芸能界
数日後、成田国際空港の玄関口にたどり着いた〈スター〉と〈エア〉、そしてナツとアキは、〈サニー〉が戻ってくる便を待っていた。数日の間、状況に変化はなく、〈スター〉の活動はやや熱が覚めだした頃だった。
一人で輝いても仕方がない。やはり、太陽が中心に〈ハッピーハック〉なんだと思った。
「姉ちゃん、フィリピンで何してたんだろ」
「お母さんとお父さんがいるってことは、二人に会いに来たんだよね。でも、わたしたちに一言あっても良かったのに。
「それは本人の口から分かることよ。……ほら、フィリピンからの旅客が来たわよ」
日本人とフィリピン人が多数のなか、じれったい思いで彼女を待つ。しばらくしたころで、一人でスーツケースを転がす目的の人物が姿を表した。
「姉さん!」
アキの一声に先導ハルは目を見開き声の方を振り向いた。瞬間、急ぎ足でこちらへ駆け寄ってきた。
「……どうして、ここにいるって」
「宗蓮寺テクノロジーを駆使すれば、貴方の所在くらい割り出せるわよ。そっちは、随分と遠いところまで行っていたようだけど、家族に一言もなしに向かうような場所とは思えないわね」
「……それは」
〈サニー〉が言いよどむ。それからアキとナツの方へまっすぐ視線を合わせて、こう言った。
「ごめんなさい、勝手にいなくなってしまって。……本当は、宗蓮寺グループ本社で、宗蓮寺麗奈か宗蓮寺志度と出くわそうとしたの。だけど、家庭裁判所から連絡が入ったの──」
〈サニー〉はとつぜん、二人を腕の中にしまうように引き寄せた。間に欄干があるが、そんなのお構いなしの様子だった。悲しげな表情を浮かべているのは、行き先でそのようなことが起こったからだろう。〈サニー〉は絞り出すような声でこう言った。
「あっちでお父さんとお母さんが死んだ。──飲酒運転で壁に激突して、そのまま」
彼女の腕の中でナツたちが震えた。先導家の両親はろくでなしだという。実際に借金を残して海外逃げたことからも明らかだ。しかし実際に死んだとなると話は変わるだろう。特に長く過ごした〈サニー〉にとっては、想像以上の苦しみを伴ったに違いない。
「姉さん、いっぱい泣いたよね。いいよ、わたしたちが受け止める」
「俺にとっちゃ、姉ちゃんとアキだけが家族だ。……だから、勝手にいなくならないでくれよ」
二人は場も構わず嗚咽を漏らした。ノアの肩に〈エア〉の手がそっと置かれた。
誰かがいなくなることは、きっとよくあることだ。ノアは人知れず海外で仕事をしている両親を思った。たまには自分から連絡をかけてみようと思った。
車の中で、ナツとアキは後部座席で寝息を立てていた。真ん中の座席に〈サニー〉と〈エア〉、〈スター〉が三人で座り、混沌に入り混じった様相を作り出していた。
「……申し訳ないわ。急に連絡もなしに来なくなってしまって」
「全く持ってその通りよ〈エア〉。曲制作してほしいって人が結構いたのに、〈エア〉が急に来なくなるからほとんどキャンセルするしかなかったの。今だって、依頼者はあの件のこともあって、ほとんど冷やかしみたいな感じになってる」
「貴女こそ、肝心なこと言ってないじゃない。ファンタズムがあんな我欲にまみれた場所なんて隠して、その負債を今になって持ってきたじゃない」
「──だって、私はもう芸能界を離れた身だよ。なのにあっちの方がどうかしてる」
「半年前までトップ走ってたこともお忘れ? 元著名人という肩書はを甘く見すぎよ」
「あの、二人共落ち着いて。二人が起きちゃうから」
〈スター〉がなんとか宥めて、二人は怒涛の勢いを収めた。志島がバックミラー越しにおっかなそうな表情で見ている。〈サニー〉と〈エア〉は、車に乗り始めてから後ろの二人が寝込むまではおとなしくしていたが、いつからか今までのことに対するうっぷんを晴らし始めた。
「姉さんから聞いたこと、本当かどうか教えて。ファンタズムは、裏社会とのつながりがあるの?」
「……がっちり手を握っているわ。事務所から紹介されたこともある。芸能界ではアタリマエのことだって黎野は言ってたけど、それを聞いて冗談じゃないと思ったわ。──実際にスキャンダルをもみ消していると知ったときには、もうね。さっさと引退して、ファンタズムとおさらばしようと思ってたのに、あの女は外へ逃げた蚊を殺さないと気がすまないみたい」
相当な執念が先導ハルに注がれているようだ。黎野が見出し、才覚を光らせた手腕を彼女によって得て、逆にスキャンダルに寄って自らの功績に泥を塗った。先導ハルが一刻も早く手を切りたがっていたのは納得がいく。しかし、〈エア〉はそうは思っていないようだ。
「そこまでやばい奴らなら、いくらでも対策取れたでしょう。警察に話してみた?」
「残念だけど、疑惑はあくまで疑惑でしかない。証拠を残すようなたまじゃなかった」
「具体的には」
「Lakersのみんなと直接話した」
これには〈エア〉も驚いたようで、更に話を引き出していった。
「私が聞いたのは、メンバーの一人が美人局っぽいことしていると」
「ああ、アリサね。あの子は美人局で他事務所のタレントや社員たちから金を巻き上げている。実際は、お金だけじゃなくてスパイを量産しているようなもの。バラされたくなかったら、事務所や会社の内部情報を話せ、みたいな」
「……そう、彼女が言っていたの?」
「うん。アリサも認めた。で、もうひとりのエリカってこなんだけど、彼女は指定暴力団の娘らしいのよね。だから、彼女の私兵がスキャンだろうをもみ消している。これも、エリカが認めたこと。で、最後にトーリヤなんだけど……」
〈サニー〉は一旦言葉を切って、呆れたように言ってみせた。
「あの子はすべてを知っていながらもなお、ファンタズムでの活動を良しとしている。まさか、あの三人の中で一番普通だったなんて思っても見なかったわよ」
「──そこまで知っておいて具体的な行動を取らなかった。なんとなく、理由は想像できるわ」
「……理由って?」
〈エア〉は続けて言った。先程の刺々しい空気感はすっかりなくなっており、眉を顰めているのが気になった。
「脅されたんでしょう。このことをバラされたくなかったら、家族に手を出すよ、みたいな」
ノアは驚いて、思わず背後を振り向いてしまった。二人の吐息は穏やかなままだ。〈サニー〉が複雑に笑ってみせた。
「馬鹿よね。それが怖くてアイドル辞めるの早めるなんて」
では、本当はファンタズムでのアイドル活動は、円満に終わらせるために時間をかけていくつもりだったのか。
「けど、同時に彼女たちがかわいそうに思ったのも事実よ。あの子達と関わっていたから、ある程度の人柄とか実力とかは分かっている。私がたった一年努力することで追い詰めれるレベルの実力が、彼女たちの正体よ。新たにアイドルブームを火つけたくて、黎野が仕掛けた戦略の一つに、売れていない彼女たちにチャンスの順番が回ってきた。それが、どこまでいっても後続の捨て駒だって知らされずにね」
Lakersを捨て駒扱いだったと、〈サニー〉は語った。とても信じられないと思った。Lakersはアイドル業界でトップを走っている実力者だ。いくら事務所の力があったとしても、簡単にあの地位にたどりくことはありえない。
「努力である程度の見せ方はできるでしょう。黎野は手近な駒を磨いてたのでしょうね。磨き方を知ったあとは、真の原石を磨くのに利用する。あの女の性根はそんなふうに出来ているのよ」
先程から思ったが、黎野明美に対する悪印象が一層凄まじい気がした。ノアはためらいがちに尋ねてみた。
「黎野さん、〈サニー〉にひどいことでもしたの?」
「いいえ。とても可愛がってもらったわ。それは人形を可愛がるたぐいのもので、おとなしく従っていればひどい目に会うことはなかった。ひどいのは彼女に気に入られようとしているのに、結果が出ないということで捨てられてしまう人がいること。その人達は、最後のチャンスに裏の仕事に手を付けて……あとは、私も知らないところに行ってしまった」
〈サニー〉は「死んでいないでしょうけど」と希望的観測を残した。それが〈サニー〉が、宗蓮寺ミソラが体験したファンタズムの実態なのだろう。
「ま、だからといって、あの人達から正面切って喧嘩売るつもりはないわ。そのために脱出プランなんてものを経てたわけで。あ、〈スター〉、あの子達どれくらい学校へ行っていないの?」
「あ、そういえば、私も行ってないかも」
「事情はある程度考慮されるとおもうけど、一応私も釈明に付き合うわ」
仕事をしているが、一応学生に身分である。来年には高校受験の季節になり、進学先を決めておかなくてはならない。その頃には、両親は一時帰国して進路について話をすると思う。
「私も音楽院から転校しようかしら。〈サニー〉の通っている学校にすれば、日中に会議して放課後に活動でスムーズじゃない。いままで平日最低でも二件が限界だったけど、四件ぐらいは余裕を持っていけると思うし」
と、意外な発言をしてきた。彼女はたまに自身が補欠メンバーだと忘れることがある。それを指摘するのは野暮だが、嬉しくなって頬がつり上がった。
「わたしも〈サニー〉の学校に行きたいかも。受験とか簡単だったらいいな」
「あのねえ、私いまは休学中なの。放課後もなにもないんだから、借金が完済するまで好きな学校に行って」
ノアはすでに心のなかで覚悟が決まってしまった。〈サニー〉、〈スター〉、〈エア〉の三人で学校に行く。これも中々ユニークな活動ではないか。思えば、三人で何かをしていればノア的にはいいのかもと、思い始めている。歌わなくても、踊らなくても、三人が一緒にいればと。そんな「もしも」が出てくるのは、この先の〈ハッピーハック〉が苛烈なものへと変わっていこうとしているからだと思った。
「じゃあ、〈サニー〉の学校にする。借金を返してみんなで同い年になろうよ」
「待ちなさいよ。私まで留年しないといけなくなるじゃない」
「たった一年ぐらい、いいじゃん」
「良くないわよ。まあ、なったら考えてもいいかも」
なんて言ってくれるのが、〈エア〉の心の広さなのだと思う。けど一年を不意にさせないつもりだ。借金返済が〈サニー〉の目的で、曲を生み出して続けて未来へつなげるのが〈エア〉の夢なら、三人で最後まで〈ハッピーハック〉で終わらせるのがノアの最終目標地点だ。
「まずは〈サニー〉をとっとと休学から復活させないとね。さすがに妹さんたちと同い年って嫌でしょう?」
〈サニー〉はその光景を想像したのか眉を顰めた。流石に人間的にまずいと感じたのだろう。
「そのために、次の場所へ向かわないとね。〈サニー〉、〈ハッピーハック〉の次の場所、教えてもらえる?」
〈エア〉がそう促すといよいよ再会されるのだと気合が入る。
太陽の光が雲の切れ間から差し込んできたような笑みをとりもどし、彼女は言った。
「大掃除ならぬ、大仕事を始めましょう。後二ヶ月で、ファンタズムの魔の手とおさらばして、気兼ねなく活動できるようにしないと」
それから〈サニー〉は運転する志島に行き先を伝えた。
渋谷の一等地に立つ四階建ての建物、ファンタズムの本社だった。




