を導き出せるのだろうか。白と黒、灰色などではなく、誰もが何色にでもなれる「透明」なものに。そうすれば、〈エア〉があのとき受けた苦しみや、黎野明美がなぜあんなことをしなければならなかったのかという「本当の原因」を解明できるだろう。
「……ふう、まずはこれでいいかな」
提出用のレポートが完成し、PCを閉じようとしたその時だった。スクリーン右上にメールの通知が届いた。ショートカットキーでメールの内容を見た。ハルは信じられない思いでつぶやいた。
「ノア……なんだってわざわざメールなの?」
暇さえあればビデオ通話で連絡を取り合っているのにと思いつつ、簡素なメッセージとファイルに目を向ける。
”これみて!”という一文に鬼気迫るものを感じた。心配になりつつも、添付されたファイルを開いた。すると動画再生用のソフトが自動的に開き、再生が始まった。
誰かが端末で撮った映像のようだ。動画の中心には”ウォークビナ大感謝祭”と看板にかかれていた。どうやら日本国内であることは間違いない。動画の中心に映っているのは、ウォークビナなるイベントで、そこそこのステージが設立されていた。
そこに一人の少女が立ち尽くしていた。
「……この娘は?」
明るいベージュ色の髪の少女がアイドルの衣装を着ている。ただそれだけの光景だ。なのに、彼女の姿に重なろうとする者がいた。もちろん、顔たちや髪色は違う。映像と少女の距離は離れているらしく、顔たちまで詳しくは分からない。
なのに、予感があった。
知らない土地に立っているのに、故郷に吹いていた風がやってきた気分になっていた。
少女は俯いたまま動かない。司会の人が心配野声を上げるほどだ。何に怯えているのだろう──そんな疑問は、前方から桃色のサイリウムを掲げてエールを送っている様子をみて端っこに追いやられた。少女の緊張がそれで解かれたらしく、まっすぐに何かを見据えていた。
どうしてか、彼女が見ている先を知らなくてはならないと、心が疼きだしていた。
一見何も関係ない映像と少女、なのにノアが送ってきた事実からありえもしない事態を想起させた。
「……〈エア〉……?」
彼女の名前を口に出したときのことだ。
頭の天辺から天雷が全身を貫いてきた。数え切れないほど聞いた曲のイントロから、少女の手を握るマイクが上がった。
少女が歌い始めたときに、ハルの中で新たな風が吹き荒ぶさった。そして次に何をするのかを決めるには十分だった。
Happy Hack. END
NEXT Traveling! 2nd Season




