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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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ニューイヤー


 Lakersと他のアイドルのバラエティコーナーは異様な盛り上がりを見せていた。この様子は逐一全世界は配信されており、バラエティ勝負で勝ち上がれないLakersの姿をバッチリ収めていたからだ。

 だが会場の空気感は勝利してきたアイドルチームにアウェーな空気をもたらしていった。ゲームが進むにつれて、Lakersが手を抜いても勝利が確定するような行動を、あちらがわがしてくれる。当たり前だが、観客の盛り上がり合ってこその催しだ。Lakers以外のアイドルグループはそのへんをよく分かっていた。


「ああ、もう少しだったねえ〜。人数が多い分、力がばらばらになっているのかな〜」


 そう他のチームを煽るのはエリカだった。彼女の発言は天真爛漫を演出して見せているが、その実態は心の底から人を見下していた。特に衆人監修の只中で人々に屈辱を与えるのが快感のようで、いくつかの番組や放送でその餌食にかかったものは表舞台から殆ど消える定めにある。なぜなら、彼女のファンが総叩きするからだった。


「むぅ、今度はみんな本気でやってよね。このままじゃ、逆転して一人勝ちになっちゃうんだから」


 表に出るものは、表に出るなりの暴言を熟知している。直接的ではなく、間接的だからこそ、相手の神経をより逆撫でてしまう。トーリヤは笑みを絶やさずに時折フォローを入れて番組の流れを維持していった。

 終盤に入って、Lakersが主導権を握り始めても、観客たちはエリカの司会ぶりに喜びを得ている。傍から見たら他のアイドルといい感じの中を作り出しているように思われたが、当のアイドルたちは内心穏やかではないだろう。トーリヤは心中お察しして他の観客の様子を眺めた。


 ふと、気になるものを見つけた。なにやら大きな人の集団がある方向に集い始めている。トーリヤは他にもイベントがあったことは記憶しているが、どこの事務所が執り行っているブースなのかは掴めなかった。しかも配信チャンネルはこの場所だけにしかフォーカスが当たっていないので、なおさら不可解に思える。

 バラエティコーナーが終わった後、トーリヤは他の二人に別の場所へ向かうと告げて、ステージを後にした。得票のことなどすでに頭の中にはなかった。予感なんてなかった。ただ自分たちを差し置いて、何がここに来ている一部のファンを取り込んだのか気になったのだ。


 幕張フィールドの端っこにたどり着いた。すでに観客たちがあるテントを取り囲んでいた。そこには屋台みたいな看板に『SOURENJI』のロゴが出ていた。今回の協力企業だと聞いているが、企業協力した礼に自社製品の宣伝場所を設けているだけだ。そこまでの革新的なものを発表しているのか……答えはその声と挙動で理解した。


「さあさあ、お立ち会い! 〈ハッピーハック〉の初の試み。この製品が一体どれぐらいの価値をもつのか、皆さんで当ててみてくださいね! ちなみに公式サイトやSNSにも乗っていない製品ですよ。あ、そこのお兄さーん、”SOURENJI”の製品使ってますか? ここに画期的なアイテムがあるみたいですよぉ」


 屋台の前で声たかだかに宣伝をする先導ハルがそこにいた。他にも以前見かけた〈ハッピーハック〉の面々も、赤色の法被を来て看板らしきものを手にしていた。長机の上に置いてあるのはドローンだった。なぜこんなところでお披露目されているのかは、ハルが解説をした。


「このドローンは、これから撮影を大きく帰るもの間違い無し! 実際に、一度だけ私達のライブでも使用したことがあります。……あ、ご覧になった方もいますね。そうです、このカメラは最後のライブで、全員のパフォーマンスに使われる予定なので、皆さん覚えて帰ってきてくださいね。さて、値段宛ゲームです。誤差プラマイ1,000円の方には、これを差し上げたいと思います。ほしいなら私達のサインも付けちゃいますよ!」


 すると観客は次々に値段を提示していた。十万まで言ったところで、千円で刻みで客が宣言し始める。この状況でリストバンドの値に影響することはなさそうだが、貴重なサンプルに影響を及ぼすなら派手な方が楽しめると思い、手を上げた。


「十四万三千でどうかな、ハル」


 その声と親しみの深そうな声に、周囲の観客がどよめいた。左右へ広がる観客たちに対し、当然のようにその間を進んでいった。


「トーリヤ。バラエティコーナーは楽しめた?」


「とっても。こちらも中々の盛り上がりじゃない。あなた達の参戦も相当なサプライズだけど、収集付くのかな」


「当然。で、値段宛ゲームは当たらずも遠からず、な感じだけど」


「遠慮する。次のステージがあるし、盛り上がりの正体をしたかっただけ──ただ」


 トーリヤが挑戦的な目を彼女たちに向ける。この場には圧倒的に自分の味方が多いことは理解している。そのうえで感情を揺さぶるにはふさわしいと思った。


「自分の立場をよく知っていたほうがいい。きっと、君に言いたいことがある人がいるはずだから」


 ハルが瞼を大きく開いた。いい顔をする。十六歳の少女には無意識下の差別を理解できないだろう。今のこの場に集っているのは、先導ハルを糾弾したいがためだ。彼女の突然の引退と、そのあとのスキャンダルは決して許されるものではない。

 あとはじっくりと真綿で首を絞めていけばいい。そう思って先程の発言を取り消そうと思ったのだが、先導ハルは「ああ」と素っ頓狂な声を放った。


「もしかしてさ、トーリヤはこの人のことについて尋ねたかったの? ならそういえばよかったのに、ほら出番だよ志島。あのトーリヤがあなたに夢中みたい」


 思わず声を漏らしそうになった。先導ハルの言葉の意味を理解できるもの、週刊誌の写真を見たことがあるものに限る。あるものは「あれ、この人」と声を上げ、しだいに「先導ハルと寝た男」だ、と正体を看破しだした。


「……ハル、正気なのアナタ」


「いやいや、この人仕事に来ているだけだって。ちょっぴり、因縁はあるけど」


 とウインクを平然としてきた。隣の仲間たちは呆れ返っているようだが、彼については承知の上だったのだろう。


「あ、そういえば、あのときの誤解を解いてなかったなあ。いま解いちゃう?」


「……おい、ガキ。まさかあのときのままの事実で残してんのか?」


「うん。〈ハッピーハック〉が続いてたからすっかり忘れてた。まあ、目の前で尋ねてきた人には説明的なものはしたし、いいかなって」


 男の口がわなわなと震えた。すると会場内は騒然となった。いま目の前に立っているトーリヤより、先導ハルの方へ注目が集まったのだから。

 先導ハルは自らこういったのだ。あのスキャンダルにはなにか意味があるのだと。


 喧騒が最高潮になったとき、トーリヤは例のスキャンダルのことについてようやく理解した。あれは意趣返しだ。今年の頭に起こったアリサと某事務所社長との美人局場面を、雑誌の記者が撮影し、エリカの手のものによって重症を負わせたことを、先導ハルのスキャンダルは示していたのだ。

 ならば一つの推論が出てくる。──あれは故意にスキャンダルを流し、その流れでファンタズムから離れていくという作戦だったのではないか。


「……ふざけ、ないでよ」


 そんな、馬鹿みたいな大胆な方法で、自由を獲得するな。


「私たちが、どれだけ辛い目にあっているか知ってるくせに……」


 Lakersはどこまでいっても黎野の玩具でしかない。ときには他事務所の弱みを握る装置であり、醜聞をかき消す武器であり、不義理が起こらないようにするまとめ役な自分たちだ。自由はアイドル活動なんて、今まで一度も出来た試しがない。なのに──。


「ずるい、ずるい……ずるすぎるよ……」


 堪えられない。今日、〈ハッピーハック〉がステージに立つことはない。それなのに、トーリヤたちを差し置いて、この場で主役になるのは、屈辱以上の何ものでもない。


 トーリヤはその場から離れた。ファンの誰も振り返ることなく、みんなは本物の輝きを目にしていた。Lakersにその輝きはない。黎野が手にした黄金を貼り付けただけのハリボテに過ぎないのだから。


 最後のステージは難なく終わった。生まれてはじめて、パフォーマンスの質を落としたと思う。だがそんなことすら誰も気付かない。気付いたのはたった一人だけだった。


「……トーリヤさん。うごき、なんか変でしたけど」


 アリサが心配そうに顔を覗き込んだ。それになんでもないと突っぱねてしまった。エリカは満足そうにペットボトルの水を飲んで、新年の到来を待ち望んでいた。あと三時間で新年だ。なのに、心の奥がざわめいて仕方がない。あの一幕で決定的な何かを見逃してしまったような気がするのだ。

 気の沈みが頂点を達した頃、黎野が楽屋を訪れた。彼女は特に感慨もなく言った。


「お疲れさまでした皆さん。やはり、みなさんが求めているのはLakers、ひいてはファンタズムのパフォーマンスだと、今回の結果で証明されました」


 エリカはどうでもよさそうに間延びした声を上げ、アリサは黎野への恐怖から「すごいですね」と褒めはやした。ふとトーリヤは〈ハッピーハック〉のことを黎野にたずねてみようと思った。


「社長、〈ハッピーハック〉が来ていたことご存知だったのですか」


「ええ。彼女たちは以前の文化祭で宗蓮寺グループの協力をしたことが会ったらしくてですね、いわゆるアンバサダーだと言っていました。わたくしも、彼女たちのことを警戒していたのですが、どうやら商品の宣伝以上のことは行わなかったようです。まあ、彼女たちも注目を浴びたようなので、そこは気に入りません」


 黎野が〈ハッピーハック〉、ひいては先導ハルに憎悪を抱いているのは、彼女が見出した原石たちが一つに集っているからだろう。Lakersとは違って本物の才能を持っている。彼女たちのステージは、着実にファンの獲得にうごき始めている。そして今日も、ある誤解が解けたことによって爆発的な人気に火がつくだろう。芸能界の外から侵食する勢いだ。


「ですがご安心を。対策は入念に行っています。彼女たちを上回る才能を見い出せばいい話です」


 トーリヤは違和感を持った。いままでの彼女なら、エリカやアリサの力を使って妨害工作に出ているはずだ。悠長なことを言っていいのだろうか。


「……何バカなことを思ってるのよ」


 ファンタズムのやり方に毒され始めている。いやすでに、染まりきっている。先導ハルはそ大胆かつ緻密な方法を用いて、ファンタズムから逃げることに成功した。染まりきっていなかったからか、それとも染まりたくないからか、どちらにせよトーリヤができなかった選択だった。


 特に恩義はない。だがアイドルだけは、辞めたくなかった。自分が自分で居られる場所は、この場所だけ。それが亡くなってしまうのは、どうも惜しい。

 黎野に未成年である自分たちに解散命令をだす。夜の十時以降はたとえ大晦日であろうと、外出するわけにはいかない。そうやって衣装から普段着に着替えようとしたとき、エリカが端末の画面を見ながら、こんなことを言った。


「……ねえねえ。〈ハッピーハック〉ってさ、こいつらのこと?」


 次に画面を見せてきた。ネットニュースに〈ハッピーハック〉が参加していたことが書かれており、スキャンダルの誤解も解かれた、ようなことがかいてあった。


「こいつらさ、社長室から出てきた人でしょ。──なんでこんな奴らが、東京ドームでライブできるんだか」


 え、と思わず声を出した。黎野も同じ反応をした。彼女はエリカに詰め寄ってきた。


「い、今なんとおっしゃったのかしら。〈ハッピーハック〉がなんですって!?」


「だーかーら、ほら、ここに書いてある。彼女たちは年始丸一日ライブを開催するって。しかもチケットの必要がなくて、誰でも入場できるって──」


 画面を凝視してしまう。黎野の激情がありありととれた。彼女たちはこのイベント会場で種を撒いた。幕張から電車で一本の場所にドームがある。立地も完璧だし、サプライズぶりも唸らせるものがある。〈ハッピーハック〉のサイトに詳しいことが書いてあるみたいだ。


 1月1日、年始のハッピーニューイヤーライブ。入場無料。会場八時、開演十時とある。

 黎野が金切り声を上げるのを尻目に、トーリヤはドーム前の喧騒をありありと想像することが出来た。


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