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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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星がまたたく瞬間


 約三時間ぶっ続けで踊り続けた。てっきりステージ下で踊っている彼女たちも、飽きてしまっていると思ったが、どうやら配信アプリでの投げ銭というものが次々とやってきているらしく、時間が経つたびに興奮を強めていった。ときおり、投げ銭をした人へ御礼の言葉を送る姿もちらほら映った。


 だが三時間も経てば状況は変わっる。逐一、投げ銭やコメントなどの反応に対して言葉を返していたが、いまは黙ったまま端末をノアに向けているだけだった。理由は詳しくはわからないが、配信者である少女たちの声が邪魔だと視聴者から批判を受けたからである。すると、彼女たちは身をすくませてしまい、腕をずっと上げたままノアを捉えていた。


 ミソラが〈ハッピーハック〉に入ってく作った楽曲は二十を超えている。お客さんが楽曲を作って欲しいというオプションを、真面目に受けた答えた血潮の結晶だ。歌詞を作った〈サニー〉と振り付けを作ったノアも、よくそこまで曲を作ったと自嘲してしまった。たった一度しか披露していなくても、一度決めた振り付けを覚えており、曲と歌詞に合わせて体が勝手に動いていた。約三時間、小休憩をはさみながらだが、残す楽曲はあと一つになった。


「──ごめんね、次が最後の曲なんだ。腕上げるの疲れたでしょう。もう一ループするなら、公民館の閉館時間まで付き合うけど、どうする?」


「あ、あの、その……」


 カメラを掲げている取り巻きの少女が「もういいです」と口にしたところで、その後ろに居たリーダー格の少女が動き出した。


「もちろん続けてください。視聴者もいい感じに盛り上がっているところです。カメラマンも、気合が入っている。そうでしょう?」


 その言葉が真綿で首を絞めるような威圧感があった。カメラを持った少女は涙ぐみながら、懸命にカメラを持っていた。腕の筋繊維が悲鳴を上げているのがありありと浮かび取れた。ここで下ろした場合、彼女の学園生活が終わってしまうという予感を、その手に抱えている。


 ──こんな場面に出会ったとき、〈サニー〉なら誰も彼もが納得できるような展開になるように動くはずだ。〈エア〉なら皮肉交じりに辞めさせることだろう。残念ながら〈スター〉には、二人のような特筆するカリスマは持っていない。だからこそ、カメラを持っている彼女に「カメラを下ろしていい」とは言えないし、リーダー格の少女に対して屈辱を与えることも出来ない。

 だからこそ、〈スター〉は自分なりのやり方で、この場の全員を幸せにしなければならない。


「……提案がある。最後くらいはステージ下で踊らせてほしい」


 え、と声を上げる一同だったが、それより先にノアは体育館の床に降り立った。スピーカーから曲がなり始めた。まさか最後の曲が、ハッピーバースデーの曲をアレンジしたものになるとは思いもしなかったが。ただし、〈エア〉なりの味付けがされているポップスへと仕上がっていて、ノアの中でも好きな部類の楽曲だ。


 ノアは小刻みにステップを刻みながら少女たちに近づいていく。歌はハッピーバースデーの曲調に合わせながら、誕生日を待ちわびる少女の軌跡を謳っていた。

 カメラを持つ少女の目の前にたどり着いてから、ノアはカメラを抱えていた両手を解いた。Aメロのあと、少女の腕を自分の方へ引っ張り上げて、彼女を胸の中に取り込んだ。彼女が持つ端末のカメラは握ったままで、レンズはこちらの方を向いている。ここからはノアも知らない境地だ。


 Bメロを歌い上げながら、胸の中の少女の手を起点として、社交ダンスのように彼女を動かしていく。カメラのレンズは常にノアと向ける。少女をリードしながら、くるりと回したり、体を密着させて小躍りしていき、サビに入る頃にはノアも気分が高揚し始めた。今度は手近に居た少女の手を掴んだ。


 童謡みたいなメロディがノアたちのパフォーマンスに新しい色を追加していき、カメラの持ていた少女は恥ずかしながらも楽しみ始めていた。この日、だれだって主役になる。今日の主役は、この体育館内にいる全員だ。

 絶えず変化していくカメラがどうなっているのかは分からない。なるべく、常にノアや他の少女たちを移すようにしている。ただ純粋に、楽しむ様子をみせつけたいがために。


 やがて取り巻きのリーダー以外の少女がノアたちに取り込まれていった。最後のパートで、リーダーの少女は呆然と立ち尽くした後、バカバカしいといいながら扉のほうへ帰っていこうとした。だがそれは許されなかった。扉を開こうとした少女が、固く閉ざされた扉に力を込めていた。


「開かない、どうして……!?」


 焦り始める彼女に、ノアは歌い続けた。彼女の目線が厳しくこちらに刺さってきた。


「アナタ、扉を開かないようにしたわね! 今から開けなさい、こんなの許されることじゃ──」


 最後のサビが終わって、アウトロで繋いで手を離した。ノアはそのまま彼女の元へ赴いた。一歩ずつ踏みしめて、頭の中でガンガン響く疲労物質に負けないように、表情を一層引き締めた。


「教えて、宗蓮寺ミソラのこと、〈エア〉のこと。もし教えないなら、まだ踊るつもりだけど、いいの?」


 自分からこんな言葉が飛び出ること事態が不思議な状況だった。いまなら、世界中に愛を叫ぶことさえできそうだ。なんでもできるし、なんでもやれる。たとえ誰になんと言われようと、本当に成し遂げたいと心が思ったなら、世間一般で変だと思われる行動も簡単に行えることを知った。


「わ、わかったから、教えるから! もう、いい、どうでもいい!!」


 少女はその場でへたり込んだ。目にはなぜか恐怖が浮かんでいる。これはよくない。〈ハッピーハック〉は、みんなを幸せにするアイドルだからだ。


「ねえ、あなた音楽はできる?」

 リーダー格の少女はへたり込んだまま顔を見上げた。喉から絞り出すような声を出す。


「え、ええ。声楽をいちおう」


「じゃあ、一緒に歌おう。最後にみんなで歌いたいな。だって〈エア〉と同じ音楽員の娘だもん」


 ノアが手を差し伸ばす。たとえ今までの悪行があったとしても、〈ハッピーハック〉は手を伸ばし続けないといけない。罰は大事だが、罪を憎むのはただの繰り返しでしかないし、何も解決しないはずだ。

 〈サニー〉ならどんな人でもまばゆく輝かせ、〈エア〉なら罪を憎んで人を憎むことはしない。〈スター〉はただ、寄り添うだけだ。それだけで救われる人がいることを、身を持って体感したのだから。


「け、けど、私は、全然才能ないもの」


「上手い下手かはここでは関係ない。音楽って、きっと心からにじみ出てくるものだと思う。〈エア〉がそうだったし、〈サニー〉がそうだった」


「それは、あんたのお仲間の話でしょ! 世の中の全員が、あんたたちのようなキラキラしてる奴らにはなれないのよ!」


 少女の慟哭が体育館内に響き渡る。何かをやらないと気がすまない人はたくさんいる。たとえ結果が出なくても幸せな日々を謳歌しているだろう。しかし巡り合わせにはどうしても運の要素が絡み合う。ノアがあの二人と出会っていなかったら、いまも一人で苦しみながらダンスを行い、最終的にはやめていたと思う。


 才能は一握り、生き残るのも一握りだ。日本においては、生き残ることは簡単かもしれないが、なにか大きな目標を抱かないといけないという観念に縛られていることは否めない。ノアがダンスというものを見つけたきっかけは、そういう環境に追い立てられていたからだった。

 だからこそ、誤解をしてもらいたくない。〈サニー〉や〈エア〉だって、なにも元から才能が備わっていたわけじゃないことを。


「〈サニー〉と〈エア〉、もちろんわたしだって、別に才能がある人なんかじゃない。だったら、〈サニー〉は先導ハルとしてアイドルやってたと思う。〈エア〉は才能の塊みたいな人だけど、きっと弱点がある。〈エア〉の弱点とか、同じ仲間として知りたいし、未熟なりに一緒に強くなりたい。──わたしはもっとダメダメ。本当は二人が一緒に居ないとまともにおどれやしないの」


「何言ってるのよ。あなた、立派に踊りきったじゃない。三時間も、ただ言われたまま」


「やるに決まってるよ。だって、〈エア〉がどこにいるのか知りたいもん。いなくなった〈サニー〉を見つけたいから。そのためなら、何度だって踊るし、歌だって歌う。だけど、やっぱりわたしの中には二人からもらったものがいっぱいあって、まだまだ頼っちゃうんだ」


 彼女の手が届く圏内まで、もう一度手を差し伸ばす。拒絶は怖いけど、このまま彼女を放っておくのはもっと怖い。


「まずは、はじめの一歩から。何をすればいいのか、わかるよ──ね」


 ふと電気の回路が切れてしまったみたいに、全身の力がなくなった。体が少女の方へ傾かなかったのは幸いだった。体力と気力、ともに限界を迎えていたのだ。三時間も歌と踊りを一人で披露し続け、しかも初めて一人で踊るというプレッシャーものしかかっていた。三時間も踊り続けることができたのは、今までの練習で培った体力と気力、そして〈エア〉を見つけ出したいというハングリー精神があったからだ。

 意識が遠のいていく。リーダー格の少女は、年相応に慌てふためき助けを求めた。


 そのとき近くの扉から強く物を叩く音がする。体育館の扉は、依頼者たちが途中で逃げ帰らないように、アキたちに施錠してもらった。だがその必要がなくなったので、扉を開けたのだろう。

 呼吸が辛くなってきた。眠い感覚ではんく、全身の血流が吹き出てきそうなほど熱が灯っており、このままクールダウンに動きたいと思っていた。



 そうして誰かがノアの体を抱えた。顔を見たくてまぶたを開いてみるも、「〈スター〉しっかりしなさい!!」という厳しくも暖かい声を最後に、ノアの意識は深いところまで落ちていった。


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