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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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栄華の先へ


 〈スター〉と〈エア〉がステージに現れた瞬間、歓声の幻聴が届いた。あれは先導ハルに向けたもので、二人にむけられたものではない。現に二人しか居ないと分かって、歓声は嘘のようにかき消えてしまった。

 これは結構キツイ状況だ。自分たちに全く期待が寄せられていないのは分かっているが、こちらに降り注いでくる異様なプレッシャーが足をすくませにくる。だからこそ、〈スター〉の手を離したりはしなかった。彼女の膝は今にも崩れそうだが、強く手をにぎることで気を保たせた。


 会場は人で埋め尽くされていた。若い男女、報道陣のカメラも見かける。また校舎の窓からこちらを眺めている者もおり、この学校全体がステージに成り代わってしまったようだった。

 一番前のほうで位置している者たちは、先導ハルに由来したグッズを身に付け、彼女の色である橙色のサイリウムを持っている。その人達はハルをいまでも好んでいるのか、あるいは嫌っているのかのどちらかの思いを抱えている。中には悪意を持ってハルへ野次を飛ばすものもいるのだろう。


「……ねえ〈スター〉。いまからとんでもないことするけど、付いていってくれる?」


 手のひらから伝わる彼女の鼓動が一段と強まった。〈スター〉は強く握りしめたまま答えた。


「〈エア〉の考えてやることだもん。わたし、絶対に間違いないよ」


「ありがとう。──よし」


 〈ハッピーハック〉のセンター兼リーダーはここにはいないし、だからこそ『先導ハル』がここには居ないことを伝えなければならない。ミソラは〈スター〉の手を離す。一呼吸を置いた後、イヤモニのマイクへ声を放った


「みなさん、今日はお忙しい中お集まりいただき、まことにありがとうございます。〈ハッピーハック〉の〈エア〉です」


「〈ハッピーハック〉の〈スター〉です」


 二人は自己紹介を済ませてから深々と一例をした。拍手は小さいものしか届いてこない。なにせ本命の彼女がここには居ないのだから。


「ここには本来、いるべき人がいるはずなのですが──〈ハッピーハック〉の創設者にして、私達の真ん中に立つはずだった少女は、ここにはいません。彼女はどうやら逃げてしまったようなのです」


 ミソラがそう言うと、会場からざわめきが発生した。ミソラは立て続けに言葉を捲し立てていった。


「みなさんは『先導ハル』に出会いたい、確認してみたい、そんな思いでここに来たと想像できます。現に多数の報道陣の方に起こし来ていただきました。なのでここは、〈ハッピーハック〉の一人として深くお詫び申し上げるとともに、引退した後の彼女との思い出を振り替えようと思います。なぜ彼女がアイドルを辞めた後、このような活動をし始めているのか、みなさま興味がおありだと思うので。ああ、是非聞いてください」


 ミソラが椅子に座るように手振りをすると、パイプ椅子に座っている観客はこぞって座った。。どうやら帰っていく者はいないようだ。彼女の過去話は気になるところだろう。


「そうですね。まずは私と先導ハルについての出会いから語りましょうか。私は、先導ハルの誕生の瞬間に立ち会ったことがあります。忘れもしない、いまから約二年前。ファンタズムというオーディションに私は見学に言っていました。実は、この隣りにいる〈スター〉もオーディションの参加者だったのです」


 微かに感嘆の声がやってきた。客を引きつけるコツは興味のある話を降っていくこと。これはどの世界でも基本らしい。


「オーディションに合格したのは先導ハル一人。彼女は見事アイドルデビューして……そのあとのことは皆様も知っての通りのこと。華々しい栄花を飾り、約一年間の間、一線を走り続けた。ソロでありながらファンタズムを飲み込もうとする勢いだったと語るものもいるでしょう。まあ、結局スキャンダルを起こして引退までしてしまったのですが。──ちなみにですが、彼女の引退宣言の場に立ち会った方はいますか?」


 とミソラが手を挙げる仕草を取るようにすると、ちらほらそういう人が出てきた。前方に位置するファンはもちろん、後方で観覧している客の中にも先導ハルのファンがいたらしい。


「そうですか。きっと、いろんな情緒を揺さぶられたのでしょうね。ちょっとした騒ぎにもなりましたから、彼女の人気は皆様の心の奥で深いものを作ってくれたのでしょう」


 ミソラもその一人だ。彼女と出会い、オーディションを通し、そして再会するまでのあいだ、彼女のことを強い印象を持つ人間として記録できた。アイドルになったからではなく、一人の人間としてだ。


「〈ハッピーハック〉が設立したのは、いまから四ヶ月ほど前です。私の前にやってきて、一緒にアイドルをやらないかって言われました。〈スター〉も同じです」


「あ、はい。なんか知らないけど、ずっとわたしをメンバーにしたがっていたらしくて……ちょっとストーカー紛いのことしてたような気がします」


「間違いないわね。わざわざオーディション時の資料を探し出していたみたいだし。それってつまり、引退前に私達に宛をつけていたのかしら?」


「じゃあ、〈ハッピーハック〉って、〈サニー〉……先導ハルさんの夢ってことなのでしょうか?」


「なら家の借金返済してからでも良かったと、私はつねづね思うわよ。……そういえば、彼女がアイドル活動している目的が借金返済だって知ったのは、引退宣言のとき?」


 ミソラは前方の客に聞いた。彼らはうんうんと頷いた。


「そう、私は最初から借金返済のためにアイドルやるって聞いてた……あれ、私が言ってみたような気がするわ」


 へえ、と再びどよめきが届いた。ミソラは肩をすくめて「まあ、嘘だけどね」と言うと微かに笑い声がやってきた。


「まあ、あんな感じで引退迎えちゃったけれど、私にとっては出会ったままの先導ハルでしかないのよ。残りの借金は、ゆっくり〈ハッピーハック〉で返していくらしいわ。だからまず、あの子のことをよく知る、一人の友人として言わせてほしい」


 先導ハルがファンのことをどう思っているのかは知らない。彼女が言わないなら、事情を知るものから伝えたいと心から思った。


「ありがとう、『先導ハル』を応援してくれて。本当は、あの子自身の口から聞きたかったでしょうけど、ちょっとばかり素直じゃないところがあるの。それは、あなた達もよく知ってるでしょ?」


 うなずき、そして「そういうところが好きだった」と叫ぶファンや、「もっと応援したかった」と続いていく。いつのまにか、ファンの阿鼻叫喚がこの場所で流れ込んでいた。ネット中では出来ない、現実での発散だった。その光景を見て、ミソラは思った。


「なるほどね、〈サニー〉が恐れていたのって──」


 まだ彼女は『先導ハル』と向き合えていない。過去の自分を乗り越え残ったのだろう。怖気づいたのは間違いなく本当だ。そして、彼女が知りたかったのは、ファンの本当の気持ちだろう。


「……すごいね、先導ハルはこんなたくさんの人間を幸せにしてきたんだ」


「ええ。正直、あの子の大きさを思い知った。──けど、それもここまでよ」


 先導ハルはもういない。そしていま、先導ハルを完全に殺さなくてはならない。そのために、お膳たては済ませたつもりだ。ミソラは一歩前に出て、大きく息を吸い思い切りよく叫んだ。


「聞いてる、先導ハル。これが貴方が不幸にしたファンの心よ。けど安心してね。これからは、この人達全員、私達〈ハッピーハック〉が幸せにするから!」


 その瞬間にミソラはステージ端のスタッフへ振り向いて耳を数回叩いた。その合図で、〈スター〉も何をするのか察したようで、それぞれ構えをとった。

 観客のざわめきがステージ上のアイドルたちへ見て収まる。

 静寂とともに、爆音の音楽が流れ始めた。

 文化祭用に新たに描き下ろした楽曲が、一人掛けた状態で披露していく。〈サニー〉のパートは二人で歌える時に歌いあげていった。


 観客の反応はそれぞれだった。先導ハルへの哀悼を言わんばかりに、ファンだったものはサイリウムやコールを始めた。あとは自分たちのことしか考えられなかった。

 〈サニー〉はこの曲を「ワールド・エンド・フォール」と名付けた。世界の終わりに際しても楽しむ心を忘れない冒険家の歌だ。いつか世界中の人々を幸せにしたいという、思いがこの歌詞から伝わってきて、なんどもアレンジを加えた記憶に新しい楽曲だ。〈スター〉も同アプローチを取るのか苦労したようだが、ひとつひとつの動きを勇ましい感じで表現していった。本当ならば、〈サニー〉が中心に一つの流れが出ていくのだが、彼女が居ない今、世界の終わりを迎える世界観を描ききれていないように思う。


 そしてラスサビ前のCメロ。会場の様子が一変しだした。客席の中央部分に居た人が横に逸れはじめ、道ができあがっていく。まるで誰かが堂々とそこを闊歩するようなレッドカーペットみたいに。

 道の先に、自分たちと同じ衣装を来た者がいた。Cメロ間で、こちらへ駆けてきた。歌いながら、腹たたしいと思い、同時にしたり顔のリーダーを安心感を覚えた。そして彼女はラスサビの際に全力で高らかに歌い上げていった。

 〈ハッピーハック〉が先導ハルを完全に打ち破った、決定的な瞬間をこの日迎えた。


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