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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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価値が出るゴミ


 人間は何かを見つけるまで何者でもない。

 明星ノアがダンスと出会っていなければ、誰かにとっての良き友人であったし、誰かにとっての悪しき敵になったかもしれない。なにか突出した人物は、他の部分では凡庸だ。しかも突出した部分を見つけるまで、時間や運、環境によっては一生発見できないまである。


 明星ノアは運良く若い頃からダンスで輝けた。だが他のことに関しては、凡庸でしかなかった。

 その輝きを維持するには、一人では不可能であり、彼女を真摯に思った仲間の存在が必要だ。

 仲間はいた。これも彼女にとっての運だ。ノア自身気付いていないが、幸運の女神は常に彼女の側で微笑んでいた。しかし、それに気付いてないことによって、自ら輝きを濁らせてしまっている。

 それをバイアスとよび、たとえ認識できているとしても、そう簡単に剥がすことのできない人間にとっての大きなフィルターであった。






 ノアはとにかく事情を説明してほしいと願った。しかし〈サニー〉が思案に耽ているのを邪魔することが出来ない。アキに尋ねるべきか。彼女もタブレットを片手に忙しそうにしている。助手席にはナツがノートPCを使ってキーボードを叩いている。運転手が時折話題を振っていくが、ナツがそっけなく答えるのでそれ以降会話はなくなっていた。

 北区方面へ、と〈サニー〉はタクシーの進路を指示した。アキが言ったプランBというのは、あるトラブルであの家に大量の人が集まり、危害が加わった場合に取る脱出プランのことらしい。先導ハルがアイドルになり、売れ始めてから先導家三人で考えた対策らしい。まずは自分たちの尊厳を守るために、何パターンかのプランを練り、その都度で取っていく行動が変わる。今回のBプランは家を飛び出し、協力者の家にかくまってもらうとのことだ。その者の家が、北区にあるという。


「運転手さん、この辺りで下ろしてもらって大丈夫です」


 〈サニー〉がそう言うと車が止まった。現金で支払いを済ませた後、四人はタクシーを降りていき、すぐそばのコンビニの前で待った。ノアはこのタイミングでアキに訊いた。


「協力者さんって、親戚かなにか?」


「全然そんなんじゃないよ。多分、先導家では、アイツに対する感情は恨みしかないと思う」


 冷たい声音にぞっとした。アキは学校でも誰にでも打ち解ける術を持っており、先輩であるノアに対しても遠慮のない態度を貫いている。


「仕方なく、アイツを呼ぶしかないのよ。幸い、姉さんが弱みを握ったおかげで、連絡一つで来るようにはなってるから」


 あの太陽のような朗らか一家が嫌悪するほどの相手とは一体誰だろうか。ノアは逆に興味が湧いた。数分もしないうちに、四人の前で白いハイエースが止まった。ドアが自動に開き、〈サニー〉は遠慮のない言葉を吐いた。


「お迎えご苦労さま。どこか隠れ潜む場所は用意してあるのでしょうね」


 そう言って〈サニー〉は後部座席に乗り込んだ。続いて仏頂面のナツが続き、アキはノアの手を取り中へ入っていた。前方にいる男は肩幅が広く、振り向きざまに見えた胸元に入れ墨が掘ってあった。思わず声が漏れそうになった。


「……おい、先導一家。知らねえ客がいるぞ」


「彼女も一緒に連れて行ってあげて。例外的に連れてきてしまったの」


「ったく、何したんだよお前らは。んじゃ、まずは俺の家でいいな。散らかってるし、タバコのニオイもひでえが我慢しろよ」


 承知の上、と〈サニー〉が冷えた口調で言い切った。車は十分程度の場所へ付いた。2階建てのアパートだった。


「ほら、俺も仕事があるから鍵な。勝手に冷蔵庫の中身食うんじゃねえぞ。んなことしたら、すぐ追い出すからな」


「もちろんよ。代わりに貴方こそ、私達があの家にいることを誰にも言わないでね。もしバラしたら、然るべき報告をさせてもらう」


「わーってるよ。……いつまでも根深いことばかり言って。204号室だからな」


 いれずみの男は悪態をつきながら部屋の鍵らしきものを〈サニー〉に渡した。男の乗った車が消えていくのと同時に、〈サニー〉を先頭に男の住まいらしき部屋の扉前に付く。鍵を開けて、遠慮なく入っていく〈サニー〉たちに戦々恐々する。

 部屋の中からタバコのニオイが外に漂ってきた。ナツとアキが鼻をつまみ、あとは顔をしかめるだけにとどまった。


「部屋の掃除がてら、〈スター〉は聞きたかったこと尋ねていっていいわよ。いい加減、今後の身の振り方も考えなくちゃならないし」


 ようやくだ、と思った。四人はワンルームの片付けに着手を始めた。散らかったゴミを片付け、部屋の換気をした。空気がある程度澄んだところで、ノアは質問攻めを開始した。


「どうして、家の前があんなふうになったの? なんか、みんな色々言ってたよ……。暴力やら、テロやらって」


「ああもう、どこの誰がそんな根も葉もない噂を──いや、拡大解釈したら無きにしもあらずってところか。ナツ、いまネットはどうなってる」


「ざっと見たところ、有名な配信者やゴシップ雑誌の面々が生配信してたぜ。SNSは奴らの行為に大荒れ。ま、これは俺たちにも変な疑惑がかかってるからどっこいどっこいって感じ。で、問題なのがこんな予兆はいまのところなかったことなんだよなあ」


 ノアは信じられない思いになった。予兆がないのに、あんな確信めいたことを言ったのか。


「根も葉もない噂を広めるのは、法律で罰せられることだってあるの。だから今の時代は、より発言に気を使うようになる。今日家で起きたのは、普通の人の行いじゃない。姉さん、もしかして今日のこと、分かってた?」


「ええ。いずれ、あんな感じで〈ハッピーハック〉に危害を被っていたはず。一週間で仕掛けてくるなんて、黎野のやつ相当私に恨みがあるみたい」


 黎野が来たのは一週間前のこと。彼女は〈ハッピーハック〉をファンタズムと事務所契約をしようとしていた。このままでは芸能界で活動できないと。ノアは背筋が凍る思いになった。この件を引き起こしたのは、もしかして──。


「黎野さんが、あんなふうに危害を与えに来たの?」


「間違いなくね。ファンタズムは事務所のパワーもあるし、各方面との繋がりも強固。特に情報に関してはずば抜けている。事務所のタレントが不祥事を起こしても、全てなかったコトにできるんだから。そんなマンパワーを、私を亡き者にするために使ってきた。馬鹿げていると思うでしょ」


 〈サニー〉は肩をすくめた。彼女は箒を手に床のホコリを集め始めた。


「黎野はね、もともとコレクション趣味があった。ファンタズムに所属しているタレントは、普通以上の結果を求められるわけ。ようは、このような箒が私やLakersだと思って。ゴミが利益ね」


 ホコリが一箇所に溜まっていく。ゴミという利益が集まりだし、一つの山を作り出していく。まさに塵も積もれば山となるだ。


「芸能界というのは、まさにゴミの取り合いってわけ。様々な掃除道具を使って、数多のゴミを取っていく。けど、結局は頭打ちが来て、今度は芸能界側がゴミを作り出していくのよ。ノアは新しくゴミを生み出すにはどうすればいいのか分かる?」


 彼女に問われて、まず思いついたことを言う。


「放っておく、とか。埃ってそういうものだし」


「それが一つね。人間の普通の欲求を満たす正攻法がこれ。けど、それには個人差があるし、時間もかかる。ゴミの度合いが人がす無部屋で違うように、人の趣味嗜好も個人で大きく違うから、大きな利益を生み出しにくい。じゃあ次にゴミを生み出す方法を言ってみて」


 次、と問われてノアは頭を悩ませた。まるでなぞなぞに挑戦しているみたいだ。放っておけばゴミが生まれるなら、意図的なアプローチになってくる。


「じゃあ、ゴミの出るものを作るとか」


「良い答え。そうね、例えばこのプラスチックのパックと埃を取ったローラーをみて。プラスチックパックはリサイクルできるものだけど、こうして床に落ちていたらゴミだと言われても仕方ない。この紙ローラーは資源ごみにはならないからそのままゴミ箱へ行く。先程の利益の話に戻るけど、このリサイクルできるはずなのにゴミになるというのは、どういった経緯をたどってゴミになると思う?」


「えっと、分別せずにゴミ箱へいれたら、そうなると思う。けど、リサイクルと利益とでどうつながるのかわからない。リサイクルはまるで利益じゃないみたい……」


「正確には、”もともと利益じゃないもの”がリサイクルに当たるわ。例えばそうね、必要のないものを買わされたり、言葉巧みで買ってしまった物とか。そういうものが、この世にありふれていて、しかも簡単に利益につながってしまう。さて、これらを生み出している諸悪の根源は、何をゴミにしているのか、分かってきたんじゃない?」


 そもそも利益は、互いにとってWINWINの関係が好ましい。体に栄養を取るためにスーパーで食品を買うというように、生産者と小売店と消費者が好ましいように利益が分配される。利益にならないものは、三者の中で不服が発生するものだ。ある程度は仕方ないもので、納得の上で成立させるしかないのだろう。


 では“もともと利益じゃないもの”の定義はなんだろうか。生産者、小売店、消費者という関係から表してみた。生産者の利益をより多くするには、その商品が小売と消費者側に有益だと思わせることが重要だ。これは小売店も同じだ。それぞれやり方は違えど、アプローチ次第で莫大な利益を設ける事が可能だ。たとえるなら、これを食べれば幸せになるみたいな、謳い文句がそうだろう。本当にそんな商品があれば売れるし、縋るために買う物もいる。消費者は物を買うという点では、様々な情報を受けとり判断をする立場だ。この受け身の立場は、思考が鈍ってしまう傾向がある。反抗すると摩擦や軋轢が生まれるのを避ける本能と同じで、物事を疑ってかかるのは、よろしくないという観念が広まっているからだ。


 さて、消費者が生産者や小売に一番ダメージを与えるのは万引や違法ダウンロードだが、逆に小売や生産者が消費者にダメージを与えるのはなんだろうか。ノアはたった一言で表した。


「嘘の情報を、ゴミにしている」


 〈サニー〉はまとめた埃をちりとりへ掃いた。


「しかも単なる嘘じゃない。その嘘は、いずれ本当になる。消費者が次々とその利益に与ろうとして、また嘘を付く。負の連鎖が、次第に正の連鎖へと生まれ変わる。……実は、心と体を削ってまで作ったものだとは気付かずにね」


 そう言って〈サニー〉はゴミ箱に埃を捨てた。それからまた次の埃を取っていった。


「これは芸能だけの話じゃない。普段の生活の仕組みのほとんどがこれ。私達はこの恩恵の中に生きている。けど、本来は恩恵だったはずが、最終的に行き着くのは全員の不幸よ。だって、利益を追求しても、一生のものの幸福を得たって人は見た限りではいなかった。そりゃそうよね、本当の幸福な者は目の届かないところにいるもの」


 では、目の届くにいる人は不幸のただ中にいるということだろう。ならば大半の人間が不幸ものだ。この仕組の中にいる限り、幸福になることはありはしない。


「じゃあ、〈ハッピーハック〉って、なんのためにいるの」


 当然、起きる疑問だった。〈サニー〉にとっては、みんなを幸せにするアイドルと最初に言っていた。なら、一人ひとり相手をしているのは、またはそのリピーターは、不幸な人ということになる。


「〈サニー〉は、なんでみんなを幸せにしたいって思ったの?」


 すると、〈サニー〉は自ら向きを変えた。ノアから背を向け、別の場所を掃除しているナツとアキに向けて。


「最初はあの二人が幸せなら良かった。それ以外は、本当にどうでもよかったの。──それが、アイドル活動で生活が豊かになったからかな。アキが修学旅行に行けたときに色々考えたんだ。以前話したように、ファンが使ったお金が私の生活の一部となっている。そんなお金を借金返済には使いたくないとね」


 だからこそアイドルを引退し、残りの半分を別のアイドル活動で返そうと活動を開始させた。今度は事務所や芸能界の力を借りず、手の届く範囲で〈ハッピーハック〉ができあがった。


「私はね別にね、拝金主義を認めていないわけじゃない。〈ハッピーハック〉だって、お客さんから利益を得ているし。嫌だったのは一つ。芸能界が、嘘と不正を平然と使って、他者を平然と食い物にしていることと、そうでもしないとやっていけないという現状をみてさ、ああ、ここも同じだなって」


 嘘、不正。おそらく芸能界は政治と同じくらいに他者の目が届きやすい領域だろう。だが目が届きやすいからこそ、巧妙な策というものが生まれてしまう。先導ハルはたった一年でその現状を見破ってみせた。


「そんな困難な芸能界なのにさ、黎野のやつは私達を貶める余裕があるのよ。それって、全く芸能界を良くしようって考えが頭の中にはなくて、自分が喜ばせればそれで良いっていう思考が透けて見える。……そう思わない、〈スター〉?」


 自分だけが喜べばいい。〈サニー〉はそのことを嫌悪しているらしいが、ノアは違った。

 ノアが〈ハッピーハック〉で活動しているのも、突き詰めれば自分ために他ならないのだから。


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