休業
打ち上げから翌日の練習日。
その翌日の練習日。
次の日のミーティングや、個人依頼の場にも〈エア〉は現れることはなかった。
連絡もなく、こちらから何度つなげても通じない。
〈サニー〉が元のバイト先へと赴いたものの、二ヶ月前にはすでに退職をしていたとのことだ。従業員たちから〈ハッピーハック〉のことについて掘り下げられたりしながら、〈ハッピーハック〉の〈エア〉が来なくなったのだと理解するには、まだ時間が足りなかった。
「〈エア〉姉ちゃん、なんでこないんだよ……」
ナツが歯噛みして言う。依頼者には、〈エア〉の体調不良を理由に依頼のキャンセルや延期を申し出た。だが取れた時間はたった一週間で、彼女についての情報が全くないまま、都内を散策するのは無謀でしかない。
「な、なにか事情があるんだよ。あんな真面目な人なのに、急にいなくなるなんて……」
「そうだよ、〈エア〉が急にいなくなるなんてない。……そんなの、絶対にありえない」
アキの言葉を補強するように、〈スター〉がそう言った。〈サニー〉は黙りこくったまま目をつぶっていた。
「〈サニー〉も、なにか言ってよ」
「……〈エア〉のことは、もっと情報を知っておくべきだった。身の上をはぐらかしているから、よほど尋ねられたくなかったみたい」
「じゃあ、手がかり本当にゼロかよ」
「いまとなってはね。だから〈エア〉のことはまずここまでにしておきなさい」
〈サニー〉の物言いに〈スター〉は声を張り上げた。
「ここまでって……どうしてそんな薄情なこと言うの!? 〈エア〉は〈サニー〉が見つけ出したのに!」
〈サニー〉は反論せず唇を引き締めた。批難は甘んじて受ける態度が、〈スター〉には気に入らなかった。
「もういい、帰ります。……〈エア〉がいなくなるなんて、そんなの嫌だから……」
そう言って荷物をまとめて〈スター〉は先導家の扉を引いた。その瞬間のことだった。〈スター〉の視線の先に、カメラを持った謎の男が待ち伏せていた。
「あ、出てきましたっ。〈ハッピーハック〉の〈スター〉ちゃんですよ! あのお話よろしいですか? 貴方たち〈ハッピーハック〉のメンバーが違法な客取引をしたという噂が広がっていますが本当でしょうか!?」
「──え」
それだけしか声が出なかった。一瞬、思考がまともではないのだと思っていたが、次の瞬間に別方面から多数の人間たちが姿を表した。スマホのカメラを手に、怒涛に捲し立てていく。
「先導ハルがLakersのメンバーに暴力を奮ったことについてなにか聞いていませんか?」
「先導ハルの両親がテロ組織の参加に入信したことについて一言!」
「反社会的組織の繋がりがあることについて、思うところはありますか!?」
そんな大人たちが先導家の前に並び家の敷地に入らないようにそれぞれ好き勝手に口にしていた。〈スター〉は突然のことで足が震えてしまい、恐怖が込み上がってきた。この状況は一体なんだ。
「先輩!!」
そう呼ぶのはアキだった。彼女は〈スター〉を家の中に引き入れて、今へと無理やり連れて行った。外では未だに、大人たちの尋ねる声がこだまし続けていた。今ではナツが忙しく作業をはじめており、〈サニー〉は居間の襖から何やら取り出していた。
「〈スター〉は連れてきた?」
「うん。まさか巻き込むことになるとは思わなかったよ」
「こっちも。あの女、どれだけ権力手にしたのよ」
「あ、あの、〈サニー〉……」
不安から〈サニー〉に縋るような声がでた。もう何が何だか分からない。〈スター〉の背中をアキが優しくなでていく。
「本当は先輩を巻き込むつもりはなかったけど、仕方がないね。プランBの説明をするから、よく聞いてね」
アキからの説明を聞いて仰天してしまったのは言うまでもなかった。まず、この事態を想定していたこと。対策を講じており、その内容も過激なものだった。
そうして三十分の準備時間を経て作戦は始まった。家の裏扉から四人が出てくる。表からは四人の姿は見えていない。それからナツが手に持っていたスマホで操作を始めた。
瞬間、家の中から煙が一斉に吹き出てきた。表から驚きの声が響く。中身はただの害虫駆除用の煙だが、相当数用意していたようで、庭にまで充満しだした。
「ちょっとだけ家宅侵入しちゃうけど我慢して」
そう言って、〈サニー〉は家の塀を上った。こなれた手付きでナツとアキも上った。〈スター〉は困惑の最中にいたが、アキが手を差し伸ばしてくるのを見て気を取り戻した。
塀を超えて、また別の塀へ。災害用のリュックを背負いながら、〈スター〉は思った。
この事態は災害なのかと。塀が終わり、道路に出た。偶然通りかかったタクシーを拾い、北区方面へと〈サニー〉が言った。それから〈スター〉に振り返ってこう言う。
「〈スター〉、ごめんなさい。……巻き込むなら、私一人でなければならなかった。なのに、貴方の人生をめちゃくちゃにしてしまうかもしれない」
常に眩いばかりの目が曇っているようにみえた。
「アイドル活動は、しばらく休業ね」
その言葉が、なにか決定的なものに思えた。
みんなを幸せにするアイドル。
これを成し遂げるにはアイドル本人たちの幸せを確保するのが第一条件だったと、〈スター〉こと──明星ノアは思い知ったのであった。




